探偵の口笛─海外ミステリのクラシック音楽─

海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを中心にミステリ論、ミステリ史などミステリの関連文献を毎日読んでいます。

ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 ラップ音

2014-11-19 16:27:00 | その他

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探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

               ○

2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月19日(3109回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月18日(3108回)の続きです。

ベイジルは青年の悩ましげな表情を目で探った。「きみがフォスティーナと瓜ふたつの姿で現れたのをきっかけに、集団ヒステリーと錯覚が繰り返されたのかもしれないね。メイドストーン校長の本棚にある心霊研究の文献がそれを助長させたとも考えられる」

「じゃあ、ブレアトンでのことはどう解釈すればいいんでしょう?」

「つまりきみは否定するんだね?フォスティーナに似ていることをメイドストーンで偶然知り、ブレアトンで計画的に彼女に化けたことを」

「もちろんですよ。そんなくだらないこと、やってみたってなんの得にもならないでしょう?去年メイドストーンでそのいたずらをやったとき、ぼくはまだハーバード大学の学生でした。でも今年は自活する社会人ですし、面倒をみてやらなきゃいけない妹もいます。そんなばかげた悪ふざけにうつつを抜かしてる暇はありませんよ。女学校で妹やその同級生たちを怖がらせたり、気の毒なフォスティーナから大事な職を奪ったりすることに、いったいなんの意味があるんです?そんないたずら、誰も笑ってくれませんよ」

「アリス・アッチンスンがいるだろう?」

「アリスは笑うどころじゃありませんでしたよ。騒ぎが大きくなったものだから、発端の女装の件が露見して、二人ともこっぴどい目に遭うんじゃないかと心底おびえていました。とりわけフォスティーナに感づかれるのを警戒していましたね。だからブレアトンでは、フォスティーナが精神を病んでいるせいで無意識にいんちきを働いたんだと本人に吹きこみ、怖がらせていたんです。

ブレアトンで懇親会が開かれた日、ぼくは一足先に応接間を出ましたが、あれはアリスから庭のあずまやで会ってほしいと言われていたからです。あずまやでぼくらは二人っきりで、あたりには誰もいませんでした。寒い日だったので、庭に出てくる者は一人もいなかったんです。応接間の窓からもだいぶ離れていたので、会話を聞かれる心配もありませんでした。アリスは逆上していました。ぼくとこっそり会いたがったのは、フォスティーナに扮するのをやめない理由を追及するためだったようです。まあ、早い話が、アリスはぼくがブレアトンのほかの女性に会いにきてると疑ってたんでしょう。フロイド・チェイスと結婚するつもりだと言って、ぼくにやきもちを焼かせようとしてました」

「きみはどう答えたんだい?」

「答えられっこないでしょう。彼女がむきになればなるほど、こっちはうんざりしましたよ。フォスティーナの生霊がブレアトンでも出没していること自体、そのときが初耳でしたしね。だから口論する気にもなれず、最後はアリスをあずまやに残してその場を立ち去ったんです。まっすぐ自分の車へ戻り、ニューヨークへ帰ってきました。そのときぼくの頭にどんなことが浮かんだか、わかります?ある偽霊媒師のことですよ。ブラウニングの『霊媒スラッジ氏』でしたっけ?詐欺師が客たちの前で夜な夜ないかさま降霊術を披露していたら、ある晩、本物の霊が現れてラップ音が聞こえるって話です。もちろん、それが本物だと知っているのは詐欺師だけです。ほかの参加者はそれまでのいんちきも全部本当だと信じていますからね。偽霊媒師は自分のいかさま行為を隠したければ黙っているしかない。悪事の証拠があちこちに転がっているので、霊を信じない第三者を呼んで証人になってもらうわけにもいかない。さぞかし狼狽したでしょうね。本物の霊が現れたのに、誰にも打ち明けられないとは。それに、内心ではおびえていたと思いますよ。金儲けのために図々しく面白半分にまねていたものが、現実に存在すると思い知らされたんですから。もしかすると、霊は偽霊媒師に腹を立てて現れたのかもしれませんしね。

