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【話者略歴】 小原凡司氏 DEEP DIVE代表理事 笹川平和財団上席フェローで専門は外交・安全保障、防衛大学校出身で駐中国防衛駐在官など歴任
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小泉悠氏 DEEP DIVE理事 東京大学先端科学技術研究センター准教授 ロシアの軍事・安全保障政策が専門 近著「情報分析力」
小泉悠
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北朝鮮
のミサイル発射や、
ロシア
によるウクライナ侵攻。
その兆候をつかむため、欠かせないのが衛星画像
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だ。
軍事的緊張が高まると、ニュースでも度々取り上げられる1枚の写真。
専門家たちはこの写真の「どこから」「何を」見ているのか?
民間のインテリジェンス組織「DEEP DIVE」
を立ち上げた、衛星画像分析のスペシャリスト2人に話を聞いた。
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「中国軍の本当の実力」?「台湾有事の兆候」がどう分かる? 小原凡司×小泉悠…軍事アナリストは「衛星画像」のどこを見ている?|どうなる会議
ー24分ー
0:18 小原凡司・小泉悠
2人のプロフェッショナル紹介 1:59
空母「福建」 3本の電磁カタパルト 5:14
後方の機体 技術をアメリカから「窃取?」
9:23 建造中の駆逐艦を覆う「目隠し」
11:42 衛星画像分析とは
14:23 MAXAR社と個人契約 日本人1人目と2人目?
16:23 忖度?見えないことも 地上の力学と無縁でない
17:34 グーグルアースとどう違う?
20:14 各国政府・民間のハブに 23:20 アンドリュー・クレピネビッチの「戦略縦深」
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■この写真の「どこを見るのか」 プロの3つの“着眼点”
日本テレビ国際部・坂井英人記者:今回見せてもらえる、この写真は、何が写されているものでしょうか?
DEEP DIVE・小原凡司代表理事:去年12月20日に撮影された、
中国
の上海江南造船所の写真です。
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上海江南造船所#2021/05/24 #池田 徳宏(元海上自衛隊呉地方総監/海将)
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「福建」という中国3隻目の空母が写っていて、
昨年5月からは海上公試も始めています。
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中国3隻目の空母「福建」が初の試験航海に出発 中国メディアが報道#2024/5/1# 高橋浩祐# 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
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■【プロの着眼点1】3本の電磁カタパルト
小原:中国空母の中で「福建」が新しいのは、3本の電磁カタパルトを装備していることです(カタパルト=空母から発艦するため、航空機を加速する装置)。この電磁カタパルトは、アメリカでも最新の空母しか搭載していませんが4本あるんです。
では、なぜ中国は3本だったのか。
小原:カタパルトはレールだけでなく、その下に磁気を発生させるコイルが並んでいます。
また、それを管制するシステムなどもあるので、総量が少し大きくなったのではないか。
中国が、決まった大きさの中に入れ込むだけの設計ができなかったのではないかと思います。
【プロの着眼点2】右舷に2基のエレベーター
小原:画像をよく見ると、飛行甲板の下にある飛行機の格納庫に、航空機を上げ下げするためのエレベーターの板があります。
「福建」には右舷に2基あるように見えます。
本当は船の左側にも作りたかったけど、作れなかったんじゃないか。
アメリカの(最新のフォード級)空母では、左舷と右舷の両方に計3基エレベーターがあります。1回に2機ずつ上げ下げできるとすると、3基あれば、同時に6機の航空機を動かせます。
ただ、中国のようにエレベーターが2基だと、動かせる航空機は4機。カタパルト、そしてエレベーターの数の差が、どのくらいの戦闘力の差になるのか。そういうことも検証することになります。
【プロの着眼点3】空母後方に置かれた機体
DEEP DIVE・小泉悠理事:私が面白いと思ったのは、空母の後方。
大きなレーダーを積んだ飛行機が見えることです。
(空母で運用する艦載機としては) 中国海軍がまだ実用化していないはずの機体です。
坂井:初歩的ですが、このレーダーをつけた飛行機っていうのはどういう役割をするんでしょうか?
