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生きること:過去と未来とエスペラントと

Marjorie Boulton

2018-08-20 10:08:29 | エスペラント

  もうすぐボルトンさんの一周忌です。夕べ聞いたのはボルトンさんの作品についての話でした。大きな集まりではありませんでしたがスペインのエスペランティストの議論が興味深かったです。

 昨年彼女の本を古本で2冊買い読みました。特に詩集は辟易しました。私から見れば物静かで控えめに見えた彼女が詩の中で女のうんざりする内面をさらけ出していたからです。男性は自分が男性であることを嫌になることがあるかどうかわかりませんが、女性である私は時々自分が嫌になることがあります。仕事をしながら独り身で生きる女の側面を正直にさらけ出している彼女の詩は私にとっては楽しいとはいえませんでした。

 一人の人物のエスペラント作品について参加者がそれぞれに自由に話し合える、それもエスペラントで。単なる講演、あるいは講義ではない。そんな集まりを持てるグループがうらやましかったです。

https://www.youtube.com/watch?v=0ohRXgXkLUw

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Zamenhof en Varsovio

2018-08-19 17:36:21 | エスペラント

 夕べは Roman Dorzynski 話を聞きました。彼の書 Zmenhof en Varsovio の紹介でした。彼は饒舌で話があちこち飛びますが、面白かったです。

 なぜザメンホフの墓が破壊されなかったかという、ドイツ人は生きたユダヤ人に興味を持っていたが死人には興味がなかったことと、ユダヤ人墓地が高い壁に囲まれていたので外からは見えなかったことが理由らしいです。私と姉は壁沿いに歩きかなり広い道路を渡ってEsperanto通りでたのでした。ワルシャワでの出来事を色々思い出しながらローマンの話を聞いていました。

 ローマンとはビヤリストックの大会前遠足で6日間ほど一緒に過ごしました。サービス精神が旺盛で、ちょっとした田舎町ではここのポ-ランド人はこんな味のおやつを食べるんだよなどと日本でいえば駄菓子風のおやつを買っては参加者に味見させたり、食事時には一緒に食べる相手を変え、参加者全員と平等に話をしたり、また相手に合わせた話題を巧みに選んでいました。日本人にはなかなかまねができないですね! 

https://www.youtube.com/watch?v=hbc6E7b5Kdo

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ミニトマト

2018-08-18 12:43:23 | 衣・食・住

 今年ミニトマトを3本植えました。少々値段は張りましたがアイコがおいしいとNが言うのでそれを植えました。初めは脇芽を取り除いていたのですが、うっかりしていたらどれが本芽が脇芽かわからないほどに伸び、実をつけ始めました。まあ良いでしょう!伸びるに任せましょう。

 店で売っている同じ種類のトマトは赤く熟れ、ヘタもついています。我が家のトマトはオレンジ色になると触るとポロリと落ちます。ですからヘタなしです。強い風でも落下します。この違いは何でしょう?日射時間が足りないのでしょうか。果実にお日様がよく当たるように実を覆う葉は取り除いています。それでも枝に赤くなるまでとどめるのは難しいようです。

 毎日数10個収穫しています。ドライトマトを作ってみようと丸のまま干したら全く乾かず失敗しました。そこで今は二つに割り梅干し用のざるに載せて干しています。2日ぐらいすると干しあがるだけでなく色もオレンジから赤に変化します。甘みも強くなりますし、トマトの香りも失せません。生のものよりサラダに入れても美味しいので食しながら、余ったものは冷凍保存しています。

 友人がトマトを味噌汁に入れると美味しいと言っていたので洋風スープだけでもなくサラダを作らないときは味噌汁にも入れ毎日活用しています。そんな馬鹿なと初めは思ったのですが、トマトは味噌とも相性が良いようです。

