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TM独生女論は祝福家庭共同体の伝統になり得るのか(2)

2015-11-24 00:36:01 | 独生女関連

真のお母様の独生女論は祝福家庭共同体の伝統になり得るのか(2)

3.独生女論の登場過程

独生女論の内容自体も呆れて開いた口が塞がらないが、その独生女論を作った者たちの面々とその過程を見ると、さらに衝撃的である。鮮文大の金*ジェ氏と彼の愛弟子の文*ヨン氏が「真の父母神様論」、「真のお母様メシヤ論」という雑説レベルの論文を書き、それが真のお母様の目に留まることがあった。真のお母様から物凄く愛され、現在の金ソクビョン氏や鄭元周(チョン・ウォンジュ)氏レベルの注目を惹きつけることができる状況であった。しかし金*ジェ氏と文*ヨン氏は注目を惹き付けることができなかった。その理由は二人に関する良くない噂であった。その噂については後で真実かどうかが明かされるものと期待する。一つ明らかなことは、金*ジェ氏が天一国憲法制定委員会から中途脱落させられたが、その理由は次のようなものであった。李*ソク氏が2人の師と愛弟子に関する噂を根拠に退くよう品格を以って話してみたが、金*ジェ氏は白を切っていたとのこと。仕方なく李*ソク氏は噂の証拠を集め始めた。目撃者の陳述書を全てもらっていたのである。金*ジェ氏を呼んできて、この証拠を押し付けると、金*ジェ氏はしぶとく持ち堪えたものの、ついに委員会から反強制で退かされたという。師と愛弟子の出世の道が阻まれたのは残念だが、人々は金*ジェ氏と文*ヨン氏を独生女論の基礎の基礎を築いた摂理の逆賊たちだと見ている。適切な評価である。 

その火種を受け継いだ者がいたが、それが即ち鮮文大の呉澤龍(オ・テギョン)氏である。この呉氏というのは、自称「み言の大家」と吹聴して回っていたが、み言でなければ全ての本を燃やさなければならないと主張する珍しい精神の持ち主である。彼が所謂教権勢力の中心部に入る為に孝進様の生前に物凄い努力をし、それなりに孝進様と或る程度の個人的に親密な関係を維持していたようである。その精誠を天が知ったのか、真のお母様が真のお父様を老隠居扱いして本格的に真のお父様の権威を踏み付けた状況において呉氏は陽の目を見始める。 

2009年3月の束草霊界メッセージ捏造事件後の2010年全体にかけては世界会長の文亨進様、米国の偽総会長の文仁進様、独生女様、金孝律など全ての教権勢力が顯進様殺しに熱を上げている時だった。2009年12月4~5日にも金興泰・朴珍用・呉澤龍・鄭ジンファ氏などが統一教本部で開かれた二世圏公職者1日教育と 50歳以下の公職者集会の報告において文顯進会長を批判していた。   

この時に呉澤龍が「お父様の精子の最後の定着地はお母様の子宮であるから、お母様がいなければお父様の完成がない」という要旨の講義をした。筆者の推測では、独生女論の論理を誰かが作って呉氏に手渡し、呉氏はその論理をベースに浅薄なみ言の知識を動員して独生女論を作ったものと見られる。2010年1月から12月まで連載された呉氏の寄稿文には独生女論の陰険で兇悪な本音が露見されている。 

呉氏が寄稿文に載せた自分の雑説全体を言及する必要など全く無く、その結論のみを紹介する。一つだけ読者が記憶すべきことは、呉氏が吹聴した雑説の大部分の根拠が私たちが知っている八大教材・教本ではないという事実である。それは正に呉氏だけが持っているという秘密のメモであった。    

①神様の子種が独生女の子宮に安着すると神様が完成する。

②神様は地上で形状的女性格対象に出会って結婚式を挙げなければならない。

③結局、神様の創造目的の完成は被造世界全体を代表した真のお母様と神様が婚姻してこそ初めて完成される。

④お父様の精子の最後の定着地はお母様の子宮であるので、お母様がいなければお父様の完成がない。

真のお父様の権威の上に真のお母様を戴せる為に呉澤龍氏が本格的に始めた真のお母様の神格化は、2010年10月18日の文亨進様の清平集会のみ言を通じてその意図がより明確にされた。この日、文亨進様はマホメットが9歳の夫人を含め11人の夫人がいたという事実や、さらに多くの夫人を持ったモルモン教の教祖を例に挙げながら、所謂「真のお父様の六マリヤ」の話の糸口を開いた。このみ言を聞いた牧会者たちは文亨進様がこのように語られた意図が全く分からなかった。ところが、その疑問は2011年4月の宣教本部の指示により米国統一教会の祝福家庭と公職者を対象に講義した呉氏の講義において解明された。呉澤龍の講義は結論的に真のお母様を神格化する為の「神様の夫人の摂理史」だった。 

