ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

承認要求

2019年06月03日 | 時事ネタ関連

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承認要求:「他者から認められたい。」と思う気持ち。
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先月28日、神奈川県川崎市多摩区登戸で発生した通り魔殺傷事件の「川崎殺傷事件」。死者2人、負傷者18人を出した実に痛ましい事件だが、犯人が自殺した事で、犯行動機が本人の口から語られる事は無くなった。

犯人が育って来た複雑な家庭環境が、彼を犯行に進ませた感は在るけれど、だからと言って、何の罪も無い人達を死傷させた事が許される訳は無い。こういう通り魔事件に触れる、激しい怒りを覚えるが、今回の様に犯人が犯行後に自殺するという場合、強く思う事が在る。「そんなに死にたいなら、自分1人で死ねよ。」という思いだ。

今回の事件を受けて、自分と同じ思いをメディアで主張した人に対し、賛否両論在った様だ。考えは人其れ其れなので、どういう主張をし様が自由だけれど、「そんなに死にたいなら、自分1人で死ねよ。」という自分の考えは変わらない。

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橋下徹氏『1人で死ぬべき。』に持論 他人を犠牲『在ってはならない。』、『子供の頃から教育を。』」(6月2日、スポニチアネックス

大阪市長の橋下徹氏(49歳)が2日、フジテレビ日曜報道 THE PRIME」(日曜午前7時30分)に生出演。私立カリタス小の児童等19人が殺傷された事件の容疑者巡って議論になっている「死にたいなら、1人で死ぬべき。」との見解に付いて、持論を述べた。

事件に付いて同局の梅津弥英子アナウンサーから意見を求められた橋下氏は、自殺に悩んでいる人を、確り社会が支えていきますというのは当然の事。」と前置きし、「止むに止まれず自分の命を断つ時は、他人を犠牲にしてはならない。一寸言い過ぎかも判らないけど、死に方という所を教育する事が、僕は重要だと思う。」と述べた。

更に他人を犠牲をするなんて、絶対在ってはならない。『死ぬのなら、自分1人で死ねって事。』は、確り教育すべきだと思います。と主張。梅津アナは「『其れを言うべきでは無い。』という議論も在るが。」と指摘したが、「そんな事無い。」と反論した。

「他人を犠牲にして良いなんて事は在り得ない。片一方の方で、悩んでいる人に対して『社会は支えるよ。』というメッセージを出した上で、どうしてもって時には、絶対に他人を犠牲にするなと。そういう様な教育が、子供の頃から必要だと思います。」と語った。
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「生きたくても、生きられなかった。」、そういう人達を何人も知っているので、“自殺”という行為は肯定出来ない。でも、悩みに悩んだ上、「自らの命を絶つ。」という結論に到った人も居るだろうから、そういう人達を全面否定する気も無い。「どうしても自殺したい。」というので在れば、出来る限り他者に迷惑が掛からない形で行う。「1人じゃあ寂しいから。」等の身勝手な理由から、他者を巻き添えにするのは絶対に許されない。

なので、「悩んでいる人に対して『社会は支えるよ。』というメッセージを出した上で、どうしてもって時には、絶対に他人を犠牲にするなと。そういう様な教育が、子供の頃から必要だと思います。」という橋下氏の主張は、其の通りだと思う。

とは言え、そういう教育を行った所で、今回の様な事件が100%防げるかとなると、其れは難しいだろう。バイトテロが続くのもそうだが、「社会の中に埋没している。」という満たされない思いを持ち続けている人達は、「他者から認められたい。」という承認要求が非常に強いからこそ、考えられない暴挙に出る面が在ると思う。

今回の犯人もそういう思いが強過ぎた、通り魔事件を起こす決意をしたのではないだろうか?途轍も無い事件を起こせば、多くの人に自分の存在をアピール出来る。」という思いが、彼の中に在った様に感じる。

普通人間ならばそんな事は考えないだろうが、鬱屈した思いを持ち続けた者にとっては、の善悪は無関係に、“自分が生きた”を広くアピールする事が最優先されるのではないかという気が。「時代に、“自分の爪痕”を残したい。」と思い込んだ人間を止めるのは簡単な事では無いけれど、自身の存在価値を少しでも見出だせる世の中に持って行く事で、今回の様な事件を減らせるのではないだろうか。


