ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

逮捕から23年

2018年07月06日 | 時事ネタ関連

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麻原彰晃死刑囚等7人死刑執行 早川井上新実土谷中川遠藤死刑囚」(7月6日、産経新聞

 

松本地下鉄両サリン事件等で計29人の犠牲者を出した一連オウム真理教事件巡り、死刑が確定していた教祖の麻原彰晃死刑囚(63歳)[本名:松本智津夫]等7人の死刑が、6日午前に東京拘置所等で執行された事が、関係者への取材で判った。教団が起こした事件の死刑囚は計13人居り、執行は初めて。上川陽子法相が命令した。平成7年5月の麻原死刑囚の逮捕から23年。犯罪史上を見ない一連の事件は、大きな節目を迎えた。

 

他の6人は、早川紀代秀(68歳)=福岡拘置所、井上嘉浩(48歳)=大阪拘置所新実智光(54歳)=、土谷正実(53歳)=東京拘置所、遠藤誠一(58歳)=同、中川智正(55歳)=広島拘置所の各死刑囚。

 

法務省は今年3月、死刑囚13人の内7人を其れ収容していた東京拘置所から、執行施設の在る5拘置所移送していた。

 

確定判決によると、麻原死刑囚は「平成元年11月、教団に反対の立場を取っていた坂本堤弁護士=当時(33歳)=等家族3人を、横浜市の自宅で殺害(坂本弁護士一家殺害事件)。」、「平成6年6月、長野県松本市サリン散布し、7人を殺害(松本サリン事件)。」、「平成7年3月、東京都心を走る3路線5方面の地下鉄でサリンを撒き、12人を殺害(地下鉄サリン事件)。」等の凶悪事件を次々に起こした。

 

麻原死刑囚は、此の3事件を首謀。此の他の事件を含め、13の事件で計26人を殺害、1人を死亡させた。松本サリン事件と地下鉄サリン事件では、後に被害者が1人ずつ死亡。一連の事件での死者は29人上っている。

 

確定判決では、一連の動機を「(麻原死刑囚が)救済の名のに、日本国を支配して、自ら其のになる事を空想。其の妨げになる者を、ポア(殺害)し様とした。」と認定している。

 

麻原死刑囚は平成7年に逮捕され、裁判は平成8年から始まった。然し1審の途中から意味不明な事を話す様になり、最後は何も語らなくなった。平成16年の1審の死刑判決後、弁護側は即時に控訴したが、「麻原被告は、裁判を受ける能力が無い。」等として控訴趣意書を提出せず、控訴審は一度も開かれない、死刑判決が確定した。

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所謂「オウム真理教事件」は、自分がリアル・タイムで触れて来た数多の事件の中で、決して忘れる事が出来ない大事件。以前にも書いたけれど、地下鉄サリン事件が発生した際、自分はマレーシアに出張していた。仕事が終わって同僚と屋台で夕食を取っていた所、隣に座った中国系と思われるおっちゃんが広げた新聞の一面に「日本」、「沙林」、「死」といった文字がデカデカと踊っていて、担架に乗せられている大勢の人の写真が載っていた。中国語で書かれていたので内容は判らなかったけれど、「日本で、大きな事件が発生した。」という事は判り、慌ててホテルに戻ってTVを点けた所、地下鉄サリン事件の詳細を知る事に。「沙林」は、「サリン」の中国語表記だったのだ。

 

以降、「旅行で山梨県を訪れた際、道に迷って車でグルグル回っていたら、上九一色村(当時、オウム真理教拠点が在った。)に迷い込み、大勢の取材陣を目にした。」り、「麻原容疑者が逮捕されて以降に友人達と船で神津島へ遊びに行った際、旅行から1ヶ月程経って、警察から各自の自宅に問い合わせの電話が在った。(当時、「オウム真理教の残党が、船で神津島に逃げたらしい。」という垂れ込みが警察に在り、乗船名簿を元にして、乗船者に問い合わせが在った様だ。)」りと、オウム真理教事件とは奇妙な接点が在ったりもした。

 

今年3月、死刑囚13人の内7人が他の拘置所に移送された事から、「年内に死刑執行されるだろうな。」とは思っていたが、1日に7人も執行されたというのは驚き。1日の死刑執行数としては、恐らく最多ではなかろうか。

 

死刑制度に関しては、賛否両論様々な考え方が在る。何度か書いている様に、自分は死刑制度賛成の立場だが、「冤罪(の可能性)も然る事乍ら、死刑にしてしまえば、其れで憎しみの対象が消えてしまっても、被害者の憎しみが消えてしまう訳でも無いだろう。寧ろ(死刑では無く)終身刑で死ぬ迄壁の向こうで罪を償わせる方が、犯罪者にとっては残酷な刑罰だろうと思う。勿論、『終身刑に限っては、犯罪者の人権など糞食らえ刑務所での待遇改善等以ての外。』という条件下でですが。」という理由から死刑制度反対の立場を取っておられる悠々遊様の御考えも理解出来る。

