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  <title>だっくすのつぶやき</title>
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  <dc:creator>giryo3</dc:creator>
  <dc:date>2025-07-28T22:56:32+09:00</dc:date>
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   <description>気持ちだけでも晴耕雨読</description>
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  <description>気持ちだけでも晴耕雨読</description>
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   <title>老いの難しさ</title>
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<![CDATA[
最近考えるようになった。それは先が見えてきたから・・・<br>
死に方っていうのは、生き方だといっていた。たしか永なんとかっていう人の「大往生」（岩波新書）の一節だった。過去の人の辞世の句をみると、その時の死に方には、生き方が現れるものだとあった。<br>
今、人生百年時代と言われている。長すぎる余生にどのように向き合い、どう暮らしていけばいいのかという大きな問題に直面している。健康で円満に長生きできればよいのだけれど、誰もがみんな、そのように生きることができるわけではない。人生の最後まで元気に自分らしく好きなことに打ち込むことができる人は限られてくるのではないか。<br>
かっては辞世の句を詠む習慣があり、俳人芭蕉、蕪村はそれぞれ辞世の句を詠んでいる。その中で小林一茶は死ぬべき時は死ぬのがよろしかろうと言い、辞世の句は残していなかったそうだ。辞世の句ではないが唯一残されているのが病気から奇跡的に回復した時に詠んだ句、<br>
・・・「ことしから丸儲けぞよ娑婆遊び」・・・・・<br>
生前、人に言えないようなこと悪いこと、人としてやってはいけないことをいろいろしてきたと言われる一茶であるが、行き難い世の中、不自由なことはあるけれど、命があるだけで十分。「生きているだけで丸儲け」の気持ちで楽しく生きていこうという、以前何とかという芸人が口にしていたと同じような言葉には前向きな気持ちが込められていると感じられる。どんな不幸に見舞われようともめげなかった生き様が、多くの人に生きる力を与えてくれるものなのかなと思わせ、また、一茶が詠んだ句にはありのままの姿で生きることの大切さを表しているのかと考えさせる。<br>
自分はどう死にたいか。このことについて普段考えることはあまりない。でも、残りの生きられる時間は有限だということを普段からもっと意識していたなら、最後に生まれてきてよかった。生きてきてよかったと思いながら死ぬことができるなら、それが幸せなのかな。<br>
<br>
頭の体操<br>
   一筆書きの4本の直線で９つの点を結ぶ<br>
<br>
	　　　　・　・　・<br>
　　　　・　・　・<br>
　　　　・　・　・<br>
<br>
解答は次回<br>

]]></description>
   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-07-28T22:38:25+09:00</dc:date>
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   <title>肺気腫16年</title>
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   <description>
<![CDATA[
呼吸器の診査で肺気腫の診断が出てから1６年が経過した。<br>
肺気腫の15年生存率は症状の程度や治療状況によって大きく異なるが一般的に50％前後とされているらしい。5割を割って長生きできるという説もあるが、後6ヶ月足らずで80歳となる。2024年男性の平均寿命81.09年とのことであるので、後1年半生きることが必要なようだ。また、肺気腫で呼吸困難によって死亡するのは3分の1だそうで、合併症で死亡する人も多く、突然死も高いらしい。<br>
いつまで生きるという保証はない。たとえ肺気腫という持病がなく、これという病気持ちでなくても80歳ともなると明日の命は保証されない。明日の命がわからない確率であることは間違いない。<br>
また、肺気腫はある一定以上の高齢者になれば、扱いはほかの病気と余り変わらない扱いになる。国の政策も、高齢者に対しては制限的な医療しか行わないときめられているようで、扱いが悪いと感じるようになる。<br>
肺気腫患者の平均的な年齢は、わからないが、おそらく７０歳をだいぶ超えており、後期高齢者が多いのではないかという気がする。高齢者で慢性の疾患も同じで、後回しになるのはある意味では仕方のないことかも知れない。<br>

]]></description>
   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-06-30T04:25:53+09:00</dc:date>
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   <title>疲労</title>
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   <description>
<![CDATA[
最近、疲れやすくなった。高年齢のせいもあるが、肺気腫が主な原因となっている。<br>
肺気腫は、肉体的にも精神的にも疲労を招く。精神的にはうつになりやすいといわれている。うつが精神疲労であるのかどうか知らないが、心が疲れるのである。<br>
肉体的には疲れがひどく、昼間眠いし、体がだるい。昼寝をすれば、だいたい１時間ほど寝てしまう。どうも夜の睡眠の質が悪く、眠りが浅いと言うかしっかりと眠れていない気がする。たいした運動も身体を動かしていないのに疲れるのである。<br>
それが段々激しくなっている。まず、安静時の酸素飽和度が落ちた。少し動くと倍の速さで下がり息苦しさが襲ってくる。あまり無理をすれば急性増悪になる可能性もある。困ったものだ。<br>

