おきうとになっとう

博多に暮らす夫婦のブログ

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2015年4月30日  ホームセンターへ

2015-04-30 18:40:08 | 新モカの日記

今日もいい天気です。
朝から、家電店へ、修理に出していた時計を受け取りに行く。
時計というのは、意味があるので、
戻ってきたということは、何かの合図のように思えます。
午後は、ホームセンターへ、シンさんと買い物へ。
庭に、敷く石を頼んできました。
母が、車のところまで、カーを押して行けるように、
今、でこぼこしていますから、改善するためです。
体が元気になると、人に対して、強気になってしまうのは、
どうしてでしょう。
人から言われたことに、いらいらしてしまうのは、
体が弱かった時期にはなかったことです。
でも、一度も言い返したりはしないですけれど、
心が強くなっています。
自分の仕事のほうへ、その元気さを使いましょう。
本当に、心も体も、季節に左右されやすい私です。
人は、世間話をしているのです。
私は、本当に、会話に慣れていません。
全部責められているように受け取ってしまう。
子供のころからの習性は、なかなか直りませんね。
今までいつも好きで見ていたお寺が、縁切り寺だった、
ということを、今日はじめて知り、
意外な思いをしました。
そのブログを楽しみに毎回見ていた私。
無知、というのは、怖い。
自分で、自分に言い聞かせる。
絶対、責めているんじゃないよ、理解者だよ。
世間話だよ。
もっと気を楽に・・・ゆとりを持ってね。
会話は重要。
私にとっては、一番の練習課題。
みなさん、いい連休をお過ごしください。
おやすみなさい。


精神生活

2015-04-30 00:02:57 | 省察
精神生活者というが概念がある。
僕流に解釈すれば。物質より精神、心の在り方を尊重する生き方をする人。
今の時代、仙人のような生活はもちろん、自給自足の生活もほぼ不可能だと思う。
精神生活者にもレベルがあって、物欲がゼロと言うことではなかろう。

経済力が人の値打ちが決まるわけではないと言いつつ、本音ではどうか。
胸に手を当てて自らを省みるべきだろう。
しかし、それにこだわる必要もない。
要は、欲望に目がくらみ自分の生き方を見失わなければいいのだ。
経済力は生きていくための要素であることだし、生きていなければ精神生活もあり得ない。

しかし、精神生活と経済生活を両立するのは口で言うほど簡単ではない。
難しいが、そこに人間の値打ちがあらわになる。
唯我独尊を通せばいいというわけではない。
主義主張は立派でもその人間が立派であるわけではない。逆も多い。
人を評価する時、特にパートナーを選ぶときは気を付けなければならない。

精神生活者が我がままを通す人だと考えるべきではないが、多少はその要素もある。
精神生活者どころか精神病者だったりもする。
最後は人間性の問題であり、実行力の問題だろう。

何が正しいかの答えはあっても、誰にも分からないことも影響する。
アラブの春では独裁者を倒せば欧米並みの社会になると考えた人も多かったはずだ。
原発問題でも二酸化炭素のことを考えれば答えはそんなに明白なものではない。
辺野古の問題もそうだ。口には出さないが多くの人が分かっていることだ。

少し論点がそれた感もあるが、精神生活者と言っても狂信的な人ではないということだ。
我々が目指すべき精神生活も現実からかけ離れたものであってはならないということ。
自分の心を大事にしつつ、他人とも強調する。だから難しい。


