気分はガルパン、その他色々

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

「倉野川」の倉吉をゆく シーズン1の3 「とってもとっても、ありがとう。」

2016年05月14日 | 倉吉巡礼記
「とってもとっても、ありがとう。」(日向美ビタースイーツ) 
  ボーカル 春日咲子(CV:山口愛)
  収録作品 音楽ゲーム「REFLEC BEAT」「pop'n music」「jubeat」「GITADORA」等
         サウンドトラック「ひなビタ♪ ORIGINAL SOUNDTRACK」「Bitter Sweet Girls!
         ソロシングル「Five Drops 04 -pure grape- 春日咲子」 曲はこちら


 倉吉の町には、よく考えてみますと「ありがとう」と感謝したくなるような要素が幾つかあります。その最たるものが、公衆トイレの充実ぶりです。例えば上図の「まちづくりセンター」と呼ばれる立派な建物には、観光案内コーナー、公衆電話などが設けられていますが、メインは公衆トイレです。こういう公衆トイレが街並みの各所にあるのが、倉吉の特色の一つです。

 観光地として宣伝する以上、観光客が安心して楽しめるように色々と整備するのは当然ですが、設備として絶対に必須なのがトイレであるという点は、意外にも忘れられているのではないかと思います。多くの観光地へ行って、最も困った体験を自分でも挙げますと、用を足したいのにトイレが無い、ということでありました。
 ガルパンの大洗などはそれが特にひどく、町のどこにも公衆トイレが無いので、駅やアウトレットまで行くか、商店街のどこかで非礼を詫びつつ借りるより他にありませんでした。海岸沿いには幾つかトイレがありますが、ガルパン巡礼コースとは離れているので意味がありません。

 これに対して倉吉では、昔から公衆トイレの整備にものすごく力を入れてきた経緯があり、一般観光客へのアンケート結果でも「トイレの多さおよび清潔さ」が高評価を得ていると聞きます。どこにでもトイレがあるから、安心して観光が出来る、というわけです。これは本当に大事なことです。リピーターが多いのも、おそらく同じ理由からでしょう。
 私自身、若い頃から何度も倉吉へ遊びに行きましたが、トイレが無くて困った、という経験が全くありません。なにしろ「トイレの町」としても有名な街なのです。市の観光情報にもきちんと案内マップを載せているぐらいです。詳細はこちら

 倉吉市が公衆トイレの充実化に力を入れ始めたのは昭和60年からなので、、私が大学二回生の夏に初めて倉吉を訪れた昭和61年には、既に打吹地区だけでも6ヶ所の公衆トイレがありました。当時、これは凄い、観光地としては一番大事な取り組みをやっている、いずれ倉吉は山陰屈指の観光地に成長するんじゃないか、と感じたのですが、実際にそうなりました。
 例えば、一年間の観光客数ですが、観光関連資料によりますと、平成9年には約13万人、平成17年度には約30万人、そして平成26年には約51万人、と確実に伸びています。約51万人、というのは、一日平均で約1400人であるわけですが、さして広くもない倉吉の観光エリアに一日で1400人が入るとなると、トイレがどれぐらい必要になるでしょうか。一ヵ所とか二ヶ所、というのでは絶対に足りません。
 だから、公衆トイレが沢山あるというのがどんなに重要か、大切かがよく理解出来ます。この一点だけで、私は倉吉を高く評価します。

 ちなみに、一日の観光客数が約1400人の倉吉市において、去る4月16、17日の「くらよし桜まつりひなビタバージョン」に全国から約6000人のファンが集まったそうです。市長以下関係者が驚くのも無理は無く、イベントは大成功だという評価が商店街のどこでも聞かれました。よし次も仕掛けてゆくぞ、という声があるのも当然であり、今後の展開が楽しみなところです。


 「まちづくりセンター」公衆トイレの向かいには、赤瓦八号館と呼ばれる建物があります。


 赤瓦八号館の一階は土産物販売店の「寅蔵」、二階は蕎麦屋の「打吹庵」になっています。山陰は蕎麦どころとしても知られ、伯耆地方では大山麓の蕎麦が人気ですが、倉吉の蕎麦も静かなブームになっていて、それがずっと続いています。私自身は、北の新市街地の方の天神川に架かる竹田橋脇の「渋や」さんの蕎麦が気に入っているのですが、ここ打吹地区では赤瓦八号館の「打吹庵」が好きです。情報はこちら


 道を引き返して、八橋往還のルートに戻りました。


 西に進みますと、建物は近代以降のものが多くなってきます。それでも古い店舗が少なくなく、中には廃業したり閉鎖したりして、空き家になっている所もあります。


 ある店舗のウインドーガラスに貼られていた、芽兎めうの公式イラスト画です。シングルジャケットなどで見かける画像です。ファンのなかで人気が最も高いキャラクターだといいますが、同時に地元住民にも親しまれているようです。

 街中にこのように飾られている「ひなビタ」のイラストや画像は、全て公式の品です。ファンが描いて寄贈したというような類のイラストは見当たりません。
 その一番の理由は、当地域が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されていることであり、文化財保護法、景観法といった諸法律も適用されているという点でしょう。基本的には、国や県の許可を得ないと、自作のイラストや写真やグッズ等を寄贈し展示することが出来ない、ということです。違反すれば罰則および罰金が科せられます。私自身が文化財学専攻の学徒でしたので、そういう問題はよく知っております。
 だから、「くらよし桜まつり」のポスターすらも、イベント終了後にすぐに撤去されたのでしょう。


 町並みの西側の玉川沿いに境内地を構える大蓮寺への参道です。地元では大蓮寺境内社の弁天社への参詣道として親しまれているため、「弁天参道」の愛称が半ば公式のものとなっています。
 この小路が「ひなビタ」にも登場するため、聖地巡礼のスポットの一つとしてファンは必ず訪れて写真を撮ります。


 「ひなビタ」にも登場する場面は、実際にはこんな感じです。


 再び八橋往還のルートを西へ行きますと、左側にかつて鞄屋さんだった建物があります。そのショーウインドー内に、大きなパネルが飾られてあります。この日見つけた6枚目のパネルです。


 御覧のように、日向美ビタースイーツのメンバー5人全員が夏の装いで揃っています。春日咲子が頭に風鈴をかけているのがオシャレです。芽兎めうが抱えている巨大なパフェは、バケツの域を軽く超えています。ガルパンの五十鈴華もこれにはかなわないでしょうね。


 町並みの各所からは、打吹山が望まれます。この山容が見えると、ホッとする私です。


 さらに進んで右側には、県の保護文化財にも登録されている「高田酒造」さんの古建築が重厚な構えをみせてきます。主屋は江戸期の天保14年の遺構で、その形式は倉吉の町屋建築の特徴をよくとどめるものです。逆に言えば、この建物の形式に近いかどうかで、建築の成立時期がある程度見極められる、ということです。
 「高田酒造」さんの公式サイトはこちら


 その軒下にも、「福の神」の一体の「福狸」が安置されています。招福の神様として崇められますが、さらに「タヌキ」を「他抜き」と解釈して「他を抜く」ことが出来るようにもなる、という信仰があります。木像自体は、これも山本竜門氏の作品です。


 「福の神」の一体は、近くの「まきた旅館」の店先にも安置されていました。こちらは大きな木に七福神を配して浮彫で表してあります。これも山本竜門氏の作品です。


 交差点を渡ってさらに西へ進み、左側の生花店「花はあんどう」さんのウインドー内に7枚目のパネルを発見しました。


 これは春日咲子ですね。アコースティックギターを抱えているので、ソロでの演奏シーンを描写していると分かります。しかもこれ、「とってもとっても、ありがとう。」のシングル版のジャケット画じゃないかったかな・・・。いや、あれは目をつぶっていたから違いますね・・・。すると、福袋ガチャのカードのイラスト画のほうだったかな・・・・。
 いずれにしても、春日咲子がアコースティックギターを構えている図というのは、あんまり見かけないんですよ・・・。 (続く)
コメント (2)

「倉野川」の倉吉をゆく シーズン1の2 「乙女繚乱 舞い咲き誇れ」

2016年05月11日 | 倉吉巡礼記
「乙女繚乱 舞い咲き誇れ」(日向美ビタースイーツ) 
  ボーカル 和泉一舞(CV:津田美波)、春日咲子(CV:山口愛)
  収録作品 音楽ゲーム「REFLEC BEAT」「jubeat」「BeatStream」等、サウンドトラック「Chocolate Smile Girls!!」 曲はこちら


