それにしても、あの東の国から来た博士たちは不思議ですね。
「何が? もうクリスマスは終わってますよ。」
ヨセフとマリアのもとで生まれた幼な子イエスのことを、
ユダヤ人の王が生まれたと言って遠くの国から多くの時間をかけ、
長い旅をしてわざわざベツレヘムまでやって来た
あの博士たちのことです。
その知らせを聞いて、エルサレムのユダヤ人たちは不安には
思っても、「じぁー自分たちも一緒に行こう」とは言わず、
誰も博士たちと一緒にベツレヘムへ出掛けていません。
ユダヤ人の王が生まれたのに肝心なユダヤ人が
誰も知らないのなら、これはまちがいだったのかなー、と
博士たちは思って考え込んだりしていませんね。
そんなユダヤ人のことなど無視して、星に導かれ
幼な子のいるところへたどり着いています。
そして、大喜びしています。
マタイ2:9-11
博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。
すると見よ。
かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、
ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。
その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、
ひれ伏して礼拝した。
そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
(新改訳2017)
このクリスマスのストーリーを思いめぐらしていて、
今年、気づかされたことがあります。
この博士たちも不思議な人たちですが、もっと不思議なのは、
ヨセフとマリアを両親として生まれたその赤ちゃんが
神の子キリストであることを、父なる神さまは、
この東から来た博士たちを通してあかししていることです。
星を使って、名前も知らない東の国の博士たちを使って、
幼な子がユダヤ人の王、メシア、キリストであることを
示しておられます。
そのだいぶ前に、マリアには御使いを通して、ヨセフには
夢によって、その幼な子が救い主、キリストであることが
示されていましたね。
しかし、イエスの両親となったこのふたりが、
この幼な子は神の子キリストです、と
人に言ったとすればどうでしょうか。
親がそんなことを言って、誰が信じてくれるでしょうか。
「この親たちは自分たちに初めて生まれた男の子が、いくら
かわいいからと言って、何ということを・・・」
と思われるだけです。
名も知れない東から来た人たちが、自分たちに生まれた幼な子を
見て、その前にひざまずき礼拝している姿を見た時、
ふたりの親たちは何を思ったでしょうか。
ということで、博士たちが遠くからこのようにやって来たのは、
実はこのマリアとヨセフのふたりのためであったとも言えます。
それ以前にみ言葉で聞いていたことが、もう一度このような形で
再確認されたのです。
しかし、それだけではありません。
このようなクリスマスのストーリーを考え、星を用い、
博士たちを用いて、見た目には普通の赤ちゃんと
何ら変わらなかった幼な子イエスを神の子として
あかししておられる、この父なる神さまとは
いったいどういう方だと思いますか。
目には見えない、わたしやあなたが信じている神とは、
どういう方なのか。
そのことが、このクリスマスのストーリーからも
メッセージとして発信されていると思います。
クリスマスはもう終わったのですが、あなたやわたしへの
ひとつの問いかけです。
この問いには、一つの正しい答えがあるというわけではなく、
思いめぐらしていく時、聖霊が各自に教え、
気づかせて下さることだと思います。