2015年4月29日   昭和の日

2015-04-29 18:27:56 | 新モカの日記




今日は、連休の始まり。
しばらくぶりに、ちらし寿司を作ることにした。
卵が、細く切れないのは、笑えますね(笑)
町費集めも、今日で全部終わった。
一つ仕事完了。
アイスコーヒーをよく飲むようになって、
少しサボって、糖分の入ったのを飲んでいたら、
すぐ歯にきたので、無糖に変えました。
もう糖分入りは、完全にやめる。
飲みすぎにも注意しないと、眠れなくなるから・・・。
昭和生まれの私は、随分昔の人になったんだなぁ。
懐かしい・・・。
会話も弾んでいます。
体が元気になったんでしょう。
会話のパワーで、その場の空気を変えられますから、
本当に黙っているのは損です。
町費集めで感じましたが、お年寄りは、
会話を楽しみにしているところがあります。
一言かけるだけでも、喜んでくれます。
今夜は、いろいろやってみよう。
おやすみなさい。



2015年4月28日   いろいろな人に会う日

2015-04-28 18:26:30 | 新モカの日記

気持ちの良い気候です。
朝早く目覚めて、いろいろ片付けて、仕事場へ。
新しくやり方を変えて、やってみる。
毎回行くごとに、少しずつやっていこうと思った。
午後は、町内の町費集めへ。
久しぶりに、近所の人たちに、たくさん会った。
いろいろな世間話もした。
年取って弱ったおばあさんは、心細そう。
めんどくさいと思っていたが、ほとんど終わったので、
何事も、やりかからないと、終わらないものだと思う。
掃除をするときも、始めないと、終わりは来ない、と自分に言い聞かせて、
体を動かし始めます。
体調は、季節が完全に変わってから、すっきりした感じです。
いつも季節の変わり目に、もやもやするんです。
今日、スーパーに行ったら、
「自分のことはあれやけど、人のことは・・・。あの人好かん(嫌い、の博多弁)」と女二人連れが話していました。
私のことを言っているような気がしました。
もう気にしませんよ。
他人には、私の状態は、よくわからないのですから。
敵も味方もいるので、自分を信じるしかありません。
人の目ばかり気にするのは、やめました。
連休は、本を読みます。
それでは、おやすみなさい。


本気にならないと

2015-04-28 01:46:44 | 省察
何事も本気で取り組まないと結果は出ない。
逆に、心の底からやる気になれば大抵のことが実現する。
この歳になると人が本気かどうか、うっすらとだが分かる。
「絶対勝ちます」「頑張ります」・・意気込みだけは分かるが・・。

近頃、禁煙外来のCМが流れている。
医者に頼らなければタバコもやめられないのか。情けない。
止められないのはどこかに甘えがあるからだ。
「タバコくらい大した事はない」「みんな吸っているじゃないか」
背後から聞こえてくる甘い囁き。それが甘えの本質だと思う。

僕が結婚したのは40歳と1か月のとき。
今思えば、それまで結婚しようという気になれなかった。
若いころの失恋が尾を引いていたからかもしれない。
その気になればいつでもできる、みんなやってることだから。
面倒くさい事は嫌だ。ずっと家族を養っていけるかも心配だ。
そもそも、なんで結婚しなけれゃならんのか。

おそらく今も多くの人がこんな気持ちで結婚しないのではなかろうか。
さすがに40近くなると真剣に考えるようになった。
自由は好い。好きにやって人並みの収入もあった。
しかし、一方で「いつまでこんなことを続けるんだ」という囁きもあった。
犬でも猫ども子孫を残すために懸命に生きているのに・・。

その時期から方向転換。自営を止めて組織に属すようにした。
結婚は一度生まれ変わるくらいの覚悟が要ると思う。
共同体を作るのだから我のままにふるまっていたらすぐ破綻する。
しかし、死ぬわけではない。生まれ変わるのだ。

おそらく本気で結婚を考えるようになったのだろう。
1年ぐらいでチャンスを捉えることができた。
予想に反して結婚生活は楽しかった。子育ても何とか。
苦労も多かったが独身では味わえない良い経験をたくさんさせてもらった。
他人から見ればとるに足らないことかもしれないが、これも自己実現だろう。

今一番思うのは、運が良かったこともあるが、あのとき本気になったということだ。
自己実現はまさに本気にならなければ達成できるものではない。
また、その本気が運を呼び込むのだろう。
本気になればタバコもやめられる。思うように生きられる。

