世界標準技術開発F2F会議

小電力無線IEEE802規格開発会議,奇数月,米欧亜大洋州都市開催

(^_^♪) 🧑‍🎤 👅 NSP/夕暮れ時はさびしそう

2021-11-30 17:32:21 | 連絡
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うた(^_^♪) 🧑‍🎤を歌って楽しく健康増進=介護の予防を目指しましょう。

《毎日ボイトレ》👅舌トレで音域拡大・声質改善・滑舌改善・嚥下改善

<<<(^_^♪) 🧑‍🎤 👅
NSP/夕暮れ時はさびしそう
夕暮れ時はさびしそう - N.S.P (歌詞CC付)

 
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(^_^♪) 🧑‍🎤 👅 NSP/さよなら

2021-11-30 17:26:21 | 連絡
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うた(^_^♪) 🧑‍🎤を歌って楽しく健康増進=介護の予防を目指しましょう。

《毎日ボイトレ》👅舌トレで音域拡大・声質改善・滑舌改善・嚥下改善

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NSP/さよなら


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NSPメンバー・中村貴之さん、肺がんのため死去 68歳=古希 七十歳-2年か

2021-11-30 17:14:13 | 連絡
★68歳=古希 七十歳-2年か>
11/30(火) 5:00配信
フォークグループ、NSPのボーカル兼ギター、中村貴之さんが肺がんのため東京都内の病院で27日に死去していたことが29日、分かった。68歳。岩手県出身。通夜・告別式は近親者のみで行われ、喪主は中村さんの妻が務める。 1972年に天野滋さん(2005年死去、享年52)と平賀和人(67)とNSPを結成。73年に
「さよなら」でデビューし、74年に「夕暮れ時はさびしそう」が大ヒットした。

〇長 寿 の 心 得
還暦 六十歳で お迎えが来た時は、ただいま留守と云え。 古希 七十歳で お迎えが来た時は、まだまだ早いと云え。 喜寿 七十七歳でお迎えが来た時は、せくな老楽これからよと云え。 傘寿 八十歳で お迎えが来た時は、なんのまだまだ役に立つと云え。 米寿 八十八歳でお迎えが来た時は、もう少しお米を食べてからと云え。 卒寿 九十歳で お迎えが来た時は、そう急がずともよいと云え。 白寿 九十九歳でお迎えが来た時は、頃を見てこちらからボチボチ行くと云え。









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立憲民主党代表選候補者は「防衛・治安」政策に対して無知・・・無視の国会議員か11月29日放送OK! Cozy up!兼原信克が出演

2021-11-30 14:27:20 | 連絡
★立憲民主党代表選候補者は「防衛・治安」政策に対して無知・無理解・無関心・無視の国会議員か>
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By - NEWS ONLINE 編集部 公開:2021-11-29 更新:2021-11-29 
安全保障の見識がない人には国政を任せられない ~立憲民主党代表選
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(11月29日放送)に元内閣官房副長官補・同志社大学特別客員教授の兼原信克が出演。11月30日に投開票となる立憲民主党の代表選について解説した。 
立憲民主党の代表選
11月19日に告示された立憲民主党の代表選は30日の臨時党大会で投開票が行われる。代表選には逢坂誠二元総理補佐官、小川淳也元総務政務官、泉健太政調会長、西村智奈美元厚生労働副大臣の4人が立候補している
安全保障の議論をする人がいない ~外務省は神様ではない
飯田)先日、候補者4人の方々に日替わりでインタビューをさせてもらいました。30日に投開票され、新しい代表が決定するという運びですが、どこに注目されていますか?
兼原)中国など周りの環境が厳しいので、安全保障の見識がない人には国政を任せられないですよね。政権を取るのであれば、安全保障についてしっかり勉強して欲しいと思います。「反権力は正義」というような人たちだったので、安全保障にずっと反対して来られましたけれども、4人のなかで安全保障を議論している人がいないですよね。そこはお任せというか。「誰に任せるのか? アメリカですか?」という話です。
飯田)交渉や外交努力をするというような。
兼原)私は外務省におりましたのでわかりますが、外務省で働く人々は普通の人間ですから、ダメなところもたくさんあるのです。外交が壊れたとき、戦争にならないように自衛隊が出て来て、「やめましょうね」と言って、また外交に戻るのです。自衛隊の部分については考えなければいけません。「外務省がすべてやってくれるという考え方は無理です」ということを申し上げたいです。
飯田)何でも交渉で打開できるという。
兼原)それは逃げているだけです。話し合っても、言うことを聞かない人は山ほどいます。
飯田)特に日本の周りには。
兼原)外務省はすぐ最後に、「相手がありますから」と言いますが、それは「もうダメですから」という意味なのです。そうなったあとにどうするのかということを考えないと、言うことを聞かない国はたくさんありますよ。みんなが言うことを聞くと思ったら大間違いですからね。
飯田)むしろ、言うことを聞いてくれる国の方が少ない。
兼原)少ないですよ。
〇平均すると日本の首相の任期は2年足らず
飯田)そのなかで回して行かなければいけないことを考えると、対中国も含めて、いろいろ私も質問したのですが、「フワフワ」した感じの方が多かったという印象があります。
兼原)明治150年です。岸田さんは101代の首相で、平均すると、日本の総理大臣は2年もやっていないのです。2年やっていない人が、国家の運営などできません。座った瞬間から総理をやってもらわないといけないのです。「フワフワ」された方に総理になられると、役人はすごく困ります。「何をやりたいのか」「何をするのか」を言ってくれないと。「いまから考える」と言われて安全保障に対応されたら、国が滅んでしまいます。
〇政権の大切な仕事の1つは防衛・治安
飯田)そこの部分は、政権を取る前から準備しておかなければいけない。
兼原)役所の方は自衛隊や外務省など、「すぐにブリーフしてくれ」と言われたら飛んで行くのですが、バタバタしているうちに、すぐ1年経ってしまいます。そこでまた交代と言われ、全部入れ替わってしまうわけでしょう。2年しかやらない国などないですよ。平均2年ですよ。もう少し権力というものを真剣に考えなければいけないと思うし、いちばん大事な仕事の1つは防衛・治安ですから。きちんとやる気になっていただかないと困ります。
〇「反権力が正義」はやめるべき
飯田)政党のなか、あるいは近いところにシンクタンク的な機能が不足しているし、そもそも養われないという環境に。
兼原)「反権力が正義」だという方向性をやめてもらわなければなりません。文句を言っていればいいという考え方は、もうやめなければいけないと思います。そんな野党は誰も支持しません。政権を取ってもらわないと野党ではないし、政権を取ったときに「やるべきことをやる」と言わないと。「何でも反対」はもうやめた方がいいと思います。
飯田)今回の総選挙でも、政策提言をしていた国民民主や維新に票が流れたというのは、そういうところがあったのかも知れないと。
兼原)あったと思います。高度成長期には何でも反対で反権力で、お金をバラ撒けばいいという時期もありましたが、そんな時代は30年前に終わっているのです。


