さくらの花びらさんの記事に、今の学生が日本が戦った大東亜戦争の歴史について、まったく知らないという話を取り上げておられました。これはひどい話です。この戦争を戦った多くの若者がどのような思いで命を捧げ、なくなっていったかを、歴史を受け継ぐものとして、現代の私たち日本人は知っておくべきです。
靖国神社の遊就館に特攻隊員の遺書が保存されていますが、こうした遺書などをとりあげると、まるで戦争を賛美するかのように言われて非難されたりしますが、国家のために命を捧げて戦った人の遺書を、私たちが読むことがなぜ戦争賛美と言われるかが理解できません。
自分たちの父祖、先人の歴史をいとおしむ心がなくて、どうして未来をしっかりと築くことができるでしょう。自分の生れた国をしっかり知らなくて、国際人として世界で通用すると思っているのは、英語さえ出来れば国際人だと勘違いして、世界に出て恥を書く日本の今の若者の姿です。
若者を根無し草にしないためにも、しっかり歴史を教えなくていけません。でないと、友愛をとなえて地球市民を誇示した鳩山前首相のように、ルーピーといわれる日本人ばかりになってしまいます。
5月28日の産経新聞で曽野綾子氏も取上げていたwill 7月号の堤堯氏の記事。
興味深いので取上げてみます。
過日、某テレビ局の公開討論会に参加した。質疑応答になって、会場から中年の男性が立ち上がり、質問の枕言葉にこんなことを言う。
「私は聖心女子大学で教鞭を取っています。四十一人の学生に『新聞を取っている人は』と問えば、たったの四人でした。『かつて日本はアメリカと戦争したことがある、知っている人は』と問えば、約半分の二十一人が知らないんです」
驚いて解散後、その教授に近づき、
「さっきのお話、ホントですか」
「ホントなんです」
「だったら沖縄に米軍が駐留する意味合いはわかりませんよね」
「わかるはずもありません。原爆が落とされたことは、どうやら知っているようですけど」
「それも誰が何のために落としたのか定かじゃありませんよね。
聖心女子大といえば国母の母校じゃないですか。いったいどうなっているんですかねぇ」
「ですから歴史的事実を、右も左もヘッタクレもない、とにかく子供たちに叩き込まなきゃいけませんよ」
日米戦争を知らないとなれば、原爆は天から降ってきたことになる。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」 というヒロシマの石碑を見れば、天罰としか思えまい。
まして東京裁判で「被告全員無罪」の少数判決を書いたパール判事が、この石碑に疑問を呈したことなど知る由もない。判事はこの石碑を見て言った。
「原爆を落としたのは日本人ではない。落とした者の手は、まだ清められていない。
『過ち』が先の戦争を指しているなら、それも日本の責任ではない。
戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いた。(日本)国民が、その良心に重い罪の悩みを持っていれば、その国民に進歩・発展がないことを記憶せねばならない・・・。」
本来、あの碑文はひと言、「リメンバー・ヒロシマ」と刻むべきなのだ。

大亜細亜悲願之碑 パル判事は、大東亜戦争の意義を記す詩をベンガル語で書かれた。それを英文と日本語に翻訳して、原爆慰霊碑から数キロしか隔たっていない、広島市内の本照寺に有志によってこの碑が建立された。
それはともかく、戦争を知らない世代が増えている。
中学・高校を通じて「日本史」の授業は明治維新で終わるように按配される。
その後の近代史を教えない。高校では選択科目となり、学ばなくても済む。
かくて民族の物語は尻切れトンボとなる。
最近は「歴女」といって、歴史に興味を持つ若い女性が増えていると聞く。
とはいえその内実は、草食系と化した昨今の男に不足を感じ、戦国武将や幕末維新の群像に「カッコイイ男」を求めて「追っかけ」をやっているのが実態だと聞く・・・。
・・・・・・
高校日本史教科書で日本史B教科書の十九冊のうち日露戦争の記述で、
「旗艦三笠」について記述されているのは一冊のみで、
「バルチック艦隊」については何と十三冊もあるという。
敵のバルチック艦隊を教えても、我が国の三笠を教えないというのはいかがなものでしょう。
日本の教科書で日本海海戦を教えるならば、まずは東郷平八郎であり旗艦三笠でしょう。
しかし東郷平八郎の記述は三冊のみだといいます。
