十四
その時、凡花は、真っ直ぐな目で祖父に対い、問い掛けた。
「煎茶って、美味しいですか?」
祖父は微笑みながら答えた。
「美味しいよ。お茶は同じ種類の樹(き)なんだけど、栽培方法や、発酵させるか否かとか、どの部位から作られるかによって、味が変わるんだね。日本茶も烏龍茶も紅茶も」
すると凡花は、「えぇーー、お茶の樹は、全部、一緒ですか?」と再び訊いた。
祖父は、平然とした声で「そうだな……植物としては、一種類の樹なんだ」
凡花は「えー! ひょっとして、珈琲(カーフエ)もできますか?」と訊ねると、祖父は明るく「それは、また、違うなあ!」と笑った。
朝の涼しい清に、溌剌とした命の芽吹きと歓声が充満していた。冷えた茶器の表面に粒の水滴が滲んできた。茶が豊潤に思えた凡雪は、そっと頬を綻ばせた。
祖父は、片手で茶器を持ち上げ、三つの玻(ガラ)璃(ス)コップに冷茶を均等に注いだ。
眉根を笑みで曲げた凡花は、コップを見て、「熱くないお茶ですね」と甘い声を出した。
凡花の透き通った声が、客間を上に下に漂った。玻璃中の冷茶は、朝の露を思わせるほど淡い澄んだ緑色に見えた。
ずっと笑みを含んだ凡花は、凡雪と視線を交して、コップを手に取った。
こくこくと飲み終えた凡花は、張り詰めた声音で伝えた。
「う、うわ~、冷たくて、美味しい!」
コップを持ち上げた凡雪は、ゆっくりコップを傾け、お茶の馥郁たる味わいを堪能した。
冷たいのに、殊の外、爽やかな香が、口の中でふんわりして、広がっていた。
喉元に流れていくと、澄み切った滋味と同時に、胸の底から何かが、湧き上がってきた。
まるで自分の人生よりも遥か昔からの、何かに出逢ったような気持ちだった。
――特定の場所ではなく、全てを包み込んだ自然の中で、生きる万物の喜びや悲しみに触れて共振しているように思えた。
「一杯のお茶は、自然のもてなしだね」
静かに呟き、お茶を飲み干した祖父は、空になったコップを鼻元で嗅いだ。
凡花は、ふふと笑って、真似して空コップを嗅いでみた。
「あぁ、香っていますね!」
祖父は「有り難い香りだ」と頬を緩めた。
そこで凡花は、唐突に立ち上がって、手を伸ばした。
空コップを、祖父のコップにぽんと当てた凡花は「〝乾杯〟!」と、にこりと笑って、腰を下ろした。玻璃を交した音が、何時までも客間に響き渡っていた。
互いに隣国の呼応をしているような、優しい響きに聴こえてきた。
窓の外から吹き入る戦ぐ風に乗って、太湖の潮騒の音も聴こえた。心が、ゆるりと解れた凡雪は、祖父の慈愛に溢れた貌を眺めた。香山の土で微動だにしない祖父の泰然たる姿は、まるで太古から連綿と受け継がれているように見えた。
祖父の強力な精神が滾々と脈打っているように感じた凡雪は、その時、胸から、深い尊敬の念が湧き上がってくるのを実感した。
冷茶を何回も飲み楽しんでいた後に、杜が魔法瓶と点心を持ってきた。
客間には、湿気を孕んだ風に、芳ばしさが漂っている。
「これから、煎茶にお湯を入れるよ」
ほろりと笑みを浮かべた祖父は、卓台の瓶から、乾燥した薔薇を指で掬い出した。
僅かな量の薔薇を茶器に入れた祖父は、ゆっくりとお湯を注いでいく。茶器から、熱気がふわと昇り上がって、甘い香りが流れていた。
つづく