シャボン玉の詩

前へ前へと進んできたつもりでしたが、
今では過去の思い出に浸る時間も大切にしなければ、
と思っています。

(11N)霧の彼方(2003 小品集より)

2018-05-06 14:27:56 | Weblog
何故彼なのですか。
ああ神様、もっと物事の真相を見てご判断下さいまし。
最早彼には生きる資格がないとでもいうのですか。
ああ神様、いえ、もうこのような恨み言は言いません。
ただ、ただひたすらにお願いします。
どうか。どうか彼の命をお守り下さい。
もしも息を吹き返すのでしたら私の命の半分を差し上げます。
だからどうか……

佳子は祈りながら彼の手を思わず強く握った。
と、彼がわずかに残った力で微かに握り返してきたように感じた。
あれっと思ってもう一度、今度は彼の手を包むようにして握ってみた。
反応があった。
―――生きたいる。間違いなく生きている。蘇ったのかしら。
佳子は必死になって彼の手を握り続け、そして擦る。
彼の目は未だ開く様子を見せないが、時々唇がかすかに動くような気配がある。
何かを言いたそうだ。
佳子は彼の耳元で優しく語り掛ける。
「あなた、意識を取り戻しているのですね。もう大丈夫ですよ。私がずっとここについています。
絶対に傍を離れませんからね。安心して下さい」
雅夫は何度も手を握り返している。
その度に佳子は話しかけたり手を握り返したりする。
言葉が通じているのかしらと佳子は思う。
「あなた、頑張っているのですね。嬉しい。良い先生に出会ったからもう安心ですよ。必ず良くなります。私も力を振り絞ってお手伝いします」

そんなやり取りの最中にあの時の先生が入って来た。
どうやら最早朝の回診の時間になったらしい。未だ8時前である。
一番に駆けつけてくれたようである。
「如何ですか、意識はありますか。何かお話されましたか」
「いえ、会話にはなりません。ですが、私の話は少しは理解できているように思います」
「そうですか、一応安定ですね。然し予断は出来ません。
何か変わったことが起こればすぐにコールして下さい」

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