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カエル

2018-08-16 05:30:18 | ラオス人を家族に持つと

 孫たちが早朝に叔父とカエルを取りに行ったということを母親のNから聞いた時、私は日本の田んぼにいるかわいいアオガエルの子どもを想像していました。でもラオスにアオガエルがいるのでしょうか。それにどちらかといえば実利的なラオス人が子どもの遊びのためにカエルを取りに行くでしょうか。数日たってからそんな疑問を抱いてしまいました。

 初めてラオスに言った時Nの父親が言いました。昨日の夕食はカエルだった。食べさせてあげられなくて残念だと。2度目の訪問時に市場を訪れました。そのとき魚屋の店先にナマズやカエルが置かれていました。ナマズは大きい順にまるで座ったように並んでいました。日本の魚屋の店頭では魚は氷の上に横たわっていますが、ほとんどの魚は水の中で泳ぎ回っていました。そんな中で雁首そろえて座っているナマズは何ともユーモラスでした。その横に皮をむかれたカエルが串刺しにされ、銀色の肌を光らせていました。カエルはフランスあたりに輸出するという話を聞いたのはこの時だったでしょうか、それとも日本人からだったでしょうか、記憶はあいまいですがカエルは高級食材に入るそうです。

 孫たちがとりに行ったカエルは食用ガエルだったのではと今は思っています。今月末に帰国するとか。カエル取りの話をぜひ聞きたいものです。

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病院へ

2018-08-13 09:16:53 | taglibro: 日記

 昨日は動脈瘤を手術したKを見舞いに行きました。もともと細い体のK!体躯どこに。ただ毛布が広げているような感じ。精一杯笑顔を見せてしゃべってくれた。前の晩から重湯が飲めるようになったという。メニューにはババロアと重湯100㏄とあった。昨日は術後2週間目でした。娘さんが言うには手すりにつかまって数メートル歩けるだけとのことでした。退院したら家の中も変えなくてはならないかもしれないと心配そうでした。

 金曜日に病室が変わりリハビリで歩く練習が始まったと電話もらったのですが、体力は急激に回復しないものなのですね。明日は我が身。老いるということはこういうことなのだと身に沁みた。

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Uボート

2018-08-12 09:15:22 | 平和

 今朝のニュ-ス: 戦後海底に沈められたUボート(戦艦)が見つかったという。これはドイツから贈られたものであった。この戦艦は戦後敗戦を受け入れられず、8月18日にウラジオストックに向けて出港したが、帰還するように命令を受けた。もし、帰還しなければ爆撃するという司令官の警告で帰還したとのこと。艦長のもとで庶務係としていた人の証言です。戦争が終わったのちに、もしも戦闘行為を行ったら日本全土が爆撃の対象となっただろうと彼は話していました。

 きっと私たちも生きてはいなかったでしょう!軍国主義教育により多くの国民が理性を失っていたのでしょう。

 

 話は違いますが、夕べフェ-スブックを通じてNがラオスの写真を送ってきているのに気づきました。返事を書いていたらⅯが話をしたいというのでおしゃべりしました。Tはおばさんとお風呂に入っているというので現れませんでしたが、楽しい毎日を送っているようです。Tは生き物が大好きで、市場でカニを買って帰り遊ぶのですが翌朝にカニは死んでしまっているそうです。昨日の朝はおじさんとカエルを捕まえに行って大喜びだったとか。日本では考えられないような遊びをしているようです。

 

 ⅯとTを歓迎するためにおばさんがブランコを買って待っていたそうです。いとこ達と楽しそうに乗っています。私の記憶で二人の遊び相手になりそうないとこを数えたら小学生と幼児で8人もいました。大家族ってすごいですね!

