熨斗(のし)

のし(熨斗)について、趣味について、色々なことを綴っていきます

ひとりごと(ジオス最後の日)

2010-10-26 15:07:18 | ひとりごと

ひとりごとの中では、最初に、アボガドの報告をしなくてはなりません。
アボガド、とうとう芽が出て来ました。
種もぱっくりと割れ、根も随分長くなりましたよ。


いつも、もんたに見守られています。

     
これから葉っぱが出てくるかもしれません。



私は、長年、英会話のジオスに通っていました。
近くにあった事と、昼休みの12時から1時という時間帯に教室があった事で
週1回、1時間、それでも8年くらい通い、今は一応英会話らしきものができるようになった事と、
ジオスの外人の先生と友達になれた事は、ジオスのおかげでしたが、
みなさんも知っているように、ジオスが倒産してしまった事で、ジオス飯田校も閉校になり、
今日が最後の授業でした。
今は、ようやく、外人さん見ても焦らなくてもいいくらいになれたのに
とても残念でした。

話は変わりますが、先日、こんなポチ袋が欲しいという依頼を受けました
和紙で作った、簡単なポチ袋でー

お年寄りが人に車に乗せてもらったり、世話になった時、ちょっと
500円くらい、お礼に上げたいけど、
気の効いた簡単なポチ袋がなく、手元にあるものといえば、お年玉袋のような
幼稚な物しかないという事で、御年配の人用に作られた、少し色みのある物という事です。

このポチ袋、お札を4分の1に折って、ちょうどいい感じで入る大きさです。


試作品があったので、
今日、ちょうどジオスの最後の日、
栞の裏にメールアドレスを書いて、クラスメイトとマネージャー
、外人の先生に持って行きました。
自分で言うのも変ですが、
手紙には買った封筒でなくても、メモ程度の走り書きのお礼にはこの方がぴったり。

    
これは、男性外人講師ギャレスに。

 
ピンクは若いマネージャーに、”Thank you.I hope you are well ”と、アドレスを書いて。
けして、我社のコマーシャルのつもりではないのですが・・・
こうして、自分で工夫してメッセージを渡す事も楽しいなぁと思いました。

長年、それほど頑張りもせずに、それでも1週間に1日の昼休みを潰す事だけで、
今、こんな友達ができました。



継続は力なりってほんと。
kateはまるでモデルさんみたいなアメリカの女の子です。

 
綺麗なバラの花が咲きました。

イングリットバークマンという名前のバラです。





 


治部坂高原の紅葉

2010-10-24 23:35:28 | 飯田

10月23日土曜日、もうぼつぼつ山の方は、紅葉が見られるかも知れないと思い、
治部坂の方に、ドライブしました。
里はまだまだですが、標高が1500mくらいの所では、紅葉真っ最中でした。




  
いろんな色が混じって、とても綺麗でした。

 

  
治部坂高原から、蛇峠山という山に登る事ができます。
蛇峠山の途中、馬の背までは車で入れます。
 

この日は、両親と一緒だったので、馬の背駐車場から少し歩き、
展望台から、アルプスを眺めました。
少し曇っていましたが、仙丈岳や八ケ岳が見えました。



こちらは、浪合にある大川入山、綺麗に見えていました。




 

秋晴れののどかな日でした。


白山神社ー湯立て神事

2010-10-24 15:25:58 | 飯田

(2010年)10月24日、飯田市にある白山神社に於いて、湯立て神事、どぶろく祭りが行われました。

白山神社の奥宮は風越山山頂にあり、その里宮が、飯田市滝の沢にある、この白山神社です。

  

飯田市の旧市街地から少し離れた郊外、風越山の麓にあるので、周りは、リンゴ畑や桃などの
果樹園があり、とても静かな場所にあります。




湯立て神事には間に合いませんでしたが、まだ、煮えたぎったお湯だけ
残されていました。
その後、神社への奉納劇が行われました。

風越山、山頂近くには、日夏耿之介の詠んだ
「秋風や、狗賓の山に骨を埋む」と云う句の石碑が建てられています。
その句をモチーフにした劇で、
作者はこの人


風越山をこよなく愛し、年間100回近く風越山に登る
山下先生・・・・というのは、私の、高校の時の恩師、かつ
山岳部の顧問だった先生です。

何と言っても、本当に身の軽い先生で、
山の中を、猿のように(先生・・ごめん・・)、カモシカのように
駆け回る事ができます。

私達が、高校の山岳部だった頃、南アルプスの縦走をしました。
確か、赤石岳山頂だったか・・部員の一人が、前の山の山頂で
腕時計を外して、山頂に置いて来てしまった事を思い出しました。
全員、取りに行くのはむりだよ・・と諦めかけたのですが、
この先生、走って取りに行ってくれました。
本当に走って行って、走って帰って、それほど時間がたたない
うちに、追いついた記憶があります。
随分、昔の記憶ですから、定かではありませんが、
私は、まだ、山の稜線を、先生が走っている後姿が浮かびます。


