熨斗(のし)

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大鹿村を歩いてみたら・・・①

2018-05-21 22:20:28 | 風景

雨の日曜日、大鹿村を歩いてみました。

この日歩いたのは鹿塩地区。

名前から察しても「塩と鹿」は関係ありそうな里・・楽しみです。

塩の里から出発です。

鹿塩温泉の近くー桜や花桃の花が終わって、緑一色の塩川沿いの道を上ります。

 

歩いて数分「黒部の洞窟」がありました。

洞窟の横にある説明には(略)

「日本には岩塩はないと言われているが、明治初期、黒部銑次郎はこの伊那山中に塩水が出る事を聞き

この地での岩塩の掘削に生涯を捧げた。

結局、岩塩が見つかる事はなかったが、この事業は今も塩水を使った温泉や山塩作りに名残を留めている」

まぼろしの岩塩を求め続けた男の夢の跡・・の洞窟でした。

塩川の水は色が薄いブルーできれいですね・・と、村の人に話しかけると、

下の石の色が透けて見えるからこの色に見えるのだよ。と教えてくれました。

 

空気まで緑色ではないかと思えるほどの緑の中を歩くと、

「樽本の滝」の看板があり、細い遊歩道を下ってみました。

 

鹿の頭蓋骨?? 

その先に形のいい滝があり、マイナスイオンが気持ちがいい。

 

「今より800年前一の谷で敗れた平家一門の落ち武者が隠れ住んだが、塩不足に困っていた。

ある時、弘法大師が夢枕に現れ、傍らの岩の影を指さし掘るように示した場所から塩の泉が沸きだしたー

という伝説がある。いずれにしても海から遠いこの山中で海からの塩を求める事は難しく、

この塩水がこの地に住む人々にとって欠くべからざる物だった事は言うまでもない。」

 

と、言った趣旨の説明と、

ダム建設の折、塩水が湧き出したので利用できるようにした・・・。

と書いてあったけれど、今はこの塩釜から塩水は出てこなかった。

けれど、いかにこの地が塩と共に歴史を刻んできたかが良く分かる

・・・と思いながら歩いている足元に今度は何の頭蓋骨?

イノシシかな?  

普通の木の枝のように転がっているけど、動物と共存してるのもよくわかる。

上って、上って、沢井地区。

ずい分高い所まで来ました。

  

こんなに高い場所にも集落があり、少しの平を耕して畑を作り、

車のない時代にはこうして一歩一歩歩き続けて、時を繋いで来たのだと思うと、

人の力の大きさを感じる。

昔懐かしい半鐘。

そして見上げると学校の跡?

ここまで来たら雨が大降りになって、歩くのも困難になって来ました。

偶然通りかかった(ほとんど車は通らない)村の親切な人に車に乗せてもらって、

歩き始めた塩の里へ到着。

ほんとにありがとうございました。

村の人たちは優しいといつも思う。

 

 

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