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翻訳機

2018-08-11 13:53:22 | エスペラント

 今朝テレビで興味を持ったのは翻訳機の番組でした。機能的には2種類あるらしいです。インターネットを介して使える翻訳機はなんと73言語に翻訳する機能を持っているという。

 息子の妻Nは日本語からタイ語に訳するものを使っている。こういう意味ですかと英語に訳して私に確かめますが、似ているが微妙に違うことがあります。しかし、実験に協力したバイリンガルの翻訳者はその機能の良さに驚いていました。もうエスペラントは必要ないのと一瞬思いました。

 しかし相手役をしたイギリス人のジャーナリストは会話とは意思を伝えるだけではなく、コミニケーションを取り互いに理解しあうものと言っていました。コミニケーションを取りあい、理解しあう言語として中立言語であるエスペラントの活動できる場はまだまだある。一安心。永遠に必要とされる可能性もあります。

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試み

2018-08-06 08:38:04 | エスペラント

 昨年春からいろいろなことがありました。秋にはすぐ上の姉と弟が逝き、長兄長姉その他いろいろと変化があって安定しない、落ち着きのない生活が続いていました。そろそろ以前の生活を取り戻さないともう後戻りもできず、人生はこのまま怠惰に終わるかもしれません。奮起しなくては!

 以前他の人にあなたにとってエスペラントは何ですかと問われると‵空気のようなもの!エスペラントを失うことは生きる意味を失うこと。’と答えたのですが今はまさに青息吐息。細々と続いていたのは週一回の音読の会だけでした。元に戻るためには何をすべきでしょうか。

 初めは寝る前にトンキンさんなどの講演をユーチューブで聞いていましたが、最近では辞書いらずで読める本をできる限り声を出して読んでいます。

 今読んでいるのはピロンの 'vere aux fantazie' です。彼の文章はリズムがあり読みやすいことは読み易いですがは好きではありません。多分それは形容詞を直接動詞化して使うことと合成語を副詞化した言葉が多く使われることにあるような気がします。おそらく私がこの使い方に慣れていないということがあるのでしょう。

 合成語を副詞化して使用すると言葉の流れがよくなりリズムが生まれるように感じます。しかしそれが多くなると文章が陳腐化し新鮮さが無くなるように私は感じるのです。文法的には正しくともその他にeで終わる副詞がありますから副詞が多く使われ私はは飽きてしまうようです。現在60余ページです。3分の1弱読んだことになります。とにかく最後まで読む努力をします。

 

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黒アゲハ

2018-08-04 08:58:10 | 雑感

 ゆずの木の周りを飛んでいる黒いアゲハ蝶を見つけました。これこそ漆黒というのでしょうか。黒く輝く羽の美しさに魅せられました。両方の羽に真っ白な紋がありました。調べるとモンキアゲハというらしいです。暑い地域の蝶なのですが、温暖化の影響で近年関東地方でも見られるようになったようです。

 蝶は柑橘類が好きなそうで、もしかしたらもう卵を産み付けたかもしれません。ところが私は虫が嫌いです。特にアゲハチョウの幼虫は大きくて毒々しい色をしています。

 できることならゆずの葉を食べるのはゆるしますから、私の目の届かないところで成長してほしいです!

 

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友人k入院

2018-08-02 07:57:33 | エスペラント

 友人kが先週入院して月曜日に動脈瘤の手術を受けました。経過は良好なようですが、術後直後のやつれた顔は見られたくないでしょうから、見舞いは来週にしたいと思います。

 と、いうわけでエスペラントの音読は二人だけでしました。ザメンホフの演説集を読んでいるのですが、昨日はエスペラント世界大会の7回目と8回目の途中まで。友人の感想は:初めのころの演説と違って力強さが感じられる、エスペラントの未来:将来的発展に自信を持ったのだと感じると。

 そういう感じ方ができるのは音読の効果かもしれなと私は感じたのでした!

