第8号

 事の発端は、2002年11月8日。あるFTMが性別違和感に悩み札医を受診したことから始まる。事前に電話で問い合わせ、泌尿器科の舛森直哉先生が診察を担当することになった。それ以前は散発的に受診する者はいたが、病院として組織的に対応するまでには至っていなかった。舛森先生は、FTMを診察後、大学倫理委員会に、「札幌医科大学性同一性障害判定治療委員会の設立、性同一性障害の診断と治療」の治療計画を提出、産婦人科、第一外科、神経精神科を含めた組織的な治療へ向けて準備が始まった。
 2003年4月には国内での組織的医療を既に進めていた埼玉医大や岡山大学から講師を招き講演会を行い、5月には治療ガイドラインの骨子を作成、その後当事者との話し合いなどを経て8月には専門外来の名称を「GIDクリニック」とすることが決まり、当事者を交えての記者会見が行われた。9月には、倫理委員会で治療計画が承認され、11月に外来対応マニュアルが策定され、12月1日に、正式に「GIDクリニック」が始動した。
 2004年1月19日に行われたGIDクリニック会議では、1例目の診断を確定。4月16日の倫理委員会では、乳房切除とホルモン療法の治療が承認され、第二段階の治療が開始された。その後受診患者が多くなり、必要に応じて第二段階への治療を承認できるようにするため、10月にGID委員会を設置。それ以後、第二段階への治療の承認はGID委員会、性別適合手術の承認は、倫理委員会で承認を得ることとなった。
 患者にとって、性別適合手術の実施が待たれるところだったが、2006年5月30日の倫理委員会でMTF2人へ性別適合手術を行うことを承認、初めての手術が6月に実施された。また、10月31日には、FTM3人への手術も承認され、その後実施された。
 2007年8月6日現在、総受診者数 FTM189名 MTF82名。ホルモン療法承認済み FTM55名 MTF24名。乳房切除術承認済み FTM32名。SRS承認済み FTM11名 MTF4名。他機関での手術を含め戸籍の性別変更のための診断書を作成した人数はFTMとMTF合わせて9名となっている。
 なお週に一人受け付けている初診は1年先まで予約がいっぱいであり、今のところ新規の患者の予約は受け付けられない状況となっている。
 今回の特集を組むにあたり、札幌医大付属病院で治療にあたってくださっている先生方、開設当初の事情に詳しい当事者の方々から原稿をいただきましたので、以下に掲載いたします。
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札幌医科大学付属病院 GID(性同一性障害)クリニック 略年表
2002年11月 8日 FTM泌尿器科外来受診
2003年 2月 3日 「札幌医科大学性同一性障害判定治療委員会の設立、性同一性障害の診断と治療」を、舛森直哉医師が札幌医科大学倫理委員会に提出
2003年 3月25日 倫理委員会第1回審議
2003年 7月28日 性同一性障害治療ガイドラインの骨子がまとまる
2003年 8月26日 名称を「GIDクリニック」とすることが決定。
当事者支援組織と合同の記者会見
2003年12月 1日 GIDクリニック診療開始
2004年 1月19日 1例目の診断確定
2004年 4月16日 乳房切除、ホルモン療法の治療承認
2004年10月    GID委員会の設置
2006年 5月30日 1例目の性別適合手術の承認、6月手術実施
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札幌医大GIDクリニックの開設のいきさつ
  札幌医科大学 泌尿器科 舛森直哉
(札幌医科大学付属病院のGIDクリニックの開設に尽力。泌尿器科として、FTMのホルモン療法を担当すると同時に、MTFFTM双方の性別適合手術の執刀を担当している)
