「宮城自然農園」ブログ  -GIAN'S ORGANIC FARM BLOG- 小笠原諸島・母島で自然農

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指し百姓をしています。
その中で学んだことを紹介したいと思います♪

ルビーローゼルという存在

2018年05月26日 | ルビーローゼル
■去年から栽培を始めた沖縄品種のローゼル。
唯一、年越しして今も畑に残っているローゼルが「ルビーローゼル」です。

これは珍しい品種で、実ではなく葉を利用するローゼルです。
去年行った2月の沖縄で出逢った方に種を譲って頂きました。
ジャムやお茶に普通に利用できます♪

今までのローゼルは春に種を蒔き、
秋に収穫すると枯れていましたが、
ルビーローゼルは冬に葉を落としますが、
枯れることなく、春には新たに芽吹き、また枝を伸ばし始めました。

「沖縄と同じ亜熱帯の小笠原なら多年草よ」と言われたとおりでした!

中には実を付けている株もあり、とても異質なローゼルとして畑に存在しています。

秋しか使えなかったローゼルも、
ルビーローゼルの存在で、使える期間がかなり広くなりました!
今年はルビーローゼルを色々試してみたいですね♪

栽培はひょろっと細く高く伸びて倒れたので、
腰くらいの高さで摘芯し、
ほどいい樹形にするのがベストと思います。

数年かけてルビーローゼルの栽培方法も確立していければと思っています!



■こちらは今収穫が続いている「島らっきょ」。
時々JAに出荷しています。

沖縄の小さならっきょですが、
香り高く、旨味が最高の品種です。

葉っぱも美味しく、薬味として利用できます。
我が家は刻んで醤油につけて、ちょっとごま油を入れて、ごはんにかけると、
箸が止まらなくなります♡

先日出荷していたら、「葉っぱはいらない!」とバッサリ切られてまいました。
葉の美味しさや有効性についてもお伝えしたのですが、
食物を無駄なく全部使う、というよりは慣れたことしたいようでした。

人参も大根も葉の美味しさや栄養価の高さを知っているだけに、
このエピソードはとても悲しかったです…


■他にはトマトもちょっと栽培しています。
色んな品種のトマトの収穫もぼちぼち収穫終盤です!

左からサンマルツァーノ、中央がぷちぷよ、右がフルティカです。


サンマルツァーノは加工用のトマトで、
ケチャップやミートソースに最適なトマトです♪
自家採取でここ3年くらい続いています(*^_^*)

なかなかの存在感!



こちらはフルティカという中玉トマトの品種。
あっという間に鳥さんが突きにくるので、
割と早めに収穫します。



こちらは小指の先位のサイズのマイクロトマト。
去年のこぼれダネでいっぱい生えてくるツワモノです♪

トマトも当たり前な農薬、化学肥料、ホルモン剤を使用せず栽培しています。
が、大した量は生産していないので、
トマトの出荷は考えていません。基本、トマトは自家用なのです。


■GWにはOGASAWARA 50 COLORSというイベントがあり、
子供たちと参加してきました!



小笠原の色んな名前が付いた50種類の絵の具で、
みんなおもいおもいの絵を描きます。

選ばれた絵は、今年の返還50周年の広報に使われるそうです。


島の大人と子供の多くが参加していました♪

絵が大好きな長女が書いた作品がこれです。

島の夕陽が丘の情景を描いたそうです。
上手!!

ドラえもんとゴマちゃんしか書けない僕からすると、
異次元の巧さです(笑)。
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ローゼルと磯遊びと。

2018年05月19日 | ローゼル栽培
■小笠原・母島でのローゼルの種蒔き時期は3月~5月。
まさに今です!

日に日に暖かくなり(暑くなり?)、グングン成長しています♪

こちらは母島ローゼル。
自家採取して10年経つと、見事にこの土地に馴染んでいます。

農薬も化学肥料も使わないし、肥料すら入れないのに一番グングンと育っています!
頼もしい限りです♪



こちらは去年訪れた沖縄で頂いた品種「うちなーローゼル」。
母島ローゼルの次に発芽率が良いです!
母島での自家採取を経て、これで2年目です♪
こちらは母島ローゼルに比べて晩生となり、収穫は12月。
クリスマス料理に丁度いい存在です!

去年の4倍くらいの本数を栽培しています☆



こちらも去年の沖縄で頂いた葉っぱを利用する「ルビーローゼル」。
こちらはまだまだ発芽率が低く、少し難航しています。

まだまだ葉ローゼルは使い慣れておらず、
今年は色々挑戦したいと考えています♪



こちらからは今季から初挑戦のレッド・ローゼル。
ローゼル栽培が盛んな愛知の「ローゼリアン」という素敵な団体の方と種を交換し、
初挑戦している品種です。


同じくこちらはパープル・ローゼル。
こちらもローゼリアンより。
どちらも初の細葉なんですね~!
2つとも煮ても筋の残らない品種だそうです。



最後にバリ・ローゼラ。
去年行ったインドネシアのバリで購入した品種です。
こちらはとにかく、若芽をマイマイに食べられます。
うまくいくか一番心配な品種です。
新しい品種はどうなるのか、とても楽しみです♪

今年はなんと6種類のローゼルに挑戦しています(笑)。
この段階で比較すると、やはりこの土地で代々自家採取している品種は強いです♪
新規の3種もいずれ強くなってくれると嬉しいです(*^_^*)

こぼれダネで育っている母島ローゼルは早くも実を付けていました!!


しかし、今年も雨が少ない(泣)。
ダムが70%を切り、空梅雨状態です。
すごく心配です…


■最近、しっかりと海に入れるくらい気候は夏寄りになってきました。
島の子供たちも、年々磯場で遊ぶ子供が減ってきて寂しいです。

そんな中、磯遊びが大好きな次女と延々と遊んできました(笑)!

磯には色んな生き物がおり、景色も綺麗なのでとっても楽しいのです♪


昔から「ぴょんぴょんとっと」とうちの娘が勝手に名付けたトビハゼ・カエルウオ。

魚のクセして、水中が苦手な面白い存在です(*^_^*)

こちらは天然記念物のカサガイ。

昔は良く食べられていて、美味しかったそうです(今は採取禁止です!)

こちらは通称しか知らないのですが、ハチマイガイ。

まるで三葉虫みたいなルックスです。
こちらも昔は良く食べられていたそうです。今度挑戦してみよう!!

あと楽しいのは岩場登り!
クライミング好きな次女にとっては最高の遊びですね。

小笠原の岩場はモロい所が多いので3点確保しながら慎重に進みます。
親としては超ドキドキです!!!

しっかりと数時間磯場を楽しんでいたら、
すっかり周りは夜の帳が迫って来ています。

最後に海で身を清めて帰ります。
これが本当に気持ちがいい♡


■うちの中3の長女はGW明けから9泊10日の修学旅行に行ってきていました。
東京探索、職場体験、京都・奈良、ディズニーシーを存分に味わう10日間。
僕の頃の2泊3日の修学旅行と訳が違います(笑)。
先生と生徒を合わせても、たったの6名!
制服もないし、団体と呼んでいいか謎の集団だったと思います(*^_^*)
とても楽しかったようです♪

島に帰って来て翌日は振替え休日。
平日ですが、友達と海に飛び込んで遊んでおりました(笑)!
なんちゅう中学生だ!!


■これからはアウトリガーカヌーも気持ちのいい時期です♡

先日、母島カヌークラブのみんなとサンセットに行ってきました。


水面から見る水平線に沈む夕日は言葉に出来ないほどの雰囲気を持っていました。
美し過ぎます☆


こんな贅沢な時間を過ごせることに、感謝です♪
これが当たり前に育っている島の子供たちは、
大きくなって都会に出て、何を思うのでしょうか?

来春には長女も中学校を卒業し、母島を巣立ちます。
ちゃんと巣立てるかは今も疑問ですが(笑)、
無事に元気に羽ばたいてほしいと願うばかりです☆
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人生初!ぎっくり腰

2018年05月10日 | 母島 日常 日記
■それは前触れもなく、突然現れました(笑)。
GWの最中のとある夕方、
風呂上りに片足を上げて体を拭いていたらピキッといきました!

おお~動けない!
歩けない!!
座るのも辛い!!!
なんと寝るのも辛い!!!!

なんと人生初のぎっくり腰でした!!

幸か不幸か、今まで腰痛と全く縁がなかったので、
これはすごく新鮮な気付きの連続でした!!


