
「With the Beatles」
久しぶりに村上春樹氏の作品を読みました。短編ということで期待しました。
デビュー作の「風の歌を聴け」二作目の「1930年のピンボール」共に短編でしたね。
春樹氏の長編が好きな方もいますよね、勿論。
ただ私は短編が好きです。
タイトルのWith the BeatlesはBeatles の第2作目のアルバムです。発売は1963年のことです。


小説の冒頭で、このBeatles のWith the Beatles の LPを小脇に抱えた少女を作者は描いています。このLPを持った少女を見た時の印象が強くて、忘れられなかったことを作者はまず述べています。主人公は高校の廊下でこの少女とすれ違います。その時には周りに誰もいなくて、少女は胸にこのLPを抱えていたとのことでした。その少女は美しくて、その美しさと共にBeatlesのこのアルバムを思い出しています。その時以来、彼女とは一回も会わなかった、もしかすればどこかですれ違ったかも知れないが主人公にはその存在が分からなかったとのことだろうと。

これがそのLPです。これを胸に抱えた少女です。そしてこの小説の中にBeatlesが登場したことで、作者はこのLPの中の曲に対しての印象を述べます。この描写が小説の中でどのような位置づけになっているのかは問題ではないと思います。ただBeatlesを普通に知っている、ある意味マニアにとっては楽に読める個所です。作者はBeatles よりも、当時はJAZZなどの方の興味が勝っていたと、この小説の中で述べています。そしてこのLPを手に入れたのはずーっと後だったと書いてあります。少女プラス LP with the Beatlesの構図がまず最初にあります。
次に、初めて出来たgirl friendのことについての描写が始り、しばらく続きます。作者は自分のことを持てる男だとも言ってませんし、その辺りの描写は村上氏の謙遜的な自分自身の表現かなと思います。普通に高校時代にgirl friendが居たということは、それだけで幸せだったのではと推測してしまいます。
小説の中ではその後も彼女とのやり取りや交友の描写が続きます。あくまでもスマートな恋愛描写です。
局面が変わるのは、彼女の家を訪問すると約束をした日、約束の時間に、主人公が訪問した際に彼女が不在であったということからです。ここで彼女の兄が登場し、否応なく、主人公がしなければならなかった彼女の兄との会話や、その時の兄の様子が描かれています。
いつ彼女が家に戻ってくるのか?と思いつつ、兄に家に上がって待って居てくれという言葉に従い待っている間に、小説はかなり進みます。
この時点で小説の中身がすっかり入れ替わるかのような様相を示します。彼女を待つ主人公とその主人公を自然体で相手にする兄との描写が長く続いて行くうちに、全体でこの部分の内容が意味を持ってくるのだという気は何となく分かって来ます。終いに主人公と兄とのやり取りの中で芥川龍之介の「歯車」という作品が出て来て、これは芥川が自殺する前に書いた作品ですが、主人公が兄の前で、この作品の一部を朗読する状況になります。そしてその朗読がうまいということで、兄から褒められたりします。この小説の中での芥川龍之介の「歯車」の登場は作者の実体験か創作であるのか分かりませんが、私自身としては作者の影を感じるところでもあります。
結果的には彼女はいくら待っても現れず、主人公は兄の家、すなわち彼女の家を出ます。後になって主人公が待ち合わせの日にちを間違っていたという落ちが付いていましたが。
それから小説の中では何年もの歳月が経ちます。その過程の中で主人公が、このgirl friendに対して、好きな人が出来たからと言って別れる場面なども挿入されています。主人公は別の女性と結婚しています、小説の中で。
ある日、街中で、ある人から声を掛けられる。主人公は相手が誰だか分からない、だけども声を掛けて来た人間は、確実に主人公のことを覚えていたのです。昔会った、girl friendのお兄さんだったのです。主人公にすれば、すでに兄の面影はなく、しかし兄は主人公を覚えていたのです。
ここから何時間か、何分か分かりませんが、喫茶店での、兄との描写があります。その会話の中で、兄は自分の妹、かつての主人公のgirl friendが自殺したということを知らせたりしています。(この小説の中では、彼女の自殺は重く捉えられていません。)主人公は自分の人生の中でたった2回しか会っていない兄について思いを巡らします。長い人生の中でのたった2回の出会い。この出会いが人生に重みを持たせているということを、作者は言いたいのでしょうか?それは分りません。
そしてここから、小説の最後の章に入ります。
この小説の冒頭で書かれた、若い学生の頃に会ったbeatles の with the Beatlesを小脇に抱えた少女の固定されたともいえる主人公の頭の中の映像が再び、述べられます。要するに、主人公はこの少女とは1回しか会ってない訳です。しかし今だに忘れられないbeatles のwith the Beatlesのジャケットと共に彼女が想い起こされる訳です。
最終章はこうです。(引用)
「ウイズ・ザ・ビートルズ」のLPを抱えていたあの美しい少女とも、あれ以来出会っていない。彼女はまだ、1964年のあの薄暗いい高校の廊下を、スカートの裾を翻しながら歩き続けているのだろうか?今でも16歳のまま、ジョンとポールとジョージとリンゴのハーフシャドウの写真をあしらった素敵なジャケットを、しっかり大事に胸に抱きしめたまま。
人生の重みというか、不思議さというものを、私はここで作者が提出している気がします。短編にしては、少なくとも私にとって、余りにも重い。きっと他の人にとっても余りにも重い短編の一つではあるでしょう。
(あくまでもこのブログは私の素直な感想です。作品を決定付けるものではありません。どうぞご理解ご了承下さい。)

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