 2003年12月1日に本学においてGIDクリニックが開設されてから約3年半が経過しました。これを機会にGIDクリニック開設までのいきさつを個人的な観点から簡単に振り返ってみたいと思います。2002年11月8日にGID-FTM-TSの方が泌尿器科の私の外来を受診しました。当時私は「性同一性障害」についての知識はほとんど持ち合わせていませんでしたので少し時間を貰って調べてみたところ、3つの重要な情報をインターネットから手に入れることができました。東京医科大学穴田秀男著の「性は変えられるか」、埼玉医科大学倫理委員会・「性転換治療の臨床的研究」に関する審議経過と答申、および、日本精神神経学会「性同一性障害に関する特別委員会」による性同一性障害に対する答申と提言(ガイドライン第一版)です。これらにより「性同一性障害」の概念・診断・治療法などに関する全般的な知識を得ることができましたが、何よりも「性同一性障害」を取り巻く社会環境は劣悪であり、また本疾患に理解を示す医療従事者により正式に診断と治療を行う施設が少ないことが理解できました。北海道にはこのような施設がないため困窮しているとの当事者の強い訴えもあり、当院において「性同一性障害」の治療と診断を包括的に行うシステムを立ち上げようとの考えに至りました。ガイドラインにも謳われているように「性同一性障害」の診断と治療はチーム医療が必須です。泌尿器科塚本泰司教授、精神神経科斉藤利和教授に相談した上で、精神科の池田官司講師、産婦人科の遠藤俊明助教授などに現状と問題点をお話ししたところ協力の確約が得られましたので、2003年2月3日に「札幌医科大学性同一性障害判定治療委員会の設立、性同一性障害の診断と治療」を札幌医科大学倫理委員会に提出するに至りました。丁度その頃3月22日に東京で開催された第5回GID研究会にはじめて参加しGIDを取り巻く諸問題を直接見聞するとともに、この領域で先行していた岡山大学泌尿器科の永井 敦先生(現川崎医科大学泌尿器科教授)や精神科の佐藤俊樹先生とも面会して院内体制整備や本学における診断・治療ガイドラインづくりに必要なノウハウを学んでおります。当時の医学部長・倫理委員会委員長であった神保孝一教授のご理解・ご尽力および病院課企画調整係の不休の働きにより、4回の倫理委員会での審査を経て2003年9月4日の倫理委員会にて承認されております。その後は現実的な始動に向けて当事者のプライバシーと動線に配慮した院内マニュアルを作成して2003年12月1日に「GIDクリニック」が正式にスタートしました。私自身まったくの偶然でこの領域に足を踏み入れたわけで、倫理委員会に書類を提出した当時はどのくらいの人に何をどこまでできるのだろうとの不安もありました。しかし、250余名の方が道内各地から受診し、ホルモン療法や性別適合手術などの身体的治療を受けられる方が増加するにつれ2002年11月8日以来4年半の私どもの取り組みは間違いではなかったと感じています。
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クリニック開設前の様子
  えっきー
 仕事をやめて自分について考える余裕ができてきた時、それまで目をそむけていた(意識せずにいた)性別違和感をなんとかしたいと思うようになり、かかりつけの病院の主治医に相談したところ、山内俊雄先生の「性の境界」という本を紹介してくれました。また、札幌市内のある総合病院で性同一性障害を研究しておられる医師がおられるということも教えていただき、主治医に紹介状を書いてもらい、2002年10月にその病院を訪ねました。
 初診担当の先生に詳しい生育歴などを聞かれた後、紹介状の先生の診察がありました。すると、「ごめんなさい。(性同一性障害の診察は)上の方針で今年からやらないことになったんだよね」と言われました。 私は、(どうしてもダメなら岡山は遠いけど、埼玉は叔母もいるし、埼玉に通おう)と思いながら、まず道内のいくつかの病院をあたることにしました。(埼玉医大がやるなら、札幌医大でもやってくれるんじゃないか)と考え、手始めに11月5日(火)に札幌医大付属病院に電話してみました。「心の性別と体の性別が一致しないのですが。どうしたらいいのでしょうか。」受付の電話に出てくださった方に、そんな風に訴えたと思います。かなり長い時間電話が保留になりました。多分いろんな科に問い合わせしてくださったのだと思います。「お待たせいたしました。トランスジェンダーは泌尿器科の舛森が担当しますのでつなぎます」と言われ、電話は舛森先生に代わりました。「一度お話しに来ませんか。月曜日から金曜日の(初診受付時間の)毎日、いつでも来て下されば私が対応しますので。」と言ってくださり、7日(木)にかかりつけの病院で再び 紹介状を書いていただき、8日(金)に札幌医大付属病院に初めて受診しました。
 舛森先生は、丁寧に対応してくださり、私の話にひとつひとつうなづいて聞いてくれました。そして、「時間をもらえますか?一ヶ月くらいしたらまた来て下さい。」と言ってくれその日の診察は終わりました。