※ちなみに今回の写真はぎっくり腰と関係ありません。
 母島で新オープンしたカフェMAMAYAの絶景風景をお送りします♪

こんなスイーツやスムージーなどがあります♡


■今は介護の仕事を週に1度程度しているのですが、
なかなかお年寄りの腰痛の気持ちがわかってやれない部分がありました。

が、今はすご~く理解できます!
こりゃ辛いわ!!

そんなまともに動けない中、中3の長女は10日間の修学旅行に旅立ちました。
親父は動けないけど、元気で楽しんで来いよ~~と痛々しい姿で見送りました。

島の知人、友人の皆様やFB友人の皆様には色々と有難いアドバイスを頂きました!
ありがとうございました♪

2日間はずっと安静にし、
3日目からあまり動かないでできる範囲の事をして、
4日目からはそこそこ動ける様になりました。

あーしんどかった!
子どもとGWに目一杯遊ぶつもりが、とおちゃんダウンしててごめんよ~
暮らしをいっぱい奥さんに支援して頂きました。
どうも有り難うございます!

これはカフェMAMAYAからの絶景です。
静沢線の奥、折田農園の先にあります。
営業は9時~15時くらい。
お休みは店主が疲れたらとのこと(笑)。


■調べてみると、ぎっくり腰というのは骨や軟骨の異常ではなく、
腰回りの筋肉の筋違いみたいなものなのですね。

だから、ヘルニアや坐骨神経痛と違い、数日で良くなるわけですね。

周りからは癖になるとやっかいだから気を付けろよととにかく言われれました。

ぎっくりするのは以外にも重いものを持った瞬間とかではなく、
今回の僕の様になんでもない動作の時になったりする場合も多いようですが、
その予兆というものも、どうやらあるらしく、
少し前に違和感とかあるらしいのです。

僕の場合は、数日前にそういや違和感らしきものがあったような気がする程度でしたが(笑)。


カフェMAMAYAのすぐ外は最高の絶景ポイント!
クジラもイルカも世界も見えます♪


■以前、安曇野で出産ステイをしている時に少し学んだインド医学のアーユルヴェーダによると、
腰痛というものは、
・内臓の疲労
・内臓や腰回りの冷え
が原因であると言われました。

腰痛持ちの人の話を聞くと、
冷たいものや飲み物をがぶ飲みする、
大食い、早食いする傾向があるはずと言われました。

本来、狩猟採取で人が暮らしていた頃は
病気なんてものはなく、健やかに生きていたそうです。

しかし、農耕の暮らしになってからは、
野生の命の純度100%の作物でなく、
栽培されて命の純度が薄い作物を食べる様になり、
生命維持のために、以前は少量で済んでいた食料が
大量に維持する必要になり、
結果、内臓が疲労するようになって、病気が始まったということでした。

なるほど~!!
と納得したのを覚えています。


カフェMAMAYAを裏側から見たところ。
父島のウェザーステーションみたい!!



■カロリーとは熱量。
体温を維持するための燃料ですね。
そのカロリーが冷たいだけで、熱にするまでに沢山ロスが生まれ、疲労に繋がる、と。

内臓が疲労しないためには、
・冷たいものを食べすぎない(アイス、ビール、氷など)
・大食い、早食いしない …少量を良く噛んで
・足腰を冷やさない
・甘いものを抑える(甘いものは陰性で体を冷やします)
・適度に運動をする
を気を付けるのが重要なようです。


つまり、うちが飼っている烏骨鶏のような暮らしでしょうか(笑)?

烏骨鶏はこの春、新しく8羽の若鶏が来てくれて、賑やかになりました。

昨日まで群れの中で一番いじめられていたやつが、
年下集団に対して一番威張っているのをみて、
なんだか可笑しいです。

ただ、ガタイが大きいのに「ピヨっ」て鳴くのには、
納得がいきません(笑)!!


何はともあれ、
4日目にして体がある程度、
難なく動かせることがこんなに有難いとは!!

頭がクリアで動けないのはとても辛い日々でしたが、
それ以上に沢山の気付き、ギフトを頂けた有難いぎっくり腰でした♪

有難いけど、もうしばらくは遠慮したいです(笑)。
家族で美しい夕陽を見に行くのですら、できなかったんですから!
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自家製味噌作りと創作料理教室

2018年05月01日 | 母島 日常 日記
■この春も我が家では毎年恒例の自家製味噌作りを行いました♪

去年から大豆を煮るのをお釜でやるようになり、
鍋で煮込むのと雲泥の差になり驚いています。

とろ火で長時間煮る事が出来るというのと、
何より、豆がすごく柔らかく煮る事が出来ます!

普通のガスで炊いた風呂と
薪で沸かした風呂が全然温まり方が違うように、
ガスの火と、薪の火というのは、
何か本質的に違うのでしょうか?


麹に塩を混ぜます。


その隙に煮た大豆を米の袋に入れて、しっかりと潰します。
娘たちが大好きなお仕事です♪

豆が潰れたら先ほどの塩麹と潰した大豆をしっかりと混ぜて、
団子を作ります。


そうしたら器に投げ入れます!!
これが超楽しい♡
絶対に昔のお嫁さんは日々のうっぷんや恨みをこれにぶつけていたはずです(笑)!!


そして、カビ防止のために
上に薄く前回の味噌を塗って、
空気を遮断するラップを貼っておしまい。

これでひと夏を超えれば、たちまち美味しい味噌の出来上がり(*^_^*)

今期は妻が留守にしている期間が長く、
GWに味噌を作ることになりました。

家族が欠けていると、それだけでできなくなってしまう暮らしの営み。
いつも、こうして家族がいて、
丁寧に暮らしを作れることに感謝です☆


■また、先日は小笠原返還50周年事業として、
「おいし~ま小笠原 創作料理講習会」が開催されました。

講師は愛知から遠路はるばる来てくれた家庭料理研究家の田中稔さんです。

入念に準備された下準備の元、
スピーディーな料理教室が始まりました!!

田中先生の軽快な会話と動きに合わせて、
びっくりするほど早く、きめ細やかなアシストをする奥様。
二人とも素敵過ぎます♪

あっという間に美味しい料理が出来上がりました!!

體のチリソース

これがまた美味しかったです!
ニンニク、ショウガをささっと切る業に、驚きの歓声が上がりました♪

イカのすり身さとうきび揚げ

ソデイカを使ったすり身なのですが、
ポイントはサトウキビに巻いていること。
すり身部分を食べた後は、中心のサトウキビの甘味も楽しめます♡
その甘みがすり身にも染み込んでいて絶妙な味でした☆

サワラ照り焼きサンド

これもササっと作れましたが、美味しい!!
サワラに島の美味しいトマトも合いますね♡

パッションフルーツのココナッツゼリー

島のパッションとココナッツもこんなに合うとは!!
みんなとても美味しい料理をフルコースで食べた気になって大満足でした♪

2日間計4回、満員御礼で島の皆さんが集まるイベントになったようです!
田中先生の細かいナイスな指導やコメント、
普段の日常ではなかなか見えてこない素材への目線。

いっぱい目から鱗でした!
教室の合間には島の皆さんの包丁をしっかりと研いでくれました(#^.^#)

田中稔先生、ありがとうございました!!


■そうこうしていたら、北海道の友人が行者にんにく(アイヌネギ)を送って来てくれました!

寒い地方でさらに長い栽培期間を経て作られる、
このとてもパワーを感じる味を、母島で堪能させてもらっています。
どうもありがとう!!

様々な作物と料理。
色んな味や色、匂いを感じながら盛り付ける様はまさにアート!!

久々に料理の面白さを再確認させて頂きました♡
そうなると畑の作付けもさらにワクワクしてきますね~~



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小笠原諸島・母島の春

2018年04月23日 | 母島 日常 日記
■新年度となり、いわゆる春となりました!