]]></description>
   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-05-31T10:50:49+09:00</dc:date>
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   <title>自己判断？</title>
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   <description>
<![CDATA[
肺気腫になったのは自己責任であり自己判断で対応しなければならない。<br>
いろいろと書かれたものはあるが、多くの医者は、運動なら酸素飽和度９０まで、心拍数１２０までと判で押したように答える。<br>
飽和度はともかく、心拍数は年齢が違えば違ってくる。年齢さえ入れ込めば最大心拍数から、非常に厳しい数値で表される。　６０歳の人にも７０歳の人にも１２０と答えられるものだから、自己判断で年齢を加味し、心電図をとり、心臓に障害はないかを調べて、心拍数は自己決定するしかない。どのぐらいに時間を運動に当てればいいかも自己判断である。やりすぎると疲れが溜まり、それが急性増悪になりかねない。<br>
少なすぎても効果は薄い。自己判断で行い、結果は自己責任なるか。非常に？マークである。<br>
<br>

]]></description>
   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-04-30T07:11:48+09:00</dc:date>
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   <title>呼吸不全</title>
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<![CDATA[
肺気腫は息が吐けなくなる疾患であることを体験している。軽い労作業でも苦しい。<br>
肺に空気がまだ沢山残っているのがわかるのに、それを吐き出そうとしても肺が縮んでくれないのだ。いくら頑張っても大量の空気が肺に残ったままなのがわかるが、いくら力んでも吐き出せない。息を吐けば笛を吹いているような音がでる。<br>
間質性肺炎は肺が縮んで膨らまない疾患であり、肺気腫は肺が膨らんだままで縮まない疾患だから当然と言えば当然だが、はっきりと進んでくると何ともやりきれない気がする。<br>
それに吐くのに時間が掛かる。と言うことは一秒量が落ちてくることを意味する。<br>
肺は鍛えたり訓練することは出来ないが、呼吸筋は鍛えられるし、強くすることは出来るらしい。だがいくら呼吸筋を鍛えても肺を縮めるほどの力を持った呼吸筋にすることは難しい。加えて肺が膨らむと自分の場合、膨れた肺が胃などを圧迫し押さえつけるため、消化機能をそこない歪めたりするのか、腹の調子がおかしくなってくる。<br>
肺が膨れても肋骨で囲んでいるため、胸囲は変わらないが、腹回りがどんどん増えてきた。縦に横に膨らむのだ。<br>
肺活量が８０％を割ると拘束性疾患と言われ、間質性肺炎がその典型である。<br>
双方を満たすと混合性に分類され大分悪いと言うことになる。<br>
だんだんそれに近づいてきた。<br>
<br>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-03-31T07:59:53+09:00</dc:date>
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   <title>ため息</title>
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   <description>
<![CDATA[
高齢化社会である。老化がフレイルと呼ばれるようになって久しい。<br>
フレイルとは健康と要介護・寝たきりの間を指す状態で、加齢によって心身が老い衰え、社会とのつながりが減少した状態を指し、日本老年医学会によって提唱されたらしい。筋力、活力、意欲、行動力、知力、体重などが高齢になるに従い低下してくる状況を言うみたいである。名前が付いたというだけで、老化の諸症状に対し何か新しい対策が出されたわけではない。若返りが出来る方法が出された訳でもなく何か抗老化が図られた訳でもない。慢性気管支炎と肺気腫を合わせてCOPDと呼ばれるようになったのと変わらず、ネーミングだけであるみたいである。しかし、虚弱が語源で適切な治療や予防を行うことで要介護状態に進まずに済む可能性があるらしいが、現時点ではよくわからない。<br>
名前だけではこのフレイルという言葉はあまり多くの人々に広く知れ渡らない気もするが、何分高齢化社会である。高齢者対策のために国はこのネーミングを契機に何か運動というか、かけ声を掛けてくる可能性がある。<br>
「歩かないと歩けなくなる」「タンパク質を意識してとる」は一般常識であるが、それでも予防に取り組まないのは自分事として取り組まないからではないのか。栄養・運動・社会参加の三位一体が予防の一歩であり、入り口は人それぞれだから、ドミノ倒しにならないように予防に努めなければならないようである。ドミノの流れを止められるかは予防の対策次第と言えそうである。<br>
団塊の世代が後期高齢者に入ってきているが、一番必要な抗老化は「意欲」である。意欲があれば自身の努力で筋肉も行動力も体重もそして知力も落ちるのをゆっくりに出来そうである。その意欲をどのようにして出すのかが問題だ。高齢化によって低下していく心身は、おいそれと上向きにはならない。<br>
ため息は上を向いてすれば深呼吸に変わると言うが、気持ちは下向き。身体の老化は思った以上に進んでいるようだ。<br>
<br>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-02-28T10:27:49+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>サチュレーション</title>
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<![CDATA[
年が明けたと思ったらもう一月が過ぎていこうとしている。<br>
生きとし生けるものすべて生まれた時から死へのカウントダウンが始まる。<br>
自分は肺気腫によってカウントが早くなった。進行とともに必然的に早まっていくようである。人生いろいろ病気もいろいろ、サチュレーションが下がろうが息苦しかろうが時間は廻る。降雪があり雪かきのあと息切れに苦しむたび思う、年を重ね、高齢者と言われる年代になると、感情の硬化に襲われる。高齢になれば動脈硬化が起こるように感情の硬化が起こる。感情が柔軟性を失い、固まってしまうのだ。しかし高齢者には今日はあっても明日があるとは言えない。二つにおいてである。一つは明日生きているという確率が低下する。もう一つは明日に希望を託すことが難しくなってくる。例え明日生きていても元気で生きているかどうかはっきりしない。とりわけ肺気腫という病気を持ってしまうとなお更である。感情が固まり凍りついてしまう。<br>
凍り付いた中でのサチュレーションはとても気になる。<br>
<br>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-01-31T13:40:33+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>新しい年を迎えました</title>
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   <description>
<![CDATA[
明けましておめでとうございます。<br>
<br>
おかげさまで新しい年を迎えることができました。<br>
今年もよろしくお願いします。<br>
<br>
年明けからシステム障害があって慌ててしまいました。<br>

