日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

「被団協にノーベル平和賞」と聞いて思い出すこと

2024年10月25日 07時28分31秒 | 政治
 ノルウェーのノーベル賞委員会は、今年のノーベル平和賞に「日本原水爆被害者団体協議会」(被団協)に授与すると発表した。実は、「被団協にノーベル賞」というのは今が初めてということではなく、今から30年ほど前にも一度有ったのである。
 このニュースの第一報に触れたとき、この協議会の代表委員を丸20年もの長きにわたって務めた元山梨大学学長伊東壮さん(故人)のことを、筆者は改めて懐かしく思い出している。伊東さんは、広島市生まれ、旧制県立広島第一中学3年生の時に被爆、その経験から長じて、経済学者として原爆による「経済的被害の実相」を調査・研究するとともに、核廃絶運動に身を投じ、1988年には核実験禁止・核廃棄について第3回国連軍縮特別総会で演説し、「被爆者が生きている間に核兵器廃絶を」と訴えた。
 その後1995年にはオランダのハーグで開かれた国際司法裁判所法廷に参加、いずれの機会も、筆者らは氏の渡航費の支援活動をしたことを昨日のことのように思い出す。この原爆投下国を被告席に置くべきだとする1995年の訴えの反響は大きく世界にとどろいて、何処からともなく「ノーベル平和賞」の声が上がり、その発表が予定された秋の日の夕刻、筆者らは学長室の隣部屋でテレビに釘付けになったということがあったのを思い出す。
 今般のノーベル平和賞は伊東さんらの血のにじむような努力の総体が評価されたものと筆者は自分事のように喜んでいる。山梨県内には伊東さんの教え子も大勢いる、ノーベル平和賞受賞は山梨県地域にとっても因縁深く、共に讃えたいと思う。
 こういう感動のニュースの反面、国内で核廃絶どころか米国との「核共有」の主張までが語られている。核弾頭の生産を強化しているとされる中国、核弾頭とその運搬用ロケット開発に余念のない北朝鮮、ウクライナ戦線で核使用も辞さないと脅迫するロシアの恫喝等々、伊東さんが情熱を注いだ核廃絶運動には大きな影が覆ってもいる。ノーベル平和賞受賞を機に改めて氏の意志を推進する機会としたいものである。
(本文は過日10月21日、「山梨日々新聞」投書欄「私も言いたい」に掲載された本文に加筆したものである)

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