ぼくの場合も似たようなもので、浮ついた学生の浅はかさから一度だけメイドストーンでやったいたずらが、大ごとになってしまいました。今さらぼくの話なんて誰も信じっこありません。」

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 ダンス・パーティー

2014-11-18 16:44:20 | その他

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探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

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2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月18日(3108回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月17日(3107回)の続きです。

「男性の訪問が許されるのは日曜日だけなんです。しかも監視つきですから、どうにかならないものかと思案しました。で、古代ローマ伝来の古いトリックを使うことにしたんです。ご存じかと思いますが、若きクロディウスは女装して男子禁制の宗教儀式に潜入し、そのせいでカエサルの妻は不義密通の疑いをかけられ、離縁されました。クロディウスと同じように、ぼくも若くて痩せ型で、ひげもありません。女物の帽子やコートを身につけ、ストッキングと靴を履き、安全な距離を保って薄暗い場所にいれば、男だとは気づかれないでしょう。メイドストーンの生徒はほとんど全員がキャメルのコートを着ていましたから、服装はそれで決まりです。顔は帽子のつばで隠れるでしょうが、念のため白粉をはたいて、付け毛って呼ぶのかな、地毛と同じ色のかつらみたいな髪を顔のまわりに垂らしました。そしてみんなが一階にいるときを見はからってフランス窓から中へ入り、裏階段を上がってバルコニーでアリスと会ったんです。実に愉快でしたよ。あの陰謀めいた興奮に刺激されなかったら、ただの軽薄ないちゃつきあいで終わっていたかもしれないな。

次の日曜日に普通の服装でアリスと会ったとき、彼女は大はしゃぎでした。ぼくは大勢いる女性たちの中にまぎれたのではなく、フォスティーナ・クレイルという若い女性教師とまちがわれたらしいんです。誰かが校舎の外の私道を歩いているときにバルコニーにいるぼくを見かけたのですが、その時刻にはフォスティーナは図書室にいたと言い張る者がいて、口論になったそうですよ。

フォスティーナという名前を耳にしたのは、そのときが初めてでした。でもローザ・ダイアモンドの本名がローズ・クレイルで、彼女にヴァイニング姓を名乗って然るべき娘が一人いることは知っていました。だから、ぼくがフォスティーナ・クレイルとそっくりな理由はすぐに察しがつき、アリスにそのことを話したんです」

「きみは偶然の成功に味をしめて、フォスティーナと似ていることを利用しようとたくらみ、メイドストーンに女装して忍びこんではアリスと会った。さらに六回繰り返したんだろう?」

「いよいよそこに来ましたか」ヴァイニングはまだ暖炉の火を見つめている。頬のうぶ毛が真っ赤な炎に反射して、光の花粉が舞い散っているようだ。「まさにそれが肝心かなめの点です。そして、ぼくがどうしても説明できない部分でもあるんです。でも、あなたはきっと信じないでしょうね」

「話したまえ」

「他愛ないいたずらがとんでもない事態を招いてしまったような、とにかくキツネにつままれた気分んですよ。女装してメイドストーンへ行った二週間後のことでした。ぼくはアリスとクリスマス休暇を一緒にニューヨークで過ごそうと、若者だけのダンスパーティーで落ち合ったんです。アリスはかんかんに怒っていました。あのとき彼女がまくしたてた言葉は今でもはっきりと覚えています。“あなた、またやったのね。用心しなきゃだめじゃないの!ああいうことは一度で充分よ。いつまでも続けてると、そのうち見つかって大変なことになるわ”

ぼくはびっくりして、いったいなんの話かと訊きました。

彼女の返事はこうでした。“先週、メイドストーンで女装したあなたを見た人がいるのよ。わたしの部屋へたどり着く前に怖じ気づいたの?わたしには会わないで帰っちゃったのね”

すぐに言い返しましたよ。“ばかばかしい、先週はメイドストーンには行かなかったし、あれは二度とやってないよ”