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学習会

2018-07-29 08:04:55 | エスペラント

 昨日は台風が来るので予定されていたエスペラント会の学習会の時間が変更になっりました。学習会に出なくなってから久しい。内容はベルギーからの来客(父と子)の講演とのこと。父親は2015年フランスでのエスペラント世界大会に行われた大会後遠足の時の世話人ということでした。その遠足に参加しいろいろとお世話になったので挨拶がてら参加しようかと開催時間の変更をメールで読んでから決めました。

 出会った見たらどこかで遠足のために働いたかもしれませんが、案内してくれた人ではなくてがっかりしました。父親は私の大事な仕事の一つは息子をエスペランティストに育てることだと幾度か強調していましたが、エスペラントは話すけれど、現代子というかあまりはっきりと性格がわからない青年でした。

 オムレツ屋で昼食を共にしましたが、父子の注文品が一番に提供されました。お先にと私たちが言うと父親はベルギーではみんな一緒に始めますという。息子はオムレツの上にとんかつが乗り、その上にカレーがかけてあるものを注文したのですが、すべて崩し、食べる前に田植え前の田んぼのようにすべてこねました。父親がそれは行儀が悪いと注意すると僕は子どもだから構わないと言いい、全員の注文品が来るまでこね回していました。かと思うとベルギーではビールは16歳で飲めるので友人と集まると10本は飲む、父親は1本しか飲めないとか変なことを自慢していましたが、会話を続けるのが難しい相手でした。このような青年がある程度大人になったときどんなエスペランティストになるのだろう、生まれた時からエスペラントを習い、使っていたとしてもエスペランティストとして有能とは限らない、エスペラントに興味を持ち、自分で苦労して学んだ人の方がエスペラント界にとっては必要な、あるいは頼もしいエスペランティトになるだろうと感じたのでした。

 

 帰りの地下鉄でとちゅうから父親と一緒に姉と弟が乗ってきました。小柄でしたが5歳と3歳ぐらいでしょうか。弟は自分で座ろうと椅子に手をつき飛び上がったのですが勢い余って窓枠に'ゴツン’と大きな音を立てて頭をぶつけました。脚が絡まって座れません。’おお、行き過ぎた’と私は声をかけてその脚を直してやりました。同じ駅で降りたのですが、姉が’バイバイ、さようなら’と言うと弟も’バイバイ’と手を振りました。姉の方は’ねえ、タッチしよう!’と手を出してきたので孫たちにするのと同じようにタッチして別れました。さわやかな子どもたちでした。

 

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台風

2018-07-28 10:12:43 | 雑感

 雨はうれしいが台風は困ります。関東の通過し、また関西中国地方に向かうとか。前回被害を受けた方々の不安はどれほどかと!

 トマトは雨にぬれると割れてしまうと聞いていましたので赤くなったのを30個ほど収穫。モロヘイヤも柔らかい部分は収穫し、ゆでて小分けにして冷凍しました。雨が降ればまたすぐに成長するでしょう。胡瓜は二本収穫し、塩漬け風にするため塩をまぶして冷蔵庫へ。昨日とったミョウガ10本とシソの葉も塩をまぶしてビニールの袋に入れてしっかりと空気を抜いて冷蔵庫へ。こうしておけば、酢の物その他にも利用可能です。

 雨といえばラオスのダムの決壊も気になるところです。Nたちのいるところは離れていますが、ラオス訪問の際にとても親切に気遣ってくれたNの姉一家はカンボジアに近いところにいるということでした。

 ラオスの発電所建設の主導権はほとんどタイがとっていると、数年前ラオス在住の日本人が教えてくれました。彼は土木関係の仕事で海外青年協力隊隊員としてラオスに行き、治水事業に携わったと言っていました。タイは自国の国民が漁業ができなくならないように、発電所はメコンの自国側に作らず、ラオス側の本流並びに支流に作り、電気を輸入する方法をとっているそうです。ラオス国家が協力といっても巨額の賄賂が動くそうで、それまで細々と漁業で生計を立てていたラオスの民が知らないうちに発電所建設が始まり、気が付けば生活の基盤が無くなっていたというのは当たり前の現象ということでした。