呉氏はこの講義を通じて、①六マリアの内幕とその解釈を雑然と口ごもりながら、真のお母様が六マリアの摂理的使命を全て譲り受けて完遂したこと、②真のお母様が真のお父様の相対者として娘の位置から神様の夫人の位置にまで上ったことを主張した。この講義の核心内容は真のお父様が復帰摂理の最後の中心人物として全ての蕩減復帰摂理を終結した最後の主人公という事実に先立ち、そういう真のお父様を完成させた人物が正に真のお母様ということである。言い換えると、これは即ち先に言及したとおり呉氏の「神様の夫人の摂理史」を通じて独生女論の論理が既に2011年頃に定立されたという事実である。2010年と2011年は真のお母様と亨進様、國進様、仁進様は勿論、統一教の全ての幹部があらゆる陰謀と虚偽を動員して全世界の祝福家庭に顯進様に対する敵対的感情を起こす為のキャンペーンを展開している時だった。顯進様を摂理の現場から追い出す為である。2011年1月から呉澤龍氏は全世界の食口たちを相手に顯進様の活動に反対する講義をしていた。 

呉氏の講義内容は言うまでもなく講義を企画した意図はあまりにも衝撃的であった。呉氏の講義に対し異議を提起したS会長に呉教授は、「自分は専ら真のお母様と亨進様の指示に従っているだけ」と返答した。顯進様を追い出した理由が真のお父様の権威を踏み付けにして真のお母様を神格化させる為のものであり、それを主導した張本人が他ならぬ真のお母様と文亨進様という事実は正に衝撃的と言わざるを得ない。真のお父様は神様のみ旨を成し遂げる為に公生涯を出発し真の家庭を成し四位基台を成し遂げられた。そして蕩減復帰の血と涙の滲む過程を勝利され真の父母の真の家庭理想を世界に拡大することによって神様の創造目的を成し遂げる為に全生涯を捧げられた。このような真のお父様の意志を私たち祝福家庭はあまりにもよく知っている。その意志を引き継ぐ為に努力した顯進様の努力については、2011年前までは全祝福家庭がそれを認めていたのは事実である。不幸にも真のお父様の妻である真のお母様、そして真の子女である亨進様と國進様によって真のお父様の地位が踏み付けられ真の家庭を中心とした神様のみ旨が粉々に粉砕されたという事実を私たちは知らなければならない。あまりにも残念で悔しく怨めしいことと言わざるを得ない。どうしてこういうことがあり得るのか。 

真のお母様と亨進様の指示による呉教授の独生女論は、祝福家庭が真のお父様から数十年間教育を受けてきた内容とはあまりに異質的である。私たちを再度驚愕させた事件は、独生女論を完成して合理化する為に隠密裡に企画された神様と真のお母様との結婚式であった。真のお母様は誰かに唆かされて、2012年1月23日の真のお父様のご生誕日に真のお母様と神様との結婚式を真のお父様に隠して密かに挙行しようと試みたものの、事が発覚してしまった。真のお父様はこのことを怒鳴りつけられ、その式は行事直前に取り消された。この衝撃的な事件は、真のお父様の権威を無視して真のお母様を唯一の独生女に仕立て上げ真のお父様の伝統とは全く異なる新しい教理を作って真の父母ではなく独生女を崇拝する異端宗派を作ろうとした証拠と見ざるを得ない。それ故なのか、お父様は2012年初にはとりわけ真のお母様を警戒するみ言を多く語られた。   

2012年1月19日(木)の天正宮訓読会において真のお父様は基元節を考えられてお母様に警告され、「お母様がお父様と違う道に行きつつある。お父様のみ言を聞かないで、お母様が自分の言葉に服従せよというのは、ルーシェルよりもっと恐ろしい存在だ。そんなお母様に従って行く者は化物だ。・・・本日を以って宣布する。お母様はこの時間以後お父様に絶対服従しなければならない」と語られた。 

