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探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。
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2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。
2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。
2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。
2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。
2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。
2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。
2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。
2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。
2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。
2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。
2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。
2014年11月19日(3109回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月18日(3108回)の続きです。
ベイジルは青年の悩ましげな表情を目で探った。「きみがフォスティーナと瓜ふたつの姿で現れたのをきっかけに、集団ヒステリーと錯覚が繰り返されたのかもしれないね。メイドストーン校長の本棚にある心霊研究の文献がそれを助長させたとも考えられる」
「じゃあ、ブレアトンでのことはどう解釈すればいいんでしょう?」
「つまりきみは否定するんだね?フォスティーナに似ていることをメイドストーンで偶然知り、ブレアトンで計画的に彼女に化けたことを」
「もちろんですよ。そんなくだらないこと、やってみたってなんの得にもならないでしょう?去年メイドストーンでそのいたずらをやったとき、ぼくはまだハーバード大学の学生でした。でも今年は自活する社会人ですし、面倒をみてやらなきゃいけない妹もいます。そんなばかげた悪ふざけにうつつを抜かしてる暇はありませんよ。女学校で妹やその同級生たちを怖がらせたり、気の毒なフォスティーナから大事な職を奪ったりすることに、いったいなんの意味があるんです?そんないたずら、誰も笑ってくれませんよ」
「アリス・アッチンスンがいるだろう?」
「アリスは笑うどころじゃありませんでしたよ。騒ぎが大きくなったものだから、発端の女装の件が露見して、二人ともこっぴどい目に遭うんじゃないかと心底おびえていました。とりわけフォスティーナに感づかれるのを警戒していましたね。だからブレアトンでは、フォスティーナが精神を病んでいるせいで無意識にいんちきを働いたんだと本人に吹きこみ、怖がらせていたんです。
ブレアトンで懇親会が開かれた日、ぼくは一足先に応接間を出ましたが、あれはアリスから庭のあずまやで会ってほしいと言われていたからです。あずまやでぼくらは二人っきりで、あたりには誰もいませんでした。寒い日だったので、庭に出てくる者は一人もいなかったんです。応接間の窓からもだいぶ離れていたので、会話を聞かれる心配もありませんでした。アリスは逆上していました。ぼくとこっそり会いたがったのは、フォスティーナに扮するのをやめない理由を追及するためだったようです。まあ、早い話が、アリスはぼくがブレアトンのほかの女性に会いにきてると疑ってたんでしょう。フロイド・チェイスと結婚するつもりだと言って、ぼくにやきもちを焼かせようとしてました」
「きみはどう答えたんだい?」
「答えられっこないでしょう。彼女がむきになればなるほど、こっちはうんざりしましたよ。フォスティーナの生霊がブレアトンでも出没していること自体、そのときが初耳でしたしね。だから口論する気にもなれず、最後はアリスをあずまやに残してその場を立ち去ったんです。まっすぐ自分の車へ戻り、ニューヨークへ帰ってきました。そのときぼくの頭にどんなことが浮かんだか、わかります?ある偽霊媒師のことですよ。ブラウニングの『霊媒スラッジ氏』でしたっけ?詐欺師が客たちの前で夜な夜ないかさま降霊術を披露していたら、ある晩、本物の霊が現れてラップ音が聞こえるって話です。もちろん、それが本物だと知っているのは詐欺師だけです。ほかの参加者はそれまでのいんちきも全部本当だと信じていますからね。偽霊媒師は自分のいかさま行為を隠したければ黙っているしかない。悪事の証拠があちこちに転がっているので、霊を信じない第三者を呼んで証人になってもらうわけにもいかない。さぞかし狼狽したでしょうね。本物の霊が現れたのに、誰にも打ち明けられないとは。それに、内心ではおびえていたと思いますよ。金儲けのために図々しく面白半分にまねていたものが、現実に存在すると思い知らされたんですから。もしかすると、霊は偽霊媒師に腹を立てて現れたのかもしれませんしね。
ぼくの場合も似たようなもので、浮ついた学生の浅はかさから一度だけメイドストーンでやったいたずらが、大ごとになってしまいました。今さらぼくの話なんて誰も信じっこありません。」
引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。