自国のことよりも敵のことを多くの教科書でとり上げるというのは、どこの国の教科書かと思ってしまう。
これこそ歪んだ教育と言えるものでしょう。
大東亜戦争で硫黄島の戦いがありました。
サイパン、マリアナ諸島を占領した米国は爆撃機B29を護衛する護衛機の往復燃料を補給せずに日本本土を爆撃するには硫黄島が必要でした。米軍は総力を結集してきました。
硫黄島の陸軍司令官は栗林忠道中将、海軍司令官は市丸利之助少将でした。
その時、市丸少将が詠んだこのような一首があります。
スコオルは命の水ぞ雲を待つ島の心を余人は知らじ
硫黄ガスが吹き出す岩盤の島はものすごく暑く、しかも水源は一滴たりともありません。
先人たちはこの艱難辛苦の中、本土への攻撃を少しでも遅らせるためにこの島を護りました。
それから半世紀の歳月が経ち、国母であらせられる皇后陛下が硫黄島を訪問した時、
次の歌一首をささげられました。
慰霊地は今安らかに水たたふ如何ばかり君ら水を欲りけむ
この一首を詠んですぐにお分かりと思います。
これは明らかに皇后陛下が市丸少将に対して返した一首ではないでしょうか。

この硫黄島決戦のことを、ある高校教師が高校日本史の主題学習で取り扱った時に、ある高校生が書き残した感想文があります。
一九四五年二月、三日間で終わらせる予定だったアメリカ軍による硫黄島攻撃を、日本兵は一カ月以上も抵抗し続けたという事実を知り、大変驚きました。
硫黄島を守るため地下壕を作り、その中に身を隠して硫黄ガスと暑さとともに戦ったということでした。
司令官は自分の娘のことを想い続け、またある兵士は市丸利之助司令官がルーズベルトに宛てて書いた手紙を腹に巻きつけ、それを読んでもらうためにアメリカ兵に立ち向かっていった歴史は、本当に胸が痛いです。
そんな中、アメリカ軍は硫黄島を占領、四月には沖縄に上陸。
沖縄では私達と同い年、あるいはもっと小さな子供たちが、一生懸命、それこそ一生懸命に沖縄を守ろうとしたことを、初めて教えて頂きました。
見えるものだけを信じるのではなく、見えないものを見る、聴こえないものに耳を傾けること、この大切さを教えて下さった先生に感謝いたします。
こういう感想をいだく心を日本人はもともと持っているのでしょう。
問題は、そこを教えるか否かではないでしょうか・・・。
転載終わり
靖国神社の遊就館に特攻隊員の遺書が保存されていますが、こうした遺書などをとりあげると、まるで戦争を賛美するかのように言われて非難されたりしますが、国家のために命を捧げて戦った人の遺書を、私たちが読むことがなぜ戦争賛美と言われるかが理解できません。
自分たちの父祖、先人の歴史をいとおしむ心がなくて、どうして未来をしっかりと築くことができるでしょう。自分の生れた国をしっかり知らなくて、国際人として世界で通用すると思っているのは、英語さえ出来れば国際人だと勘違いして、世界に出て恥を書く日本の今の若者の姿です。
若者を根無し草にしないためにも、しっかり歴史を教えなくていけません。でないと、友愛をとなえて地球市民を誇示した鳩山前首相のように、ルーピーといわれる日本人ばかりになってしまいます。
5月28日の産経新聞で曽野綾子氏も取上げていたwill 7月号の堤堯氏の記事。
興味深いので取上げてみます。
過日、某テレビ局の公開討論会に参加した。質疑応答になって、会場から中年の男性が立ち上がり、質問の枕言葉にこんなことを言う。
「私は聖心女子大学で教鞭を取っています。四十一人の学生に『新聞を取っている人は』と問えば、たったの四人でした。『かつて日本はアメリカと戦争したことがある、知っている人は』と問えば、約半分の二十一人が知らないんです」
驚いて解散後、その教授に近づき、
「さっきのお話、ホントですか」
「ホントなんです」
「だったら沖縄に米軍が駐留する意味合いはわかりませんよね」
「わかるはずもありません。原爆が落とされたことは、どうやら知っているようですけど」
「それも誰が何のために落としたのか定かじゃありませんよね。
聖心女子大といえば国母の母校じゃないですか。いったいどうなっているんですかねぇ」
「ですから歴史的事実を、右も左もヘッタクレもない、とにかく子供たちに叩き込まなきゃいけませんよ」
日米戦争を知らないとなれば、原爆は天から降ってきたことになる。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」 というヒロシマの石碑を見れば、天罰としか思えまい。