2日後の2012年1月21日(土)の天正宮訓読会では真のお父様が「韓鶴子お母様は自分の先祖が文総裁の先祖よりも優れていると言っているが、とんでもない話だ・・・私に従う人々は力の無い女性食口たちであり、男たち(子息と幹部たち)はお母様に付き従いながら何でもお母様と相談するが、これは教会を滅ぼす道であった・・・教会の男どもがお母様を中心に議論し、お母様が全てのプログラムを決定するということは有り得ないことである・・・その子供達も私に知れないように隠れて行っていることがあるなら、全て引っかかるのだ! このことを明確に伝えよ!」と怒鳴りつけながら、訓読会に参加した全ての人々が皆聞こえるように大きな声で語られた。 

2012年1月24日火曜日午後5時に天福宮で父母様の臨席の下に天福式が進められていたが、お父様は天福式について激怒され、「お前たちはこれから全てのことを推進するにおいて先ずお父様に報告して指示を受けて決裁を得た後にお母様に報告しなければならない。このことを絶対に逆にしてはならない。分かるか。何故勝手に先立って進もうとするのか」と叱責された。それにも関わらず同日、光化門では天福祝祭パレードが寒い天候にも関わらず強行されたが、この行事に対してもお父様は「誰がそんな行事をしろと言ったのか」と中断するよう指示したが、周辺の人々はソウル市から既に集会許可を得ている等のあれこれの言い訳を取って付けることに汲々としていた。この行事が終わった後に天福宮でお父様を迎えて行われた行事があったが、この時にもお父様は黄会長と梁会長を叱りつけ、教団代表が聖燭儀式を間違っていることも指摘され、独り出て行こうとされるお母様を大衆の前で公式に叱りつけられた。  

真のお母様の指示を受けて独生女論を捏造した呉澤龍の証言と独生女論の内容、2012年に露骨に真のお父様を公開的に無視した真のお母様の態度、そして天倫の道と摂理の伝統を正す為に真のお母様を叱られた真のお父様の訓読会でのみ言を通じて独生女論の陰謀と衝撃的な背景が明らかに暴露されるようになった。 

結局、相当期間準備され金ハンジェを経て呉澤龍によって独生女論が企画され、独生女論を完成させる為に真のお母様が真のお父様の権威と祝福家庭の伝統を破壊したのみならず、神様のみ旨を成し遂げる為に孤軍奮闘してこられた顯進様を追い出すことによって真の家庭を中心とした神様の創造理想実現は当ても無く延長された。

 

4.統一原理と「真のお父様のみ言」の観点から見た独生女論批判

原理と真のお父様のみ言を基準に見ると、キリスト教2千年は再臨メシヤを迎える為の期間であった。メシヤは復帰されたアダムの立場を最初に完成した男性(独生子)を言う。したがって真のお父様は正にその立場を完成して家庭的基台まで最初に完成した再臨メシヤ(独生子)である。人類救援の為のメシヤの使命は完成したアダムの立場で終わるのではない。復帰されて完成したエバを探し出して(そういうエバがいなければ、復帰されたエバを教育してでも)小羊の婚宴を通じて真の家庭を成さなければならない。完成したアダムとエバが出会って小羊の婚宴をしたとしても、それで独生子と独生女の責任が終わるわけではない。完成した男性(独生子)が完成した女性(独生女)と共に神様の創造目的を中心に四位基台を成し創造理想を実現した真の家庭を成した時に初めて完成した独生子と独生女、即ち真の父母になる。そして神様の真の愛と血統を復帰した真の父母の真の家庭が氏族、民族、国家、世界の次元に拡大される時に神様の創造目的は最終完成を成すようになる。 

ここで私たちが明らかに憶えておくべきことは、独生子や独生女、真のお父様と真のお母様、真の家庭は摂理の責任分担を完遂してこそ初めてその栄光の名を実現することができるという事実である。一度責任を完遂したと言って、その後の全ての責任分担から自由な(=免れる)わけでは決してない。それゆえ「真の父母は永遠の真の父母であると主張され自分は責任分担と無関係である」と考えられる真のお母様の態度は明らかに非原理的である。神様も責任分担から自由なわけではないため、真のお父様は復帰摂理の95%が神様の責任だとされた。ましてや真のお父様の責任分担に謂わば「無賃乗車した」に過ぎない真のお母様が責任分担の絶対原理から自らを例外扱いする態度は明らかに原理が分かっていない証拠である。 

