喜多圭介のブログ

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八雲立つ……42

2008-11-09 08:12:07 | 八雲立つ……

「そげな母親と比較したらいけんわね。戦後は民主主義じゃ人権じゃ権利じゃばかり主張しよる輩が多いけん、女も男女同権振りかざしとるじゃろ。そんじゃから人の道とか女の使命がどこにあるかわからんようになっとるじゃろ。その点、佳恵は牧師の娘じゃけん、しっかり母親の役目果たしとる」
「そうですね」
「じゃがのあれも男日照りが長いじゃろ。近頃潤いがなくなってきとりゃせんか。それで気持ちが尖ってきて、わしを批判したりしよるけん」
「そうですか。そんな風には見えませんが」
「男日照りが続くと女は刺々しゅうなるわね」
「叔父さん、またそんな人聞きの悪いこと言って」
「孝夫みたいな女に優しゅうする男でもおればええがおらんわね」
「そんな人聞きの悪いこと言って、ぼくは女にもてないですよ」

孝夫は笑いながら応えた。
「女知らんと小説やこと書けるか」
「想像して書いてるだけですよ」
「色気がのうなったら女はすぐに婆さんになるがの。佳恵も男の一人くらい見付けりゃええもんの、どうも堅すぎるけん、いけんがね」

     *

佳恵がやって来て、御飯の用意が出来ましたから奥の方へと言った。台所の奥の部屋にも真ん中に電気炬燵があって、その上のテーブルに五段重ねの重箱や小皿、箸が置いてあった。
「茶碗蒸しは佳恵さんが拵(こしら)えたのよ。あとは残り物。その代わりお酒はいいのがあるけん」と叔母は言った。
「大晦日から奈良、京都のホテルに泊まってからこちらに来ました。この時期はホテルも割高特別メニュなんです。だからご馳走には食傷気味で」

電気炬燵に足を突っ込んだ叔父は、
「何で奈良と京都におったかね。女とかね?」と言った。
「妻とよく出掛けていたもので」
「孝夫は若い頃から変わっとるわね。姉(あね)さんがよう言うとった。孝夫はお寺と女が好きやと」
「違いますよ、女が余計です」と、孝夫は笑った。
「そうだわね、孝夫さんは女性に優しいわね」
「叔母さんまで冗談を」
「だって孝夫さんは熱情家でしょ」
「ぼくが熱情家ですか」

孝夫は苦笑した。それから孝夫の傍らに坐っていた佳恵が注いでくれた酒を口に含んだ。
「これはおいしい。吟醸酒ですね。それじゃあとは冷やでもらいます」
「冷やのほうがおいしいのですか」

佳恵は銘柄ラベルを眺めた。
「日本酒は冷やで呑むほうなので。叔父さんは晩酌のほうはどうですか」

孝夫は自分の盃を叔父に廻し、佳恵から銚子を受け取るとそれに注いだ。叔父はぐっと一飲みすると、その盃を孝夫の手に返しながら、
「わしは毎晩呑んどるけん、わしのことはええから孝夫がどんどんやりなさい。佳恵、注いでやりんさい」
「娘の結婚式のときより、顔に色艶があって元気そうですが」
「元気そうに見えるかね。毎晩一、二合呑んどる」

叔父は上機嫌な顔で眼を細めた。
「あのときは心配しましたが、久し振りにお顔を見て安心しました」
「安心したかね。佳恵、あんたも少しは呑みんさい」
「でも車で来ましたので」
「おいときなさい。タクシーで帰りなさいや」

叔父は佳恵に視線を向けて、重々しい口調で言った。
「そうそう、そうしなさいよ」と叔母も言った。
「お正月だし、それじゃぼくが注ぎましょ」

と、孝夫は盃の一つを佳恵に手渡した。
「だんだん孝夫は親父さんに似てきた」
「似てきましたか」
「親父さんはよう出来た人じゃったが、女に手が早かった。姉さんがぼやいとった。新婚早々、芸者二人に言い寄られていたとか言っとった。酒も旨そうに呑む人じゃった。何度かこっちにも来られ、わしも芳信も小遣い貰うたりしてえらい世話になった。わしが兵隊に行く前じゃが、気前よく腕に巻いていた腕時計を外して贈りもんやと」
「腕時計ですか」
「ええ時計じゃった。剛毅な気性で、親族の世話をようする人じゃった」
「ぼくとはだいぶん違いますね」
「あんたは浮気せんかね?」

酒のはいった赤ら顔の叔父は、脚だけ電気コタツに突っ込み、畳に肩肘をついて頭を載せていた。


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