喜多圭介のブログ

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八雲立つ……48

2008-11-11 08:49:52 | 八雲立つ……

     九章 宍道湖

車は広い国道を宍道湖の方角に進んだ。孝夫が予想していた方向とは違っていた。
「義典君たちはこっちの方で暮らしていたのですか?」
「あの山の向こうです。トンネルがあります」
「市街地ですね。向こうにも町が?」
「新興住宅地です。いっとき人口も増え賑やかな町になりそうでしたが、少子化とこのところの不況で先細りしているようです」

孝夫は窓越しに茫漠と広がる宍道湖の湖面を眺めた。
「信隆君、義典君が亡くなったとなると佳恵さんの肩に小野の家がかかってきます。あくまで戸籍上、法律上ですが。で聞いておいてもらったほうがいいような。重苦しい話ですがいいですか」
「なんでも仰ってください。驚きませんから」
「信和叔父は、芳信叔父が房江婆ちゃんを殺したと」
「お母さんを殺されたのですか!」
「本当か嘘かぼくにはわかりません。ただぼくにも腑に落ちることがあるのです。芳信叔父は五十代頃から、婆ちゃんの幽霊を視るのです。ぼくは何度か婆ちゃんの幽霊を視ている叔父を目撃しています。もちろんぼくには何も見えません。叔父だけに視るのです。このときの叔父の様子は、魂を抜き取られたというか」
「怖いですね」
「女性のあなたにこんな話をして。でもあなたには祟らないですから、安心してください。佳恵さんがこの土地に子供さんたちと来られたとき、叔父叔母と一緒に暮らさないほうがいい、と差し出がましいことを忠告したのも、小野という家は怨念が渦巻いているような、どこか冷酷な気配に支配されているような感じが付き纏(まと)っています。ぼくがどちらの叔父の家にも泊まりたくない理由の一つです。こういう気配が佳恵さんや子供さんたちの成長に影響しては大変だなという気がしたものですから」
「主人にも時折私にはわからない暗い翳りというのでしょうか、表情に出ているときがありました。難しい仕事を抱えているのかな、と私はそっと眺めるだけでしたけど」
「信隆君や義典君は両親の不仲を目撃して育ちましたから、根に暗いものがあったでしょう。ただ二人に視えていたものは、両親の不仲だけだったと想像します。叔父も芳信叔父が婆ちゃんを燻り殺した話は、二人には話さなかったでしょう。こういう育ちをしますとその反動で、自分が結婚生活で築いた家庭へは、小野一族の干渉、影響を排除する気持ちが強くなる。防波堤になる覚悟をしていたでしょう」
「義典さんはそのように考えておられました。うちの人は少し違っていたようですけど。でも小野の両親の話は自分からはしなかったです」
「あなたという素晴らしい女性に巡り逢え、平穏な家庭生活を営んでくれましたが、二人とも死ぬのが早すぎました……」
「井口さんに誉めていただくような私ではないですけど。義典さんの突然死には驚きました。訳がわからなくなり、つい電話で取り乱してしまって……」
「今回のことでぼくにも視えてきたものがあります。小野は本家、分家ともに非情な母子関係にあった。その子としてぼくの母や二人の叔父は育った。このようにして育った人間は肉親としての愛情の受け渡しが、我が子にもできなくなる。我が子や他人に真から潤いのある愛を与えられない。理性ではわかっていても感情が従ってくれない。自分にないものは人に与えられない。だから躯の奥から自然と沸き上がってくる温もりとは別な、観念的なもの、道徳とか倫理とかを愛情と思い違いをして子育てしなければならない」
「気の毒ですね。父と子、母と子の関係に難しいものがあります。私も小野に嫁いで、いろいろと感ずることがありました。私の子供たちも父親の欠けた育ちをしましたので、とくに長男の高明は心配です。人間関係がうまく作れないようで」
「昨日逢ったときの高明君は、清々しい眼差しをしていましたよ。年頃ですから悩むことも多いでしょうが。変に友人と妥協しても自分を作れないですから。信隆君が亡くなってから、小野の両親と距離を保って子育てされたのは賢明だったと思います。佳恵さんは信隆君と結婚したのであって、小野家と結婚したわけではないですから」
「ご忠告をいただき、なぜこんなことを言われるのか、あとで怪訝に思ったりもしましたのですけど、いまになるといろいろとわかることがあります。これからもよろしくお願いします」
「小野とは無縁な人間と思って生きてきたつもりなんですが、ぼくも小野一族の醜悪な場面を目撃しながら育ちましたので、精神はあまり健全ではない。母親との葛藤が母親が亡くなるまで続きました」
「私たちにはいいお母さんでしたよ」
「小野一族は外にはいい、あるところまでは。冷たい感じの婆ちゃんにしても、五十何組かの仲人をしています。叔父と叔母をくっつけたのも婆ちゃん。義典君も小野一族の邪悪な幻影にある時期から苦しんできたのでしょ。交流がなかったのでぼくにはわからなかったですが、信隆君の通夜で見せたあの傷ついた小動物のような姿から理解できます。義典君の場合は母親によって吹き込まれた、植え付けられた。それに信隆君の苦悩する姿も中、高校生の頃には見ていたでしょ。本当はぼくとも分かち合えるものがあったのですけど、あの晩は逆になってしまって」


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