私たちが真のお父様を人類のメシヤであり救世主であり真の父母として崇仰するのは、真のお父様が生きてこられた公的な生涯と、人類の全ての蕩減に対し自らが責任を負おうとしてこられた真のお父様の生涯の故である。また、真の父母様と真の家庭を中心とした復帰摂理が人類の普遍的な価値になるだろうという私たちの確信も、誰も否認できない水準で蕩減の現実を克服してこられて出た真の父母様の生涯の故である。真のお母様が立てられた代身者・相続者が語っておられるように、真のお母様は華麗な宮殿と宝石を好まれたが、メシヤの妻として、真の家庭の母親としての公生涯に対し不平不満を抱いてこられたという事実だけでも、真のお母様は自らの恥としなければならない。

祝福家庭共同体の常識的な信仰とは異なり、現在の真のお母様の独生女論は、真の父母(真のお父様)の権威を活用するだけであり、真のお父様のみ言とは完全に異なる新しい教理として成されている。独生女論は韓鶴子真のお母様が唯一の独生女であり、創世から絶対予定されていたことを前提とする。真のお父様は16歳の時にイエスに会って使命を引き継がれることによって独生子になったが、真のお母様は3代の母系の血統転換によって生まれる前から唯一の純血の独生女であったという主張である。しかし、このような主張は真のお父様が教えて下さった祝福家庭共同体の伝統とは異なる新しい所謂「独生女教」の教理である。 

真のお父様のみ言を基準に見ると、たとえ真のお母様が良い血統的基盤を持って生まれたことは事実だとしても、韓鶴子真のお母様は創世と共に決定され、母胎から血統が復帰されて生まれた完成したエバ(独生女)ではなく、ましてや出生時から純血だったという事実は真のお父様のみ言の何処にも探すことができない。独生女論の主張とは反対に、十代の韓鶴子真のお母様は不完全な存在であった。彼女を教育して真のお母様を代身して蕩減路程を歩んだ方は他ならぬ真のお父様であった。真のお母様を完成させ真のお父様と同じ水準に引き上げ完成した真の父母として宣布する為に、真のお父様はあまりにも苦痛に満ちた過程を経てこられたという事実を私たちは決して否定してはならない。 

ましてや既に言及したとおり、真のお母様は亨進様と國進様、そして仁進様を先立たせ、あらゆる陰謀と虚偽によって真のお父様を騙して顯進様を長子の地位から追い出した。言い換えると、真のお母様自らが真の家庭の四位基台を破壊することによって神様の創造目的を破綻させたという事実を私たち祝福家庭は決して軽く見てはならない。亨進様のみ言のように、真のお母様は失敗したが、神様の伝統と血統を伝授され真のお父様の意志を代身して成し遂げようと身悶えする真の家庭の摂理的長子である顯進様が責任を果たしているため、真の家庭を中心とした四位基台理想が完全に水泡に帰したわけではない。 

このような次元で「生まれる時から純血で完全な独生女が、堕落した血統で来て16歳で初めて血統転換を成したという独生子・再臨主に対し、已む無くその妻になってやることによって真のお父様(独生子)を完成させ真の父母にならせた」という真のお母様の独生女論は、真のお父様のみ言や教え、そして祝福家庭の伝統とは完全に異なる、異端教理であることが明らかである。

特にみ言集に登場する独生子と独生女の概念は独生女論の主張とは完全に異なる。以下に言及する原理と真のお父様のみ言は独生女論の虚構を証明して余りある。

 

5.参照資料 

① 原理講論: キリスト教2千年は独生女ではなくメシヤを迎える為の摂理であった。

- そして、イエスから再臨期までの二千年期間は、新約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が長成級まで成長する時代であったので、この時代を「長成新約時代」という。(出典: 『原理講論』 283-284ページ、緒論)

- イエスからその再臨期までの二千年期間は、復活摂理の時代的恩恵と新約のみ言によって、人間が生命体級まで復活する時代であったので、この時代を「長成復活摂理時代」という。(出典: 『原理講論』 284ページ、緒論)