 12月3日、再び泌尿器科を受診すると、舛森先生から「性同一性障害を病院として診ていきたいが、それには他科と連携をとって進めていく必要があります。神経精神科では、池田先生が対応しますので、受診してみてください」と。対応の早さに驚きました。
 その後、「クリニックを立ち上げることになりました」とか「正式に(性同一性障害)の治療をすることが決まりました」とか「新聞報道が決定しました」など舛森先生から折に触れて自宅に電話をくださっていたようです。事情があり、私はその頃自宅にいなかったので後で知ったのですが。
 これも後で知ったことですが、当時、私以外にも札幌医大付属病院で診察を受けていた方がおられたようです。それらの声をまとめてくださり、正式にクリニックを立ち上げて下さった病院関係者の方々、先生方のお陰で今の札幌医大付属病院のGIDクリニックがあるんだと感謝の思いです。
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クリニック開設まで 当事者との話し合い
  日野由美
 戸籍の性別変更に関する特例法が成立したのは平成15年7月ですが、日本のGID医療は遅れてて平成15年当時に性適合手術をおこなってたのは埼玉・岡山の2カ所の大学付属病院だけでした。当事者は全国に散在していたが、遠距離から埼玉・岡山に通院できるだけの経済的・時間的ゆとり持つ当事者は少なく、北海道の当事者にとってGID医療を受けることは容易でなかった。
 私も埼玉への通院を考えてて関東の当事者仲間に受診の仕方を教えてもらってたが、平成15年3月の北海道新聞に「札幌医科大学付属病院でGID診療開始」の記事を見て札幌医科大学へ通院を始めた。地元で受診できることは大きな助かりである。
 平成15年1月から「gid.jp」(GID当事者の人権改善を目指す団体)に入り、行政へ要望を出す動きを進めていた。性的少数者の仲間などから道議会議員、札幌市議会議員を紹介してもらい、北海道庁と札幌市に要望を出したのが同年7月で、北海道庁に要望を出したその日(偶然だが)、国会で「戸籍の性別変更に関する特例法」が成立し、要望提出後の記者会見で、「特例法成立の日を選んで要望出したのか。」と質問されたことが印象的だった。
 行政へ要望を出す動きをしてた最中、札幌医科大学から「GID診療を始めるにあたり当事者団体と会っておきたい。」という主旨の連絡が入った。私に連絡が来たのはgid.jpが当事者の全国団体だからである。
 7月末、私と数名の当事者が札幌医科大学で、札幌医科大学のGID診療スタッフの方々と面会し、当事者として医療上の要望を伝えた。8月末、札幌医科大学は「GID医療を開始する倫理委員会の記者会見」を開いた。記者会見はテレビ等で全国ニュースとして広く報道された。なお記者会見には道内の当事者も同席した。
 同年末、札幌医大とGID当事者の意見交換会(第一回)が開かれた。(当事者の生の声を聞いてもらうことは重要なので、当事者仲間には意見交換会があることを伝え、)札幌在住の当事者を中心に10名以上の当事者が参加した。『診察待合室及び支払窓口での呼び名」や「診療カードの名前」を通称名にしてほしい。』等、当事者自身にとって切実な声が、医療関係者に直接伝えられた。
 当事者の「定期的な意見交換の場を設けてほしい。」に対し札幌医大も前向きにしていきたい様子だった。(現在は、意見交換が頻繁におこなわれてるとは言い難いので、意見交換の積極的な実施を望んでる。)
 意見交換会に参加した当事者を主要なメンバーとしてファミリアが作られ、当事者間の親睦と医大への要望がなされることになった。全国にGID団体は幾つかあるが、患者団体として診療機関と積極的に関わってる団体はファミリアだけと思う。
 同年末、北海道議会や札幌市議会ではGIDの人権に関する質問がなされ、札幌医大への議員の視察もおこなわれた。(他の医大で議員視察がおこなわれた話は聞いてない。)
 GID医療に関し、北海道は埼玉・岡山の後進であるが、大学病院が当事者の声を医療に反映させようとしてること、行政・議員さんも当事者支援に前向きで、当事者が講演会を催せば(多くはないが)一般の方々も熱心に足を運んでくれている。等々の状況を見た場合、北海道のGID医療及び当事者を取り巻く状況は(課題は多くあるが)、他地域と比べれば恵まれてると言えるし、さらに良くる可能性は大きいだろう。
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札幌医科大学付属病院における性別適合手術手術第一例目となって感じたこと