春、とは言っても母島の春は本土の春とは違います。

桜は2月に咲いてしまい、
新しい芽吹きは、常緑の植物ばかりで、
新緑や山菜に溢れる本土の春とは違います。


まるで夏の様な色と気候ですが、
雲がまだ春っぽいのと、
どうしても海に入りたい感じになってないから、
夏じゃないと分かります(笑)。
母島に住んでいるとしっかり春を感じる場面が幾つもあります。

それは、
鳥たちが繁殖をはじめて、小さなヒナの存在に気付いたときにも春を感じます。

これは東山の遊歩道で見かけたトラツグミの巣立ち雛。

保護色のつもりなのでしょう。
僕が近づいても全然動きません。

ひたすら親の給餌を待っています☆

集落ではメジロの巣立ち雛がよく間違えて保護されてくるケースが増えるのもこの春です。

このメジロは小学生が地面で鳴いていたと保護して来てくれました。
実はこの時期は地面で親鳥の給餌を待っている時期なので、
連れてきてしまってはいけないので、
すぐに場所を聞いて、元の近くの枝の上に乗せました。

みんなで待つこと10分。
無事に親がヒナを見つけて給餌しに来てくれました!!
みんなで大喜び♪
あまりに時間が経過すると親は育雛放棄してしまう場合があるので、
誤保護の場合は時間との勝負になります。

今回は無事に戻れて本当によかったです☆


南崎の方ではカツオドリたちがペアリングを始めています。

顔の青いのがオス(左)、白いのがメスです(右)。

また、島の春と言えばこんな景色。

風景もガスっていると表現するのですが、
霧が濃く出て、雲が下がってくるのもこの季節の特徴です。

近くの湾でもアオウミガメが交尾している姿が見られ、生き物の恋の季節なんだな~と思わせてくれます。

島の伝統漁でもあるカメ漁をするのもこの時期です。
空気がガスって、湿気が高くじめっとしていて、ベタ凪の中、カメの交尾が見れる陽気を島では「カメ陽気」と言っています。

そんなカメ陽気な時期は、シロハラミズナギドリの繁殖期でもあり、
低い雲に集落の明かりが反射して、
沖から見るとぼぅっと光って見え、それに寄せられて不時着するケースが増えます。

ときどきこうして段ボールで保護して、
朝になったら放鳥する活動もしています。

ネコの捕食や交通事故を避けるためです。


春は渡りの途中で立ち寄ったツバメなんかも見かけます。

島では営巣することはないのですが、
この小さな体で大海原を渡ってくるのですから、
こうした餌となる昆虫もいる休憩地点はきっと重要なのでしょう。

見ているとちらほら増えて4羽以上になってきました!


伊豆~小笠原に来るツバメがどこからきて、
どこに行くのかを調べる方が母島に来たら、
なぜかいっぱい見える様になったという不思議(笑)!

こんな小さな体で大海原を渡ってくるから驚きです。
ゆっくり休んで、次の土地に渡るんだよ~


■子どもと過ごして春を感じる事も多いです♪
先日、出逢いと別れの季節と言う記事を書きましたが、
今はまさに出逢いの春。

新しく赴任した先生方が港で出迎えられる場面です。

先生の多くが初めての母島で、きっと期待と不安で胸がいっぱいだったと思います。

子供たちや島の人の温かいお迎えで、きっと胸の緊張が軽くなったのではと思います♡



また、この春はお世話になった大好きな保母さんも離島するという事で、
小さな子供たちもバンバン見送りダイヴをしていました!

いや~すごいぞ!!


気付いたらうちの次女も普通に飛んでいた(笑)!!


こんなに小さい子ばかりの見送りダイヴはなかなかお目にかかれません。
本当に子供たちに愛される保母さんだったのがわかります♡


気候も割と暑く感じる日も増えて来て、休日は海で過ごすことが増えてきます♪


魚もいっぱい!!


また、4月8日はお釈迦様が生まれた事を祝う「お花まつり」があります。

島の清見寺という場所にみんながあつまり、
仏像に甘茶をかけます。

その後はお汁粉やお菓子を頂き、
みんなでお釈迦様の誕生に想いを馳せて過ごします☆


■美しい夕陽を見ても雰囲気が春を感じさせてくれます。

夜の帳をかすかに匂わせる空の色も夏や冬のそれとは少し違います。
そして、なんと言っても雲が違いますね~

一日の終わりにこうして、太陽に感謝を捧げる。

きっと石器時代の小笠原諸島に住んだ人々も同じ春の夕陽を見て、
色んな事に想いを馳せたはずです。

小笠原群島最高峰の乳房山。
父島よりも100m高いこの山が雲霧帯を作り、
母島の豊かな土壌と気候を育んでくれます。

父島にあんなにあったヨモギ。
母島ではごく限られた場所にしかありません。

以前、集落にも数か所あったそうですが、
草餅を作るのに利用していたら絶えてしまったようです(笑)。

その他では新しく桜(カンヒザクラ)を植える試みなんてのもありました。

春は本当に新しい動きも多くて、
なんだかそわそわする季節なのかも知れませんね♪

もう少ししてGWを過ぎると、
小笠原は梅雨入りとなります。

空梅雨で大変な水不足が問題化した去年に比べて、
今年のダムの水量には少し安心しています。

太平洋の島々に住んできた人々にとって、
一番その暮らしを左右したものは水だったのではないかと思います。

私達がこうして特に不自由なく暮らせることの有難みをひしひしと感じます。
感謝感謝ですね☆
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石器時代・古の小笠原カノー時代を想う ~モアナを観て

2018年04月08日 | 母島 農 日記
■昨晩、小3の次女と大昔の小笠原の話しをしました。

それは小笠原貞頼が発見し、
ナサニエル・セーボレーが定住を始めた江戸時代ではなく、
その遥か昔の石器時代に人が住んでいた小笠原の時代です。
今から約2000年前、約1世紀頃に小笠原に人が暮らしていたと考えられています。

その頃の時代の名残として、
父島の三日月山や北硫黄島で遺跡が発見され、
カヌーを掘った石器や貝細工、斧が発見されています。

それは、何世代も建造物が残る欧州などの石の文化ではなく、
季節の流れで風化してしまう木と石の文化です。

その頃から、
直接ではないにせよ文化的に今でも受け繋がれているもの…
アウトリガーカヌーとフラに思いを馳せるようになりました。



■形状的にはフィリピンやインドネシア系ではなく、
ハワイ系となる小笠原のアウトリガーカヌー(カノーと呼ばれていました)。

日本では小笠原が唯一ハワイ系が直接伝わってきた場所だと聞いています。

何気なく始めて、
今も母島カノー部に所属し、関わらせてもらっていますし、
フラも素人ながらにやらせてもらっていますが、
まさかそれらが古の時代の小笠原に繋がっていることを知ったのはずっと後の事でした。




■遥か昔の石器時代、
太平洋に住む民たちがカヌーを使い、自由に島を移動していた時代があると言います。
大航海時代にキャプテンクックが太平洋の島々を渡り歩き、
遠く離れて交流すらなくなった島が
なぜか似た文化を持っていることを発見したそうです。

調べてみると、
昔は船で自由に島間を自由に行き来していたが、
その島で自給自足ができるようになると、
海を渡る術を忘れてしまってきていた様なのです。

それはまだカヌーの帆が大陸から綿が伝わっておらず、
タコノキ(アダン)の葉を用いて作られていた時代です。



■その伝統航海術、
いわゆるGPSはもちろん、海図や羅針盤など、
一切の近代器具を使わず、
星と波と風だけを頼りに海を渡る術【スターナビゲーション】を現代に復活させた人達がいます。
それがハワイのホクレア号です。

15年前、僕が父島でカヌーを始めた年に、講演会がありました。
太平洋の島々の文化を研究する方(名前忘れてしまいました!)と、
ホクレア号の初来日に携わったシーカヤッカー&海洋ジャーナリスト内田正洋さんです。

二人の話を聞いて、沢山の感銘を受けました♪

小笠原の考古学の話はなんとなくうる覚えで知っている程度でしたが、
これをきっかけに、カヌーという具体的な存在を経て、
遥か昔の小笠原に想いを馳せる事が出来たのです☆

その伝統航海術というのは本当にすごくて、
その星見となる人は、船の行先のすべてを司り、
目的地にたどり着くまでの数週間、
一度も睡眠を取らず、うつらうつらした状態のまま、
今、自分たちが地球のどこにいるのか、
どこに行こうとしているかを把握し続けているというのです。

星の見える夜はいいものの、
星の見えない昼間や荒天時は、
風の匂いや温度、水の感触、
うねりや波から、地形を意識していると聞きました。

星見の人が出発地から目的地までの道のりを
完全にイメージできるまでは、
カヌーは出発できず、待ち続けるのだそうです。

僕はこの話を聞いて、感動して震えていました。


今こうして眺めている海と島に、
そんな時代があり、そんな技術があったなんて!!


■そんな事を色々思い馳せるにはことがあったのです。
昨晩、次女と初めて映画「モアナと伝説の海」を観ました。

その中で、小笠原にも良く似た風景の中、
遠い昔の太平洋のカヌー文化が描かれていたのです!

