もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

立憲民主党の新発見と三矢研究

2020年10月15日 | 野党

 立憲民主党が新たな主張を発見したかのようである。

 旧立憲民主党は憲法審査会の審議拒否理由として「安倍政権の下では憲法論議に応じない」を挙げていた。菅政権が誕生したことによって論議拒否の理由が無くなったために、どうするのかと興味を持っていたが、新立憲民主党は新たな理由を発見したようである。
 その理由とは、自民党の憲法起草委員会が13日に「自衛隊の明記や緊急事態対応などの4項目について具体的な条文案を年内に纏めたい」としたことに対して、立憲民主党の安住国会対策委員長が記者団に「憲法改正については、国民の合意と、議会のさまざまな会派の理解を得ながら憲法審査会で慎重に議論をしていくことは、やぶさかではないし、否定的な考えは決して持っていない」としながらも、「自民党が自分たちの都合で独自の草案作成を急ぎ、独走するのであれば憲法論議はできなくなる。ほかの政党の考え方を無視して突っ走ろうとするならば、国会の憲法審査会での審議には応じられない」と述べたことである。
 云うまでもなく安住議員が攻撃しているのは、憲法審査会に公式に提案された案文にではなく「他党の机上の政策研究の域を出ない活動」についてである。
 日本以外の法治国家で、他の政党の机上政策研究を以て国会審議を拒否する事態が起きるだろうか。国が直面するかもしれない事態について国会や政府はいくつかの選択肢を腹案として持つことの必要性は多くの国民が理解していることと思うので、安住議員・立憲民主党の主張は、公党の活動を否定することに他ならないように思う。東日本大震災・中国コロナ禍で日本の危機管理体制が不十分であったことが浮き彫りになっても、議論さえ封じる立憲民主党の姿勢は如何なものであろうか。
 憲法改正論議はさておいて、かって国論を二分した「三矢研究」が思い出される。
 三矢研究は、1963(昭和38)年に自衛隊統合幕僚会議が極秘に行った机上作戦演習で、正式名称は昭和38年度総合防衛図上研究であるが、「38(ミツヤ)年の研究」であることと毛利元就の「三本の矢」の故事に倣って「陸海空3自衛隊の統合」という意味から通称として使用されたものである。
 演習内容は、朝鮮半島で武力紛争(第二次朝鮮戦争)が発生して日本に波及した非常事態における自衛隊の運用及び手続き研究することを目的として実施されたものであったが、1965(昭和40)年に社会党の岡田春夫議員が衆議院予算委員会で明らかにしたことで大きな騒ぎとなった。岡田議員は回想録で資料提供者は作家の松本清張であったが元資料の入手先は不明としている。
 社会党が三矢研究を問題としたのは、「自衛隊は戦争の準備をしている」、「ソ連を仮想敵国としている」、「演習を秘密にしている」と云うものであった。現在のように目に見える形で中国の脅威が感じられる世相であれば、憲法解釈に関係なく有事には身命を賭ける自衛隊として対処要領を研究することや演習を秘密裏に行ったこと等は当然のことと理解されるだろうが、戦火の記憶が生々しい時代では当然の騒ぎであった。
 この騒ぎによって防衛庁長官の引責辞任、防衛官僚・制服組の処分が行われ、その種の研究や演習が行われなくなってしまった様である。このことは現在までも尾を引いており、北朝鮮の核実験による朝鮮半島情勢の緊迫化で邦人の退避が議論を呼んだが、軍民共同の退避計画策定までには至らなかったと理解している。

 憲法否定と考えられる天皇制に反対する公党の発言や議論も許されている現状から考えると、安住議員の発言に示された「政党の自由な議論封殺」はあってはならないように思う。
 野党議員とりわけ野党第1党の国会対策委員長の、国会軽視・反対意見封殺の姿勢を見ると、50年前の岡田春夫氏の思考から全く進歩していないように思えるが、安住発言は憲法審査会審議拒否の理由を新たに発見した報告と読み替えるべきものであろうか。


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