 「元帥酒造」さんの店先のたたずまいです。軒先に吊るされる大きな杉玉も風格をただよわせています。
 杉玉とは、酒玉とも呼ばれ、もとは造り酒屋の看板として杉の葉を束ねて軒先に吊るしたものを指しました。これによってその年の酒造りおよび「松尾様」(酒造の神様)の加護を願ったものです。その形状が後に球状に替わったことから「杉玉」の呼称にて定着したようです。


 戸口の内側にあるパネルは山形まり花です。2012年11月25日に「日向美ビタースイーツ」を結成してリーダーを務め、ボーカルとキーボードを担当するほか、作詞、作曲も手掛けています。日向美商店街のレコード店「サウダージ」の娘で、日向美高校の二年生。その声を演じているのは日高里菜さんです。

 ガルパンでいうと武部沙織に近い感じのキャラですが、立ち位置は主役です。頭上に高く舞い上がるアホ毛も、五十鈴華のそれを凌駕しています。普段は天然ボケのゆるふわキャラですが、いざとなれば強力なリーダーシップを発揮し、「大丈夫だよ!絶対、大丈夫だよっ!」と皆を励まします。


 「元帥酒造」さんの向かいには、喫茶店の「coup la cafe クラカフェ」およびNPO法人「未来」の販売所があります。最近に建物を改装して現在の形になりました。観光資料の一部を配布したり、土産物や倉吉グッズなどを販売したりしています。公式サイトはこちら


 店舗のショーウインドー内には、春日咲子のパネルがあります。初めて倉吉へ来たファンや巡礼が真っ先に見つけることが多いパネルだそうですが。「琴桜口」から街並みに入って最初の交差点で、周囲をさらりと見回せば、すぐに視界に入ってくるパネルです。

 春日咲子は、山形まり花と同級生で、「日向美ビタースイーツ」ではボーカルとアコースティックギターを担当し作詞もこなします。日向美商店街の喫茶店「シャノワール」の娘で、上品なメイド服にて店の手伝いを頑張っており、名物商品「ちくわカフェ」を考案したりしています。エレキギターを持つと性格が豹変するため、「修羅メイド」の異名を持ちます。日向美高校の二年生で、「とってもとっても」が口癖です。その声を演じているのは山口愛さんです。


 NPO法人「未来」さんの西隣には、東仲町の公民館として使用される二階建の古民家があります。去る4月16、17日の「くらよし桜まつりひなビタバージョン」にて「ひなビタショップ」が設置された所です。倉野川市住民票の発行窓口も、最初はここに置かれていました。

 その隣の洋風の建物は、一階が草木染や雑貨の店も兼ねる喫茶店となっていますが、昭和6年に建てられた倉吉初の鉄筋コンクリート造りの擬洋風建築です。日本産業貯蓄銀行の倉吉支店として建てられたもので、増築や大きな改修も無く、竣工時の姿を良好に留めます。現存する地方の小規模銀行店舗建築の遺構として貴重な存在です。


 西側へ進みますと、御覧の様な景色となります。右側(北側)が江戸期以来の建物の並びをとどめているのに対し、左側(南側)には大正および昭和初期までに成立した重層の建物が幾つかあります。最近の建物のように見える洋風の店舗も、幾つかは明治や昭和初期の建物だったりします。


 右側(北側)に並ぶ古商家の一軒は、現在も書店として営業中です。「桑田書店」さんです。


 「桑田書店」さんは、ひなビタファンの間では、霜月凛の「霜月書林」のモデルではないかと噂されています。建物の外観は違いますが、店内の雰囲気などは極めて近いと言われています。
 それに合わせたのか、お店の方でも戸口のガラスに上図のような霜月凛のイラストを貼っています。ファンの人々が撮影したりしていました。私も、あっ、りんりん先生だ、と声に出しかけました。


 江戸期以来の重厚な構えをみせる古民家が続きます。重みと風格に、独特の温もりが混ざる日本の伝統的木造建築群の調和的外観の妙、といえましょう。


 続いて、赤瓦六号館の通称で呼ばれる「桑田醤油醸造場」の連子窓内に4枚目のパネルを発見しました。
 「桑田醤油醸造場」は明治10年創業の老舗で、建物もその時からの結構を今に伝えます。街中食べ歩きの人気スポットの一つで、醤油のまろやかな風味を織り込んだ「醤油アイスクリーム」が有名です。
 「桑田醤油醸造場」の公式サイトはこちら


 これは和泉一舞と芽兎めうですね。大洗のガルパンのキャラクターパネルとは違って、複数で一つのパネルにデザインされるものが幾つかあるのが、こちらのパネルの特色です。


 「桑田醤油醸造場」の店内には休憩スペースもあり、またテレビ番組「TVチャンピオン」に登場したドールハウス職人選手権の作品も寄贈展示されています。


 作品は、かつての「桑田醤油醸造場」の店舗を内部まで精密に再現したものだそうです。模型が趣味なので、こういう展示品はじっくり眺めていても飽きません。


 次の辻は、打吹地区のほぼ中央を南北に通る「打吹公園通り」と交わります。かつての国鉄倉吉線の打吹駅からのメインルートであったものですが、南の突き当りに成徳小学校施設の巨大な天女モザイク壁画があるため、一部の住民や観光客からは「天女の通り」とも呼ばれます。その西側には、上図の「倉吉ふるさと工芸館」があります。
 外観は古建築群に合わせてあり、倉吉の特産品の一つである倉吉絣に関する実演や展示がなされています。また、倉吉市内の窯元の陶磁器や、打吹天女伝説の資料などを展示しています。

 そういえば、去る4月16、17日の「くらよし桜まつりひなビタバージョン」にて開催された声優さんのトークショーでは、声優さんたち全員が倉吉絣をまとって登場し、喝采を浴びていたそうです。それで大勢のファンが倉吉絣のグッズを買いに詰めかけたそうです。


 「倉吉ふるさと工芸館」の入口内には芽兎めうのパネルがありました。
 芽兎めうは、日向美中学校の三年生で、「日向美ビタースイーツ」では最年少のメンバーです。ボーカルとドラムを担当し作詞もこなします。安土桃山時代から続く、日向美商店街一番の老舗である判子店「兎月堂」の娘でありながら、コスプレや電波ソングを好み、凄腕の音楽ゲーマーとして怖れられる、いわゆる電脳ガールです。
 「めうー」に代表される独特の言い回しやエキセントリックな言動が何かと波乱を呼びますが、メンバー愛と郷土愛は誰よりも深く、地方創生にかける想いも熱いです。数個師団規模と噂される「ちくわ軍」の実質上の指揮官でもあります。その声を演じているのは五十嵐裕美さんです。

 ちなみに、冒頭の楽曲「乙女繚乱 舞い咲き誇れ」は、芽兎めうの自宅「兎月堂」の蔵から発見された戦国期の二人の女性の伝記史料が、やがて倉野川市の歴史イベントの契機になったことに因んだものです。
 「兎月堂」は戦国時代に尼子氏から下賜された品を元手に骨董屋を開業して以来の店で、地元の歴史書にも載るほどの古い歴史を持っています。その蔵は地下5階くらいまであるとされ、蔵の奥は黄金の扉で厳重に封印されるため、超国宝級のとんでもないお宝が数多く秘蔵されているということです。マジですか・・・。 (続く)
コメント

「倉野川」の倉吉をゆく シーズン1の1 「温故知新でいこっ!」

2016年05月08日 | 倉吉巡礼記
「温故知新でいこっ!」(日向美ビタースイーツ) 
  ボーカル 山形まり花(CV:日高里菜)、春日咲子(CV:山口愛)
  収録作品 音楽ゲーム「REFLEC BEAT」「jubeat」「GuitarFreaks」等、サウンドトラック「Chocolate Smile Girls!!」 曲はこちら


 2016年4月30日、鳥取県倉吉市に遊びに行きました。20代後半に三年ほど鳥取市に住んでいた時期に、毎週の休みに遊びに行っていたので、回数のうえでは150回目ぐらいになると思いますが、今回は倉吉をモデルとする「ひなビタ」の聖地巡礼の初回と位置づけましたので、一回目だという気分のほうが強かったです。

