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生きること:過去と未来とエスペラントと

生か死か

2019-08-25 19:57:58 | taglibro: 日記

 2時過ぎに遊びに行くと言っていた息子がMとTを連れて現れたのは1時過ぎ。予定よりも1時間早かった。計画変更が疲れるような齢になっている。4歳になったTは口も達者になったけれど行動も早い。もう止めようと言っても止まらないのは子どもの習性なので仕方ないのですが、退屈すると兄のを悩ますような悪戯を繰り返す。幼児と小学生では本当に違いがある、そんないたずらに対してMはもうやめようよと穏やかに言うだけ!数年の年齢差がこんなにも大きいものかと驚く。危険と思うときは’T!危ないでしょう。’と私は思わず大声を出す。途端にTは頬を寄せて’ばあちゃん!’と笑顔を見せる。母親にし叱られた時もきっとこの仕草をしてやり過ごすのだろうと可笑しい。この解決法は母親譲りなのかもしれません。

 孫との3時間はそんな風に過ぎました。激しくなるTの悪戯を止めるため、外に連れ出し、大きなゴーヤを母親へのお土産としてもぎ取らしたら満足して静かになりました。家にに帰って自分がとったゴーヤだときっと自慢するでしょう!


 さて、表題は昨日のこと。昨日、NPO法人エスペラントよこはまの臨時総会がありました。話は数カ月前にさかのぼりますが、エスペラント博物館を作らないかという話があり、作るならという条件で〇千万円の寄付を受けたとのことです。エスペラント広報と事務所を兼ねた施設を作るというのが今活動している有志の方々の意見のようです。会員の年齢構成は高く、そのような施設を維持できるかとか、それでは資金が足りないのでは、足りない分はどうやって作りだすのかと意見いろいろあるようです。NPO法人になった時、もし事務所を開設するなら週1回ぐらいなら事務所当番に行きますよなどと私は言ったのですが、今の私にできることがあるのかわかりません。こんな時に突然浮かぶ言葉、中学生の時に読んだジョルジュ・サンドの物語の扉に書いてあった言葉です。

生か死か、戦いか、然らずんば無

この言葉を思い浮かべると問題は私が何ができるかではなく、志を立てて挑戦しようとする人を妨害するか、たとえ心情的にでも支えるかが問題なのだと感じるのです。大事なのはまず挑戦してみることではないでしょうか。今の会員は高年齢が多いけれど活動の中でともに活動しようという若者も現れる可能性だってあるのです。有志の皆さん頑張ってください。あなた方の活動の邪魔だけは致しません。

生か死か。戦いか。然らずんば無

 この言葉、カール・マルクスも資本論か何かの著書の扉に引用していた記憶がありました。(10年前の引越しの時にマルクス全集も、ロマン・ロランももう読むことは無いと思う本は児童文学以外は廃棄しました。ですから調べる方法もなくネットを探したら、自分のブログが現れました。まあ、不思議といえば不思議、笑えるといえば笑えます。

https://blog.goo.ne.jp/glimi/e/c9e21b4ce16564beee78da462c373b2e#comment-list

 

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