小原:これは早期警戒管制機
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中国の軍用機 写真特集#2014年11月11日#AFP=時事
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というものです。
通常の戦闘機は、そんなに大きなレーダーを積めない。
そのため、こういった大きなレーダーを持った航空機が高い高度に行って、広大な範囲をカバーして、その情報を戦闘機と共有するんです。
小泉:つまりは(空中戦の)司令塔のようなものです。
小原:この画像に写っているのは、ハンドリングを検証するためのモックアップ(模型)みたいなものですが、この管制機がいると、
中国大陸からはるか離れた海上、例えばアメリカ本土(付近)でも、(空母に)搭載する戦闘機の戦闘力を維持することができることになるんです。
■「世界で2番目の能力を持つ国にほぼなりつつある」
小泉: 船から戦闘機を飛ばすだけだったら、できる国は結構あります。
ただ、こんな大きなレーダーを積んだ司令塔を空母から発進させる能力を持っている国は、現状アメリカと、そのアメリカ製のシステムを丸ごと買ってきたフランスぐらい。こういう強力なカタパルトを実用化できた国も、西側ではアメリカだけです。
いま中国は、アメリカに次いで、空母から司令塔を打ち出せる能力を持つ世界で2番目の国にほぼなりつつあって、そういう試験をやっている。
そんなことも、この衛星画像から読み取れるということです。
小原:この中国空母に置かれているものは、米海軍が使っている空中警戒管制機と、形が非常によく似ています。
翼のたたみ方まで。
そうすると、中国はその技術をどこかから窃取=そっと盗み取ること= 、盗んだのではないかということがアメリカでも言われています。
■冷戦時代なら「最高軍事機密」のものが…
小泉:改めて見ると、この衛星画像ってすごい解像度ですよね。
400キロ上空とかで撮っているのに。
冷戦時代だったら、間違いなく最高軍事機密で、米ソのごく限られた分析官と国家首脳部だけが見ることを許されるようなものだったはずです。
それが今、お金を出せば買えてしまうし、我々民間人が分析をすることもできるという時代。
例えば、台湾有事や北朝鮮の核が喫緊の課題だと言うんだったら、
できることは実際にやってみましょうというのが、私たちの大きなモチベーションなんです。
■建造中の駆逐艦を覆う“目隠し” 何を隠そうとしているのか
坂井:もう1つ、先ほどの江南造船所とは別の場所で、他の人民解放軍の軍艦が建造中ということですが。
小原:この駆逐艦は長さ約180メートル、最大の055型駆逐艦です。今はこれが、第2バッチの船です。(バッチ=共通の設計などに基づき一度に製造されるもののグループ)。
不思議なのがこの駆逐艦には「艦橋シェルター」という目隠しが、船全体の上にかかっているんです。
小原:この写真でみると、艦首に近い部分と、艦橋の前方と中部にあります。
艦首に近い部分(※画像左の黄色部分)というのは、駆逐艦の主砲が置かれます。
=サイト
参照
=
この055型駆逐艦というのはレールガンを搭載するんじゃないかとずっと言われていました。
速度が速く、命中するまでの時間も短い、画期的な兵器と言われているものですね。
ただ、すでに進水している(第2バッチの)別の055型駆逐艦を見ると、主砲はこれまで通りのもので、レールガンのようには見えない。
ならば、「なぜ隠し続けているのか」ということなんですね。
ほかの“目隠し”もそうです。
艦橋の前に置く装置が今までと少し違うのか。
甲板の中にどんな発電機やエンジンを入れるか、見せたくないのではないか。この環境シェルターがかかっている場所から、そんなことを考えるわけです。
坂井:こんなところまで見えるものなんですね、衛星画像って。
■衛星画像分析 まず何から始める?
小原:衛星画像を分析するとき、まず「どこを見るのか」というのを決めるのが大事です。
これをAOI(Area of Interest=関心領域、観測する地点)といいます。
有事のときに「この港に船が集中するはずだ」、「この場所に物資や兵力が集中するはずだ」という場所。
そこを定期的に見ておく必要があるんです。
そうすると、過去、大きな演習が行われる前にどういう動きがあったのか、どういうパターンを描いたのかを見ることができれば、同じような時に大規模な部隊の行動が起こると分かるわけです。これをPOL(Pattern of Life=活動のパターン)といいます。
小泉:衛星画像って「上から見ると何かが分かる」というイメージを持たれやすい。
実際それもあるんですけど、やはりある程度、対象について知っている必要があります。
実は、大事なのはバックグラウンドの知識。
衛星画像は、そこに「最後の意味」を加えるものだと私は思ってます。
坂井:じゃあ、分析する人間がもう本当に鍵というか…。
小泉:そう。誰が見るか(が大事)。
実はこの衛星画像って、我々が対象のことをどこまでよくわかってるかということの合わせ鏡でもありますよね。
■グーグルアースは「使わない手はない」けれども…
小泉:みんなの中にある衛星画像のイメージといえば、グーグルアースですよね。これだけ簡単に使えたらすごく良いです。
ただ、(本格的な分析目的で)このクラスで簡単に使えるものというのは、本当に限られます。
小原:グーグルは、撮った写真を加工して、非常に綺麗に見せてくれる。
これはこれで使い道がありますが、まず最新の状態を見られない。
そして(見たい時期を選んで)経過を知ることができないんです。
小原:こちらは(中国・遼寧省にある)艦載機の訓練施設です。
下記サイト参照
小泉:半年ぐらい前(2024年7月撮影)ですね。
ただ、こういう風にすごくきれいな画像があると、モデルデータになります。つまり「この飛行機は一番きれいな条件で宇宙から見ると、こんな風に見える」というひな型になるわけです。
一方で、(最新の)衛星画像を見ると、天気が悪かったり、日がかげっていたり、いろんな理由ではっきり見えないことがある。
そのとき「こういう見え方をするはずだから、この機体と合致するんじゃないか」と、グーグルアースを参照しながら見ることもできる。
いくら見てもタダですから、使わない手はないですね。
■衛星画像は「魔法の目ではない」
小泉:アメリカの衛星画像を使うと、アメリカ政府や米軍が見せたくないもの、あるいは、その会社にとって大口の顧客が見せたくないものは、買い上げられてしまったり、忖度(そんたく)でブロックされたりして見られないという場合が、結構あります。
衛星画像というのは、「魔法の目」みたいなものだと考えるべきではない。
人間の、この地上のつまらない力学から無縁ではないんです。
ただ、そういうものも幾つか組み合わせることによって、「こんなことが起きているんじゃないのか」という推測の精度を上げることはできる。
だから今、私たちが手にしているものとその限界とを両方考えながら、衛星画像とは付き合っていくんだと思っています。(2月下旬取材)