- イエスからその再臨期までの二千年期間は、イエスが十字架で亡くなられることによって、サタンに奪われるようになった旧約時代の二千年期間を、キリスト教信徒たちを中心として、天のものとして再蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理延長時代」という。(出典: 『原理講論』 285ページ、緒論)

- イエスからその再臨期までの二千年期間は、新約のみ言によって、キリスト教信徒たちを世界的に探し求めて立てることにより、「メシヤのための世界的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための世界的基台摂理時代」という。(出典: 『原理講論』 286ページ、緒論)

- イエスからその再臨期までの二千年期間は、堕落の張本人であるアダムとエバの使命を、代わりに完成しなければならなかったイエスと聖霊とが、サタンを屈伏する第二次の責任を担われて、堕落人間に対し長成的な復帰摂理を行われる時代であるので、この時代を「イエスと聖霊の責任分担摂理時代」という。(出典: 『原理講論』 286ページ、緒論)

- イエスからその再臨期までの二千年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、実体的に立ててきた時代であるので、この時代を「実体的同時性の時代」という。(出典: 『原理講論』 287ページ、緒論)

 

②み言集に見られる独生女の意味はお母様が言う独生女の意味とは異なる。 

結論

み言集に言及されている独生子・独生女は神様の愛を完全に受けることができる完成したアダムとエバを意味する。

独生子が先に来て独生女を選択し、エバが果たせなかった責任を果たさせることによって独生子は真のお父様、独生女は真の母になり、神様の真の家庭の標本となる真の家庭を成さなければならない。

真のお父様のみ言に登場する独生子と独生女の概念は、復帰され完成された男性と女性、即ち人類の全ての男性と女性が復帰の過程において到逹すべき完成した男性と女性を意味すると見ることができる。

ここにおいて最初の独生子が完成したアダム、即ちメシヤである。

 

 

 

出典

内容

要約/ 解釈

(み言選集、41-310、1971.2.17)

独生子とは何のことですか。神様の初愛を全て受けたということです。・・・神様の初愛を全て受けた男と神様の初愛を全て受けた女が家庭を成さなければならないのです。その立場がどういう立場かというと、堕落していないアダムとエバの立場です。

神様の初愛を受けた堕落していないアダムとエバが独生子と独生女である。

(み言選集、23-163、 1969.5.18) 

元来は神様を中心として人類の先祖アダムが独生子でした。しかしアダムが堕落して死んでしまったので、再び探さなければならなかったのです。ではエバは何かというと、独生女でした。

人類の祖先アダムが独生子、エバが独生女

(み言選集、185-187、 1989.1.8)

独生子の前に何がなければなりませんか。独生女がいなければなりません。独生子はいるのに独生女がいません。それではメシヤは何をしなければならないかというと、独生子として来て独生女を探さなければなりません。探すのにも唯そのままでは探すことはできません。アダムを通じてエバを造ったので、この世に来てエバを探さなければなりません。

独生子は独生女を探さなければならない。

(み言選集、115-133, 1981.11.8)

それでは再創造原理から見て、女というものはどのように探すべきかというと、アダムを通じて再創造しなければなりません。・・・アダムに倣って造ったのです。ですから独生子は独生女を探さなければなりません。探して育てなければならないのです。

独生子は独生女を探して育てなければならない。

(み言選集、231-21、 1992.5.31)

独生子は何を探して来なければなりませんか。独生女を探して来なければなりません。そうしてこそ迎えるのではないですか。独生子がこの地に来たら独生女に会わなければなりません。独生女がいなければ、創り出すとか、隠れているのなら奪ってきてでも造っておかなければならないのです。・・・イエス様が独生子として来た目的は誰に会う為ですか。「独生女です。」 独生女が目的であって、キリスト教が目的ではありません。キリスト教の教団が問題ではないのです。キリスト教の国が問題ではありません。そのことを知らなければなりません。独生男として生まれた人が知るべきことは、その一族を成す前に、その国を探す前に一番先に解決すべき根本問題があるということです。それは何でしょうか。独生女に会って独生男と独生女が一つになった初愛が必要なのです。男女として神様を中心として愛することができる初めての独生愛の基盤が必要なのです。

独生子は独生女を探さなければならない。

 (み言選集、34-342、 1970.9.20)