まして東京裁判で「被告全員無罪」の少数判決を書いたパール判事が、この石碑に疑問を呈したことなど知る由もない。判事はこの石碑を見て言った。
「原爆を落としたのは日本人ではない。落とした者の手は、まだ清められていない。
『過ち』が先の戦争を指しているなら、それも日本の責任ではない。
戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いた。(日本)国民が、その良心に重い罪の悩みを持っていれば、その国民に進歩・発展がないことを記憶せねばならない・・・。」
本来、あの碑文はひと言、「リメンバー・ヒロシマ」と刻むべきなのだ。

大亜細亜悲願之碑 パル判事は、大東亜戦争の意義を記す詩をベンガル語で書かれた。それを英文と日本語に翻訳して、原爆慰霊碑から数キロしか隔たっていない、広島市内の本照寺に有志によってこの碑が建立された。
それはともかく、戦争を知らない世代が増えている。
中学・高校を通じて「日本史」の授業は明治維新で終わるように按配される。
その後の近代史を教えない。高校では選択科目となり、学ばなくても済む。
かくて民族の物語は尻切れトンボとなる。
最近は「歴女」といって、歴史に興味を持つ若い女性が増えていると聞く。
とはいえその内実は、草食系と化した昨今の男に不足を感じ、戦国武将や幕末維新の群像に「カッコイイ男」を求めて「追っかけ」をやっているのが実態だと聞く・・・。
・・・・・・
高校日本史教科書で日本史B教科書の十九冊のうち日露戦争の記述で、
「旗艦三笠」について記述されているのは一冊のみで、
「バルチック艦隊」については何と十三冊もあるという。
敵のバルチック艦隊を教えても、我が国の三笠を教えないというのはいかがなものでしょう。
日本の教科書で日本海海戦を教えるならば、まずは東郷平八郎であり旗艦三笠でしょう。
しかし東郷平八郎の記述は三冊のみだといいます。
自国のことよりも敵のことを多くの教科書でとり上げるというのは、どこの国の教科書かと思ってしまう。
これこそ歪んだ教育と言えるものでしょう。
大東亜戦争で硫黄島の戦いがありました。
サイパン、マリアナ諸島を占領した米国は爆撃機B29を護衛する護衛機の往復燃料を補給せずに日本本土を爆撃するには硫黄島が必要でした。米軍は総力を結集してきました。
硫黄島の陸軍司令官は栗林忠道中将、海軍司令官は市丸利之助少将でした。
その時、市丸少将が詠んだこのような一首があります。
スコオルは命の水ぞ雲を待つ島の心を余人は知らじ
硫黄ガスが吹き出す岩盤の島はものすごく暑く、しかも水源は一滴たりともありません。
先人たちはこの艱難辛苦の中、本土への攻撃を少しでも遅らせるためにこの島を護りました。
それから半世紀の歳月が経ち、国母であらせられる皇后陛下が硫黄島を訪問した時、
次の歌一首をささげられました。
慰霊地は今安らかに水たたふ如何ばかり君ら水を欲りけむ
この一首を詠んですぐにお分かりと思います。
これは明らかに皇后陛下が市丸少将に対して返した一首ではないでしょうか。

この硫黄島決戦のことを、ある高校教師が高校日本史の主題学習で取り扱った時に、ある高校生が書き残した感想文があります。
一九四五年二月、三日間で終わらせる予定だったアメリカ軍による硫黄島攻撃を、日本兵は一カ月以上も抵抗し続けたという事実を知り、大変驚きました。
硫黄島を守るため地下壕を作り、その中に身を隠して硫黄ガスと暑さとともに戦ったということでした。
司令官は自分の娘のことを想い続け、またある兵士は市丸利之助司令官がルーズベルトに宛てて書いた手紙を腹に巻きつけ、それを読んでもらうためにアメリカ兵に立ち向かっていった歴史は、本当に胸が痛いです。
そんな中、アメリカ軍は硫黄島を占領、四月には沖縄に上陸。
沖縄では私達と同い年、あるいはもっと小さな子供たちが、一生懸命、それこそ一生懸命に沖縄を守ろうとしたことを、初めて教えて頂きました。
見えるものだけを信じるのではなく、見えないものを見る、聴こえないものに耳を傾けること、この大切さを教えて下さった先生に感謝いたします。
こういう感想をいだく心を日本人はもともと持っているのでしょう。
問題は、そこを教えるか否かではないでしょうか・・・。
転載終わり
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