 

死刑制度賛成の立場を取る自分としては、今回の上川法相の決断は評価したい。死刑制度というのが存在するとは言え、7人もの死刑執行を決断するのは、相当なプレッシャーが在ったろうから。(“モリカケ問題”等から目を逸らすべく、此のタイミングで死刑執行したという面“も”否定出来ないが。)

 

オウム真理教事件に関する死刑囚、特に麻原死刑囚に関しては、冤罪の可能性を主張する人は皆無に等しいだろう。逮捕から23年、死刑確定からでも12年掛かっての執行というのは時間が掛かり過ぎたけれど、裁判制度のシステムを考えると、止むを得ないのかもしれない。

 

オウム真理教事件は大きな節目を迎えたと言えるが、問題も残っている。6年前の記事「『地下鉄サリン事件』以降も変わっていない」の中で指摘した様に、「怪しげな宗教団体を野放しにし続けている政治家達や、教祖だった麻原彰晃を招き、面白おかしくオウム真理教を取り上げたとんねるずの番組の様に、『視聴率が稼げるのならば、社会的に問題が在る事柄や人物でも、問題無く取り上げる。』というマスメディアの姿勢は、全く変わっていない。」事等がそうだ。

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4 コメント

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Unknown (悠々遊)
2018-07-06 21:07:27
こんばんは。
近々あるだろうとは思っていましたが、朝一番のニュースには驚きました。
オウム事件に一区切りという事でしょうか。
でも被害者や被害者遺族の受け留め方もさまざまですね。
今回の麻原死刑執行のニュースや、ひとつ前の記事に対して書き込んだコメントへの,giants-55さんからの返事を読んでからも考えましたが、やはり私も死刑廃止のスタンスは変わりませんねえ(苦笑)。

法に照らして公正公平に裁き刑罰を決める、そこまでは法治国家として当然のこととして異論はないのですが、国家が「殺人を正当化する」という点で、やはり釈然としないのです。
根本をたどれば国家が果たして被害者に寄り添い被害者に代わって罰しているのか、その点に疑問があります。

たとえば罰金刑。これは「お上の手を煩わせた罰」の意味合いであって国庫への雑収入になりますね。
決して被害者への救済金や弁済に充てられているわけではありません。
損害賠償は当事者間で民事で決着してくれ、というスタンスです。
刑事裁判はあくまで国家権力の威信のためであって、被害者に寄り添っているわけではない。

だから死刑についても被害者側にとって当然の「復讐の権利」を取り上げて、国家の威信を示すため「殺人を正当化している」といわざるを得ないのです。
>悠々遊様 (giants-55)
2018-07-07 00:32:41
書き込み有難う御座いました。今回は、此方にレスを付けさせて貰います。

麻原死刑囚の死刑執行、自分も「そう遠からずには在るだろう。」とは思っていましたが、此のタイミング(国会会期中)というのは意外だったし、又、同日に7人も行われたというのは意外でしたね。

悠々遊様とは考え方が結構重なる事が多いのですが、死刑制度に関しては違いますね。でも、そうで在って良いと思うんです。どういう理由が在るにせよ、死刑制度というのは“人の命”が関わる重要な事柄で在り、考え方は色々在って当然と思うからです。死刑制度の賛否に付いては異なりますが、犯罪者への怒りという点では、悠々遊様と自分は一緒ですしね。

「『損害賠償は、当事者間で民事で決着してくれ。』というスタンスです。」というのは、全く其の通り。警察の“民事不介入の原則”もそうですが、結局、公的な組織というのは「公的組織を死守するのが一番で、民に関する事は最低限の配慮だけ。」という事なんですよね。

