日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

旧大口病院看護師の中毒死事件に思う

2021年10月27日 07時26分49秒 | 政治
 「横浜市神奈川区の旧大口病院で2016年、入院患者の男女3人の点滴に消毒液を混入して中毒死させたとして、殺人罪などに問われた元看護師の裁判員裁判の論告求刑公判が22日、横浜地裁(家令和典裁判長)であり、検察側は死刑を求刑した」(2021/10/22カナロコ)。
 なんともやりきれない事件であった。本来、患者の健康の維持/回復のために全技術を提供すべき医療従事者が、その要求を拒否したばかりでなく殺害に及ぶというのであるから弁護の余地はなく、憎んで余りある行為という以外に無い。その被害者の数も分かっているだけで3人、何れもなんの非を持たない人々をあやめている点から、この国の死刑制度を一応認めるのなら「死刑」の求刑があり得ない判断ではない。
 しかし、なぜこの看護師がこういう行為に出たのであろうかという点に分け入って考えてみれば、どうしても彼女の問題以前に、この病院の経営者一族、そこに働く医師を頂点とする医療従事者全員、加えて利用者家族、この病院のサービスを正確に判断していたと言い切れるのか否か?、その中心よりも周辺に深刻な因果がまつわりついていなかったか否か、非常に気になる点である。
裁判で検察官の「悪いことと思ったのは何時だったか?」の尋問に、被告は「警察が捜査に入る前は、悪いことという認識はあっても、これが殺人で人をあやめるひどいことという認識までは持っていなかった。捜査が始まって初めてこれが殺人だと認識した」と答えている。筆者はこの被告の回答の中に、この医療機関の中にヒポクラテスの精神に照らして有ってはならない澱んだインモラルな空気を感じずにいられない。端的に言えば高齢者に対するリスペクト不在という道徳的堕落だ。
 人生の黄昏を、尊敬と感謝の念をもって遇されてよい病者。それゆえに彼の家族・親族、医師・看護師・その他院内外の全スタッフによる別れの時間を延期したいという共有された願いが有ったのであれば、よしんばモラルに外れた悪魔がここにひそんでいてさえ、彼はその禍を実行することを躊躇したのではなかったか?
 自分が終夜勤務の折りにちょうど生命の終わりを迎える患者と向き合える自信の無い未熟な被告が、自身のアリバイが他所にあると主張できるタイミングを選ぶことで、入院患者が死を迎えるように悪事を計画したのだという。もとより被告がこの環境の中で最も精神的に弱かったがゆえではあったろうが、患者の死を最も自己の問題として強く感じてもいたがゆえではなかったか?
上記記事によれば、同病院は未だに再建ができていないと報じられている。医療機関として病気を治すのは言うまでもないが、死者が納得して死ねる医療サービスの提供ができないのであればここは再建されるべきではない。
 死が根本的である命あるものの生き方、それを支える医療サービスの在り方、考えるべき問題のある裁判が一つの山を越えようとしている。被告だけを裁いて、<一件落着>で良しとしない判断をみたいものと筆者は思っている。
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