 あらためまして温故知新でいこっ、ちょっぴり不便も楽しんでいこっ、まわっていこっまわっていこっ、という歌詞のままに、慣れ親しんだ倉吉の町を朝から歩きました。上図は、倉吉市市役所の舞台から見た打吹地区の街並みです。


 倉吉市役所の玄関付近です。かつて伯耆国守護所がおかれて中世戦国期を通じて伯耆国の政治の中心となった打吹山の城跡の北麓に位置し、東には打吹公園の広大な園地が広がります。
 今回は車で行きまして、町の各所にある観光客用駐車場のうちの、市役所裏手の観光駐車場に停めましたので、散策の起点が打吹公園エリアにあったわけです。


 町並みへのメイン入口にあたる、通称「琴桜口」から見上げた打吹山です。街のどこからでも望まれる、倉吉のランドマーク的な存在です。富士山のように整った円錐形の山ですが、周囲にはそういう形の山がありませんので、遠くからでも識別が容易です。
 私自身も、倉吉の内外を移動する際に、この打吹山を目印にして位置や方角を知るのが常でした。

 時刻は9時23分でした。自宅を7時きっかりに出発して、中国道や米子道などを経ましたが、いつも二時間半ぐらいで行けます。鳥取市に住んでいた頃は、一時間半ぐらいで行きましたが、今では9号線新バイパスが通るので一時間もかからない筈です。


 「琴桜口」の角に立つ、地元出身の横綱であった琴桜関の銅像です。「琴桜口」の通称はこれに因んでいるのですが、私が鳥取に居た頃に交流のあった方々との間で便宜的に使っていた通称なので、地図やガイドブック等に「琴桜口」と書かれているわけではありません。
 近くには、琴桜関記念館もあり、その生い立ちと活動の軌跡を見学することが出来ます。


 「琴桜口」から進んですぐ右手に観光案内所があります。正式名称は「倉吉白壁土蔵群観光案内所」です。古い街並みで知られる打吹地区の入口にあたります。
 打吹地区とは、地図では「倉吉市打吹玉川白壁土蔵群」と表記される範囲であり、平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、以後十数年をかけて外観の修復および整備が図られてきました。


 倉吉白壁土蔵群観光案内所では、観光ガイド、散策マップ、店舗案内、旅館案内、イベントチラシ、等の全ての資料が得られます。倉吉市は昔から観光地としても知られる地域なので、この種の資料は豊富にあります。
 観光案内所は、ほかにJR倉吉駅の駅ビル一階にもありますので、電車利用で倉吉に行く観光客はそちらを利用しています。


 そして、4月1日からの「ひなビタ」の倉野川市との姉妹都市提携により、巡礼ファン向けに倉野川市住民票の発行窓口も設けられています。
 倉野川市は、「ひなビタ」の舞台である架空の町ですが、モデルは倉吉市であり、景色の一部は倉吉のそれをそのまま使っています。そして「ひなビタ」ファンは倉野川市民と称する場合もありますので、その住民票を、姉妹都市の倉吉市が発行するというノリです。


 で、私も発行していただき、倉野川市への「転入手続き」をしました。まったくアホですな・・・。

 ガルパンの大洗でも住民票発行のイベントがありましたが、そちらはあんこうチームの五人の住民票で、発行時期も限定でした。こちらは自分の氏名と本籍地をそのまま使いますから、自分の住民票になります。嬉しさが全然違います。発行手続きはいつでも何度でも出来る、というのも素晴らしいです。
 住所もしっかり「倉野川市鍛冶町1-1701」となりますから、気分はもう倉野川市民、であります。同時に、芽兎めう率いる「ちくわ軍」の一員に列したことになります。


 町並み散策に移りました。角の鯛焼き屋兼土産物屋の「りんりんや」の店先には、上図の和合道祖神の木彫像があります。
 長野県の信州地域などで同じような石像を見かけますが、こちらは木像ですので、温かみというか、温もりがただよっていて良い雰囲気です。倉吉在住の仏師、山本竜門氏の作品です。


 店内に、最初の「ひなビタ」キャラクターパネルを発見しました。これは霜月凛ですね。
 霜月凛は、「日向美ビタースイーツ」ではボーカルとギターを担当し、DAWシステムを自宅に持っているために曲のマスタリングやミックスも担当しています。日向美商店街の古書店「霜月書林」の娘で、天神高校三年生、成績トップの才媛です。その声を演じているのは水原薫さんです。

 ファンのなかでは「りんりん先生」と呼ばれたりしますが、これはもともとは、芽兎めうが霜月凛をそう呼ぶんですね。たぶん、この通称にあわせて「りんりんや」に置かれることになったのかな、と思います。


 付近の街並みです。だいたいこういう感じの外見があちこちにあります。江戸期から昭和初期にかけての時期の様相が、街並み外観の整備基準になっています。


 一番古い江戸期の景観は、こういう雰囲気です。この景観が続く通りは、中世から近世にかけて伯耆国の水陸運の要衝となった八橋との連絡路でもあり、八橋往還と呼ばれて街並みのメインルートとなっていました。倉吉を代表する古民家や老舗店舗の大半が、この通りに構えを示しています。


 そのなかでも、上図の「元帥酒造」さんは江戸期以来の老舗です。看板商品の酒銘「元帥」は、東郷平八郎が倉吉に立ち寄ってここの酒を賞味したことに因みます。
 建物は、いまでは「赤瓦七号館」の通称も持ちますが、江戸期の建築で、嘉永年間(1848~1854年)に元帥酒造が創業されて以来の本店でした。


 店の戸口の内側に、二枚目のキャラクターパネルを見つけました。山形まり花ですね。風格ある古商家建築にこういうパネルが置かれていても、さほどに違和感を感じないのが、倉吉の倉吉たるところです。


 店先に置かれる大きな福禄寿の木像がひときわ目立ちます。これも山本竜門氏の作になるもので、元帥酒造といえばこの像、といわれるぐらいに知られ親しまれています。

 倉吉の街中には、こうした福の神関連の木像が沢山あり、外から自由に見学出来るものだけでも24体を数えます。古い街並み散策のコースの一つに「福の神巡り」があり、こうした木彫の数々を見て回る、という楽しみ方も出来ます。キャラクターパネル巡りの原形のようなものです。 (続く)
コメント (1)

再び倉吉へ行ってきました

2016年05月06日 | 倉吉巡礼記

 さる5月2日、再び倉吉に行ってきました。上図は、土産に買ってきた「牛骨ラーメン2食入りセット」とグッドスマイルカンパニー倉吉工場生産ねんどろいど第一号の「桜ミク」です。後者は倉吉限定での販売品らしいのですが、前回買い忘れたので、今回はしっかり買いました。

 私の現住地から大洗へは新幹線利用で五時間以上かかりますが、倉吉へは、車ですと三時間もかかりません。朝6時に出れば、9時前にはすでに倉吉の街並みを歩いている、といった感じです。泊りがけの行程も魅力的ですが、日帰りでも楽に行けます。
 20代後半に鳥取県に住んでいた約三年の間、毎週の休みに倉吉へ遊びに行きましたので、回数としては100をゆうに超えているはずです。それから20年余りのプランクがありましたものの、倉吉市という町そのものは私の若い日々の記憶とさほどに違いませんでした。個人的に一番好きな街であるだけに、嬉しかったです。

 その倉吉市は、二年ぐらい前から「ひなビタ」の倉野川市のモデルであることが広く知られ始め、ファンの巡礼も少しずつ増えていたようですが、今年2016年の4月1日に、倉吉市が倉野川市との姉妹都市提携を実現させたことにより、桜が咲くが如くにパッと聖地巡礼の波が大きく生まれました。
 その最初の波が、4月16、17日の「くらよし桜まつりひなビタバージョン」でした。私は休みが取れずに行けませんでしたが、そのイベントにて登場したキャラクターパネル20数枚が、その後も継続して配置されることが決まったため、それを探しての街歩きを4月29日にやりました。が、全てのキャラクターパネルを見つけられなかったため、二日後にもう一度探しに出かけたわけです。

 大洗のガルパンのキャラクターパネルと違って、倉吉のひなビタのキャラクターパネルは、定期的に設置場所を変更し、パネル自体も入れ替えたりしています。その都度パネル巡りを楽しんで下さい、という趣向であるわけですが、したがって配置マップや位置情報は作成されません。
 面白いことに、全部で何枚あるのか、という点すら明らかにされておらず、倉吉市の公式情報でも「20数体」と簡潔に述べられるのみです。

