小説『雪花』全章

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小説『雪花』第八章-4節

2017-10-12 12:39:58 | Weblog
 
    四

   女の店員が一品料理を持ってきて「紅(ホン)嘴(ツウイ)緑(リゥ)鹦(イン)哥(コ)です」と、明快な声で料理名を伝えた。
 仁は凡雪の手をゆっくりと離した。目をテーブルに置かれた料理を見た仁は、少し張りのある声で「えっ! 菠薐草(ほうれんそう)ではないの?」と話し掛けた。
 仁は、子供のように目を瞠って、驚いた表情を出した。
 凡雪はふふと笑って、説明を加えた。
「菠薐草は、鹦(イン)哥(コ)と似ていない! 根元が赤くて体が緑(みどり)色で」
 仁は、すぐ頬を緩め、「なるほど! ぴったりの名前だね」と納得した表情に変えた。
 大きな白い皿の真中に、均整に載せられた菠薐草は、艶やかで瑞々しく見える。
 頭の部分は紫(し)味(み)のある赤色で、葉の緑色は翡翠(ひすい)のように見え、鹦(イン)哥(コ)の羽を思わせる。
 仁は嬉しそうに、箸で菠薐草をゆっくりと、一つを取り、口に入れた。
「シャキシャキして、うん~、甘い!」
 仁の微(かす)かな濡れた唇が可愛(かわい)らしく上がった。瞳の奥に、青みを帯びた空のような、妖しい透明感を潜んでいるように見えた。
 凡雪は一瞬にして、詩情な世界に舞っていくような新鮮さが胸に湧き上がった。凡雪の脳裏に、遠い向こうの幻影が浮んできた。
 芳香に満ちた畳を敷いた部屋に、凡雪は仁と座って会話を交している。突然、窓の外から小径(こみち)から下駄を履いた人の、コロン、コロンという足音が静かに聴こえた。
 その時、風の中で、鄧(テイ)麗(レイ)君(サテン)の歌声が漣のように、心地よく繰り返し流れて聴こえた。
 凡雪は、一口じっくり菠薐草を食べて、目を仁に向けた。
「日本にも、菠薐草がありますか?」
 すると仁は「ありますよ。もう少し、渋味があるかな」と答えた。
 仁は、何かを思い出したような表情をして、ゆっくりと両箸を揃え、小皿に置いた。
「以前、祖父から聴いたけど、蘇州の土が肥えているから、野菜が美味しいって」
 店員が二品目の料理を運んできて「清風(チンフウ)蝦(シア)餅(ピン)です」と伝えた。
 仁は不思議な目で料理を見て「えー、クッキーみたいだね!」と感想を述べた。
 皿に、蓮の緑葉が載せられ、上にクッキーのような形にした、淡水蝦(えび)の料理だ。
 蝦の身を砕き、餅粉を軽く塗して、油で揚げたようだ。
 涼しげな蓮の上に薄い黄色の蝦餅が精致に光って美しく見える。
 仄かな香ばしさが清風のように漂ってくると、凡雪は予想もしなかった食欲が出てきた。
 仁は、察しているように蝦餅を見て、「美味しそうだな!」と少し弾けた声を出した。
 一枚を丁寧に取った仁は、さっくと一口噛み、すぐに目を見張って視線を凡雪に向けた。
「サクサク、プリプリ、初めての触感! 好(ハオ)好(ハオ)吃(ツ)!(とても美味しい)この味は、病み付きになるよ!」
 仁の微(かす)かな咀嚼する声が、凡雪の耳元に心地よく聴こえた。仁の温かい眼差しに異国の情緒が溢れているように見えた。
 黄昏に連れ、薄い澄色の灯に、妖艶さを感じた。仁の頬が柔らかく、ほんのりと赤くなっていた。凡雪は、胸に海水が打ち寄せてきたように感じて、身体が微妙に揺れた。
 秘かに息を吸った凡雪は、一枚、蝦餅を取り、さっくと噛んだ。蝦(えび)の香りが、ふわりと、口に広がった。次は、油に絡んだ蝦の旨味が、舌の上で愉快に躍り、喉を通っていった。
 凡雪は静かに「美味しいね!」と呟いて、仁に顔を向けた。
 仁は少し俯いて、無心に食べ続けていた。静かな咀嚼音が心楽しい音に聴こえてくる。
  つづく
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