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弧状列島,共助,「蒙古軍の敗退」 『立正安国論』の予言は 当たったのか・・・?

2020-08-04 16:45:21 | 連絡
「蒙古軍の敗退」と『立正安国論』

 1274年(文永11年)、佐渡流罪を許された日蓮は鎌倉に戻り、平頼綱に蒙古への対策について意見し、法華経を信じるよう要請するが相手にされなかった。

 それから間もなく、身延に建立した久遠寺へ入山している。

 その年の11月、蒙古軍は博多に押し寄せてきた(文永の役)。

 このとき、日蓮は自らの予言を改めて信じたという。

 しかし、1281年(弘安4年)にも2度目の襲来があったが(弘安の役)、いずれも大風によって蒙古軍が退散している。

『立正安国論』の予言は
当たったのか・・・?

 『立正安国論』に書かれた「外国による侵略」は、実際に起こったものの執権北条時宗の政策もあって何とか退けることができた。

 蒙古軍が敗退したことは、日蓮にとって予想外のものだったとも考えられるが、そのことについて日蓮は何も語っていない。

 日蓮は、身延に入山してから10年近く外に出なかったという。

 1282年(弘安5年)、体調を崩していた日蓮は常陸へ湯治の旅に出るが、その途中、武蔵野国の池上宗仲邸で亡くなっている(参考:池上本門寺)。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/nitiren-risshoankokuron.htm



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