 なので、ファンの間でも位置情報はほとんどやり取りされていません。パネルの写真はツイッター等で紹介出来ますが、位置情報については原則としてヒント程度にとどめる、という流れが確立しつつあるようです。たとえ位置を特定出来たとしても、次の週には位置が変わってしまう、キャラクターパネルが変わってしまう、ということになりますので、位置情報そのものが無意味になります。

 だから、4月29日に一生懸命探し回り、見つけられなかった分の数枚を5月2日になんとか探し当てたのも、一時的な成果に過ぎません。聞くところによれば、GWの後に入れ替えるらしい、ということですので・・・。
 しかも、まだ配置すらやってないパネルが数枚あるとか・・・。なかなか考えてやってくれますなあ、倉吉市観光交流課さん・・・。何度も倉吉市に行くことになってしまうじゃないですか。


 さて、4月29日および5月2日の倉吉での行動については、大洗巡礼記と並行して倉吉巡礼記にて綴ります。とりあえずは交互にアップして、二つの「聖地」を比較するという視点からも色々書いてみようかと思っています。
コメント

倉吉へ行ってきました

2016年05月02日 | 倉吉巡礼記

 倉吉市・・・・いや、倉野川市民に告ぐ!!
今こそ地方創生のために団結し巡礼するのだ!
チクワクティクスで景気復活めうーー!!
 
 というわけで、去る4月30日に、また鳥取県倉吉市へ行ってきました。本当は桜まつりの時期に行きたかったのですが、休みがとれず、二週間遅れの巡礼となりました。
 やっぱり芽兎めうはいいですな・・・、めう。(アホかお前は)


 職場の上司への土産として購入した、倉吉の元帥酒造さんの「大吟醸 元帥」です。大洗で言うと月の井さんの品にあたりますが、こちらもしっかり「ひなビタ」とのコラボを実現してラベルは限定バージョンになっています。
 纏お姉さん、決まってますなあ・・・。大洗の月の井の品には蝶野亜美が登場していましたが、コンテンツやコメントは纏お姉さんのほうが大変に充実していらっしゃいます。こちら


 さらに職場の同僚への土産として、倉吉の名産として名高い「打吹公園だんご」も買ってきました。昨年はグッドスマイルカンパニーとのコラボで初音ミクのバージョンでしたが、今年4月からは「ひなビタ」バージョンになっています。倉吉限定「ひなビタ」ステッカーが同封されていますので、買わないわけにはいきませんでした。


 倉吉限定「ひなビタ」ステッカーは10個入りケースに2枚ずつ同封されています。今回は、日向美ビタースイーツの五人のうちの四人が揃いました。左より、芽兎めう、春日咲子、霜月凛、和泉一舞、です。
 あとは、山形まり花ですか・・・。もしかして、ここなつの二人のステッカーもあるのかな・・・?
 「打吹公園だんご」の販売元「石谷精華堂」さんの公式サイトはこちら


 そして、平成28年4月30日付けで住民票も発行してもらい、同日より正式に倉野川市民になりました。新住所は、倉野川市鍛冶町1-1701です。めうーー!! (アホかお前は)
コメント (2)

倉吉にてガールズ&パンツァー劇場版を視聴しました

2016年04月10日 | 倉吉巡礼記
 昨日4月9日、模型サークル仲間のTさんに誘われて、鳥取県倉吉市へガールズ&パンツァー劇場版の視聴に行ってまいりました。

 4月に入った時点で西日本における劇場版の上映館は大阪、京都、姫路などの数ヵ所のみとなり、それも夜遅い時間帯ばかりでした。そんななかで、鳥取県倉吉市にあるシネマエポックが4月9日から約一ヶ月間の上映をする、という情報をTさんに示されたのは、三日前の6日のことでした。

「星野さんは確か、昔に鳥取県に住んでたそうやね。倉吉の大ファンで何十回も遊びに行ってんやってね」
「ええ、鳥取市に居た二年半の間に、毎週のように行ってました。町並みとか歴史的風情とか食べ物とか、色々と気に入っちゃっててね。隣の三朝温泉にもよく行きましたし。心の故郷の一つですよ、今でも」
「そんなら、今度ガルパンの劇場版をやるっつうシネマエポックってのも知ってるんかね?」
「もちろんです。パープルタウンっていうショッピングセンターのなかにあるんです。映画を観に行ったことはありませんけど、買い物しに何度か行ってますんで」
「そんならバッチリやな。9日に一緒に行かへん?と言うか、案内してくれへんか?僕は倉吉は行ったこと無いんで」
「喜んでお供させていただきます」


 というわけで、Tさんの車で京都を朝5時に出発し、名神高速と中国道を走り、勝央SAからは私が運転して米子道の湯原インターで降り、蒜山高原から関金経由で倉吉入りしました。倉吉市役所の観光駐車場に車を入れ、桜が散りゆく打吹公園に入ったのは、9時前のことでした。

 倉吉パープルタウンのシネマエポックでの上映は10時50分からでした。シネマエポックは予約制を一切とらず、チケットは当日販売分のみです。パープルタウン本館の開館時刻が10時からなので、それから入っても充分に間に合います。ファンが殺到して行列になる可能性はまず有り得ない、と思われましたので、それまでに町並みのミニ観光と朝食を済ませておこう、ということになりました。


 倉吉と言えば、打吹山麓の重要伝統的建造物群の古い町並みが有名です。まだ観光客の姿は少なく、美しい歴史的景観を保つ家並みの落ち着いた雰囲気が味わえました。
 Tさんが「飛騨高山の街並みによく似てるねえ」と楽しそうにスマホであちこち撮影していました。町並みの景色にインパクトを添える打吹山は、かつて伯耆国守護職の本拠が置かれて山名氏が長きにわたって君臨した歴史を伝えています。


 Tさんが「これええなあ、懐かしい感じで面白いなあ」と注目していた木彫りの看板です。こういう類のものは町並みの各所にて見られます。アシカの木彫とか、竹細工の花入れとか、銅板を切り抜いて作った店名表示とか、他では見られない手作り品の数々が、訪れる人々を楽しませてくれます。


 朝食は、こちらのお店「あじくらや」でいただきました。町並みのほぼ中央に所在し、朝食サービスもやっているので、朝から散策を楽しむ観光客の定番食事処の一つとして知られています。
 倉吉を代表する味噌製品のメーカーが経営するラーメン専門店であるので、外に掲示してある見本写真の大部分は味噌ラーメンの系列です。色々あるねえ、と感心しながら見ていたTさんでした。
 「あじくらや」を含む「あじくら本舗」の公式サイトはこちら


 「あじくらや」の朝食は上図のように二種類あります。土曜と日曜と祝日のみのサービスなので、この日は絶対に食べよう、と張り切っていて、「右のやつがボリュームありそうやね」と「チャーシュー目玉焼き定食」をチョイスしたTさんでした。
 実は、私もこれが好きでして、何度か食べたことがあります。ボリュームのわりに550円とリーズナブルなのも魅力です。


 食後は町並みの路地を散歩し、掘割の竹花細工などを見ました。


 近くの「赤瓦一号館」に立ち寄りました。ここだけは中へ入りましょう、見せたいものがあるんで、とTさんを誘いました。


 中に入ってまもなく、感嘆のつぶやきをもらしたTさんでした。
「ここには、グッスマの商品も売ってるんやねえ、知らなかった」
「グッスマの直営オフィシャルショップがここにあるんですよ。本社のある東京にも無いんで、全国唯一、ここ倉吉にだけあるんです」
「すげえなあ、あの「桜ミク」が並んでるやんか。これ買えるん?よし買おう」