2015年4月27日   電車の日

2015-04-27 18:39:13 | 新モカの日記

月に一度の、5時起きの日。
空が明るくなったので、とてもすがすがしい朝の空気。
でも、待合室にはもう待っている人がいる。
こんなに早く行くのに、今日は11番だった。
連休前で、すごく混んでいました。
隣の人が話しかけてきたので、世間話をしていたら、
私より少し年上の女性。
親が理解してくれないみたいです。
障害者だから・・・と恵まれていない環境を嘆いていました。
でも、感じのいい人でしたよ。
世の中には、味方になってくれる人がいなくて、理不尽な扱いを受けている人が多くいるようです。
私の場合は、結婚できたから、良かったですが、その人の話によると、
自立支援の限度額を超えているのに、お金を請求された、とか。
払わなくちゃいけないんです、と一人だと、文句も言えない状況なのか、
障害者の実情とは、なかなかひどいようです。
早く帰ってきた。
電車の日は、世間のことが見える日です。
本が2冊届いた。
楽しみだ。
自己を確立させることを決意したけれど、家族や身の回りの人には、
今までどおりに、丁寧な対応を心がける。
それは忘れてはいけない。
神様を信じる心は変わらないし、穏やかな心でいるように、
努めなければならない。
ただ、心を強く持って、嫌なことまで、やらなくていいということです。
いつも感謝の心を持って、丁寧に・・・。
おやすみなさい。

2015年4月26日  町内の話し合い

2015-04-26 18:40:49 | 新モカの日記


今日は、新年度の町内会の説明会。
決算や予算の説明。
その他いろいろ、情報を聞いた。
私も、係りになるので、前年度の担当の人から、説明を聞いた。
顔なじみの隣の人もいたので、楽しかった。
午後は、買い物へ。
夕食は簡単に焼肉。
自分が、人前でしゃべる、とかじゃないから、そんなに疲れていない。
家にこもっているので、たまにこんな機会は、気分が変わる。
人を切り捨てたので、気分がすっきりした。
二度と、見ることはない。
軽蔑している。
私のやることは、制限されているが、
本を読んだり、放送大学を見たり、
もう少し元気が出てくれば、
書き物もしたい。
自分のできることを少しずつやろう。
卑怯な手段を使う人は、本当に、軽蔑だ。
今も、怒りで震えている。
人を切り捨て、facebookでも、友達はいなくなった。
私は、そういう運命なのだろう。
それでは、これから放送大学を見ます。
おやすみなさい。


自己実現

2015-04-26 00:10:00 | 省察

近頃、鳥の絵付けを始めた。
というより、食べ残しのビスケットの有効利用。
極寒の間だけのカロリー補給用に買っていたものだ。
結局あまり食べずに残ってしまったのだ。
石の上に置いておくと1時間後にはきれいに無くなっている。

野生の鳥たちは人間社会の中でたくましく生きていることを実感する。
きっとメスを追いかけて一日中遊びまわっていることだろう。
いつの間にか生殖をおこない、子孫を育てていつの間にか死んでいく。
人類も100万年の間同じようなことを繰り返してきたのだろうか。

それにしても鳥たちはあんなに楽しそうに生きているではないか。
人間だけがどうしていがみ合ったり悩んだり苦しんだりしなければならないのか。
釈迦が出家して求め続けた答えもそれだったという。
彼が説く答えの一つが「三毒の克服」つまり。貪欲と怒りと無知の克服。

2千年以上経った今日、それを実現した人がどれほどいるだろうか。
日々煩悩の炎に焼き尽くされ、自己滅亡への道を歩む人がいかに多い事か。
モカは今も親に受けた仕打ちを思い出すたび怒りを爆発させる。
実に下らない。進歩が無い。恨みとか謝罪とか、どこかの国の人たちと同じだ。
果たして今生でその感情を克服できるだろうか。