タコノキの葉で作った帆を使い、
木のパドルで船を操舵し、
遥か大海原を星を見て渡る場面。

この映画の製作者はとても研究しているんだなぁと感じました。
そしてポリネシアに対してとても深くリスペクトしているということがひしひしと伝わってきました。

DVD/BDに映像特典のメイキング・ドキュメンタリーが付いているのですが、
映画を作るにあたって、足かけ5年間、何度も何度も太平洋の島々を巡り、
キャスティングもほぼポリネシア人、
脚本も多くの現地の有識者を巻き込み作成されている場面が描かれていました。

ホクレア号の伝統航海術ももちろん取材されていて、
スタッフもどんどんポリネシアに対する見方が変わり、
リスペクトしていっていました。

その象徴という場面、
モーレア島の漁師で長老でもある故イヴ“パパ・マペ”テヒホタータが語ります。
「今度は西洋が我々の文化に飲み込まれてみては?」
ハッとされられます。
まさに究極の発想です!!




■ガイアシンフォニー(地球交響曲)という映画の第三番に
ハワイのホクレア号のナイノア・トンプソンが出てくる場面があります。
その取材の時の話で、
僕が大好きなエピソードがあります。

撮影前にクマに襲われて亡くなってしまった写真家・星野道夫と
ハワイのカヌーがなんと不思議な縁で繋がる場面です。

それは監督:龍村仁さんがナイノア・トンプソンを取材していて、聴いていて偶然繋がった奇跡の話です。

当時、ホクレア号を建設するときに必要な大きな大木が必要となりました。
しかし、ハワイにはそんな大木はなく、頭を悩ませていたそうです。

ですが、ある時アラスカから海流で流されてくる大きなトウヒの木が、
ハワイに流れ着き、それを使って大きなカヌーを作っていたことに気が付いたそうです!

偶然にも取材前に不慮の事故で亡くなってしまった星野道夫の撮影の舞台はアラスカ。
まったく別に取材していた二人の点が線で繋がった瞬間です。

そして星野道夫の生前最後のエッセイのタイトルが「旅をする木」。
あまりにも不思議で魅力的なこの話をしたとき、
鳥肌が立つほど感動したのを覚えています。


■先日、にっぽん丸に乗ってきたKONISHIKIさんが母島で素敵なライヴをしてくれました。
そう、彼はハワイ出身。
そしてフラ。
カヌー。

この小笠原に暮らしていて、古から今に繋がるものがこんなにあるなんて!!

ハワイはそのまま人が定住し、先住民となり今も暮らしていますが、
小笠原では石器時代の暮らしは今まで直接は繋がっていません。

太古の小笠原の暮らしはどうして続かなかったのか?
どんな暮らしだったのか?
その部分にとても興味があるのです。


きっと太古の子供たちも今と同じように海に飛び込んで遊んでいたでしょうし(笑)、


今はいない色んな鳥もいたはずです(これはメジロの巣立ちヒナです)。


水のない島に人は定住できなかったといいます。
今は水をたたえて美しいこの風景も、
ダムを作った現代ならではの島の風景です。

文化や暮らし、農耕、狩猟をしていても、
古の時代の暮らしをいつも想像しては、
色んな事に想いを馳せます。

きっと人の営みは基本的には何も変わらず、
幸せに生きる為に、
頑張っていたのではないかと思わずにはいられないのです。

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ローゼル、種蒔きの季節~多種栽培~

2018年04月03日 | ローゼル栽培
■母島も4月となり、
そろそろローゼルの種を蒔く季節となりました。
(自分的には母島では3月~5月蒔きがベスト)

今季はなんと新たに3種類のローゼルの種が手元にあります(笑)。
○バリ・ローゼラ(去年行ったバリで購入)
○レッド・ローゼル(頂き物)
○パープル・ローゼル(頂き物)

バリのはうちなーローゼルに似た感じであるのを現地で見ましたが、
レッド、パープルの2種はまったくの未知の品種なので楽しみです。

レッドとパープルの種を下さった方によると、
「風味が濃く 色もパープルは濃く出ます。
煮溶かすと繊維が殆ど残らず加工しやすい品種」
との事でした!楽しみです♪

去年は母島、うちなー、ルビーの3種に挑戦し、
様々な違いがとても面白かったです♪

今年は6種に挑戦!
種を並べると、凄いですね~

旅をするたびに増える品種、この中からベストな3種位が見つかるといいな~と思ってます♪


■購入の方から色々と質問があり、
去年栽培した3種の特性を表にまとめてみました。

左:うちなー、中央:ルビーローゼル、右:母島ローゼル

それぞれに向いた特性があり、面白いですね♪

僕はいつも満月の3日前を目標に種を蒔きます。
時期と温度と天体のタイミングが合えば、発芽も結構スムーズです☆


蒔いて4日で発芽しました。

いつも思う事ですが、
あんな小さな種から、たった数日で大きな双葉が出てくる神秘に、
不思議な気持ちに包まれ、自然と感謝の気持ちが湧いてきます(*^_^*)

僕は最近はローゼルはポットで苗を作らず、
すべて直播きで栽培するに至りました。

その理由は台風に強くなること(倒れても根が切れず起こせて復活できる)、
栽培初期の後半の管理が楽なのと、
作物がより健全な根を張れるからです。

しかし、栽培初期の管理が少し大変で、
マイマイにやられる場合も多いので、
1か所に多めに蒔きます(10粒以下位)。
※マイマイの駆除剤も使わない方針です。


今の所、発芽率は50%位です。
これはもっと気温が上がると80%位まで上昇します。

しかし、母島では遅めに種を蒔くと、ゴールデンウィーク後に梅雨入りし、
マイマイの活動が活発化して、発芽後の双葉を食べられてしまう場合が増えます。

梅雨入りまでにそこそこ大きく育てば大丈夫なので、
早めに蒔くことにしています。

様々な理由でダメなときは何度も蒔き直しを行います。


去年のこぼれダネで発芽したローゼルは、
もうこんなに立派に育っています!


■少し前の2月にはモロヘイヤの種取りも行いました。
例年は1月に行いますが、今年は僕と子供のインフルエンザと冬の長雨でタイミングが合いませんでした(笑)。



カラカラに鞘が乾くまで待ちます。


近づくとこんな感じ。


木を鎌で根元から切り、
そのまま一輪車(ねこ)の台に叩きつけて鞘割りをします。

これがすんごく気持ちいい♡

集まった種はこんな感じです。

枯葉や枯れ鞘、ゴミはあとでうちわや風を利用して取り除きます。

あとは密封容器に入れて完了!
母島では4~6月に蒔きます。

夏の高栄養な葉物として重宝しますよ~~♪


■この春休み母親も長女も内地に行っていて、
親父と二人っきりの春休みを謳歌しています(笑)。

日々、畑にフィールドに島の自然を堪能しまくってます♪

彼女にとっては赤ちゃんの頃から保育園に年中で入るまでは、
僕とずっとこの自然の中で過ごしてきたので
いつも以上に生き生きしております(*^_^*)

やっぱり大自然の楽しさは偉大です!
いつも状況が異なり、飽きることがないし、
沢山のギフトをくれます。

次女も小さい頃から慣れ親しみまくっている環境なので、
遊びもレベルアップし、手慣れたものです♪

小笠原の脆い岩場だってクライミングしてしまう彼女。

こんな春休みもいいですね~♡
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出逢いとお別れの季節

2018年03月27日 | 母島 日常 日記
■昨日はこの春に離任、転校、卒業するみんなの見送りの日でした。
毎年のことですが、島のこのシーズンはずっとお別れのムード一色です。

子供たちも至る所で謝恩会やお別れ会、
大人達は仕事の後に、
引っ越しの片付けをする暇があるのかと思えるほど(笑)、
毎晩のように送別会の嵐となります。

近年、教員はだいたい3年くらいで移動となります。
子供たちはもちろん、
日々お世話になっていますし、
青年会などにも積極的に関わってくれて、
地域の為にも沢山関わってくれた皆さん。
本当にありがとうございました。

そして、この春に無事に卒業を迎え、
母島を離れる子供達。
本当におめでとう!