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4 コメント

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Unknown (悠々遊)
2019-06-03 14:53:08
こんにちは
私もこの事件を知ったとき、以前の同じような事件の時と同様、同じことを思い家族の間で口にしました。
たぶん誰もが同じように思うでしょうね。
それが自然の感情だと思います。
特に被害者や遺族がその感情を持つのは当然のことだと思います。
でも、藤田氏の記事を読んで、少しだけ考えが変わりました。
事件の当事者でなく、少し距離を持って冷静に考えることのできる立場の私がそう口に出すのは、被害者に心を寄せつつも、しょせん野次馬の無責任ではないのかと。
ひとからげに引きこもりといっても、他人とのかかわりを煩わしく思って自ら孤独を愛する、積極的な引きこもりもいれば、逆に周囲から煩わしく思われ無視されて孤独にならざるを得ない引きこもりもいるでしょう。
同様に人それぞれに強弱はあっても、承認要求(言い換えれば自己顕示欲)はあると思いますが、何をしてもうまくいかず、世間から無視され続けて承認要求を満たされず、社会が自分を見捨てるならいっそ世間を道連れに死んでやる、という人もいるのかもしれません。
自分の努力のなさを棚上げして社会を恨むのは筋違い、というのは正論ですが、いったん生じた恨みの心は正論を突き付けるだけでは解消しないでしょう。
非難すればするほど余計逆恨みを募らせるものだと思うのです。
個人の努力だけではどうしようもない壁が存在するのもまた現実です。
承認要求を満たされず悶々としている人に対し、社会が少しでも、心の闇に光を当てる努力をしてきたか、またはしているか。
そこを抜きにして「死ぬなら一人で勝手に死んでくれ」と言ったとしても、たぶん何の解決にもならず、単に自分の心のモヤモヤ感のうっぷん晴らしにしかなっていないのではないでしょうか。
第三者であるからこそ、感情だけに流されずその先の解決策や予防策につながるような、冷静な発言をしたいものだと自戒しています。
自殺は間違いです (Kei)
2019-06-03 22:00:03
「死にたいなら、自分1人で死ねよ。」
あちこちでそんな声が聞こえますね。確かに一理はあります。
だけど、誤解を恐れずに言えば、私はこれに賛同しかねます。
言うまでもなく、大勢を巻き込んでの自殺は絶対に反対です。それよりは、1人で死んでくれた方がまだましなのは、その通りでしょう。
だけど、「死ね」という言葉にはどうも違和感があるのです。命を軽々しく扱っている気がしますし、そもそも私は自殺は絶対にいけない、と思っています。例え「自分1人で死ぬ」と思っている人がいても、その人にかける言葉は「それなら死ね」でなく、「死んでは駄目」であるべきです。

自殺する人は、「1人で死ぬのは、誰にも迷惑がかからない」と思ってるでしょう。でも違います。死んだら、親や兄弟や、身近な人はとても悲しみます。最愛の子供を失った親は「何で死んだのか。どうして救えなかったのか」と一生悔やみ続けるでしょう。
それ以外にも、自殺は多くの人に迷惑をかけます。例えば鉄道自殺する人が多いですが、列車に飛び込むと、何本もの列車が運行停止となり、急いでいる人の足を奪い大迷惑です。跡始末する鉄道会社の人も大変です。飛び散った死体を片付ける作業は気持ち悪いし精神的に参る人もいるでしょう。
ガス自殺すると、冷蔵庫の火花でガス爆発を起こし、火事にでもなったら近隣の住民は大変な被害を蒙ります。ビルから飛び降りても下を歩く人を巻き添えにする可能性もあります。アパートで首を絞っても「自殺者が出たアパート」との風評で借り手がいなくなり家主は大迷惑です。「誰にも迷惑をかけない自殺」なんてないのです。

私は、「死にたい」と思う人がいたら、「死んではいけない。どんなに辛くても、生きて行くのが嫌になっても、それでもその苦しみを乗り越えて人間は命あるかぎり、生きるべき。何故なら自分の命は親から授かった尊いもの。命を粗末にしてはいけない」と言い続けます。死にたいと思っている人も、実際は迷っているのだと思います。「死ぬなら1人で死ね」という言葉は、そんな人の背中をドンと押すようなものです。
社会全体が目指すべきは、如何にして「死にたい」と思っている人の心の内を早めにキャッチし、「死ぬ事はない、生きなさい」と訴える事ではないかと思います。苛めで自殺したりする子供を、それによって少しでも減らせるのではないかと、私は思います。

ついでながら、橋下氏の「『死ぬのなら、自分1人で死ねって事。』は、確り教育すべきだと思います。(略)そういう様な教育が、子供の頃から必要だと思います。」
てのはとんでもない暴論。死にたいと思っている子の自殺をなんとしてでも思い止まらせるのが教育でしょうが。この言葉で、自殺願望の子供が増える事にでもなったら、橋下氏はどう責任を取るのでしょうか。言葉が軽いという意味では維新の某議員と似たり寄ったりですね。こんな発言を断じて許してはいけないと思います。
>悠々遊様 (giants-55)
2019-06-04 01:28:11
書き込み有り難うございました。今回は、此方にレスを付けさせて貰います。

「個人の努力だけではどうしようも無い壁が存在するのも、又現実です。」、そうなんですよね。社会のセーフティー・ネットが、昔よりも消えつつ在るのも、社会的な孤立者を追い詰めている面も在るでしょう。だからこそ、“自身の存在価値を少しでも見出だせる世の中”に持って行く事で、承認要求の強い孤立者が犯行に及ぶ可能性を減じられるのではないかと。

社会的弱者を突き放してはいけない。とは言え、過剰に甘やかすのも良く無い。其のバランス取りは難しいですね。
>Kei様 (giants-55)
2019-06-04 01:36:30
書き込み有り難う御座いました。

自殺願望が強い人に対して、「頑張って!」という言葉を掛けるのは逆効果と言いますね。本人としては十二分に頑張っているのだから、「其の上、どう頑張れというのか!?」という思いが湧き、逆に追い込んでしまうと。

社会的に孤立し、自殺を強く考える人に対する接し方も、「生きる事を強く説く事で、逆に追い込んでしまう可能性も在る様に感じる。」ので、其のバランスが難しいかも知れません。

記事でも書いた様に、自分も自殺は肯定出来ません。生きたくても生きられない人が居るのですから、自ら命を絶つというのは、そういう人達に対して非礼な行為と考えるからです。

ですので、社会的孤立者が自殺に及ぶのを、社会として止めるシステム作りは必要。橋下氏も其の辺は主張しており、自分としては共感出来たりもする。彼の言動には不快さを感じる事が多い自分としては、とてもレアな事では在りますが。

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