]]></description>
   <category>日記</category>
   <dc:date>2025-01-03T13:02:06+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>寒い寒い１２月・・</title>
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   <description>
<![CDATA[
いつにも増して寒い12月<br>
最近安静時の酸素飽和度が下がってきた。<br>
これまでは９７～９８％あったのだが、最近では９５～９６％である。それに少し動くと更に５～８％下がってしまうようになった。動悸も激しくなり、簡単な作業だけで息切れが常態化してきた。雪かきも連れ合いにおんぶにだっこである。特に息切れなどは笛を吹いているようになる。<br>
肺気腫と言うのは決してよくなることがないのがその特性だ。がんは自然治癒というのがたまにあると聞いているが、肺気腫が治癒したと言うのは聞いたことがない。どこまでも悪くなる一方である。<br>
病院の治療を受けたとしても肺気腫の普段の治療は全くお座なりなもので、急性増悪の時は特別な治療が用意され、大掛かりな医術が行われると思っていたのだが急性増悪の治療の指針を見ると何のことはない、驚くほど何もないらしい。<br>
抗コリン薬の吸入、経口ステロイド、CO2に注意しながらの酸素投与、抗生物質の点滴ぐらいとのことである。<br>
これなら在宅酸素をしている場合、みんな自宅で揃う、抗生物質が点滴ではなく、経口になるだけである。いずれ急性増悪に当たるのかどうかの自己判断は難しいだろう。<br>
なんにしても「生きているだけで丸儲け」の気持ちをもって踏ん張っていきたいものである。<br>
<br>
みなさま強い気持ちで・・・良いお年をお迎えください・・・<br>
<br>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2024-12-31T08:17:24+09:00</dc:date>
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   <title>１１月寒だより</title>
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   <description>
<![CDATA[
いつもの干し柿作り、タイヤ交換。今年もできたぞー・・・っと<br>
柿取りは、下方になっているものだけで十分な量になったので、20キロ袋２個、それで許すことに。<br>
タイヤ交換は休み休み休み・・・時間を掛けて、掛かって、小雨に濡れながら終了。<br>
午前はあんなに晴れていたのに・・・と愚痴っても始まらない。でも、これで何時、雪になっても安心できる。<br>
次の日は予報通り雪になった。それにしても、この時期の寒さは半端ではない。<br>
なんのかんの言っても、あと1か月で一年が終わる。断捨離とかいろいろ残ってしまった。できなかった後悔がぐるぐる。頭の中を走り回っている。<br>
<br>
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<br>
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   <category>日記</category>
   <dc:date>2024-11-30T13:39:56+09:00</dc:date>
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