 「赤瓦一号館」の中にある、グッドスマイルカンパニーの直営オフィシャルショップです。同じ倉吉市内にある生産工場「ラッキーファクトリー」の出張所という位置付けです。


 御存知のラブライブねんどろいども展示されています。他にも色々な展示品があります。


 「桜ミク」の生産に使用された原型や金型なども展示されています。模型ファンのTさんにとっても興味深く楽しい陳列だったようです。


 ねんどろいど、フィグマ、関連グッズなど、現時点で発売中の商品の大部分が販売されており、品切れの分も予約して発送して貰うことが出来ます。


 続いてTさんが驚いていたのが、街中のあちこちに上図のような感じでアニメキャラクターのパネルが配置されていることでした。まるで大洗みたいやんか、と嬉しそうでした。

 倉吉市は、以前から観光振興策の一つとしてアニメとのコラボを展開することに熱心な所です。鳥取県が県をあげて「まんが王国プロジェクト」を推進しており、ゲゲゲの鬼太郎や探偵少年コナンの故郷である点も生かして数年前から積極的にアニメを観光資源に取り入れていることもあり、「きみわた」のようなご当地コンテンツもしっかり展開中です。
 最近には、コナミの音楽配信コンテンツ「ひなビタ」との連携を進め、「ひなビタ」の本拠地である架空の街「倉野川市」との姉妹都市提携を本気で実現しています。行政側が積極的にノリノリでやっているため、ガルパンの大洗とはまた違った方向でいろいろな楽しい要素が生み出されています。
 「ひなビタ」の公式サイトはこちら。「何考えとんねん倉吉市、市長さんマジですか、いいぞもっとやれ」的な案内情報はこちら


 で、しっかりと御覧のような「ひなビタ」との連携イベント「桜まつり」も展開しております。ものすごく行きたいんですが、4月16、17日は仕事がありますので行けません・・・。
 このイベントで笑えるのが、倉野川市の住民票を発行するというサービス。ガルパンの大洗でも同じことをやってましたが、取り組み自体は倉吉市の方が早かったと聞いています。「きみわた」の住民票とか欲しかったんですけどね・・・。
 さらに凄いのがコスプレイベントで、コスプレイヤーが市内を回遊するそうです。もちろん撮影も可だそうです。また、「ひなビタ」キャラクターのパネルを巡る撮影ラリー、限定グッズ配布など、まるで大洗がやってるのと同じことを、行政当局の積極的サポートによって大々的に展開するようです。
 倉吉市「桜まつり」の公式案内情報はこちら


 さて、10時になったので、天神川沿いのパープルタウンに移動しました。実質的には総合商業施設内の専門店街という感じです。食品スーパーの「あじそう」と繋がっていて、大型スーパーチェーン店舗が存在しない倉吉市における中心的なショッピングセンターとしての機能を果たしています。
 倉吉パープルタウンの公式サイトはこちら


 映画館のシネマエポックは、パープルタウンの三階にあります。案内情報はこちら


 初日でしたが行列もなく、普通に入って普通にチケットを買って、二種類の特典もいただきました。一つは年賀状デザインの西住まほ、一つはバレンタインデザインの西住みほ、でした。西住姉妹が揃ったのがラッキーな感じでしたが、Tさんも同じ組み合わせでしたので、もしかしてこの二枚しか無いんちゃうか、などと笑ったりしました。


 シアタールームは2番で、席は150でしたが、上映時には三分の一程度が埋まっていたようです。


 視聴後は、上図のラーメン専門店「幸雅」に行きました。Tさんが「せっかくなんで、鳥取県グルメの牛骨ラーメンなるものを食べてみたい」とリクエストしてきたからです。それで、倉吉市ではナンバーワンの人気を誇るこちらのお店へ案内しました。パープルタウンのすぐ北に位置し、私も何度か入ったことがあります。
 「幸雅」の案内情報はこちら。参考までに、倉吉市のラーメンランキングも添えておきます。こちら

 その後、倉吉博物館などを見学し、早めに帰途につきました。倉吉はものすごく面白かった、また行きたいね、とTさんが何度も繰り返していましたが、私も同じ思いでした。
 いずれにせよ、ガルパン劇場版を映画館で観るのは、これが最後になるかな、という気がします。一か月後にはDVDが発売されますし、4DXは期待したほどではありませんでしたので・・・。
コメント (2)

懐かしの倉吉へ (下)   500体のねんどろいど

2015年04月27日 | 倉吉巡礼記

 今回は、倉吉博物館の「フィギュア博覧会」の見学レポートです。
 倉吉博物館は、外装を古い街並みの赤瓦と城壁のイメージにまとめ、打吹山公園の東側に位置して落ち着いた空間を有します。以前は歴史民俗資料館を含む施設でしたが、統合後は展示室を美術部門と歴史部門とに分け、主に美術部門での展示に力を入れてきた実績があります。
 それで、今回のフィギュアやねんどろいどというカテゴリーも、いわゆる造形品の一種と捉えて美術カテゴリーの展覧会を実現したのでしょう。


 フィギュア博覧会の会場は無料でした。桜ミクの案内POPが良いです。
 公立博物館の特別展示がタダで見られるというのは、滅多に無いことです。展示品の出品者側が出資する場合に限られるはずなので、今回の展覧会はグッドスマイルカンパニーさん側の希望で成立、倉吉博物館が会場を提供した、という形なのかもしれません。


 会場は二階にあり、階段を登ってエントランスに向かうと、大きな看板の下の奥の展示空間に「ぐま子」とグッスマ星人が居ました。東京本社からはるばるやってきたのですね。ぐまー、と挨拶しておきました。
 この「ぐま子」は中に人が入ってイベントなどでマスコットとして活躍しているものです。アニメイベントやホビーショーなどで、主にミクダヨーとペアで出ていたのを御存知の方も多いと思います。身長が私とそんなに変わらないのですが、写真では大きさがあまり伝わってきませんね・・・。


 「ぐま子」のねんどろいどは私も持っていますが、こちらの「ぐま子」と全く同じ姿です。体型もねんどろいどタイプなので、ねんどろいど商品化を前提としてデザインされたのかもしれません。
 しかし、2008年に4月バカのイベント「ぐっすまうどん」に絡めて「ぐま子」が初登場した時は、またグッドスマイルカンパニーさんが遊びと冗談で楽しませてくれるな、という程度に見ていましたが、まさか正式キャラクターにおさまるとは予想もしませんでした。何がどうなるか分からないものです。


 入口のパネルも「ぐま子」メインです。これ欲しいなあ、ポスターとか売ってないかな、と思いましたが、販売コーナーにもポスター類はありませんでした。ぐまー。


 会場に入るやいなや、視界に入ってきた長大な展示ケースです。ずらりと並ぶ500体のねんどいどです。おーこれが500体か、500体って思ったよりも凄い数だ、展示して並べると壮観だなあ、と感動しました。


 初期の商品はほとんどが初めて見ましたね・・・。こんなのがあったのか、と眺めてしまう商品が多いのでした。順に見ていくと、だんだん知っている商品が出てまいりました。こなた、涼宮ハルヒ、びんちょうタン、コトナエレガンなど。


 初音ミク、鶴屋さん、鏡音リン、朝倉涼子、桂木弥子・・・、おおっ、ペンギンこと南極さくらがありますね・・・。知らなかった、ねんどろいど化されていたのか・・・。


 ああ、ざんげちゃんが居ますな・・・。ナギ、つかさ、ゆい・・・。ゆいって「こはるびより」のキャラだったかな・・・。・・・なんだこのクマみたいなのは・・・、レオナルド博士?知らんぞ・・・。・・・サイボーグみたいなウサギがおるな・・・、ウサコッツ?全然知らんぞ・・・。


 100番台前後から、知っているキャラクターが増えてきました。玩具店やフィギュア専門店などで現在も販売しているのを見かけることが多いですからね。「リリカルなのは」や「けいおん」などのキャラクターはみんな好きでしたが、商品を買うまでには至りませんでした。
 このなかで買ったことがあるのは96番の海上じえいたんです。ウェブコミック「魔法の海兵隊員ぴくせる☆まりたん」が結構好きだったので・・・。


 000番、001番のネコアルクです。ねんどろいどシリーズの最初のキャラクターはオリジナル品だったのだと、初めて知りました。000番があるというのも初耳でした。


 9番の涼宮ハルヒです。人気アニメキャラクターのねんどろいど商品化第一号だそうです。これが大ヒットしたことにより、現在に至るねんどろいどシリーズの基本方針が定まったということです。


 ねんどろいどシリーズにおいて最多のバリエーションを誇る初音ミクシリーズの第一号が、上図の33番の商品です。以後のミクは色々と変化があり、季節ごとのデザインバージョンもあるので、どれが本来の姿なのかよく分かりませんでしたが、これを見てやっと理解出来ました。私が持っているミクは、ファミリーマートのくじ商品だけなのですよ・・・。


 161番のストッキングです。以前はこれも持っていました。アニメ「Panty & Stocking」のキャラクターですが、けっこう気に入っていました。五年ほど前、模型サークルの知人にあげました。引き換えにコムクラフト社の「あきつ丸」をいただきましたが、今考えると、ちょっと惜しいですね。


