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福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002〜08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。
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米国のトランプ大統領
が4月9日、米国にとって貿易赤字が大きい国や地域を対象にした「相互関税」を発動する。
このトランプ関税が世界経済にどのような影響を与えるかについては、多くのエコノミストや専門家が悲観的な意見を各メディアで発表している。
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【写真】総合関税を発表するトランプ大統領
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だが、チャイナウォッチャーからすると、このトランプ関税を単なる米国の貿易赤字解消を目的とした経済政策であるとか、マッキンリー関税の復活だとか、そういう経済的な意味以上に、米国の対中政策の観点では違う景色が見えてくる。
トランプ関税は、スティーブン・ミラン(トランプ政権の大統領経済諮問委員会委員長)の提言「マール・ア・ラーゴ合意」の実現を目標にしており、「経済のグローバリズムを終焉させ、重商主義に回帰しようとしている」といった分析を披露する評論家もいる。
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確かに、トランプ大統領が就任演説で憧憬を語ったマッキンリー大統領の高関税政策を参考にしているなら、同政策の歴史的評価と同じように失敗することは目に見えており、貿易赤字解消どころか、米国経済を悪化させるという悲観論になる。
だが、トランプ関税の目的を中国に対する封じ込め、あるいは
中国
の製造業をグローバルサプライチェーンから排除し、新たな中国抜きのグローバル経済枠組みの再構築を狙っていると捉えると、そのたくらみはひょっとすると成功するかもしれない。
■ ターゲットは中国
トランプ大統領は2日、世界各国に対し相互関税を課すと発表し、全ての輸入品に一律10%の基本関税を課した上で、それぞれの国の関税や非関税障壁を考慮し、国ごとの相互関税率を上乗せする、とした。
日本に対する関税率が24%、欧州20%、英国10%、韓国25%と同盟国に対しても容赦ない。
他方、中国に対しては34%で、相互関税の税率だけを見れば、台湾の32%、ベトナム46%、カンボジア49%、ミャンマー44%、ラオス48%とアジア各国を比べても、突出して高いというわけではない。
ただ、中国以外の国とは、ディール、交渉の余地があることも示されている。たとえば
日本も付加価値税(消費税)の見直しや、防衛支出増などが対米ディールの材料となるかもしれない。
日本国民からすれば、米国からの圧力で消費税減税が実現するならむしろ、ありがたいかもしれない。
こうしたトランプ政権の動きに対し、中国は4日夜、早くも報復関税34%をすべての米国製品に追加で課すことを発表した。
今のところ米中間で相互に妥協点を探る交渉はない様子だ。
私は、トランプ関税はすべての国に平等に全方位に向かっているように見えて、本当は中国一国をターゲットにしているとみている。
その理由は次のようなものだ。
■ 実は中国に課される関税率は猛烈に高い
中国の相互関税率は34%と発表されているが、すでにフェンタニル密輸に対する懲罰関税として20%が課されており、2025年に課された追加関税は54%になっている。
その前に2018年、2019年に課された301条対中追加関税を合わせると
4月9日から発動される関税は少なくとも累積65%以上となる。
さらにトランプはベネズエラから石油を購入し続ける国に対して、25%の関税をかけるとしている。
これは米国におけるベネズエラ移民の犯罪に対する懲罰ということだが、
ベネズエラ産石油の最大輸出国は中国であり、
実は対中制裁が本当の狙いだという見方がある。
中国はベネズエラ産石油の購入を継続すれば累積関税は90%以上となる。
さらにトランプ大統領は世界中で鉄鋼関税を25%、
自動車関税を100%引き上げ、
特に中国の貨物船がアメリカの港に入港するのを阻止するために、
米国の港に寄港する中国船とコンテナへの追加ドッキング料を課すとしたら、中国に対する関税が一番厳しくなるだろう。
中国より高額関税率のカンボジア、タイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、ブラジルなどは実際のところトランプ政権1期目の貿易戦争時、
中国製造業拠点が多く移転されている国であり、
中国製造品の関税回避の抜け道となっていた。
これら国に対する関税は、実際は中国製造業をターゲットにしているという見方がある。
このように中国をターゲットとして、
その米国を中心とする経済圏から中国をデカップリングするのが目的とすると、少なくとも今年の中国の国内総生産(GDP)成長率は1〜2.4%のマイナス影響を受けるといった推計が華人エコノミストたちの間でも出ている。
つまり、今年の全人代(全国人民代表大会)で李強首相が打ち出したGDP成長率5%目標を達成するのは無理、という話だ。
中国経済は消費、輸出、投資という3つのけん引力で支えられているが、
消費はかねてから低迷し、
投資も落ち込み、
その上、輸出も壊滅状態となり、
