ここでの「自分探しの旅」は、約2か月ほど続きました。
ローマ人への手紙は16章まであります。
12章以降は、ご自分で読んでください。
どうか、主イエスを信じた自分はどういう者であるか、
その点を忘れないでください。
しかし、このローマ人への手紙だけでそれは終わりません。
たえず、自分はどういう者であるかに帰って来なければならない、
そういうことが日常生活では度々起こってきます。
「あなたはそういう人だったのか。見損なった」と誰かに言われる
かもしれません。
そういう時にこそ、み言葉が自分のことをどう言っているかを
知らなければなりません。
それでは次です。先に行きます。
神とはどういう方でしょうか。
そのことだけを見つけるために、もう一度、
ローマ人への手紙の1章から見ていきたいと思います。
(えっ、また、はじめから?)
わたしやあなたのことを、そういう者と見てくださっている方、
その主なる神とはどういう方なのか、知りたくないですか。
「あのね、ある人があなたのことをとても目に留め、心にかけてくれて、
あなたのことをとても高く評価してくれているんですよ」と言われて、
その人がどんな人かを知りたくないですか。
その人が適当なことを言う、いい加減な人で、
あまり信用できないような人であれば、
すべて言われていることは紙くずかごにほり込んでよいのです。
わたしやあなたのことをそこまで言ってくれる人(そこまでですよ)、
それがどんな人(?)かを知ろうとすることは、ごく普通のことです。
「忙しい。そんなの興味ない」と言えますか。
ローマ人への手紙1章から、神とはどういう方かを見ていきましょう。
一般的に、神とは漠然としていて、あまり分からないし、
人が分かろうとしても無理だと思われているようです。
詩篇14:2
主は天から人の子らを見おろして、賢い者、神をたずね求める者が、
あるかないかを見られた。
聖書ほど目に見えない神について、詳しく、また分かりやすく語っている本は
他にないと思います。
「神を探し求める旅」です。
楽しみですね。
(老後の楽しみです!)
次回に続きます。