  大城美咲
 昨年6月に札幌医科大学付属病院(以下、札医大病院)で北海道では初めての性別適合手術(以下、SRS)を受けた性同一性障害の当事者(以下、当事者)である私が感じたことを書かせていただきます。
 全国的にも実施している医療機関が少ないSRSを北海道で受けられることになったことは私たち当事者にとって非常に嬉しい出来事でした。それまでは主に海外での手術が中心であったため、術前の申込み(言葉や文化・習慣の違い)から渡航手続きなど色々な問題がありましたし、何より術後のケアに至っては皆無という状況で不安を多く抱えるためです。
 札医大病院でのSRSにあたり、オペを実施する泌尿器科で事前のレクチャーを受けましたが、何分にも前例が無いということは少なからず不安を覚えました。オペそのものの医師の技量は勿論のことですが、入院に当たって、札医大病院がどのように受け入れてくれるかという問題も大きな問題です。私たち性同一性障害の当事者は戸籍の性と心の性が違うため、入院中の病棟での扱いによっては、それが精神的なストレスとなることもあるからです。
 レクチャーを経て私なりの心の整理をつけ、入院~オペとなりました。入院はオペの前日です。入院病棟は本人と他の入院患者の折り合いを考え、個室となりました。前夜は、翌朝に行われるオペを考えるとなかなか寝付けませんでしたが、病棟の医療スタッフの皆さんの心遣いもあり、とても満足しています。
 オペについては、医療スタッフも初めてだったこともあり、予定の時間を若干回ったようですが、オペそのものは何事もなく成功し、後は回復を待つだけでした。オペ直後からは、麻酔科を含めた医療スタッフが万全の体制でケアをしてくださいました。おかげで約2週間をかけ徐々にですが普通の生活が送れるまでに回復することが出来ました。 このSRSを経験し感じたことのひとつは、手術費と入院費があまりにも高いことです。 性同一性障害の当事者は社会的に受け入れられず、所得が著しく低い場合も多々あります。保険適応外のため医大病院だけではどうなるものではありませんが医療サイドからも国へのアプローチをしていただけたら、と思います。また、入院時に個室となるために、入院費用が高くなることもあります。この点については、札医大病院の経営努力をいただけたら、と感じました。また、もうひとつは、入院とオペに関するレクチャーの内容をもっと具体的な説明にしていただけると、安心してオペを受けることが出来ると思いました。その後の同様のオペを重ねる中で改善されていることと思いますが、どのような手術でも不安はつき物ですし、ましてや、例の少ないオペということもあり、当事者の情報が
不足しています。そんな状況をお察しいただけたらより一層安心したオペとなることと感じました。
 医大病院泌尿器科の舛森先生を始めとする医療スタッフの皆様には大変感謝しております。また、今後もこれまで以上にご尽力されることを期待しております。
 最後に、今後、海外等でのSRSを受けることを考えておられる方へ。費用は渡航費や滞在費を含む海外での一般的なオペ費用とほとんど変りません。術式は限られますが、オペ後のケアを感えると、医大病院でのオペは安心感がありますので、ご再考してみてはいかがでしょうか。
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性同一性障害の診察を担当して
北海道文教大学 池田官司
(札幌医科大学付属病院神経精神科にてGIDクリニック開設当初から                              性同一性障害の診察にあたっている)
 「カンちゃーん!」。今を去ること4年前のある日、私が所属していた札幌医科大学神経精神科の教室で齋藤利和教授からお呼びがかかりました。駆けつけてみますと、「ウロ(泌尿器科のこと)の先生からこんなのに協力頼まれたんで、カンちゃん(私の名前は「官司」なのでいつもこう呼ばれていたのです。)の名前出しといたから。じゃ、よろしく!」とのこと。手渡された書類には「性同一性障害」の文字が。性同一性障害の診療チームを札幌医科大学附属病院で立ちあげるための倫理委員会への申請書類で、泌尿器科の舛森直哉先生が執筆されたものでした。正直「???」という感じでしたが、とにかく神経精神科からは私が性同一性障害診療チームに参加することになったのです。