高校のない母島では、
みんなが慣れ親しんだ故郷を15の春に発たなければなりません。

親としてはもっと身近に関わりたかった寂しさもあるし、
はやく、あまりにも平和と信頼で安心した島の暮らしから、
厳しい内地の世界に慣れて生きて行って欲しい親心もあり、複雑です。

少なくとも、
僕が仙台で中3を卒業したときは、
その後家を離れる事なんてまだ夢の中の事で、
何も考えないで生きていた気がします。

目一杯、心の奥からの衝動と現実のギャップに苦しむ中学の思春期。
いっぱい親に反抗したい時期なのでしょうが、
すぐ先に巣立ちを感じていると、
素直に反抗できないのではないかと心配もしたりします。

我が家の長女もいよいよこの春に中学3年生になります。
来年の我が身を想像しながらの見送りは、
なかなか感触深いものがありました。

■こうしてお別れをするたびに、
母島を離れるみんなにとって、
母島での日々はどんなものだったかに想いを馳せます。

島を離れる一人一人から言葉を頂きます。
こみあげる想いに涙が溢れ、
言葉にならない感情がヒシヒシと伝わってきます。

僕が高校を卒業し、旅に出る時に、
当時の担任の先生が話してくれました。

「その土地を離れる時に、涙が出てくるような、そんな素晴らしい出逢いをして来いよ!」

当時は、俺は男なんだし、そんな事ねぇだろ!
と思っていたものでしたが、
実際は男の僕でも涙が溢れることが沢山ありました(笑)。

でも思い起こしてみると、
色んな離島を旅して、
離れる時に一番泣いたのが母島でした。

今、そんな母島に自分と家族が暮らしているのがとても不思議です♪


■色んな想いが交錯するお別れの言葉のあとは、
小学校高学年による小笠原太鼓の見送り太鼓が披露されます。

太鼓の低い鼓動が、心を揺さぶり、
色んな景色が流れていきます。

このご時世、
内地ではなかなかできない様な人の繋がりが深い暮らし。
碧すぎる大空と大自然に抱かれて、
私達はそれぞれ精一杯、暮らしています。

寂しいけど、母島に暮らしていて良かったなぁと思う瞬間です。

子供たちの太鼓を浴びながら、
島を離れる皆さんはどんな気持ちに包まれているのでしょうか。


最後に記念撮影をして、それぞれお別れのあいさつの嵐です。

スポーツや文化など、色んなサークルに参加していた人もいるので、
船に乗るギリギリまで沢山の触れ合いが続きます。


サッカー部などは恒例の胴上げ(笑)!!


そんな想いを載せて、
ははじま丸は港を離れます。

いってらっしゃい!!

どうもありがとう~~!!!
元気でね~~!
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時間の流れ

2018年03月20日 | 大切にしていること
■今年も気付くともう3月です。
卒業式や転勤など人の動きも活発で、
嬉しくも切ないこの季節。

先日、子どもと一緒にあまりに美しい雲と空を見上げて、
時間の流れの不思議さを感じました。


小笠原に住んで16年目。
結婚して15年。
今年の3月で37歳になりました。
自分でもびっくりするほど、あっという間に中年です(笑)。

妻が誕生日に美味しいキッシュを焼いてくれました♪
子供たちからもお祝いのお手紙を頂き、
Facebookなどでも沢山のお祝いのメッセージを頂きました。
どうもありがとう☆

僕の父が心不全で他界したのが39歳。
あと2年で父の年齢に追いつきます。

子どもの頃は周りの言う、
若すぎる死というものを理解できませんでしたが、
今は身に染みるほどよく分かります。

自分のやりたいことを具体化して、
それを突き進んでいる最中に空の上に飛んで行ってしまったのですね。


自分が幼少の頃の時間の流れ、
毎日がギラギラしていた中高生の頃の時間の流れ、
そして今の30代の時間の流れ、
どれも随分と違います。

子どもの頃の夏休みなんて、
今でいう1年くらいの感覚で、
一生続くんじゃないかと思えるほど長く感じていました。


それから学生になって、
1日の密度はぐっと濃くなり、
友達と過ごす楽しい時間はあっという間に感じる様になりました。

バンドを始めて、みんなでお金を出し合って、
スタジオ練習をしている2時間なんて、
楽し過ぎて、今の15分くらいの感覚です(笑)。



■それからは小笠原諸島に移住し、
結婚し、子どもがいる家族の生活ですが、
子どもの年齢と共にこちらの時間も随分と変わって来ました。

1~3歳くらいの子どもと遊んでいた時を思い返すと
そこいらの石ころひとつで何時間も遊べるほど、
身近な世界が広くて、
毎日のすべてが新鮮な時期だったんだなぁと思います。

親の方は初めての子育てで、
何も分からず精一杯頑張るので、
1日なんてあっという間です(笑)。

感覚的には子どもの頃の3時間くらいが
今の1日くらいかな?


妻と子供と同じ美しい景色を見ていても、
その人それぞれが違う時間の感覚を持っている…

人は死ぬまでにみんな1日24時間という、
平等な時間を頂いていますが、
時間っていうものはなんて曖昧で、
その人の時代と感情で、
時間の速さなんていとも簡単に変わっていくのです。


童話作家ミヒャエル・エンデの名作「モモ」で世界の時間をつかさどるマイスター・ホラが、
時計に対してとても面白い表現をしていました。

「時計というのはね、人間ひとりひとりの胸のなかあるものを、
きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。
光を見るためには目があり、
音を聞くためには耳があるのとおなじに、
人間には時間を感じとるために心というものがある。

そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、
その時間はないも同じだ。」
※「モモ」12章 モモ、時間の国につく より抜粋



その後の「星の時間」を見る時計の場面では、
生きていく中で素晴らしく色んなタイミングが合った場面を思い出させてくれる、
ハッとする瞬間がありました。
とても面白い本なので、興味がある方は読んでみて下さいね♪

どの生き物も一生の心拍数が決まっていて、
心臓がリズムを刻む速さでその生き物の寿命が決まっていると聞いたことがあります。

一生の心拍数は15~20億回だとか。
体重が大きなゾウやクジラの心拍はゆっくりで、人に似たテンポ。
寿命が50年を超え、長いです。

小さなネズミ、鳥などの小動物は速いテンポで鼓動を刻んでいます。
寿命は確かに5年未満など短いが多いです。

人は年と共に、その刻むテンポが遅くなっていきますね。
それと共に時間の感覚も変わっていくのかも知れません。


■先日は母島小中学校の卒業式が行われました。

島を離れる中三の4人にはどんな時間が流れているのでしょうか?

下級生や姉妹、親への感謝をスピーチし、涙が溢れます。
中学生で母島を離れる親と子の感情は言葉にできないほどです。

来年は我が家の長女も島を離れる年齢となります。
僕が中学3年生の頃なんて、
親元を離れる事なんて一つも考えず、
ただただ毎日を楽しむことだけに一生懸命でした。

母島の子供たちは、
先を見据えて生きなければいけない現実が迫っているのです。

どんな進路を彼女が選んでも、
親としてできる限りのことはしてあげたいと思っています。

2年前、長女と学校見学に訪れた自由の森学園の校長先生がとても素晴らしい言葉を語っていました

高校を卒業する若者にこういう風に語れる校長がいる学校はカッコいいと思います。

一部、抜粋です。
「早く、効率よく、なるべく楽に あたかも近道を探すように生きるのではなく、
自分にとっていい方法とは何かを考えて模索して選択していくことを大切にしてほしいと私は思っています。

限られた時間内で効率よく正解を出していくという「テスト学力」と「生きる」ということはイコールではありません。
世の中の常識や社会の風潮に流されるのではなく、自分の学んできたことをベースとした「観」に基づいて自分自身を生きるということを大切にしていってほしい。そして、そのような一人ひとりが尊重される社会を形成する一人であってほしい。私はそう願っています。」




■僕自身も30代半ばを超え、
体力も衰えはじめ、徹夜もできなくなりました(笑)。

それでも過去に戻りたいと思ったことはなく、
今が一番楽しいし、
これからやりたいことは沢山あります。

人それぞれに与えられた時間は、
その人次第で変わっていく、
そう思います。



子育てしていく中で、
子どもは今の一瞬を楽しむことに命をかけていると感じます。

その子供の魂から学ぶことはとても多いと思います。

何度もこのブログでも言っていますが、
明日死んでも後悔しないで、
笑って死ねるように、
今を一番に楽しんでいこうと思います♪

そして、その自分を支えてくれる家族や友人、島の皆さん、
本当に有難うございます(*^_^*)









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東洋と西洋のガラパゴス交流!!

2018年03月14日 | 島のイベント
■小笠原はよく東洋のガラパゴスと言われます。
それは島の誕生から現在に至るまで、一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島であること。
独自の進化を遂げた、島の固有の動植物が多く存在することが、
南米エクアドルのガラパゴス諸島に類似しているからだと言われています。

小笠原がアメリカから返還されて50周年を迎える今年、
なんと西洋のガラパゴスと東洋のガラパゴスの交流が企画されました(企画:小笠原自然文化研究所)!