 それから順に見てゆくと・・・。


 310番は、ガルパンの西住みほです。


 続けて見てゆくと・・・。


 412番は、ガルパンの秋山優花里です。


 さらに見てゆくと・・・。


 434番は、ガルパンの武部沙織です。現時点で商品化されているガルパンキャラクターは三人までです。あとは五十鈴華、冷泉麻子、ですが、商品化決定のアナウンスがあったのみで、いまだに具体化されていません。


 そして真ん中あたりを見てみますと・・・。


 200番のぐま子とグッスマ星人です。同じのを私も持っています。独特の可愛らしさがあって良いです。ぐまー、と言いつつ、うどんを食べたくなります。


 最新の商品が500番の桜ミクです。グッドスマイルカンパニーさんが倉吉市の西倉吉工業団地内に国内初の生産拠点となる「楽月工場」を設置し、最初の国産商品として送り出したものです。記念品的な存在であるせいか、造形表現のクォリティも高く、髪に表される桜の意匠などはほとんど蒔絵に近い出来栄えです。日本のフィギュア造形技術が世界一であることを改めて示してくれます。

 日本美術工芸史を専攻し、仏教美術を中心とした造形美術の歴史を研究した私から見ると、日本のフィギュアは既に立派な造形芸術の域に達しつつあると思います。かつては仏像や彫刻の立体化に進んだ技術を示して多くの名品を生んだ日本ですが、現在の創作系立体造形のジャンルにおいては、どう考えてもアニメフィギュア関連の作品が質量ともに他を引き離していると思います。間違いなく、世界に誇るべきコンテンツであって、近い将来には日本美術史の一ページに加わると思います。冗談でなく、本気でそう考えています。


 とにかく、500体の展示は、博物館の特別展示の展示数としては桁外れです。普通の特別展示の出品数平均が多くて200点前後であることを考えますと、ねんどろいどだけで500体、他のフィギュアも合わせると600体を超えるというのは凄いと思います。
 展示が展示だけに、見学客も若い人が圧倒的に多かったです。女性が多く、ねんどろいどが女の子にも人気があることが改めてうかがえました。男性も10代や20代が大半でした。博物館に若者が集まってくるという事自体が珍しいので、こういう展覧会は今後も当たるだろう、と感じました。


 ねんどろいど以外のフィギュア商品も、100点ほどが出品されていました。上図はマックスファクトリーさんの「魔法少女まどか☆マギカ」のキャラクター群です。


 パネル展示で興味深かったのは、上図の「楽月工場」の解説コーナーでした。工場の精密な模型も展示され、商品の生産ラインの様子が分かるようになっていたのも面白かったです。地元住民にアピールし周知を図る、といった目的も付与されているのでしょう。
 グッドスマイルカンパニーさんは、世界的に有名な日本のフィギュアメーカーですので、その工場誘致に成功したことは、倉吉市にとっても非常に有意義な出来事だった筈です。市を挙げて歓迎したほか、県も全面的に後押ししたと聞いています。


 面白かったのは、上図のねんどろいどの着色作業手順を、桜ミクの実際のパーツごとに示してある展示パネルでした。ねんどろいどって、こんなに細かくパーツ割りされているのか、と驚きました。一つ一つ手作業で行われる部分も少なくないそうです。造形のクオリティの高さは、造形職人たちの高い技術のなせるわざなのですね。


 500番の桜ミクのパッケージサンプルです。何人かの女性見学客が「これ売ってないんですか?」と係員に問い合わせているのが聞こえました。会場内の販売ブースでも完売だったようで、既に入手が困難になってしまっているようです。
 ねんどろいどの初音ミクはいずれのバージョンでもすぐに売り切れるほどに人気があるそうなのですが、500番の桜ミクは国内生産第一号ということもあり、蒔絵のような仕上げの美しさなどもあって、発売前から話題沸騰、予約殺到だったということです。

 それよりも驚いたのは、付け替えパーツの中に団子が入っていて、どう見ても倉吉特産の「打吹団子」なのでした。倉吉の「楽月工場」の生産第一号ですから、地元倉吉のアピールもきっちりやってくれるわけですね。やるじゃないか、グッドスマイルカンパニーさん。


 会場出口にも「ぐま子」のパネルがありました。これマジで欲しいんですけど・・・。ぐまー。


 会場内の販売ブースで購入してきた、倉吉土産の「打吹公園だんご」です。昔からある特産物の一つで、私が見てきた限りでは、日本で一番小さな団子じゃないかと思います。鳥取に居た頃にも何度か倉吉で買いましたが、今回は博覧会記念の特別包装になっていて、桜ミクが打吹団子を手にする姿がデザインされています。商品パッケージの付け替えパーツの中に入っている打吹団子と皿をセットした姿ですね・・・。

 で、打吹公園の桜を背景にして撮ってみました。いい絵になりました。
コメント (2)

懐かしの倉吉へ (上)   思い出は新たな夢に

2015年04月26日 | 倉吉巡礼記

 2015年4月22日、長く続いた雨や曇りの日々が嘘のような、澄み渡った青空が広がりました。中国自動車道美作インターを降りて国道179号線に進み、人形峠を越えて鳥取県三朝町に入り、まずは三朝温泉街を抜けて三仏寺に登りました。境内の山桜は、芽吹く若葉の中にまだ無数の花びらをとどめていました。

 20年振りの参拝でしたが、寺の佇まいは全く変わっていませんでした。参道石段の手前に参詣受付があって入山料を徴収していたのが、唯一の変化でした。


 役行者の三枚の散華の一つが所縁と言い伝える三仏寺は、開闢を白鳳時代の慶雲三年(706)と伝える山陰屈指の古刹です。上図は寺務所の壁のポスターで、現在は宝物殿に安置される本尊の蔵王権現像の姿も出ています。最近の調査によって鎌倉初期の仏師のひとり康慶の作と判明しています。有名な運慶の父にあたります。

 他にも宝物殿には多くの仏像や什宝が展示されており、三徳山修験の長い歴史と実態を語りかけてくれます。それらの醸し出す神秘的な雰囲気に魅せられて、昔は何度も拝観に行きましたね・・・。


 今回は麓の境内地のみに進んだだけで、山上の断崖内におさまる国宝の投入堂は、谷川沿いの遥拝所付近から遠望するにとどめました。
 28歳の初夏に、一度だけあの投入堂の直下までの入峰修行登山にチャレンジしたことがあります。往復して二時間ぐらいでしたが、足の踏み場も限られるような急峻な岩峰や崖をたどり鎖につかまって必死に登った記憶があります。これが山岳修験の厳しさか、と愕然とする思いにかられたのを憶えています。
 三仏寺の公式サイトはこちら


 投入堂の模型です。細部まで忠実に再現してあります。驚くべきは、これが地元の女子高校生からの寄贈品であるという点です。卒業制作作品だと聞きましたが、すごいものです。
 前述の本尊蔵王権現像は、もとはこの投入堂に祀られていましたが、文化財保存の観点から防災設備の整った宝物殿に移されたわけです。


 三朝温泉街の中央を流れる三朝川です。源泉が開かれて以来、850年の歴史があると伝えられますが、それよりは世界屈指のラジウム温泉として有名です。国内でも稀なウラン鉱脈を埋蔵する人形峠の北麓に位置しますから、川の水にも高濃度のラドンが含まれています。
 私はこの温泉に何度か浸かりましたが、他の温泉と違って血の巡りが良くなって体がポカポカする効果がよく実感出来ました。


 三朝温泉の唯一の外湯「河原風呂」です。文字通り、三朝川の河原にあり、三朝橋のすぐ下なので、通行人や周囲の旅館街からはほとんど丸見え状態です。二方に簾の仕切りがありますが、そんなものは目隠しの役にも立っていません。それでも時々若い女性が堂々と入浴しているのを見かけました。

 私自身は、日中に行くのはとても恥ずかしくて、仕事帰りの夜中にこっそり入りに行ったものですが、そういう時に限って小さな露天風呂が混浴芋洗い状態だったので、余計に恥ずかしかったです。今は懐かしい思い出の一つになっていますが、その「河原風呂」が昔のままなので、感動してしまいました。
 私が鳥取に住んでいた時期に、両親も一度ここ三朝温泉に遊びに来ましたが、その時は温泉街の「斉木別館」という旅館に案内して泊まってもらいました。


