探偵の口笛─海外ミステリのクラシック音楽─

海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを中心にミステリ論、ミステリ史などミステリの関連文献を毎日読んでいます。

ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 バレリーナ

2014-11-14 16:57:36 | その他

                 ○

探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

               ○

2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月14日(3104回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。

満腹になったきみの石棺が

肉と皮を残しておいたかのように

フォスティーナは前と変わらぬ姿で

立ち現われた

フロントガラスのワイパーは一本足のバレリーナが二人並んでいるみたいに、一糸乱れぬ軽やかなリズムを刻み始めた。ワン、ツー、スリー、パン!その踊りできれいに磨きあげられた半月形のガラスの向こうに、雨でぎらつく黒い路面と、そこに映るにじんだ街灯の光が見える。車内のギゼラは自分だけの小さな乾いた世界にいた。ワイパーの単調なリズムとエンジンの絶え間ない鼻歌が目と耳に催眠術をかけ、ギゼラを眠りへといざなう……

暗闇から、光に照らされた案内標識が浮かびあがった。“これよりブライトシー”広い幹線道路は村の中央通りに変わった。明かりがついているのはドラッグストアとガソリンスタンドだけだ。ギゼラは車をガソリンスタンドに入れた。

「クレイルさんの別荘?」ジーンズにジャージー姿の、自動車修理工というより農夫のようなひょろりと痩せた男が、好奇心を浮かべてギゼラを見た。「村のはずれから三マイルばかし行ったところだ。海に面した松林の向こうだよ。この道を一マイル進んで交差点を右に曲がりゃ、あとは一本道さ。通り沿いにあるのはその家だけだから、すぐわかるよ」

村の一番端の家が交差点に建っていた。右折して脇道に入ってすぐ、向こうから来た一台の車とすれちがった 。

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 音楽

2014-11-13 17:12:17 | その他

                 ○

探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

               ○

2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月13日(3103回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月12日(3102回)の続きです。

アメリカの田舎娘にすぎなかった彼女は教養のある愛人たちに教わってフランス語の読み書きと話し方を完璧に身につけ、音楽や美術や文学を学び……あなたのような若い世代のアメリカ人にはぴんと来ないでしょうが、そのような女性がいたのは十九世紀にはパリだけ、ペリクレス時代にはアテネだけですよ。ドゥミモンドの女は社交界の貴婦人とくらべてもまったく遜色なかったのですが、ひとつだけ、どうしても手に入れることのできないものがありました。正式な結婚と、それに付随する正妻の座です。それでも彼女の暮らしは、社交界の外で生きる堅気の女たちよりも裕福でした。ぜいたくで華やかな社交生活を送り、男たちの寵愛や敬意までをもほしいままにしていました。わたしの時代では悪徳さえも粋なものと見なされていたのです。あなたの時代では今後もまず起こりえないでしょう。さっき彼女をクルチザンヌと呼びましたが、二十世紀の人間であるあなたはそこからどんなものを連想します?脱色した髪、赤く塗った爪、下品で汚い言葉遣い、といったところでしょうか?しかしあの女性には知性も行儀作法もそなわっていました」

「フォスティーナ・クレイルの父親は?」ベイジルは口をはさんだ。

「海運業への投資で富を築いたニューヨークの人間です。一九一二年、彼は妻を公然と非難することなしに離婚するためパリへ行き、ブローニュの森で、わざと人目につくようフォスティーナの母親と馬車に乗りました。当時、彼女は大西洋のどちら側でも有名でしたから、幌なし馬車にたった一度、彼女と二人きりで乗っただけで、アメリカの法廷は大騒ぎでした。そして、それが不義密通の証拠と見なされました。目撃者がフランスから来て証言し、彼の妻は夫の望みどおり離婚訴訟で勝利をおさめたわけです。

彼は人前で馬車に同乗してもらう謝礼と、訴訟で名前を使わせてもらう償いとして、共同被告に千ドル支払ったというもっぱらの噂でした。彼女のほうも、自宅の玄関前で指先にキスさせることさえなく別れるという条件を出したはずです。ところが……」再びかすかに好色な笑みが浮かんだ。「フォスティーナ・クレイルはその二人の娘なのです」

「つまり、二人は玄関前で別れなかったと……」

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 賛美歌

2014-11-12 16:28:19 | その他

                 ○

探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

               ○

2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月12日(3102回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。

「ということは、クレイルさんの生い立ちには特別な事情が?」

集中力を高めようとしているのか、ワトキンズは目を細めて唇をすぼめ、しかめ面になった。

「かわいそうに、フォスティーナ・クレイルは私生児なんですよ。実を言うと、彼女の母親は─あの商売を、“世界最古の職業”と初めて呼んだのはキプリングでしたかな。今日では先史時代の風習がだいぶ明らかになり、売春がきわめて近代的な職業だとわかっていますがね。財産のないところに婚姻はなく、婚姻のないところに不道徳はないわけです」