 

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今日の昼食

2018-07-26 08:44:02 | 家族・友人・私

 今日の昼食はうどんでお食べようかと思っています。昨日しし唐が30個ほどとれたので近くに住む姪に電話しました。取りに来ると言います。胡瓜も2本あげられそうです。彼女はうどんが好きなので時折近くのうどん屋で落ち合うのですが最近忙しくてご無沙汰していました。7月に彼女は2度も田舎に行きました。兄の一時入所が決まったそうなので少しは気分も楽でしょう。

 最近亡くなった姉がよく夢に現れます。そういえばもうすぐエスペラントの世界大会が始まります。ブログを休んでいる時、古い書類等を整理しました。まさに思い出がボロボロとこぼれてきました。姉亡くなってもうすぐ1年。月の経つのは早いもです。

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野菜

2018-07-25 08:11:36 | 衣・食・住
 毎日暑く地面もプランターも乾ききっています。今朝雨が降っている夢を見たと思ったら本当に雨が降ったのでしたが、ウッドデッキが濡れているだけで地面は白く乾いたままでした。
 我が家の野菜は順調に育っています。ミニトマトは食べきれないものを30個干してみたのですが、3週間たっても形が崩れないので味見したらまずかったので捨てました。<半分に切ったものは2日で乾燥しました。皮が固いのでそのまま乾燥させるのは無理なようです。

 胡瓜も食べきれないので友人にも手伝ってもらっています。ただ昨年まで現れなかったカメムシが出現しています。薬を播くわけにもゆかないので叩き落していますが、羽がありますから、また起き上がり飛んでくるのかもしれません。
 苦労して探し出したモロヘイヤの種も芽を出し、成長し、友人と分け合って食べています。

 しし唐は沢山なるのですが時々辛いものがあります。これは突然変異なのでしょうか。特定のものになるのではないらしく、植えた三本から一つづつとって噛んでみましたがどれも辛くありませんでした。

 ゴーヤはまいた種は発芽が悪かったのですが、こぼれ種が沢山芽を出し成長しました。沢山実をつけています。来週ごろから食べられるでしょう。
 昨年は細かく切って乾燥さえてから冷凍保存しました。乾燥ゴーヤはゆずに入れてジャムを作り、今年の3月ぐらいまで食べ続けました。今年も食べきれなかったら乾燥させることにします。乾燥させると量が減るので冷凍の場所も取りません。

 モロッコいんげんは盛りが終わったようです。蔓を切ってまた再生させるなどというのは無理でしょうか。試してみたい気もします。/strong>
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ラオスの教育

2018-07-21 09:09:50 | ラオス人を家族に持つと
 先日、Nが言いました。日本とラオスの学校の授業内容があまり違うので驚いていると。例えばラオスには体育とか音楽という授業はない。自分が小学生の時に何を勉強したか考えたら、算数と国語の読み書き以外に何を習ったかさえ思い出せないと。
 おそらく、寺子屋式の読み書きそろばん(計算)がラオスの基本的な教育だったのだろうと私は推測したのでした。。

 一昨年2回ほどタイにいる息子のもとを訪問し、一週間ほどづつ滞在ました。2度目の時にNの子育てに危機感を覚えました。2男TがぐずるとNはすぐにミルクを与えるのです。1歳になったばかりの時まだしも、1歳半になっても同じだったのです。原則、息子たちの子育てには口出ししなことにしているのですが帰る前に息子に言いました。子どもがぐずる時、いつもおなかが空いているわけではない。Nは子どもの要求を理解していない。このままだとTは成長できないと言い残してきました。

 その言葉はNにきちんと通じていたようです。先日、Nが言うにはラオスでは子どもがぐずるとすぐミルクを与えるだけだと。日本ではそうではないと分かっているが、自分はどうしたらよいかわからないと。

 私が、この親子にしてやれることは何だろうかと今、暗中模索です。
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