日々の恐怖 ワイの話 (7) お客さん
また母方のジッジの家での話や。
ちょうどふきちゃんと遊んでたのと同じタイミング、つまりワイが預けられてた時のことや。
ジッジは勤め人だったんやけど生家はいわゆるなんでも屋みたいな物を代々営んどったらしく、離れはその店舗跡やった。
なんでも屋と言えば聞こえはいいんやが金物屋に毛が生えたような物で、お菓子や生活雑貨なんかを揃えてたらしい。
先代(ジッジの父)が長く切り盛りしとったが、70年代で店はやめたらしい。
ふきちゃんが来なくなった後か前かは定かじゃないんやが、その日も縁側でワイは寝そべって遊んどった。
HGのズゴックと、たしかゼータガンダムを戦わせとったと思う。
縁側はちょうど西向きやって、夕焼けが強くてカーテンを閉めるか迷っとったような、そんな妙なことを覚えとる。
ゼータとズゴックの戦いが佳境の時、
「 もし・・・。」
と声をかけられた。
ワイはびっくりして顔をあげると、いつからそこにおったんか、ガラスのサッシを挟んで男の人が庭に立っとった。
西日が強すぎて男の顔は全然見えんやったけど、両足をそろえてぴんと気をつけをしとって、えらい姿勢が良かった。
ワイはジッジの知り合いが来たと思って、寝そべったままやと失礼やから体を起こし、サッシを開けようとした。
よう見るとその人は、うなじが隠れる日避けつきのボロボロの帽子を被っとって、足にはゲートルを巻いて腰に鉄でできた丸い水筒を下げてうつむいとった。
ジッジの蔵書の戦争資料集の写真で見た、兵隊の格好と同じや、と思った。
今思えば、あれは陸軍の制服やったんや。
床が高いせいで、ワイが立ち上がるとその人と同じくらいの身長になった、つまりガラスを隔てて目の前にお客さんの顔があるはずやのに、やっぱり夕日で影になって顔は見えない。
ワイは、そのお客さんが人間なんか分からんくて立ち尽くした。
「 こちらに○○雄一様はおいでですか!」
お客さんは、突然ワイに話しかけた。
妙なんは、ガラス越しの筈やのに聞き取り辛かった覚えがない
キビキビした、妙に楽しげな明るい声やった気がする。
○○はジッジの、つまりこの家の名字やったが、名前に聞き覚えは無かった。
ワイはどう答えたか覚えとらん、怖くて何も言えんかったかもしれんし、何かを話したかもしれん。
ただ、
「 こちらに○○雄一様は、おいでですか!」
男はさっきと寸分違わぬ調子で、突然もう一回聞いてきた。
ワイは表情の見えない男と、まっかっかな庭とがめちゃめちゃ恐ろしゅうなった。
「 こちらに○○雄一様は、おいでですか!」
ワイの涙腺と股間は臨界した
ワイの泣き声を聞いて、バッバがかけつけた。
バッバには、その男は見えとらんやったと思う。
ワイはバッバに手を引かれて台所へ向かった。
ふり返ると、やっぱりというか、案の定男は消えとった。
ただ置き去りのゼータとズゴックが、縁側に長い影を作っとったんを覚えとる。
バッバの葬式の時、健在だったジッジにその話をした。
ジッジは、
「 戦後すぐの頃、そうして幾人かの帰還兵が訪ねてきたことがあった。」
と話し出した。
ジッジの長兄の雄一氏は陸軍軍人で、南の島で行方不明になっとる。
終戦後、無事に帰ってこれた人たちが兄の消息を訪ねに来ては、まだ帰らない兄を思うジッジとジッジの父を励ましてくれた事が何度かあった。
「 それは戦友が訪ねて来なはったとばい。」
と言って、祖父は仏壇をずいぶん長いこと眺めとった。
ちなみにワイはいまもガンダムファンやが、シャア専用ズゴックだけは無理になってもうた。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