 三朝温泉の街は昭和の香りがいまなおただようノスタルジックな空間です。夜には歓楽街のざわめきが遅くまで続き、浴衣姿の湯治客が行き来しています。街並み自体も、あんまり変わっていないので、少し驚きました。


 三朝橋の南にある公衆浴場の一つ、「たまわりの湯」です。私が三朝温泉に通っていた頃は「菩薩の湯」という名前だったのですが・・・。隣の観光案内所で問い合わせたところ、七年前にリニューアルオープンして施設名も変えたとのことでした。
 試しに入ってみたら、以前は狭くて岩風呂であったのが、広い檜風呂になっていました。湯は同じですが、浸かった際の安堵感がまるで違いました。
 「たまわりの湯」の案内情報はこちら。三朝温泉の案内情報はこちら


 倉吉市街に移動し、最初に打吹山公園内の倉吉博物館へ行って、今回のメインである「フィギュア博覧会」を一時間ほど見学しました。その見学詳細は下編にてレポートさせていただきます。


 博物館見学の後は、北側に広がる打吹玉川の古い街並みの散策を楽しみました。私が鳥取に居た頃は、普通の古びた街並みでしたが、平成10年に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されてからは、景観の修復および保全の整備が進められたようで、保存区域内は見違えるように綺麗になっていました。時代劇のセットのような感じでした。
 でも、その周辺の街並みは、上図のような感じで昔のままでした。私はどちらかというと、こういう生活感ただよう街並みの景色の方がいいと思います。
 倉吉打吹玉川重要伝統的建造物群保存地区の案内情報はこちら。同地区の観光案内情報はこちら


 街並みの一角にある曹洞宗寺院の大岳院です。昔、ここの住職さんに、正法眼蔵の歴史に関する解釈方法を教わったことがありますが、今は代が替わったようで、住職の名前は別人になっていました。もう20年も前のことなので、無理もありません。


 大岳院の境内には、安房里見氏の最後の当主だった里見忠義とその八人の家来たちの墓所があります。江戸期に書かれた「南総里見八犬伝」はフィクションですが、そのモデルとなったのが、里見忠義とその八人の家来たちです。

 史実によれば、慶長十九年(1614)に里見忠義は、妻の実家である小田原城主大久保義隣の謀反に連座したとの疑いを受けて領国の安房を没収され、伯耆倉吉3万石に転封されました。実質的には監視付きの蟄居に近い処遇であり、不遇のうちに忠義は元和八年(1622)に堀村(現在の倉吉市関金町堀)にて、29歳の若さで亡くなりました。後継ぎは無く、八幡太郎源義家の分流新田義重以来の名門であった里見氏は、伯耆大山の麓にて断絶しました。
 その三ヶ月後に、8人の忠臣が後を追って殉死し、彼らの戒名に「賢」の文字が共通して刻まれたため、倉吉では彼らを「八賢士」と呼んで忠義ぶりを称え語り継いだのです。「南総里見八犬伝」の作者曲亭馬琴は、この「八賢士」をヒントにして物語の「八犬士」を創作したのでしょう。

 鳥取に住んでいた頃に大岳寺を初めて訪ねた折、当時の住職さんに里見氏の哀しい末路の物語をうかがい、里見忠義の遺言によって寺に寄進された遺品などを見せていただいたことがあります。それらのなかで有名なのは中国北宋期の作とされる「三彩稜花刻花文盤」ですが、私には、念持仏であったという小さな十一面観音像の方が印象に残りました。


 大岳院から玉川沿いの道に回って、重要伝統的建造物群保存地区に入りました。上図の場所からは打吹山が整った山容を見せ、赤茶色の瓦屋根が連なる歴史的景観に彩りをそえています。

 この打吹山は、中世戦国期を通じて伯耆国の守護所が置かれたことで知られ、山陰の覇者として知られた山名氏が伯耆国守護職を担って山頂に城郭を構えていました。現在はあまり大した遺構は残っていませんが、郭などの平坦面などがみられます。
 二度ほど登って、山頂の櫓を模した展望台にも上がったことがありますが、ハチがやたらに飛び交っていて、怖い思いをしたことを憶えています。


 観光ガイドなどで必ず紹介される、白壁土蔵群のエリアです。その脇を流れる玉川は、かつての打吹山城の外堀として整備され、江戸期に改修されて流路を変更し現在に至っています。

 私がよく遊びに行っていた頃は、川にも水草が繁り、水も少し濁っていたのですが、重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのちに環境浄化事業が行われ、川もすっかり綺麗になりました。白壁土蔵群も、昔は薄汚れてくすんだ感じだったのですが、文化財保存の修理を受けたようで、壁の白土も下見板も綺麗な色を取り戻していました。


 街並みの西側にある大蓮寺の境内には、新田義貞の弟として南朝を支えた脇屋義助の墓所があります。南朝より中国・四国方面の総大将に任命されて四国で活躍しましたが、伊予国にて病没しています。

 その脇屋義助の墓がなぜ倉吉にあるのか、その背景事情を少し調べたことがあります。伯耆国守護職の山名氏は新田氏一族であり、それ以前に倉吉は脇屋義助の直轄地の一つであったらしいことが分かりました。倉吉には面白い歴史があるんだなあ、と感心し、それがこの街に魅せられて何度も遊びに行った一因ともなりました。


 景観保全事業を完了した範囲の街並みです。外観は江戸末期から昭和前期までの伝統的建造物のそれに復されており、江戸期に商業都市として栄えた倉吉のたたずまいを伝えています。平成10年の選定時に、伝統的建造物は約100棟を数え、多くは赤茶色の石州瓦を屋根に並べ、いまでは一部の建物が店舗などを営んで「赤瓦○号館」の通称で親しまれています。


 重要伝統的建造物群保存地区の少し北には、かつての国鉄倉吉線打吹駅の跡地があります。現在は倉吉鉄道記念館の施設が置かれ、施設内には貨車移動用ディーゼル機関車、屋外には上図のC11型蒸気機関車の75号機が展示されています。

 この鉄道記念館にも二回ぐらい行きましたが、その頃は倉吉線の廃線跡にレールがまだ残っていたりしていて、それをたどる廃線跡探索ウォークにも一度参加した思い出があります。開館当初から管理職員を置かず、見学者は自由に入って自分で室内の電燈を点けるシステムでしたが、今回もそのままでした。


 快晴だったので日中はちょっと暑いぐらいに気温が上がりました。倉吉駅の物産品販売コーナーへ移動して知人に送る土産物などを購入しましたが、駅の建物がすっかり新しくなっているのにびっくりしたうえ、付属施設がNPO法人の運営になっているのに驚かされました。

 上図の「くらよし駅ヨコプラザ」では、漫画やアニメにも縁が深い鳥取県ならばでの、アニメキャラクターグッズ販売コーナーがあり、「ゲゲゲの鬼太郎」や「名探偵コナン」はもちろん、鳥取発のアニメ系コンテンツ「きみわた」などのグッズも扱っていました。倉吉博物館の博覧会のグッズも販売していました。近々、グッドスマイルカンパニーの商品も扱うかもしれない、という噂を聞きましたが、漫画王国を公言する鳥取県でのことですから、本当にやりかねませんね・・・。
 「くらよし駅ヨコプラザ」の案内情報はこちら


 ついでに買ってきた、「伯耆大山のおいしい牛乳モナカ」です。写真を撮り忘れましたが、モナカは牛乳瓶の形をしていて、中には蒜山高原牛乳をたっぷり使った濃厚なバニラアイスがつまっています。鳥取県の方なら誰でも親しんでいるという、大山乳業農業協同組合のアイスシリーズの定番です。

 大山乳業農業協同組合の製品といえば、全国的に流通してコンビニでも買える「白バラコーヒー」が有名です。私自身は「白バラコーヒー」も好きですが、もっと好きなのは「白バラバニラ」ですね・・・。それも買おうとしたのですが、人気商品だけあってどこでも売り切れでした。
 大山乳業農業協同組合のの公式サイトはこちら


 倉吉の街並み散策は正午過ぎに切り上げて、午後からは古代の遺跡巡りを楽しみました。上図は、最初に訪れた伯耆国分寺跡の塔跡の復元基壇です。礎石の幾つかは本物のままですが、七重塔もしくは五重塔のそれにしては規模が小さいので、三重塔であった可能性も否定出来ません。