風越山近くの村人は、平和に暮らしていたのですが、
  

突然山から鬼が下りて来て、村の平和を崩します。

    



村の長老が、鬼を戒めようとしても、鬼は荒れ狂ったように暴れ
村人は困り果ててしまいます。

 

そこに登場するのが、天狗。
昔から風越山には天狗が住むと言われています。
天狗は村人の為に、鬼を戒めます。


赤鬼、青鬼、黒鬼、みんなひれ伏して、もう村人を困らせないと約束し
  

村には再び平和が来ました。
と云う物語です。



こんな素敵な人達達が、直径2メートルもある太鼓を叩き、
演技していたのです。

普段静かな、この白山神社、今日は大勢の人で賑わい、
甘酒を振る舞ってくれました。








たかお少年の日記ー参

2010-10-23 00:02:18 | 撮影会


7月27日 雨・くもり

けさはやくおきて、ざこうじへ行った。
さくら町まで、お父さんが、おくって来てくれて、そこから一人で、
ざこうじへ行った。



ざこうじへ行くと、むかいに出ている、中川せんせいがこないので、
まっておると、じてんしゃにのってきた。
それで、いっしょにざこうじの、学校へ行った。
学校へ行くとおんがくくわいがあった。
1年や2年や3年のしゅうが、うたった。
そのうちで一ばんおもしろかったのは、一年生がうたっておって、
けんくわをはじめた。
もう一つは、三年のしゅうが、
ぽったん、ぽったん、やれつけそれつけ、とゆふ、うたを、
うたって、おしまいのところを、二ど、おんなしことをゆって
まちがへた。


そして、おんがくくわいがすんだので、しゃく八を、ならった。
おひるに、なったので、ごはんをたべて、又、やった。
でんしゃのじかんがきたので、ていしゃばへ来て、
でんしゃにのってかへった。

音楽会ではなく、学芸会のような催しものだと思うのですが、
古い写真の中に、こんな写真がありました。



たかお少年は、中川先生と一緒に、見学に来た家族の一番後ろで
背伸びをしながら、見ていたんだろうなぁ・・・と、
85年前を想像してみました。




7月29日

今日、にいさんがたつのへ、行った。
ぼくとおとうさんがさくら町まで、おくっていった。




かへりに、西うら通りを、通ってきた。
とちゅうに、のぎくが二つあった。
それをとって、やくばのとこで、家へかえった。

 

関連記事(たかお少年の日記ー壱)


撮影会 5(猿庫の泉)その4

2010-10-22 15:02:56 | 撮影会

小人達も、森のおじいさんも
空気のきれいなこの場所が大好きです。
モミジは紅葉までにもう少し。
  

でも、大きな木の高い所は、真っ赤に紅葉し始めています。
来週が楽しみです。



もんたは、こんなに大勢の友達に囲まれて嬉しくてたまりません。
もんたは、森の小人さん達や、おじいさんにも、家に遊びに来てくれるようお願いしてみましたが、
おじいさんや小人は、いつも森を守っていなくてはなりません。
森から離れるわけにはいかないのだそうです。

 

もんたはちょっぴり寂しくなりましたが、
でも、小人さん達とはこれでお別れです。

 

不思議の森の入口に小人達、勢ぞろいしてお別れです。

 
もんたは、又、きっと会いに来る事を約束しました。
  

さよーならー!!
森に響きます。


さてさて、かれはちゃんはどうしていたのでしょう。
まだ、きのこのそばで、ぼんやり。

 

「行くよ!!かれはちゃん。」

 

もんたは、かれはちゃんと、鳥たちを人力車に乗せて森をあとにしました。
これから、もんたは、このちょっと変わったかれはちゃんと旅をする事になります。

ここ、猿庫の泉は、お茶の先生方による、野点が行われています。
5月から10月までの日曜日です。



立派な茶室も作られていて、猿庫の泉保存会に申し込むと、使わせて頂けるのだそうです。

  

今日は特別中を見せて頂きました。

  


猿庫の泉へは、飯田から木曽に抜ける大平街道を少し山の方に入ります。
可愛い小学生が、遠足に来ていましたよ。

  





このかれはちゃん、私の母が、自分のセーターで作ってくれました。
それで、ちょと地味。
帽子はきっと袖口だと思います。