※長女が母島に来島するガラパゴスの子ども達に向けて作った横断幕です♡

地球の反対側のガラパゴス諸島から、わざわざ小笠原諸島まで4人の中高生と、
あの有名なチャールズ・ダーヴィン研究所の所長さんが来島しに来ました♪

父島と母島でTV会議で繋ぎ、
西洋と東洋のガラパゴスが交流する…
とても刺激的な時間でした♪

イグアナやゾウガメなど、大きな爬虫類がいない東洋のガラパゴス・小笠原ですが、
自然の背景は冒頭で書いたように良く似ています。

しかし、今回特に面白いと思ったのはガラパゴスと小笠原が似ている部分が自然以外にもあったことでした。


■南米の孤島でもあるガラパゴス。
そこは生物の楽園ですが、飲み水に乏しく、
インカ人が過去に来た石器などはあったようですが、
永続的な定住には至らなかったようです。
人の定住はエクアドルが領有を宣言する(1832年)せいぜい200年程度とのこと。

小笠原は石器時代に人が住んだ名残はありますが、
現在に繋がる人の暮らしは江戸時代(1593年)に小笠原貞頼が発見してから、
ナサニエル・セーボレーが最初に定住(1830年)して今に至る約200年。
ここも似通っています。

※母島の南崎・小富士で水を飲むガラパゴスの高校生☆

小笠原は戦後の強制疎開で伝統的な文化や芸能の多くを失っていますが、
ガラパゴスもスペイン人が移住してからの歴史で、独自な伝統や文化がないそうです。
自給率も低く、生活物資はほとんどが輸入に頼っている部分も同じです。

飲み水のほとんどをペットボトルの輸入に頼っているガラパゴス。
しかし、そこの子供たちの環境意識の高さは目を見張るものがありました。


■僕は主催者の関係者として母島の受け入れの一部を手伝わせて頂きました。
冒頭に載せた長女力作の横断幕。

せっかくの機会なので「学業優先で出迎えを認めない」学校に対し、
無理やり港に出迎えをすることにしました(笑)。

遠路はるばる南米からやって来た、同じような世代の仲間に、できるだけのおもてなしをしたい心。
長女が作った横断幕にいたく感動してくれて、長女はとても嬉しそうでした♡


良く見ると、ガラパゴスのアオアシカツオドリや
スペイン語でようこそ!の意味、
国旗やイグアナやゾウガメなど色々凝っています♪

英語が大好きな長女。
先日のTV会議で繋がった質疑応答でも特異な英語で質問したりして、
果敢に交流し、自分の英語が通じる嬉しさと自信を感じていました♪


■ガラパゴスの子供たちは母島の自然も十分に満喫していました☆

遊歩道で終始歌って踊り続けるラテン系のノリには驚きました♪
いや~なんて楽しい雰囲気(#^.^#)
長女と同じ匂いがします(笑)!!!!


クジラの跳ねる大海原と乳房山をバックに記念撮影☆

また、驚いたのは海岸に行くと自然と海のプラスティックゴミを拾う姿勢です。

いつも僕も海洋生物に対する影響を知り、何かできないかと思い、
海岸に行くたびに無理のない範囲で拾ってはいるのですが、
当たり前に拾うガラパゴスの子供たちの精神性に驚かされました。

講演会では小笠原からの質問で
「子供たちにどのような授業で環境教育を行っていますか?」
という質問があり、
チャールズ・ダーヴィン研究所所長は、
「すべての授業に環境保全のエッセンスが入っています」
という回答をしていました。

あまりのレベルの差に圧倒されましたが、
子供たちのこの自然な関心と動きに、
頷かされました。

ガラパゴスではゴミの60%をリサイクルしているそうです。
リサイクルは莫大なエネルギーを消費するし、
リユースが理想ですが、
それだけの意識が素晴らしい。

世界危機遺産にもなったことで、
新たな意識も沢山生れたことでしょう。


南崎ではこんなに沢山のゴミをみんなで分担して遊歩道を運びました。

海ゴミを体にまとい、ジャングルを歩く姿、

なんだか素敵な飾りみたいに見えてしまいます。


第2次世界大戦の戦跡を見て、圧倒されていました。
こんなものを山の中腹に作らせてしまう戦争の惨さが伝わったと思います。


夜には宿に駆けつけ、
小2の妹、宿のお友達も一緒に島のフラを披露し、
最後は南半球ではあまり綺麗に見えないという満点の星空を見に行って、母島最期の夜を一緒に過ごしました。


■母島最終日には母島の子供たちが参加しているサッカーチームFCフォルサで交流をしました♪


島の子供たちは予想以上に積極的に交流していました!
子ども同士に言葉の壁はあまりないようです(笑)。


中学生はその後、一緒に海の見えるレストランで食事をし、
名残惜しいですが、お別れの見送りです。


最後は島の子どもが作ったレイをかけて、
別れに涙を流すほど、良い滞在になって良かったと思います♪

親にとっても長女が自分の英語が通用し、
外国の人とうまくコミュニケーションが取れる自信が持てたようで、
とても嬉しかったです。


■世界自然遺産でもある東洋と西洋のガラパゴス。
そこは自然以外にも人の暮らしに多くの共通項がありました。

資源やエネルギー問題(ガラパゴスは30~40%は自然エネルギーとのこと)、
貴重な野生動物との共存、
観光の在り方、
人間の暮らし方、
ゴミの問題、
それぞれにいいものがあり、学ぶものがあると感じました。

小笠原もガラパゴスも治安がいいそうです(エクアドル本土は危ない地域アリとのこと)。
小笠原は町中もゴミが少ないと言われました。

今年は日本とガラパゴスが交流を開始して丁度100年の節目の年だそうです。

小笠原の人口は約2500人で年間観光客数が約2万5000人。
ガラパゴスの人口は25000人で年間観光客数が25万人。
絶対数は圧倒的に違いますが、
比率的には同じなんですね~

この機会にお互いの想いを交錯し、
自然に負荷をかけすぎない、より持続可能な暮らしを模索するきっかけになれば幸いです。

子供たちも2週間以上、長い移動と活動の連続でクタクタだと思います。
関わった関係者の皆様もどうもありがとうございました♪

夏には小笠原の子供たちがガラパゴスに交流に行くそうです。
よりお互いにとって実りある交流になると嬉しいです(#^.^#)

こうなったら姉妹都市になっちゃえばいいのにと思います♡

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クライミングと次女の夢

2018年02月27日 | 母島 暮らし 子供
■もうすぐ2月も終わり。
TVのない我が家は子供たちが学校で聞いてくる事で、
オリンピックの結果を知ります(笑)。

そんな母島は今、カンヒザクラが満開です♪


葉っぱがないのに一気に花が咲くという、
他の花の追随を許さないほどドラマティックな展開が誇る桜(*^_^*)

青空の日曜日、子供たちと桜の下で、
今年還暦を迎える父島の尊敬する友人にビデオメッセージを撮りました。


いや~桜はなんか無条件に嬉しいですね!
近づくと蜜を集めるメジロやミツバチもいて、
すごく素敵な雰囲気でした♪




■さてさて、表題のクライミング。
実は次女が去年位からとてもハマっているのです。

元々は木登りが大好きで、
畑作業をしていると、その横の木でずっと高い所に良く登っていました。

そういえば、赤ちゃんの頃から握力が強い子でした。
10m位は就学前にすでに登っていました。

今は島の木やコンクリートの城壁を良く登っています。
島の岩場はあまりにモロいので、親としては勧められません(笑)。

去年の夏休みを利用して、
数か所、ボルダリングジムに初めて行ってみました。


事務の係員に色んな諸注意を聞き、
事故のないように色んな所に気を配りながら、やってみました。

いや~これは面白い!!

レベルに合わせて色んなコースが用意されていて、
達成できると嬉しいので、
どんどん意欲がわいてきます♪

白石阿島選手に憧れている次女。
いつも熱心に阿島選手の映像を見ていて、
きっと色んなイメトレをしているのでしょう。

ジムの周りの大人に、
次女のクライミングのセンスを褒められ、
とっても嬉しい顔が印象的でした♡

目標のコースを達成できず、悔しい気持ちも味わいました。
翌日、そこをクリアできるととっても嬉しい!!

中学生の長女も楽しんでいます(*^_^*)

次女とは対照的に高所恐怖症です(笑)。
長女はこういう記録や勝負より、
愛と笑顔とコミュニケーションに長けているので、
また別の分野で活躍していくでしょう(#^.^#)


■僕と長女が先に母島に帰った後、
内地に残った妻と次女はさらに大きな規模のボルダリングに挑戦し、
凄く楽しかったようです。


小さい子のボルダリングは珍しいのかな?
次女が頑張って登っていると、
周りの大人の声援がすごかったようです。


あまりにハマってずっとやっていると、
小さな子供の手先は真っ赤になり、
痛くて登れなくなります。

可愛い小さい手がまっかっか!

