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ワクチン接種の切り札“チーム河野”の新戦力補佐官就任の自民党・小林史明議員とはどんな人物?

2021-01-26 16:42:55 | 連絡
★デジタル化=ワクチン国民皆接種=とは理想とする社会=感染症ウイルス無力化社会=を実現する手段か>
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2021/01/26 13:00
依然として新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、新型コロナ克服のための大きな希望とされるのが『ワクチン』だ。日本においても菅首相が「感染対策の決め手」と強調し、政府は一日も早くワクチン接種を開始し感染拡大に歯止めをかけるべく注力している。政権の命運をかけていると言っても過言ではない状況だ。こうした中、ワクチンの輸送や保管などを担当することになった自称“令和の運び屋”こと河野規制改革相を補佐する目的で、自民党の小林史明衆院議員
<小林 史明(こばやし ふみあき、1983年4月8日 - 38歳)とは、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、内閣府大臣補佐官。第3次安倍第3次改造内閣、第4次安倍内閣において、総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官。祖父は、参議院議員、福山商工会議所会頭を歴任した小林政夫。 
  • 1983年4月8日、富山県高岡市に生まれる。のちに日東製網代表取締役となる父の小林嗣宜[2]が当時同社の高岡工場長を務めていたため[3]。英数学館高等学校卒業。上智大学理工学部化学科卒業[4]。
  • 2007年 - 株式会社NTTドコモ入社[4]。
    • NTTドコモ時代は、法人営業と人事の採用担当を務めた。「ちょうどおサイフケータイが始まった頃で、これはおもしろいなと。24時間365日手元にあるモノに電話やメール、情報が届いて、しかも1人1人を識別できるからカスタマイズできる。人の生き方そのものというか、意識や行動にものすごく影響できるツールなんじゃないかって思った」と入社の動機を語っている。[5] 入社直後の研修は群馬支店に配属され、ブラジル人の来客が多かったことから、モバイルに通訳機能を載せられれば、どこでも好きなところに住んで生活できる可能性を感じ、テクノロジや通信をどんどん世の中で活用していけば、そんな風にさまざまな障壁を越えられて、フェアな社会ができるのではないかと実感したという。[5]
<社会人時代
人の意識を変える仕事がしたいと思い、株式会社NTTドコモに入社。
今でも携帯の操作には詳しく、議員の先輩方から相談されることが多い。
群馬支店法人営業部に配属される。お客様の想いに応え、課題を解決することが楽しかったが、法律の規制でできないこともあった。
ルールを変えることで、もっと多くの人たちが活躍できたり、幸せになると感じ、政治家になることを考えだす。
人事に異動し、新卒採用に携わる。
これから社会に出ていく多くの学生たちが自分の将来を語れない姿を見た時に、大きな違和感を持つ。とりあえず有名大学、とりあえず有名企業へ就職、ではなく、早い時期から将来を真剣に考え、自分で人生を選択する力をつけるキャリア教育が必要だと感じ、採用活動の傍らインターンシップ等、学生の意識改革に力を注いだ。営業と人事の経験から全ては人次第だと強く感じ、より多くの人の意識を変えれば自分たちが生きていく世界も、もっと明るいものにできると考え、政治の道へ進むことを決める。
衆議院議員1期目
福山での公募の機会を知り、応募。2012年の第46回衆議院議員総選挙にて93,491票の信任を得て、初当選。
当選後は教育政策やIT政策などに積極的に取り組む。IT特命委員会で担当した行政システムの効率化では、霞が関の官庁システムの統合・クラウド化により毎年900億円の費用削減を実現した。
https://fumiaki-kobayashi.jp/profile
が、1月20日付けで大臣補佐官に起用された。小林氏には、河野氏の片腕として、今後ワクチン接種が全国で迅速に実施されるための体制の企画立案から整備といった部分で手腕を振るうことが期待されている。