「フォスティーナの母親は売春婦だったのですか?」ベイジルはまさかと思いながら訊いた。

「厳密にはニノン・ド・ランクロ嬢を先達とするフランスのクルチザンヌ、いうなれば高級娼婦です」ワトキンズの今の笑みはさっきよりも小さく控えめで、時の経過によって減菌されたスキャンダルを楽しんでいるかに見えた。「クレイルは彼女の本名です。商売上は─別の名前で通っていましたが」

「その名前は教えていただけないんでしょう?」

「そういうことです。彼女はボルティモアで、賛美歌の作曲家の娘として生まれました。髪の色は赤です。一八九〇年に家出して、最初はニューヨークへ行き、そのあとパリへ渡って、花街(ドゥミモンド)の売れっ子になりました。バルザックが風情を添えて事細かに描写したパリの花形娼婦たちに仲間入りしたわけです。

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 ラジオ

2014-11-11 16:13:06 | その他

                 ○

探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

               ○

2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月11日(3101回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月10日(3100回)の続きです。

ギゼラはチェイス夫人を見て、この人は何歳なんだろうと思った。髪の赤みがかった茶色は口紅と爪のトマト色と同様、見るからに人工的だ。派手な毛染め剤のせいで肌と目がくすんだ印象になってしまっている。上向きかげんの鼻とふっくらした顎はあどけなさを保っているが、首と髪の生え際にある細い筋から、整形手術で頬のたるみを取ったことは明らかだ。手袋をいじっている小さな節くれだった手には、四角いエメラルドの指輪がふたつ輝いている。手は顔より十歳老けて見え、声は手より十歳老けて聞こえる。

「今年はどんな劇ですの?」チェイス夫人が訊いた。

「『メディア』です」ギゼラはためらいがちに答えた。「嫉妬と殺人をテーマにした作品なんです」

「殺人!」指のエメラルドがぴたりと静止した。「女学校でそんな劇を?フロイライン、それはちょっとどうかと思いますけれど」チェイス夫人はドイツ人教師を全員フロイラインと呼び、フランス人教師のことは決まってマドモアゼルと呼ぶ。

「生徒たちはラジオで〈ギャングバスターズ〉(一話完結の犯罪ドラマ・シリーズ)を聴いているくらいですから、問題ないでしょう」ギゼラは言った。「『メディア』はギリシャのれっきとした古典悲劇詩ですし」

「うちのエリザベスはどんな役をやりますの?」

「仲良しのマーガレット・ヴァイニングと一緒にメディアの息子を演じます。メディアは不貞を働いた夫を懲らしめるため息子たちを殺してしまいますが」

「母親がわが子をあやめるなんて!しかもそんな理由で!生徒たちに教えるべきことではありませんわ!」

「女の子に教養はいらないとおっしゃるんですか?」

「まあ……」

ギゼラは最初、チェイス夫人が漏らしたこの当惑の声はエウリピデスの劇に対してだろうと思った。だがそうではないようだ。夫人はもうギリシャ劇どころではないらしく、驚きに目をみはって部屋の反対側を凝視している。

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 ダンス

2014-11-10 16:33:07 | その他

                 ○

探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

               ○

2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月10日(3100回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。

二人がアーチ形の入口をくぐって広い応接間へ入ったとき、ギゼラの姿はおそらく誰の目にも入らなかっただろう。アリスは入口でこれみよがしに立ち止まった。黒ずんだ青いタフタの服を着た未婚の中年女性のチェリスは、口へ持っていきかけたティーカップを危うく落としかけた。だぶだぶした干しぶどう色のベルベットを着たマドモアゼル・ド・ヴィトレは、ねたましげな意地の悪い顔つきになった。新任の美術教師で、中西部出身の若いドッド嬢は、仕立てのいいベージュのクレープ地のドレスという小粋な装いだったが、苦心したわりにはぱっとしなくて残念がっているような表情だ。銀髪のグリア夫人は淡い青を着て匂い菫(すみれ)の花を飾り、いつもどおり落ち着き払っていた。けれども、そろって白いボイル地を着せられている生徒たちは、興味津々の顔つきになった。これよ!自由に着飾れるようになったら、真っ先にこういうのを着よう!内心でそう思ったにちがいない。

ギゼラはアリスがブレアトンの上級生と一歳くらいしか年がちがわないことを思い出した。

ライトフット校長の態度はさすがに堂々としていた。入口に立っているけばけばしい恰好の教師にはまったく気づかないふりをして、まつげ一本動かさない。微笑を浮かべ、無関心な目で、隣にいる年配の男性と低い落ち着いた声で会話を続けている。

ギゼラはエリザベスの母親のチェイス夫人に話しかけられたおかげで、逃げ道が見つかった。

「今年はうちの娘がギリシャ劇で役をいただいたそうですわね。ギリシャ語を読むことも話すこともできないのに、あの子で務まるんでしょうか。うちへ書いてよこす手紙なんて、ニワトリの歩いた跡かと思うような字ですのよ。でもわたしの娘時代も、女は勉強などしなくていいと言われましたわ。フランス語とダンスを少しかじるくらいでしたの。わたしは十六で学校を卒業して、十七で社交界入り、十八になったらもう結婚でしたわ。一度目の結婚のことですけれど」

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。