鳥さんたちも厳しい生活を送っているだろうが、見るからに楽しそうだ。
やさしい夫に美人の妻とかわいい子供たち。そんなものは現実ではない。
そういうものばかり追い求めていると深い落とし穴に落ちる。無知の典型だ。
完璧な幸せなんてありえない。試行錯誤の極限に見え隠れするだけ。

それでは何を目指して生きればいいのか。
幸福もその一つだが、形にこだわる人は落とし穴が待っている。
もっと便利な言葉がある。自己実現。
幸福の前提として自己を高めることが不可欠だと考える。
物欲の虜になっていて幸福になれるだろうか。誰でもわかること。
まずは三毒の克服。それが自己実現すなわち幸福への第一歩と思う。

2015年4月25日   庭の三つ葉で、オリーブ炒め

2015-04-25 18:48:01 | 新モカの日記




今日は、よく動きました。
朝から、定期的な掃除をして、午後は、EM埋め。
もう汗をかくくらいです。
庭で、三つ葉がたくさんとれたので、オリーブ油で炒めました。
レモンを入れたら、おいしかった。
自然の味。
庭で取れたものは、あっさり料理すると、おいしい。
今日を逃すと、やる暇がないので、
これから、服の整理をします。
夏物を出して、冬物をしまう。
面倒ですが、一気にやります。
音楽かけながら、やったら、楽しそうだな。
今年用のサンダルも、注文しました。
季節が、本当に変わりました。
このブログ、渡る世間の幸楽になりそうです。
年中無休、ふふふ。
それ、やる気を出して、服の整理だー。
用事がたてこんでいますので、来週も忙しい。
あ、連休だったか。
うちは関係ない。
それでは、予定では、1時間ほどで、終わらせます。
おやすみなさい。




高学歴女子の貧困について

2015-04-25 01:22:14 | 愚見
最近「高学歴女子の貧困」という本が話題になっている。
高学歴女子が仕事に恵まれず、苦しい生活を強いられているという。
大学の非常勤講師とか塾のアルバイトで何とか暮らしているという。
女子に限ったことではないが、女子の場合が多いと言うのはその通りだろう。

その点、江戸時代とあまり変わっていない。
武士階級に属していても、身分の低い町人の方がいい暮らしをしている例が多かった。
当然のことながら、医者とか大学教授のように高学歴でなければなれない職種もある。
しかし、高学歴であれば一生ハッピイというわけにはいかない。

ずっと前、予備校に国立医学部を目指している2浪中の女子がいた。
普通の学部なら楽に通るのに「なぜ?」と訊いてみた。
「私はブスだからどこの企業も採用してくれないでしょうから」
内心深く感動した。しっかりと現実を見つめている。
念のために言っておくが、美人ではないにしても悪い顔立ちではなかった。
今時珍しい、しっかりした女子だった。

高学歴であればどんな仕事でもできるというのは錯覚だ。
実社会はきびしい。。不公平や不条理に満ち満ちてもいる。
敷かれたレールの上を走れる人はよほど恵まれた人だ。
学歴があろうとなかろうと厳しい生存競争を勝ち抜かなければ好きな仕事にはつけない。

教えるのが好きで大学非常勤講師をつづけているという話もあった。
ぎりぎりの生活だと言う。partnerと出会うチャンスもあまりない。
一番苦しいのは未来が見えないということだろうか。
マスコミで名を売った記者や芸能人が教授になる時代だし。

好きな仕事だからといって食べていけない仕事が本業と言えるだろうか。
性格かもしれないが、僕だったらさっさと方針転換する。
自分の強みをもっと生かせる仕事を探すだろう。
もちろん好きな道をあくまで追求する道もある。
いずれにせよ、一生の仕事に楽な道は無い。
惨めな老後にならないためにも、男子も女子も本気で考えなければ。