 どんな人達が来院するのだろう。不安でした。性同一性障害とは自分の身体の性別と反対の性別に属していると確信しそのような性別として生きようとする。ということは現実を無視し自分の主張ばかりを一方的に押し通そうとする人たちなのではないか、性別のことだけではなく他のことについても同じような感覚で生活している人たちではないか、コミュニケーションに問題を持つ人たちではないか、つまりいわゆるパーソナリティ障害と呼ばれるような人たちが集まることになるのではないか。
 そんな不安を拭い去れないままGIDクリニックは開設され当事者の方達との出会いが始まりました。受診されたのは悩み傷つきながら世間の中での自分のあり方について真剣に悩み模索しておられる方々でした。コミュニケーションには問題が無くむしろ医師の立場に充分すぎるほど配慮してくださる方達ばかりでした。
 私が抱いていた不安はまったくの杞憂でしたが、夢中でいろいろな方とお会いしていくうちに、なんだか勝手が違うと首をかしげることも多くなりました。これまで私が経験して来た診療では、診断と治療について主導権を握っているのはあくまで医者である私でした。しかし、GIDの診療では医者のペースだけでは事が進まないのです。GIDクリニックを受診される方の多くは、ホルモン療法、乳房切除術、性別適合手術といった身体の治療を求めておられます。医者に会う前にすでに自分自身で診断と治療を決めている方が多い。そしてその自分で決めた治療をできるだけ早く進めて欲しいと望んでおられる。患者がはっきりと自分の意志を主張してくること、これは初めての体験でした。
そんなころ、ある学会でオートノミーとパターナリズムという言葉を耳にしました。私が感じていた違和感を説明してくれるように感じました。「オートノミー」とは、「患者の自己決定権」のことです。どんな治療を受けるかは患者が自分で決めるということです。「パターナリズム」はさまざまな意味で使われる言葉ですが、ここでは「患者の中に起こっていることは、それが病気に関するものである限り、患者自身よりも医師の方が良くわかっている。なぜなら、医師は医学の専門家でありそれに見合うだけの知識と技術をもち日々研鑽を積んでいるからだ。したがって、治療の内容を決めるのは患者ではなく医師である。悪いようにはしないのだから医師にまかせなさい。」というような考え方を指しています。オートノミーとパターナリズムのそれぞれの立場は、どちらかが正しくどちらかが誤りであるという性質のものではなく両者とも正当なものです。
 私はこれまで、自分は医師としてどちらかといえばオートノミーを重んじるタイプだと思っていました。しかし、性同一性障害の診療を経験することによって実はそうではなかったことがわかりました。私は患者さんの訴えをできるだけそのまま受け入れるよう心がけているつもりでしたが、肝心の治療方針の決定については医師としての私が自分の判断を頑なに守り通していたというのが実際の姿でした。
 性同一性障害の診療においてはこれまで経験してきた精神科診療に比べて「オートノミー」をより重んじる必要があるでしょう。性同一性障害という状態は自分で選んだわけではない、しかしその困難への対応は自分で選ぶことができる。どのような治療を受けるかという選択は自分自身の生活スタイルを決めることでもあるのですから。
 そうはいっても医者としてその治療を行うことがすっと腑に落ちる、という意味での「パターナリズム」もやはり大事と感じるのです。本当に大丈夫なのか、本当に診断に間違いはないのか、本当にいいのか、といつも何度も繰り返し考えてしまいます。
 オートノミーとパターナリズムの問題はどちらか一方を選び取るということではなく両者のバランスが求められます。急いで結論を出さずにこのことを意識しモヤモヤし続けることが大事だと考えます。
 説明と同意に基づく治療、患者の自己決定権の尊重、リスクマネージメント、エビデンスベイスドメディスンとナラティブベイスドメディスン、などの言葉を耳にする機会が増えました。ひたすら耐え忍ぶということをその言葉の意味に含む「ペイシェント」という呼び名から「ユーザー」という呼び名へのパラダイムシフト。性同一性障害の診療が私に、これらのことの本当の意味を教えてくれました。患者様の望みが、医者として腑に落ちるのかどうか。深く納得したりまた時にはちょっと首をかしげたりしながら、診療を続けていきたいと思っています。
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