独生子という言葉は何なのか。誰を中心とした独生子なのか。正に神様の独生子ということです。神様の最初の愛を受けた独生子だというのです。それゆえ神様はその独生子を中心として愛したいはずです。そうでしょう。また、独生子を愛するのに世界を探して世界を抱いて帰って来る独生子を愛したいはずです。私たちはその位置にまで進まなければなりません。イエス様はまた「'私は新郎であり、貴方逹は新婦である」と語られました。その言葉は神様の愛を中心として実権を持った男ということです。その次には「貴方たちは兄弟だ」と言いましたが、この言葉は神様を中心として家庭を成さなければならないということです。独生子として来たので、独生女を探さなければならないのです。

独生子とは神様の最初の愛を受けた息子であり、神様の真の家庭を成す為に独生女を探さなければならない。

(み言選集、23-149、 1969.5.18)

神様は男である独生子を先に送りました。それで今まで歴史は男が編成してきたのです。独生子が来たら、その次には何が来なければなりませんか。「独生女が来なければなりません。」 この返事は女がすべきです。男が答えたら気分が良くないですね。同じ答えるなら、女が答えてこそ気分が良いでしょう。(笑い)独生子がいるなら、独生「何」がいなければなりませんか。「独生女がいなければなりません。」

独生子が先に来てから、独生女が出てこなければならない。

(み言選集、115-133、 1981.11.8)

イエス(独生子)が直系の息子さえ生んでいたなら、今日のローマ教皇庁の教皇は誰がなっていたでしょうか。ところがペテロやヤコブなど12使徒が受け継いだ教皇庁になりました。イエスの直系子女が受け継いだ教皇庁になりましたか。それは言うまでもなく直系子女が受け継いでいたはずです。そうなっていたら今日のようにキリスト教の教派が多かったでしょうか。メソジスト教会、カトリック教会、何とか教、統一教もそこに入りますが、そういうゴミゴミした教派が必要ですか。それらは全て禄でもないものばかりです。本物ではないというのです。

そうなっていたら、今日の世界はどうなっているでしょうか。イエスの血族を中心としたキリスト教を中心として中世期において天下統一をして一つの世界を成し遂げていたはずです。口で言うのは簡単ですが、どれほど煩くて複雑ですか。それゆえこの地上の恨みが何かというと、イエスが新婦を迎えられなかったこと、イエスが結婚できなかったことです。

 

(み言選集、23-176、 1969.5.18) 

男は天の代身であり、女は地の代身です。 それでは聖神(=聖霊)は何の神なのかというと、母の神です。イエス様は人類の真のお父様であり、聖霊は人類の真の母です。したがって聖霊が実体を以って臨まなければなりませんが、実体になる独生女が出てこなかったのは、そのみ旨を果たすことができなかったということです。ですから形体がない、即ち実体を持っていない火のような聖霊、油のような聖霊、その本性稟だけがこの地に来て霊的に妊娠し出産する儀式を行うのです。これがキリスト教の役事です。

独生女が出てこなければならない。

 (み言選集、135-124、1985.10.4)

独生子とは何かというと、天のお父様の愛を初めて受けることができる息子なのです。このことが偉大です。その次にキリスト教思想は新婦の思想です。イエス様はそういう独生子であり新郎として来ました。そうなので新婦が必要なのです。独生子がいるから独生女が必要だというのです。新郎は何であり、新婦は何ですか。男と女です。新郎新婦の婚宴の日というのは初めて神様が愛の旗を持って来る日なのです。そういう婚宴の席がエデンの園で望んできた所望なのですが、これが壊れてしまったので、人類世界の終末においてこの婚宴の席を再び回復しなければならないのです。

独生子は何かというと、天のお父様の愛を初めて受けることができる息子なのです。独生子の新婦が独生女です。

(み言選集、143-25、 1986.3.15)

堕落がなかったら天国は独生子と独生女が神様の愛を中心として一組の夫婦を成して神様の家庭を作り、神様の愛に生きてから引越しする先が天国です。・・・アダム一人を失うことによって天国の王権を中心とした王国を失い、天国の民族を失い、天国の氏族を失い、天国の家庭を失い、天国の男と女、独生子と独生女まで失ってしまったのです。

人間始祖のアダムとエバが独生子と独生女として夫婦になり家庭を成して生きてから逝く所が天国である。

(み言選集、159-198、1969.5.12)

神様が愛する一つの家庭、本然の神様の愛を中心として独生子と独生女の立場で彼らが成長し、神様をお父様として侍ってさし上げることができる立場で祝福の基盤を成し、人類の真の祖先の基盤を構築しなければならないのです。その立場を失ったので、再び探さなければなりません。これが救援の目的です。