自分の心と体と相談しながら、
目標を定めて、よく見て、考えて望む。

これから生きていく上で、
必要なスキルをボルダリングから学んでいる気がします。

クライミングは2020年の東京オリンピックの種目に選ばれ、
妻と次女はもうすでに観戦に行く気満々です(笑)♪

■そんな次女のクライミング熱に対し、
誕生日にはボルダリングホールドを購入。

ちょっとずつ拡張し、
年明けた1月にようやくプライベートウォールが完成しました!

20cm間隔に穴を空け、アンカーを埋め込み、
レベルに合わせてホールドを着脱できるようにしてみました。
5mくらいはあります。

とっても低いし、小さいけど、
ほぼ毎日、登っては練習しています。
喜んでもらえて良かった♪
どんどん難しくしないと追いつかないくらい、上達が早いです。

クライミングジムなんてない母島。
しか~し、大自然があるし、大きな木もいっぱい。

これからは島では木登りを頑張っていきたいですね!
親としては可愛い我が子が滑落しないように注意していかなければ!

そんな春の母島でした♪



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春の作付け準備とドック期間終了!

2018年02月16日 | 母島 農 日記
■定期船おがさわら丸がしばらく島に来ない期間が年に1度だけあります。
その期間、なんと3週間!

1年間、外洋をフル稼働して働いた船の検査の期間です。
島ではドック中といいます。

僕はこの静かなドック中が大好きです♪

島に移り住んだ15年前の頃は、
代船の「かめりあ丸」「すとれちあ丸」が来てくれていましたが、
10年前くらいからはその代船の確保も難しくなり、
今ではすっかり3週間、内地とのアクセスが途絶えるレアな時期となります。
(だいたい1月中旬~2月上旬)

■島の農家さんたちも、
この時とばかりに島野菜で島の生鮮食品を支えます。

先日行った父島で
「今年のドック中は野菜に困らなかったよ~!」
と嬉しい声が沢山♪

うちの畑は今季は色々とハプニングが続き、
例年に比べて採れる野菜が少なかったです。

それでも、立派な大根さんたちは、
これでもかと食卓を支えてくれました♡

去年の2月に行った沖縄・やんばるの縁で頂いた、細めの「島らっきょ」。

今年は沢山作れました♪
家族が大好きなので、出荷はあまりできないかも(笑)。

これも去年の沖縄で頂いた、乾燥に強いサトイモのココヤム(ちんぬく)。

見事に大きく育っています!
そろそろ収穫かな~☆


ローゼルは全ての種取りを終え、カラカラな姿となり、天寿を全うしました。

次の作付けを3月から行うので、
カラカラのローゼルは集めて、
燃やし、灰にします。

焚火はいつ見ても見飽きないです。

きっと太古の昔、
人間が火を手に入れた頃から、
この炎を眺めて、人は様々な事に想いを馳せていたと思います。

永久凍土に眠る太古の水や生き物は、
タイムカプセルの様に止まったままなのに対し、
炎は動き、生きている太古の記憶な気がしています。

この時期は春野菜の作付け準備に追われています。
耕すところは耕したり、
足りない所は堆肥を入れたり、米ぬかや油粕を撒いたりしています。


■先日、バレンタイン・デーでした♪
娘たちや妻からも美味しいプレゼントを頂きました。
ありがとう♡

個人的にはお菓子やさんが企画しただけの、
あまり興味のないバレンタインですが、

娘たちがその時期になるとそわそわしたり、
大急ぎで準備や調理、手紙作成になる姿を見ると微笑ましいです(*^_^*)

夕方、入港日なので郵便や宅急便の配達をしていると、
子供たちがお菓子を持って配り歩いている光景に何度も出くわします。

大きい子は小さい子を連れて、
手には義理なのか、本気なのか、友達になのか、
可愛い包装のお菓子を持って。

そんな光景がたまらなく愛おしいと感じています♪


これは風邪が治ってようやく外にでれた日の夕焼けです。
なんだか、すごく壮大で綺麗でした♪

この秋~冬は僕自身も、長女もインフルエンザに感染し、
それ以外でも発熱や風邪で仕事が出来ない日が多くありました。

それでも季節はめぐり、
作付けできなかった野菜や仕事もあり、
悔しい気持ちもありますが、
その時間で色々気付くこともあります。

やはり、家族の存在と健康は大事とひしひしと感じます。
子どもが元気だと素直に嬉しいし、安心する。
子どもが具合悪いと心配だし、親は看病に明け暮れます。

僕自身も30代の半ばを過ぎて、
ちゃんと健康を維持していくことにフォーカスしなければ、と思ってきました。

島で90歳になりそうな年齢でも、
元気に畑に通うおじいちゃんやおばあちゃんを見ると、
おし!
と思い、元気を頂きます(笑)。

島の独居の高齢者の問題など、
最近、色々と考えることが多くなってきました。

自分は今できる限りのことをしていこうと思います。
みんなが安心して暮らせる地域を目指して。

■もうすぐ、年度末。
島では離任する先生や職員、卒業や転校する子供たちとの送別会のシーズンになります。

先日は少し早目の謝恩会☆
この春、静沢にオープンする素敵なキャプテン・クックでは、
母島の形のカレーライスが!!

大人も子供も大喜びでした♪

1年間、ありがとうございました(*^_^*)

#ドック中
#小笠原
#バレンタイン
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PTAのホエールウォッチング~ザトウクジラ 超接近!! 

2018年02月10日 | 小笠原 野生動物
■本日は母島小中学校PTAによるホエールウォッチングでした!!

さすが1年で一番クジラが見れる2月!!

沖に行って5分、すでに周りはクジラだらけでした♪


船の下にもクジラ!!

みんなの目の前にクジラ!!

これにはびっくりです♪

クジラが深く潜るとき、
尾びれを高くして潜るのですが、
その時の尾びれの裏の模様は個体ごとに皆違う模様をしているので、
これで個体識別をします。


親子で模様が遺伝するとかもあるのかな~?

親子に近づく雄が居たり、
ゆっくり泳ぐ親子が居たり、
いっぱい跳ねる子クジラもいたり、
色んなドラマがあって見飽きません♪

写真では撮れてませんが(笑)、
クジラのジャンプ(ブリーチ)も沢山見れました!


ものの1時間でお腹いっぱいになるほどのクジラ三昧でした!!
PTA校外部の皆さん、どうもありがとうございました!


こうした風景を間近に見れるこの日常が本当にありがたいです(*^_^*)
子供たちはこれが当たり前に育っていますが、
大きく育って島を離れた時に、
どんな景色に見えるのでしょうか?

■そして、今日のゆり丸で次女とふたり、父島に行きます。
文化サークルフェスティバルという、
父島・母島の文化交流会に親子で南洋踊りをしに行く為です♪

今日のゆり丸の後は、
帰りはドック明けのははじま丸で母島に帰って来ます☆
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小笠原凧作り!!

2018年01月29日 | 島のイベント
■今年は小笠原諸島がアメリカから日本に返還されて50年の節目の年になります。
それに向けて様々なイベントが企画されているのですが、
今回実施された「小笠原凧作り教室」に僕と次女で参加してきました!

小笠原凧は戦前から島で作られていた伝統的な凧で、
八丈島から伝わってきた為朝凧(ためともたこ)が基礎となっています。

島のおじいちゃんやおばあちゃんに聞くと、
昔は島のあちこちで作られ、
正月にはみんなが凧揚げをし、
小剣先の頂上で凧を揚げては、木に縛ってそのままにして、
集落からみんなで見上げていたといいます。

今回は島で10年ぶりに凧作りが企画されたので、
ずっとやりたいと思っていた僕は娘を誘い、参加してみました!

これは子供たちが作った凧を母島小中学校の学習発表会で展示してもらった写真です☆(完成の翌日!!)


■まずは凧作りは3日間の予定で作成から揚げるまでを組まれてありました。
が、母島小中学校の授業参観と日程が重なってしまい、
なんと金曜の夜と土曜の1日で仕上げることに!

そもそもこんなに時間をかけるのに、
大人も子供も集中力を維持し耐えられるのか心配でしたが、
結果を見ると見事、素晴らしい仕上がりだったのです!

準備、運営をしてくれたスタッフの皆さん、
本当にありがとうございます♪


■そんなこんなで早速金曜の夕方に集まり、
早速制作が始まりました。


まずはのりしろを含めた線を寸法を測りながら和紙に書いていきます。
今回は40cm×90cmの凧を作ります。
のりしろは3cm~3.5cmを周りに書きます。
まっすぐに描かないと後で困るので、
2年生の次女も必死に線を引いていきます。


線を引いた後は表に好きな絵を描きます。

次女は大好きなシロハラミズナギドリ、ヤツガシラ、りんごを描き、


僕はカツオドリを書いてみました。

とにかく、他の子どもたちの絵もほんとうに素晴らしい!!