そういう観点からすると、「死刑に付いても、被害者側にとって当然の『復讐の権利』を取り上げて、国家の威信を示す為、『殺人を正当化している。』と言わざるを得ないのです。」という御主張は納得出来ます。
いろいろ思う事 (Kei)
2018-07-07 13:05:32
このオウム真理教が起きた時、その後の報道を見て疑問に感じた事が一つあります。
それは、なんでこんなインチキ宗教に頭のいいはずの人間が簡単に入信して、そして明らかな犯罪を犯しても、そのうさん臭さに気付かなかったかという事。どう考えても私にはまったく理解出来ません。
サリン撒いたら多くの人が死ぬ、それが判ってるなら、常識ある人間なら「これは間違ってる」と感じると思うのですが。
私は個人的には、宗教というものは99パーセント、インチキだと思ってます。無論仏教もキリスト教もです。何故なら、宗教家というものは、自分が食うや食わずやでも、着物はボロボロでも、人の為に尽くし、人を救う、自分が腹をすかしてでも困った人に食物を分け与える…、そういう人だけが本当の宗教家だと思うからです。ごくごく稀にそんな人が登場します(マザー・テレサなど)。
現実には、信者の寄進で立派なお寺や会館を建てたり、リッチな生活をしたり外車を乗り回したり、政界に進出したり(オウムの事ですよ)…そんなのばっかりです。呆れますね。なんでそんな欲の突っ張った、極論すれば詐欺師まがいの人間を信じ込んでしまうのか、私には到底理解出来ません。

そして今回の死刑執行。私は悠々遊さんと同じく、死刑制度には反対です。その理由の1。悠々遊さんも言われてるのと同じく、「例え罪人だろうと、国家に人の命を奪う権利はない」という事です。「国家が殺人をしてもいいなら、自分も人を殺してもいい」という感覚になり、かえって殺人を助長する風潮に繋がるからです。ましてや最近では、「死にたいけれど自分では死ぬ勇気がないから、人を殺して死刑になりたい」と考え殺人に至るケースが度々あり、死刑が抑止効果ではなく、逆に殺人の呼び水になっているとさえ言えます。これでは死刑の意味がありません。
理由その2。現代では、死刑廃止は世界の潮流であり、ヨーロッパでは死刑制度があるのはベラルーシ1国だけ、先進国で死刑制度を存続してるのはアメリカと日本だけになっています。“死刑は野蛮”というのが世界共通の認識です。アメリカでも州によっては死刑が廃止されてます。こういう時代の流れを汲み取って行かないと、「日本だけが世界から取り残される」という事にもなりかねません。

それと、刑法制度においても、日本では死刑の次に重いのが“無期懲役”ですが、これも私は疑問に思ってます。その上無期であっても、服役態度良好で刑が減免され、出所する場合があります。これこそ被害者家族にとっては耐え難い事です。
アメリカでは、量刑を併合加算して懲役250年とか、禁固100年とかの判決が出されます。日本では複数の犯罪を犯しても、その中の一番長い刑期が適用されるので、例えば飲酒、無免許、スピード違反、重過失致死、ひき逃げと罪を重ねても、せいぜい懲役十数年で済んでしまいます。これこそアメリカのように、全部足して懲役150年くらいの判決を出せるよう刑法を改めるべきです。こうすれば、例え服役態度良好で服役期間が150年から120年に減刑されても、それでも一生刑務所から出られません。そうすれば、こうした犯罪の抑止にも繋がり、また被害者遺族にとっても納得出来るものになるのではないでしょうか。是非検討すべきです。
>Kei様 (giants-55)
2018-07-08 01:28:10
書き込み有難う御座いました。今回は、此方にレスを付けさせて貰います。

「何でこんなインチキ宗教に、頭の良い筈の人間が簡単に入信して、そして明らかな犯罪を犯しても、其の胡散臭さに気付かなかったかという事。」、此れは自分も不思議でなりません。でも、「頭の良い筈の人が振り込め詐欺やねずみ講等、典型的な詐欺にあっさりと引っ掛かってしまったりしている現実。」を考えると、「勉強面での頭の良さが、必ずしも社会的な頭の良さと一致しないという事なのかなあなのかなあ。」と思ったりします。又、頭の良い人程、「騙されているのかも。」と頭も何処かで思っても、「こんなに頭の良い自分が信じたのだから、騙されている筈が無い。」という“現実を素直に肯定したくない思い”が強いという感じも。

Kei様も、死刑反対派なのですね。「世界の潮流=全て正しい。」とは思わないし、「日本独自のスタイル」の中には「他国も見習うべきではないか。」と思う物も在ると思うんです。という事で、個人的な考えとしては「理由1」に関して理解出来るけれど、「理由2」に関しては「うーん。」という思いが。まあ、何方の考え方が正しいという話では無いので、開く迄も自分の考え方とは異なるという事ですが。

「無期懲役」というのは、自分も疑問を持っています。無期懲役というのは開く迄も「期間が決められていない。」という事で在り、(実際にそんな事は無いけれど)「1年間」だって理屈としては在り得る。

だから、本当の意味での「終身刑」を導入すべき。終身刑が確定すれば、どんな事が在っても死ぬ迄刑務所から出られない様にする。
又、以前にも書いた事ですが、「恩赦制度」というのも無くした方が良いと考えています。

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