 補佐官就任当日、小林氏は、ワクチン接種は新型コロナ収束に向けた「重要な道筋だ」として「河野大臣のチームでしっかりと全うできるよう頑張りたい」と意気込みを語った。今回、突如脚光を浴びる形となった小林氏だが、「またデジタルですか?って言われないかな」と仲間内からのありもしない批判を自ら心配するほど、自民党きっての“デジタル通”議員だという。いったいどんな人物なのか。 
小林氏は、2012年に衆院広島7区で初当選し、現在当選3回生のいわゆる“若手議員”だ。政界入りする前はNTTドコモに勤務し法人営業などを担当しており、本人いわく、この時に地域ごとに存在する行政の縦割りや規制の壁にぶつかったことが、政治家を志すきっかけだったという。
つまり、“令和の壊し屋”と周囲から呼ばれ「縦割り110番」の創設者である河野氏とは、通底するものがあるのだ。さらにこの2人、かつて自民党内で行政の在り方や規制改革を議論する「行政改革推進本部」において上司(河野氏)と部下(小林氏)の関係だったこともあった。今回の補佐官抜擢の裏には、河野氏にとって顔なじみで仕事がやりやすいなどの理由もあったのかもしれない。
小林氏は以前、取材に対して「デジタル化とは理想とする社会を実現する手段であって目的ではないので」と語ったことがあった。その言葉通りに、デジタル化という手段も用いながら、当選1回生の頃から「政府のクラウド化」といった行政システム改革をはじめ、電波・通信の改革といった分野に注力し、総務省や内閣府の大臣政務官といった役職もこなした。
去年は、自民党の歴代首相経験者の多くも若手時代に経験し出世の“登竜門”とされる党青年局長に就任。徹底的に“青年局のデジタル化“を図り、定例会のオンライン化はもちろん、専用のウェブサイト上で資料の共有ができるシステムを構築するなど、どこでも誰でも参加し議論できる環境を作った。そして、今年は菅政権の肝いり政策であるデジタル庁設置などを議論する党のデジタル社会推進本部の事務総長を務めている。
自民党総裁選挙の方式めぐり、党執行部と激突 
その小林氏が若手のリーダーの1人としての積極的な行動を見せた出来事があった。安倍前首相の突然の辞任を受けて行われた去年9月の自民党総裁選挙で、その選挙方式を巡り党執行部と若手が激突した時のことだ。
総裁選は通常の方式では、党所属の国会議員票に全国の党員(党友)票を加えた合計で争われる。しかし執行部は、新型コロナ対策が急がれる中での総裁選は党則における「特に緊急を要する場合」にあたるとして、選挙の準備等に時間のかからない国会議員と都道府県の代表のみが投票できる両院議員総会という簡易方式での選挙とする方針を打ち出した。
この方針については、すでに国会議員票で優勢だった菅首相の勝利を確実なものとするため、党員票に左右されにくい簡易方式で行うよう菅支持陣営が画策したものだといった見方が出ていた。
こうした中、青年局長だった小林氏は、「通常の総裁選ができない理由が明確でない」などとして、若手議員を中心に、党員票も含めた通常方式での総裁選を求めた。小林氏らは、党所属国会議員の約4割から署名を集めるなど最後まで徹底抗戦の構えを見せたが、結果としては党執行部の主張通り、簡易方式での総裁選が決定された。それでも、若手議員を中心に「小林さんは(執行部相手に)一歩も引かなかった」などと、政治家としての“芯の強さ”を評価する声が挙がった。
ちなみに、この決定の直後、報道陣から心境を聞かれた小林氏は、「負けました!」と自らの力不足を素直に認めつつ、通常方式では時間がかかるという理由は「事務処理の問題だ」として、今後“総裁選のデジタル化”が必要だと、最後は小林氏らしさを覗かせた。
そして今般、小林氏が挑むことになった、ワクチン接種の調整という新たな任務。デジタルなどに精通し必要ならば摩擦もいとわない小林氏にうってつけの課題といえるが、今回は総裁選の時のように主張するだけではなく、国民のために結果=>成果を出すことが求められる重要任務だ
河野大臣のもとで、どのように力を発揮し、どのような結果を出していけるのか、その手腕が本格的に問われている。 


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