 鳥取に居た頃の私は、山陰の古代史や古代仏教史に関心が高く、気高郡鹿野町(現在の鳥取市鹿野町)に本部があった歴史同好団体「因伯古代寺院研究会」なるものに参加して、二年余りの在住時期中は月一度の会合に欠かさず出席していました。奈良で古代仏教の歴史を勉強していた経歴を重宝がられて、鳥取県の古代寺院の見学勉強会の講師を務めたこともありました。

 その頃は、伯耆国分寺跡が、鳥取県内では整備され公園化されていた唯一の古代寺院遺跡でしたので、三回ほど見学会もやりました。西伯郡淀江町(現在の米子市淀江町)の上淀廃寺で壁画断片が発見されて話題になった後でしたから、一般の歴史ファンもかなり古代寺院ブームに熱中していました。鳥取県は他県に比べて割合に古代寺院遺跡が多い方なので、あちこち見学に出かけるのも楽しかったです。
 伯耆国分寺跡の案内情報はこちら


 伯耆国分寺跡の遺跡公園の西側の竹林内には、苔むした中世の五輪塔がずらりと並びます。もとは近隣に散らばって分布していたのを、昭和61年頃に遺跡調査や圃場整理などの関係で伯耆国分寺跡の遺跡公園の一画に集めたものです。

 総数は450基余り、中世期にも当地が伯耆国の中心エリアとして様々に機能してきた歴史を物語るものと言えますが、私が感動したのは、地元の社地区の住民が供養をかかさず、夏には「やしろ五輪まつり」と称する地域住民交流と慰霊行事を兼ねたイベントをやっているという点でした。
 五輪塔の無縁仏を手厚く供養し、地域の子供たちの守り本尊になって見守って下さるように祈る、というのですから、初めて聞いた時は胸が熱くなりました。それで一度だけ、その「やしろ五輪まつり」に「因伯古代寺院研究会」の仲間と参加して、地元の方々や子供たちと一緒に盆踊りを楽しんだのでした。


 伯耆国分寺跡の北に広大な範囲を占める「法華寺畑遺跡」の復元整備エリアです。当初は国分尼寺の跡ではないかとされていましたが、寺院の特徴の一つである基壇建物の遺構がまったく検出されなかったため、寺院ではなくて国府関連の政庁またはそれに準じた施設ではないかとする推定に落ち着いています。
 遺跡の発掘調査は昭和46年に実施されましたが、現在のような遺跡公園となったのは平成になってからなので、私が鳥取に居た時期には公園の復元柱もまだピカピカでした。

 それから20年、復元柱の色は褪せて灰色っぽくなり、上図手前の遺跡推定復元模型も白っぽく変色してしまいましたが、公園の行き届いた整備状況は、そのままでした。鳥取県の文化財行政がしっかりと機能していることが如実にうかがえますが、この遺跡公園が、日本の歴史公園100選に選ばれていることは余り知られていないと思います。


 古代の伯耆国には色々な伝説や伝承があり、それらをたどるのも楽しかったです。伯耆国の貧しい人々を天空にいざなった白い鷹の物語などは、今でもよく覚えています。その白い鷹は、国分寺の御本尊の化身とも噂され、満月の夜にのみ、伯耆国府の空に美しい翼を広げたということです。
 その白い鷹になりきってみました。全くバカなホシノです。背後に見える建物は、「法華寺畑遺跡」の西門を当時の建築様式で復元したもので、古代の四脚門としては最大級の規模を有しています。

 一般的に古代の政庁などの施設は、南を正面としますので、南の門を正門として建物も大きめに造ります。しかし「法華寺畑遺跡」においては東西南北の四つの門が同じ大きさです。これは他に類例が見られない珍しい事例であり、この遺跡の性格を分かりにくくしています。
 周辺に墓石が多く、発掘調査でもかなりの人骨が出土したことから、古代の葬送地もしくは処刑場だったのではないかとする意見も出されましたが、不浄や死穢を忌み嫌う国分寺のすぐ隣にそんな施設を配するのも不自然なので、これといった仮説はなかなか出てきていないようです。
 法華寺畑遺跡の案内情報はこちら


 国分寺跡遺跡公園と「法華寺畑遺跡」の間の農道を西に進んで少し戻った山林内に、国庁裏神社が鎮座しています。国庁跡の南側に位置して、国庁に背後をみせる形になっていることから付けられた社名でしょうか。由緒も歴史もよく分かっていませんが、社伝では伯耆国国造が大国主命を崇敬し、大国主命に協力した少毘古那命をもあわせて祀ったのが国庁裏神社の初めであるとしています。

 大国主命といえば、出雲大社の祭神として知られますので、同じ神を祀る国庁裏神社の社殿が、出雲大社本殿と同じ大社造りであるのも頷けます。伯耆国は、歴史的にも文化的にも隣の出雲国と関係が深いので、出雲神の信仰においても同じ環境にあったようです。
 国庁裏神社の案内情報はこちら


 国庁裏神社を囲む山林の外へ出ると、広々とした農地および更地が広がります。この一帯が伯耆国国府の国庁の所在地です。今でいうと県庁所在地にあたります。国指定史跡として主な範囲は国有地になっていますので、遺跡が開発などで破壊されることは全く有り得ません。景色も古代以来のそれがある程度は残されているのでしょうか。
 伯耆国府国庁跡の案内情報はこちら


 国庁跡遺跡の広大な敷地から西には、はるかに伯耆大山の連峰が残雪を頂いて望まれました。私が大好きな山の一つです。
 鳥取に居た二年余りの時期に、大山にもよく遊びに行きました。山に登ったのは一度だけですが、中腹に歴史を刻む大山寺や大神山神社奥宮などへは何度も参拝しています。
 今回、倉吉に20年ぶりに来たので、次の機会には大山にも行ってみたいものです。懐かしい景色の数々に、また会えるでしょうか。


 今回は日帰りだったのであまりゆっくりもしていられなかったのですが、遠路はるばると折角来たのですから、関金温泉にも立ち寄りました。この温泉にも何度か行きましたが、20年前と違って温泉街はどこか寂れた雰囲気がただよっていました。
 歩いてみて、旅館が4軒ほど廃業していることを知りました。表通りに日帰り温泉施設「湯命館」が出来て、観光客も日帰りでそちらへ行くようになったのが大きかったのでしょう。
 関金温泉の案内情報はこちら


 ですが、温泉街の一番奥にある共同温泉「関の湯」は健在でした。この温泉の源泉にあたり、かけ流しなので人気がありますが、湯船が一つしかなく、二、三人も入れば一杯になってしまう狭さです。駐車場もありませんから、近くの足湯の駐車スペースに停めていくしかありません。
 ここへも20年ぶりに入りました。幸運なことに私だけでしたので、貸し切り状態で湯に浸かることが出来ました。ここも世界有数のラドン温泉ですので、三朝温泉と同じ効能があります。


 入浴してさっぱりした後、向かいの地蔵院という寺に参拝しました。本尊の地蔵菩薩半跏像は、古くから関金温泉の守り本尊としてまつられてきたもので、地元では「関の地蔵さん」と呼ばれています。本堂以下の建物は江戸期の再建ですが、柱の修理銘文には寺が建久三年(1192)の創建である旨が記されているそうです。


 いまはコンクリート造のお堂に安置されている本尊の地蔵菩薩半跏像です。建久三年頃の造立とみても違和感のない作風を示し、現存する数少ない丈六の巨像遺品として国重要文化財に指定されています。

 関金温泉が開かれた時期については、奈良時代説、平安時代説、室町時代説など様々に言われていますが、源泉のある場所に鎌倉初期の地蔵菩薩像が祀られることから、鎌倉時代には既に知られていたことがうかがえます。
 日本における地蔵信仰は、地蔵の名に示されるように、鉱山や温泉などの「地の恵み」が得られる場所のみほとけとして祀られた面が大きいので、温泉地に地蔵菩薩が祀られているケースは全国的にみられます。ただ、丈六クラスの大きさの仏像というのは、ここだけなので、必見の文化財と言えましょう。

 仏前にて合掌して20年ぶりに来られたことに感謝し、帰りの道中安全をもお祈りして、長い帰路に着きました。全てか懐かしくて楽しかった倉吉での半日でしたが、やはり色々と変化がありますから、以前には無かった魅力も沢山加わっています。
 なので、昔のように頻繁に遊びに行く、というわけにはいきませんが、機会があれば、新たな夢やロマンを追いかけて訪ねてみよう、と思いました。 (下編に続く)
コメント (2)