【ワシントン=八十島綾平】トランプ米大統領
は6月12日、日本製鉄によるUSスチール買収計画について「我々は(USスチールの)黄金株を持つ。
大統領がコントロールする」と述べた。
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黄金株(拒否権付き種類株式)
1株でも取締役の選任・解任や株主総会決議を拒否できるなど、通常の議決権よりも強い権限を持つ特殊な株式。
日本では資源開発大手INPEXの黄金株を政府が持ち、影響力を維持している。INPEXの例ではエネルギー安定供給の担保にもなることから経済安全保障にもつながる。
拒否権の内容によっては経営の自由度が制限されたり、黄金株の存在がリスクと見なされ株価の評価が下がったりする恐れもある。
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詳細については説明しなかったが、米国側がUSスチールの経営を管理する枠組みになると強調した。
12日、ホワイトハウス内で記者団に話した。関税策や自動車規制など他の事案について説明するなかで、日鉄の買収計画についても短く言及した。
黄金株について「(米国側に)完全なコントロールをもたらす」とも述べた。
黄金株は少数の持ち分でも経営の重要事項について拒否権を持つ種類株式だ。
1株の保有でも、取締役の選任・解任や株主総会決議を拒否する権限を持つことができる。
5月下旬、日鉄が米政府への譲渡を検討していることが明らかになっていた。
日鉄は黄金株を活用することで、USスチール買収の前提としている完全子会社化を実現しつつ、同社の経営に影響力を持ちたいトランプ政権の方針も両立できる可能性がある。
日鉄がUSスチールを完全子会社化したうえで、USスチールが米政府に黄金株を発行する枠組みが考えられる。
トランプ氏は12日、米政府が黄金株を取得すると述べた直後に「米国人が51%の所有権を持つ」とも話した。
黄金株を持つことが、実質的にUSスチールの経営の支配権を握ることに相当すると説明したとも解釈はできるが、詳細には触れず真意は不明だ。
トランプ氏は日鉄とUSスチールの提携を歓迎する意向を示す一方、USスチールは「米国企業として存続する」と一貫して主張している。
5日までには買収を巡る最終判断を公表するとみられてきたが、期限を過ぎても判断は示されていない。
トランプ氏が日鉄の買収計画を最終承認するためには、バイデン前大統領が1月に出した買収中止命令を破棄する必要がある。
日鉄は買収実現に向けて、米政府との間で「国家安全保障協定」を結ぶことが条件となる見通しだ。
本社を国外移転しないことなどが盛り込まれる可能性がある。
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●今村卓 丸紅 執行役員 丸紅経済研究所社長・CSO補佐
「
分析・考察:
トランプ氏のいう51%やコントロールは、米国政府が黄金株を持つことへの本人なりの解釈では。
大統領の役割、この買収計画の政治的な重要性が高いと思えないこと、これまでの同氏の発言のぶれからみて、日鉄、USスチールと米国政府の交渉の細部まで同氏が関与しているとは思えません。
同氏の発言が日鉄に圧力となる交渉の枠組みになっているとも思えず。
黄金株に付与する権限は日鉄など当事者が大詰めの交渉中、詳細は結果の発表まで明らかにならないでしょう。
当事者以外は、黄金株を巡る交渉に至った現状が買収成立への前進であり日鉄の買収断念や過度の譲歩を強いられる可能性が小さくなっている表れと理解するのが今は適切では。
」
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●越直美 三浦法律事務所 弁護士/OnBoard CEO
「
分析・考察:
米国側がUSスチールの経営を管理する手法として、黄金株や国家安全保障協定が言われるが、そのスキーム以上に中身が問題。
米国政府の拒否権や同意事項が、取締役の選任だけではなく「生産水準の維持」にまで及ぶ場合は、日鉄が事業再編や人員削減を自由にできなくなり、経営が悪化した場合のリスクが大きい。
また、「10年間」などの期間を限定するサンセット条項が入るかにもよる。
拒否権を持つ「米国政府」は4年ごとの大統領選で変わる。
特にペンシルベニア州は大統領選の激戦州であるため、期間が長くなるほど、政治に振り回されるリスクを負うことになる。
」
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●長内厚 早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
「
分析・考察 :
トランプ大統領の発言は単なる思いつきなのかディールをうまく進めるためのブラフなのか分からないことが多いが、日本製鉄が49%出資かつ黄金株はアメリカ政府が持つと言うことであればもはやそれは買収ではなく、そんな都合の良い投資は日本製鉄としてもできないだろう。
ただ、ソニーがコロンビアピクチャーズを買収したときもアメリカの魂を買われたと批判があったが、製鉄も世論として感情的になる部分が大きく、トランプ大統領が色んなアイデアを発することで世論の情緒の探りを入れていると考えるのは希望的観測すぎるだろうか。
ただ、バイデン政権時よりは少しは進歩しているのかもしれないので忍耐強い交渉が求められるだろう。
」
● 福井健策 骨董通り法律事務所 代表/弁護士・ニューヨーク州弁護
「
分析・考察:
当初から「これは本当に『買収』なのか?」と書いて来ましたが、思い付きと印象操作のトランプ発言にこれ以上振り回されるのも何なので、コメントは減らしていました。
課題面は専門の皆さんの精緻なコメントに譲るとして、経営の素人からの素朴な疑問を改めて。
そもそも基盤の安定した日鉄が、政治・雇用・社会面でこれだけリスクが顕在化した国で、業績低迷の企業を買収するメリットは再評価されているのでしょうか。
例の違約金はあるにせよ、です。
この件を離れた一般論として、日本では妥結が近づくと「進むしかない」になりがちです。
しかし、どんな交渉でも妥結が近づいた瞬間こそが、進むか退くかを冷静に考える一番大事なときですね。
」
● 窪田真之 楽天証券 チーフ・ストラテジスト
「
ひとこと解説:
「米国人が(USスチールの)51%を所有する」というトランプ大統領の発言の意味が問題だ。
「日鉄が49%しか出資できない」という意味なら日鉄にもUSスチールにもダメージ大。
日鉄はUSスチールに電磁鋼板やハイテン材の技術導入ができなくなる。
したがってUSスチールが真に強い鉄鋼企業として復活する道筋が見えなくなる。 日鉄は49%しか出資できず米国政府に黄金株を握られるならば、出資メリットはない。
別の米国鉄鋼企業買収、あるいは単独で米国現地生産立ち上げを検討する必要も出る。
ただし、何をするにも米国政府の許可が要るので実現は難しい。
米国鉄鋼産業がさらに弱体化するのを待つ熟柿戦略しかなくなる可能性も。
」
●鈴木一人 東京大学 公共政策大学院 教授
「
分析・考察:
相変わらず思いつきでしか話をしていないというのが問題。
黄金株を持つことは、その1株を持っていても経営に介入することが出来るということを意味するが、それと51%の所有権=株式を持つという話は矛盾する。
要するに、具体的にどのような形で問題を決着させるか考えず、思いつきで語っているので、こうした矛盾が平気で存在する。
USスチールの買収に関しては、最終形態をイメージしないまま、「アメリカの所有」という点にこだわり続けているため、いろんな話が出てくる。
誰かがトランプ大統領の納得する形のパッケージを持っていかなければ、いつまで経っても解決しないだろう。