すでに減速中の中国経済はさらにどん底に追い込まれるだろう。
中国が従来の西側市場のサプライチェーンからデカップリングされても、
グローバルサウス経済圏で中国中心のサプライチェーンを再構築するので大丈夫だろうという楽観的意見もある。
だが、それには時間とコストがかかり、それに中国が耐えられるだろうか。
もちろん米国経済もその他国々の経済もマイナス影響を受けるが、
中国の産業構造が他地域と比して長期的に重いマイナス影響を受ける可能性があると、
台湾・南華大学国際事務企業学科の孫国祥教授もラジオフリーアジアで指摘していた。
すでに、中国の港湾では対米輸出用積荷の多く出荷がキャンセルされているともいう。
さらにもう一つ興味深いのが、台湾の反応だ。
■ 台湾のしたたかな対米戦略
今回、トランプ政権が2日に発表した各国における相互関税の関税率表をみると、台湾は32%と、中国よりも若干低いものの高い関税がかけられている。
だが、ここで注意すべきは、関税率の高さではなく、
トランプ政権が台湾を国(カントリー)としてリストアップしたことだ。
中国は関税の高さ以上に、この台湾の国扱いに激しい抗議を行っている。
そして、台湾はすぐさま、この米国の高関税通告に対し報復関税を課さないことを発表した。
頼清徳・台湾総統は、このトランプ関税に対し5つの対応戦略を打ちだしている。
①1つ目は、米国の相互関税に関し、
台湾はいかなる報復関税措置を取らず、
米国との交渉を通じて全力で相互関税の改善を勝ち取る。
台湾はすでに対米交渉チームを結成し、
米台間で相互ゼロ関税に向けた交渉を開始する方向だという。
また、米国の貿易赤字削減のために台湾は米国からの調達を拡大する方針だ。台湾行政院は農産物、工業製品、石油、天然ガス製品を米国から大規模購入するための目録を完成させている。
国防部は米国からの軍事装備・兵器購入リストを作成し、こうした購入拡大計画が積極的に進められているという。
台湾企業の対米投資拡大も打ち出しており、
目下台湾の累計対米投資金額は1000億ドルを超えるが、さらに台湾セミコンダクター(TSMC)の投資拡大以外にも、電子、通信、石油化学・天然ガス産業などの分野で投資を加速し、台米産業協力を深化させていくという。
また台湾政府として「台湾対米投資チーム」を支援し、米国による「米国対台湾投資チーム」の相互協力を期待し、台湾と米国がより緊密な経済貿易協力を行い、将来的に経済の黄金時代を築くことを期待している、という。
非関税障壁については、積極的に解消して、交渉を円滑に進めたいという。
また、米国が台湾に対して長年懸念を示してきたハイテク製品の輸出規制や低価格ダンピング品、原産地ロンダリングなどの問題も解決していくことを約束した。
➁ 2つ目の戦略としては産業支援計画を打ち出し、
相互関税によってショックを受ける台湾の産業、
特に伝統産業や中小マイクロ企業に対して、適時、支援や助成を行い、
イノベーションを促進していくという。
➂3つ目の戦略として、中長期経済発展計画を打ち出し、
将来の経済的な挑戦を突破できるようにする。
政府は盟友国家と積極的に協力し、多極的市場を開拓し、産業チェーンの上流、中流、下流の統合を強化し、台湾産業を取り巻く環境をより完璧にして、産業のハイレベル転換を推進する。
④4つ目は、「台湾+1」という、台湾とアメリカの新しいレイアウトを打ち出す。
米国企業が台湾に立脚してグローバルに全世界に販売網を展開できるようにする。特に重要なのは、台湾がかならず政治的に安定していること。サプライチェーンの新しいレイアウトを活用し、台湾と米国の産業協力を強化し、さらに台湾企業の米国市場参入の足掛かりにする。
⑤5つ目の戦略は、各産業界に対し聞き取り調査をしっかり行い、米国の相互関税による影響をしっかりと分析する。行政院長をトップとしたチームによって産業界の意見を聞き取り、問題解決ができるように政策を調整する。
頼清徳は目下台湾が直面する挑戦とは、政府と民間が手を取り合い協力すること、そして行政院(政府)と立法院(国会)が与野党分裂せずに指示できる台湾経済打開の道を切り開くことだと訴えた。
重要なのは、米国の経済発展に対する台湾の貢献を米国に明確に知らせることだ、と言い、さらに重要なことは、世界経済情勢の変化を積極的に把握し、台米産業協力を強化し、グローバル・サプライチェーンにおける台湾産業の地位を高めることである、とした。
私はこの台湾の反応が、もっともトランプ政権の関税戦略の意図を正確にとらえたものだろうとみている。
■ 日本は米国が迫る「踏み絵」だと理解しているのか
頼清徳は先日、中国を国外敵対勢力と名指しし、米国サイドに立つことを表明した。
これは来る米中対立先鋭化、そして新東西冷戦時代を見据えたものだ。
今回のトランプ相互関税についても頼清徳は、米国が世界に対し、交渉を経て相互利益関係を明確にした上で中国封じ込めに参加するか、それとも中国が構築しようとしている新たな経済圏に加わるか、その選択を迫るものだとみている。
だから、台湾は報復関税をせず、むしろ米国との経済一体化を進める選択肢を固めた。それが、中国の侵略の脅威にさらされている台湾にとって自国の主権を守る唯一の選択であり、そして国際社会の孤児であった台湾が、再び国際社会の主要メンバーとして迎えられるシナリオに続く選択だろう、という判断なのだ。
この台湾の決断について、日本はよく考える必要がある。
米中対立の先鋭化、そして新冷戦時代を経て再構築される国際社会の枠組みがどのようなものであってほしいか、その中で
日本
がどのようなポジションにつくのか、そういうイメージを持つことが、この不確実性時代の国家を導くリーダーに求められるのではないか。