風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

きょうだい

2018-07-14 12:29:04 | 昭和つれづれ

            

 下の弟が生まれたのが昭和22年である。

私は広尾の日赤病院で生まれたと聞くし、ほかの弟妹もそれぞれ病院で生まれた。

下の弟だけが自宅出産である。

戦後間もない東京で病院で産むという選択肢はなかったのであろう。

自宅と言っても、同じ長屋の一軒隣のトミエチャンの家に産気づいた母が行き、

私たち子どもは自宅で待機させられた。

多分トミエチャンのオバサンが取り上げてくれたのだろう、

オシオさんといい、親しくしている家だった。

お産婆さんが来た様子はなかった。これで我が家は4人きょうだいになった。

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