 

(み言選集 79-188、1975.7.27)

独生子という一言を中心として見ると、神様の願いは、人類を神様の愛の中に置く為の子女にすることです。こういう歴史的原則を中心として見ると、独生子ということを語ることによって神様の愛を中心とした息子になることができる出発者であると宣言したわけです。

その次にイエスが何をしなければならないのかというと、新婦を探さなければなりません。それは何のことですか。新婦とは何ですか。独生女です。独生女を探さなければならないということです。そうです。独生女がこの地上に出てきましたか。独生女が出てきていないのに、独生女の分身たちが出てくることができますか。枝を出すことができるでしょうか。・・・独生子として来て新婦を探して小羊の婚宴をしようというのがキリスト教の骨子です。ですから小羊の婚宴をして何をしようというのですか。神様を中心とした家庭を作ろうというのです。

神様は人類を独生子と独生女に作るのである。独生子が独生女を探して新婦に迎え小羊の婚宴をしなければならない。小羊の婚宴は神様を中心とした家庭を作ることである。

(み言選集、58-218、1972.6.11)

 

独生子が出てきたのに、独生子が独身生活をしては大変な事になるのです。独生女がいなければなりません。それで独生女を探して神様を中心として独生子と独生女が互いに好き合う立場で結婚しなければなりません。

独生子は独生女を探して結婚しなければならない。

(み言選集、41-200、1971.2.15)

真なる人生の道は何なのかというと、神様を私の父として侍り、その父の真の息子娘、即ち独生子と独生女になるのです。独生子と独生女になることが私たちが行くべき人生の道だというのです。 

 

(み言選集、94-41、1977.6.26)

「私は新郎である。 神様と私が一つになって、神様の愛と私が一つになれば、神様の愛という名詞の前に初めて愛することができる独生子にならなければならない」という自覚をすることが統一教会が行くべき最も必要な道ということを知らなければなりません。また、独生女だというのです、独生女。皆さん、その道を行くという自信を持っていますか。考えてみましたか。 「はい」 そういう理解はしたけれども、そうなろうと努力してみましたか。それゆえ統一教会に入って来るのには元来は皆、未婚の男女として入って来なければならないというのです。若い未婚の男性が入って来るようになっているのです。何故神様は若い人々を全て統一教会に送ってくれるのでしょうか。何のことか分かりますか。独生子であり独生女という自覚を先ずしなければ何にもなりません。

祝福を受ける前に神様の独生子と独生女という自覚をしなければならない。

 (み言選集、 94-49、1977.6.26)

「今まで私と私の妻の二人だけがしてきましたが、これからはそうするのではなく、世界の国と国同士、国家同士が手を取ってやろう」というように出来る時なのです。そういう時が来るので、皆さんが苦難の絶頂にある神様を解放することができる独生子と独生女になって、新郎新婦になり、神様の聖殿になり、神様の骨髄の心情を解放し、神様と共に愛の園に入ることができる問題だけが課題として残っているのです。

神様を解放することができる独生子と独生女、新郎新婦、神様の聖殿になって神様を解放しよう。

 (おわり)

 ※本稿は、編纂者の許可を得て引用掲載しています。

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追記:参考記事

神様の夫人グループの実態(1)
http://ameblo.jp/gildong/theme9-10057979301.html
神様の夫人グループの実態(2)
http://ameblo.jp/gildong/theme8-10057979301.html
神様の夫人グループの実態(3)
http://ameblo.jp/gildong/theme7-10057979301.html
神様の夫人グループの実態(4)
http://ameblo.jp/gildong/theme6-10057979301.html
神様の夫人グループの実態(5)
http://ameblo.jp/gildong/theme5-10057979301.html

独生女の背景にあるもの、後にくるもの
http://ameblo.jp/gildong/entry-11962747142.html
呉澤龍氏のノートと真のお父様のみ言の肉声録音の対照と理論検証を望む

真のお父様・愛勝日の朝・統一教幹部らを「泥棒」と呼ばれる
http://ameblo.jp/gildong/entry-11148722032.html
聖婚式が金婚式に変わった背景

神を忘れた恥辱の偶像パレード
http://ameblo.jp/gildong/entry-11146275637.html

 

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