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佐藤元首相のノーベル平和賞授与呪縛が核兵器安全保障国会論議を47年間封印か11月29日放送兼原信克が出演OK! Cozy up!

2021-11-30 11:57:16 | 連絡
【ドイツは核を持ち込まれてしまっているので、「いつ撃つのか、どこに撃つのか、俺にもやらせろ」という議論になっているのです。日本は完全にお任せなので、むしろ「持って来るな」という議論を一生懸命やっていたわけです。「持ち込んだ、持ち込んでいない」という議論を一生懸命やっていて、「その核をどう使うのか」、「その核で本当に安全なのか」、また「まさか撃たれたときに撃ち返さないとは言わないよね」という議論をやっていないし、総理大臣も核の議論に突っ込んだことは1度もありません。】
★『昭和のノーベル賞 非核三原則・沖縄返還などで日本人初の平和賞 佐藤栄作氏(1974年)【映像記録 news archive】
佐藤栄作総理: 我々は核兵器の絶滅を念願し、自らもあえてこれを保有せず、その持ち込みも許さない決意であります。 我々は当面、核兵器核拡散防止に関する公正な条約の早期締結に務め、さらに国際間の交渉による核軍縮の達成に全力を傾けねばなりません。 そして核保有国が核兵器で威嚇したり、これを使用したりすることを不可能とする国際世論を喚起し、人類の理性が核兵器を支配する正常な国際関係を作らねばなりません。 1968年1月27日の佐藤栄作総理の施政方針演説です。 この6年後の1974年10月、すでに引退して長髪になっていた佐藤前総理は満面の笑み。 ノルウェーのノーベル委員会により、ノーベル平和賞に選ばれたのです。 寛子夫人と撮影に応じます。 受賞理由は、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の いわゆる非核三原則を表明して、 日本が1970年にNPT=核不拡散条約に署名したこと、そして 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦争は終わらない」として 1972年に沖縄返還を成し遂げ、太平洋地域の安定に貢献したことです。
佐藤元首相のノーベル平和賞授与と引き換えに「いまの核兵器がどうなっているのか、どうやって自分の安全を守るのかという議論」2021年ー1974=47年間を封印続けたか>
★岸田内閣主要閣僚(注1)は、核兵器安全保障や憲法改正国会論議を加速することを
佐藤元首相 の墓前に報告し、次期国政選挙の公約とするか>
(注1)第二次岸田内閣「甘利後継茂木・前輪駆動運転ー成長・経済安全保障ー及び岸田後部着席・指示ー分配・社会保障=保健・医療・介護・福祉」議員内閣は公明連立支援と国政選挙後の維新・国民からの協力必須の国会活動か」
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/fbf198b41bd9717ade1f8a6499de2499