下書きをした後、墨と筆でラインを引き、
その後は色塗りをする前に色の混ざりを防ぐために、
熱して溶かした蝋を墨で描いた周囲に塗ります。

この蝋はその後、透明に近くなるので、
凧から光が透けて綺麗に見えるラインにもなるのです♪

とても熱いので注意が必要です!

蝋をぬった後は、楽しい色塗りです☆


みんなおもいおもいの色を塗って仕上げていきます。

そのあとは竹を組んでいきます。
以前は竹を削るところもやっていたそうですが、
それをやると1週間はかかってしまうので、
今回は用意してもらいました。

この竹組みは、出来上がり後の折れや破損に繋がるシビアな部分です。

竹の固さや節を良く見極めて、
長さをよく合わせながら組んでいきます。
今回はグルーガンを使って繋いでいきました。

竹を組んだ後は、
周囲の竹の合わさったところを和紙で補強して(竹が絵を突き抜けない様にするため)、
その後、描いた和紙とドッキングさせていきます。

ペタペタと糊付けをしていく作業です。
速く塗らないと先に塗った糊が乾いてしまいます!

周囲を糊付けしたら、
今度は中心付近の竹の合わさっている部分を和紙と糊で補強して行きます。


補強したあとは千枚通しで糸を通す穴を空けていきます。

これが結構気持ちがいい♪

そのあとは凧に付ける糸を作っていきます。
凧から伸びる糸は凧の長辺の6倍の糸を6本作ります。
一つ一つ長さが異ならない様に慎重に作っていきます。
糸は伸びるので、張って測るのではなく、
たるませて、同じたるみで見極めるのがミソでした!

組穴(糸穴)を空けたら、
今度は糸を通し、結びながら、
凧を湾曲させていきます。
強引にしては折れてしまうし、
へたにバランスが悪いと、
凧はまっすぐ飛ばなくなるので、
ここも難しい所です。

結ぶ時の約束ごとは、2本の糸のうち長い糸を持っている手は糸から離さないで、
短い糸の方を2回巻いて、長い糸を引き、
根元を締めていくことが大切です。


上は狭く、
下は広めに絶妙に調整していきます。
(上の部分は凧を空高く揚げる為に必要な風を受ける部分です)

個人的にはこの作業が難しかったのですが、一番好きでした♡

このあとが一番職人芸な部分。
凧から伸びる12本の糸の調整です。

均等にしなるように、
集めた時に凧の3分の2の高さで、しかも中心に来るように、
そして張った時に凧がまっすぐ斜めに上昇するのを確かめながら、
糸を一組ずつ調整していきます。

これが本当に職人芸で難しい!!
父島から教えに来てくれた講師さんが最終調整やらないと、
なかなか凧はうまく上がってくれないらしいです☆
※これは馴れと感です!←講師・談

なんやかんやして、
2日間かけて無事に凧は完成しました!

左が僕が作った凧で、右が小2の次女が作った凧です。
本当にお疲れ様でした!

みんなの凧を並べると、ほんとうに素敵な光景でした♪

最後に感想や挨拶をして、
長い長い2日間がこれで終わりました。

作っても想像以上に大変で難しく、
びっくりしましたが、
それを教える側はもっと大変だったと思います。

貴重な経験をさせていただき、本当に有難うございました!!


■翌日は学校の学習発表会&授業参観だったのですが、
急きょ凧の展示もさせてもらうことになり、
子どもたちの凧をみんなにお披露目することが出来ました!

そして、参加したパパ達は授業で来れない子供たちに代わって、
こっそり凧揚げを習う機会を得ました!

講師のAさんはこの日に父島に帰ってしまうので、
今日習わないといけない!と数人が評議平グラウンドに集まり、
ビックリするほど冬なのに風がない中、
最低限、凧を揚げて、壊さないコツを習う事が出来ました。

自分の凧がまっすぐ空に向かって上がった時は、
凄く嬉しく、
何とも言えない感動がありました♪

その日の夕方、
次女はなんと発熱してしまい(インフルではなかったです)、
まだ次女が作った凧は揚げれていませんが、
元気になった次の休日にはぜひ凧を揚げたいと思います♡

わ~い!!小笠原凧万歳!!
どうもありがとうございました!!!
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インフルエンザの効用 ~高熱は辛いけど時には必要だ!!

2018年01月25日 | 母島 日常 日記
■年が明けて2週目、どこで頂いたか不明ですが、
今季、母島で猛威を振るっている流行にノッてしまいました。

そう、インフルエンザです(笑)。

僕が最初に発病し、2日後長女も発熱…
共に暮らす次女は何故がずっと元気なままでした(笑)。

今はみんなすっかり完治し、元気なのですが、
発病当時は40度近い高熱が出るし、全身痛くてとても辛かったです。

妻は今、内地だし、
ヤギと鶏の世話、
そして子供たちの世話もこなさなければなりません!
数々の仕事もお休みしました。

そんな中、島の友人たちが色々差し入れを持ってきてくれて、
本当に有難かったし、その気持ちがとても嬉しかったです♪
ありがとうございました♡

長女も自分が寒気を訴えて、発熱するまでは家事を頑張り、
色々僕や次女の世話もしてくれました!
ありがとう(*^_^*)

介護や山の仕事、郵便配達も休ませてもらい、
代わりの人にやってもらっています。
そちらもほんと感謝です。
ありがとうございました



■インフルエンザを終えてみて、思ったことは…
とにかく体が超スッキリした!!でした(笑)。

発病中は最低限の家事をしなきゃだし、
高熱で辛かったですが、
色んなデトックスになったようです。

介護の仕事もしているので、
診療所に行って検査を受けて、
島では少数派の「インフルA型」と診断されました。

したことと言えば、脱水防止によく飲み物を飲んだくらいで、
解熱も服薬もせず、
食欲がない場合はあまり食べず、
僕も長女もとにかく寝まくりました。(3~5日間)

人の体と言うものは本当に良くできていて、
その後ちゃんと回復し、
逆にスッキリするくらいなので、
時々高熱を出すというのは体に本当に必要なものなのだと思いました。
※例外もあるので一概に過信はしないでください!



■体温と言うものには色んな理由があり、
とても大事であることが分かっています。

一般的に「体温が1度上昇すると免疫力は3~6倍になる」と免疫学で言われているそうです。
高熱の作用によって、
白血球の働きが非常に活発になり、
ウイルスやガン細胞などを殺しているとのことです。

39度の熱は体のがん細胞を死滅させるとも言います。
↑参考サイト

例として、
俳優の川津祐介さんのガン克服記があるそうです。
川津祐介さんは肝臓ガンを2度経験しているそうですが、
2度とも高熱で手術することなく、消すことに成功しているそうです。

「2度とも、かなりひどい風邪をひいて高熱が10日以上続き、
最後にものすごく臭くて黄色い汗と、
鼻がまがるほどの大小便が出た後、ガンは消えてしまった。」
とのこと…



現代は低体温の人が多いですし、
発熱するとすぐに解熱剤を飲んで熱を下げてしまう場合が多いみたいですが、
もし可能であれば、
身体が発熱している意味をよく感じて、考えて、
しっかり熱を出し切るというのも大事な気がします。
※もちろん、解熱が必要なケースもあると思うので要注意です!

少なくとも、僕自身はインフルエンザで超スッキリしました。
人生では3回くらいしかインフルになった記憶はありませんし、
子どもの頃、ここまで世の中はインフルが蔓延することはあったのだろうかと、
色々疑問はありますが、
インフルには身体にとって必要な高熱を出してくれる効用というものがあると思っています。

興味がある人は野口整体の野口晴哉・著「風邪の効用」という本が面白いので、
ぜひ読んでみて下さい♪

次女が一緒に暮らしていて、インフルがうつらなかったのは、
きっと今の彼女にはインフルのデトックスが必要ない状態だったのだなと思います。

数年に一度は高熱を出すのは辛いけど、
必要だという結論に至りました♡
そして、なるべく高体温でいれるように
普段の食事や暮らし方、運動に配慮していきたいですね。

我が家の子供たちの場合、
高熱を出すと、その後色々進化して頭が良くなると感じることが多いです(笑)。

知恵熱ってことか(笑)!!

あと不謹慎かもしれませんが、
高熱を出して寝込んでいる子供はほんとうに可愛い。
可愛いとつい看病してしまうのは、その為かも(笑)?

母島のどんと焼き、これも暮らしのデトックスかもです(笑)!?
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