いよいよローマ人への手紙も最後の章となりました。
ここには、個人的な人たちの名前がいろいろと出てきます。
パウロはこの人たちの名前も顔も覚えていたようです。
フィベ、プリスカとアクラ、エパイネト、マリア、アンドロニコ、
ユニアなどなど、この後もさらに30人ちかくの人たちの名前が出てきます。
わたしたち日本人には関係のないようなカタカナの名前です。
しかし、遠い昔のあの時代に生きていたこの人たちと今日のわたしたちに
共通点があります。
それは同じ目に見えない主なる神を信じているという点です。
もっと言えば、この人たちのもっていた同じ信仰を今日、
日本人のわたしたちも引き継いでいるのです。
スゴイと思いませんか。
・平和の神は、速やかに、あなたがたの足の下にサタンを
踏み砕いてくださいます。(16:20)
(足の下に踏み砕くというのは、子どもにも分かる表現ですね。)
(わたしたちの信じている平和の神は、人を不幸にし、滅びに追いやろうとする
サタンを足の下に踏み砕いてくださる方です。誰の足の下ですか。
そうです。あなたやわたしの足の下です。)
(えっ、わたしの足の下ですか。)
(平和の神が、あなたやわたしの足の下にサタンを踏み砕いてくださるのです。
よく考えてみると、これは不思議な表現ですね。)
・神は、知恵に富む唯一の神であり、福音によって、奥義の啓示によって
わたしたちを強くすることができる方です。(16:25~27)
(弱いわたしも強くされるのですか。)
(それはからだが強くなることではないですね。
思考力や頭の知識において強くなることでしょうか。
どこが強くなるのでしょうか。
イエス・キリストについての福音、またその奥義の啓示によって、
あなたやわたし心が強くなり、信仰が強くなるのです。)
(わたしの信仰はまだまだ弱いです。もっと努力が必要だといつも
思っています。)
(このみ言葉によれば、神ご自身が福音と奥義の啓示によって、
そうしてくださるのですから、自分で頑張って強くするのとは違うようです。)
「しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、
強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。」
(Ⅰコリント1:27新改訳2017)
ここまで、ローマ人への手紙1章から16章まで、神とはどういう方かを
探し求めてきました。
わたしたちの信じている主なる神とはどういう方かについて沢山のことが
言われていますが、この中で、あなたが心に留めておきたい個所を
一つ上げるとすると、どういうところですか。
さて、1章28節に「神を知ることに価値を認めない」人たちのことが
出ていました。
覚えておられますか。
ここまで来て、あなたやわたしは神を知ることにはすばらしい価値があること
を認める者となりました。
(わたしは認めているかなー?)
神を知ることの価値を認めない人たちは、
価値のない空しい思いに引き渡されると言われています。
この人生を無駄に過ごすことを願っている人はいないと思いますが、
現実には価値のないもののためにお金や時間を使ってしまう、
そんな生き方をする人たちもいます。
聖書によれば、それは神を知ることの価値を認めないことに原因があります。
この後は、もう一度、ローマ人への手紙の最初から、
イエス・キリストとはどういう方かを見ていきたいと思います。
(えっ、また最初からですか。)
(イエス・キリストについて興味ありますか。)
(イエス・キリストのことなら、もうわかっています。)
(???)