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By - NEWS ONLINE 編集部 公開:2021-11-29 更新:2021-11-29 
日本に必要な「突っ込んだ」核論議 ~核禁会議に被爆2世代表団派遣検討
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(11月29日放送)に元内閣官房副長官補・同志社大学特別客員教授の兼原信克が出演。被爆2世でつくる「全国被爆二世団体連絡協議会」が、核兵器禁止条約の締約国会議に代表団の派遣を検討しているというニュースについて解説した。 
〇核兵器禁止条約の締約国会議 ~被爆2世の団体が代表団派遣を検
被爆2世でつくる「全国被爆二世団体連絡協議会」は11月28日、長崎市で全国交流会を開き、2022年3月にオーストリア・ウィーンで開催される核兵器禁止条約の締約国会議に代表団の派遣を検討することを確認した。被爆2世を条約の支援対象に含めるよう求める方針だ。
飯田)1月に発効された核兵器禁止条約。第1回の締約国会議が来年(2022年)の3月にウィーンで開かれる予定です。被爆2世の方々が、「我々も含めるように」ということを訴える方針のようです。日本国内でもさまざまな議論があると思いますが。
〇「足元の核抑止の話はどうするのか」と言う議論が抜け落ちている日本 ~世界で最も核兵器の脅威に晒されている
兼原)核の廃絶が理想だというのはその通りです。被爆者の方がおられるので、発信力は強いですから、そこは頑張っていただきたいと思います。しかし日本は、「足元の核抑止の話はどうするのか」という議論が完全に抜け落ちているのです。
飯田)足元の。
兼原)他の国では、核廃絶の理想の議論と安全保障の議論、両方をやるのです。中国が現在200発ある核弾頭を10年で800発くらいにすると、ペンタゴンが最近言い始めていますし、最近はロシアも核兵器を小型化していて、国が広過ぎるため、先に使うと公言しているのです。北朝鮮も核を持っていて現在、世界のなかで最も核兵器の脅威に晒されているのは、日本なのです。





飯田)そうですね。
兼原)日本の核抑止や安全をどうするのかという話と、民主的な理想の話、両方やらなければいけません。ドイツは両方やります。NATO


の一員で核の傘を被り、「核をどうするか」という話をするわけでしょう。
〇「核兵器からどうやって自分たちを守るのか」を考えて来たドイツ ~理想論だけで来てしまった日本
飯田)ドイツが締約国会議にオブザーバーで参加するということで、「アメリカの核の傘で守ってもらっているドイツも参加するのに、なぜ日本は参加しないのか」という議論もありますが。
兼原)ドイツは独立した時点からイギリスとフランスが核兵器を持ち、自分だけが持っていないので、自分がやられると思うわけです。ソ連に反撃できませんから。だから、核の傘についてもアイゼンハワーの時代から必死なのです。NATO核というものができて、NATO独自の核を管理しているのですが、これも一言で言うとドイツ問題だったのです。
飯田)NATO核は。
兼原)戦後76年間、一貫して「核兵器からどうやって自分たちを守るのか」ということを考えて来た人たちなのです日本はまったくやっていません。現実の核抑止についての議論をやりつつ、「長期的に核をどうコントロールするか」について考えようという話になってから、軍縮や軍備管理の話になって行くのです。
飯田)日本はやって来なかった。
兼原)いまの核兵器がどうなっているのか、どうやって自分の安全を守るのかという議論を飛ばしてしまうと、理想で止まってしまうのです。いまの現実論と理想論を両方合わせないと、政策論にはなりません。日本はこれができないのです。
飯田)どちらかになってしまうということですか?
兼原)どちらかになってしまうということです。
冷戦時代の名残で、東側に足を突っ込むと、何でも反対になってしまうし、西側に足を突っ込むと「必要ではないか」という話になってしまうのです。全然交わらないので、日本は特殊です
〇突っ込んだ核の議論をするべき
飯田)冷戦期の言論環境のようなものが、そのまま引き継がれている。
兼原)冷戦が終わって、もう30年ですからね。そろそろ真面目に考えないといけないのですが、昭和年鑑のような感じで昔の名前が出ています。ずっと同じことを言っているので、そろそろ政治家の方も真面目に考えて欲しいです。
飯田)いままではアメリカが持っている核で、日本は手出しができないけれども、暗黙のなかで守ってもらっている感じだった。冷戦期はそれでよかったけれど、主権国家としてそれでいいのかという話になるわけですか?
兼原)ドイツは核を持ち込まれてしまっているので、「いつ撃つのか、どこに撃つのか、俺にもやらせろ」という議論になっているのです。日本は完全にお任せなので、むしろ「持って来るな」という議論を一生懸命やっていたわけです。「持ち込んだ、持ち込んでいない」という議論を一生懸命やっていて、「その核をどう使うのか」、「その核で本当に安全なのか」、また「まさか撃たれたときに撃ち返さないとは言わないよね」という議論をやっていないし、総理大臣も核の議論に突っ込んだことは1度もありません。



 
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