ところが困ったことに、アリスは信じようとしません。二人の生徒がまたフォスティーナを同じ時刻に別々の場所で見たらしく、言い合いになったそうです。それがあまりにもっともらしい話なので、アリスはぼくがメイドストーンの別の女の子にこっそり会いにいったと邪推したんでしょう。それで嫉妬に駆られたわけです。実を言うと、それがもとでぼくらは喧嘩別れしました。要するに絶交ですよ」ヴァイニングは薄青色の目をベイジルに向けた。表情を除けばフォスティーナとそっくりだ。「ウィリング博士、ぼくが女装してメイドストーンへ行ったのは一度きりなんです。誓って本当です。あんなこと、二度もやる勇気なんかありませんからね。でもそうなると、メイドストーンでいったいなにが起きたんでしょう?生徒たちが見たものはなんだったと思いますか?」

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 ピアノ 楽譜

2014-11-17 16:12:25 | その他

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2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月17日(3107回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。

「なぜ今夜ここへ?」

「家をちょっと見てまわろうと思ったんですよ。もうぼくのものなんですからね。昼間は仕事があって、なかなか来られませんので」

「フォスティーナと初めて会ったのは、いつだい?いつ、彼女の容姿が似ていると気づいたんだ?」

「ぼくが用心深い男なら、そういう質問には答えないでしょうね。でもあえて危険を冒しますよ。ぼくにわからないことをあなたなら説明してくれるかもしれませんから。それに、真相を知っている者はほかに誰もいませんしね。アリスはもう死んでしまってこの世にいな……」

ベイジルは途中でさえぎって言った。

「とっくに気づいていたよ、メイドストーン校とブレアトン校を結ぶのがアリスとフォスティーナだけでないことは。きみはふたつの学校をつなぐ三つ目の鎖だった。一年前、アリスがまだメイドストーンにいたとき、きみは彼女と婚約していたんだからね」

「そう、すべてはそこから始まったんですよ」ヴァイニングは前かがみになって両膝のあいだから手をだらんと下げ、暖炉の火に見入った。ベイジルの脳裏で、ずっと昔この部屋でローザ・ダイアモンドに寄り添っていた男の姿がようやく形をなし、実体を持った。ピアノを弾くローザの横で楽譜をめくっている男、暖炉のそばで紅茶を飲んでいる男。しなやかな細身の男の波打つ髪が、暖炉の火で金色に輝いている。彼の目はフォスティーナやマーガレットとそっくりで、スターサファイヤのような柔らかな輝きを放っている。けれども彼女たちとはちがって勢力がみなぎり、勇ましい。

「メイドストーンは規律が厳しくて」ヴァイニングが話し始めた。

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 歌

2014-11-16 17:15:03 | その他

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探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

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2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月16日(3106回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月15日(3105回)の続きです。

返事はなかった。ヘッドライトをつけようとスイッチをいじったが、なんの手応えもない。懐中電灯はどこだろうと、グローブ・ボックスの中を手探りした。あった。スイッチを押すとちゃんと明かりがついた。ギゼラは車から這い出して、懐中電灯の小さな光をおそるおそる路上に向けた。誰もいない。

「フォスティーナ!どこにいるの?」

今度も返事はなかった。声すらしない。聞こえるのは風の歌と、雨のうわごとと、波のさざめきだけだった。

でもたしかに見たのだ。ヘッドライトが消える直前の心臓も凍りつきそうな瞬間に、はっきりとフォスティーナの顔を。彼女の青いコートと茶色のフェルト帽も。さっきの恐ろしい衝撃で、脇へはね飛ばされたのだろうか?溝に落ちて、意識不明か、もしかしたら息絶えた状態で倒れているのだろうか?

懐中電灯を下に向け、車の周囲をゆっくりと照らした。窪地はだいぶぬかるんでいる。ついさっきタイヤがそこにうがった跡はすでに雨に洗い流され、ほかの車の轍(わだち)もひとつとして見あたらない。足跡もない。

道端の小高くなった場所にのぼり、懐中電灯を松葉にふさがれた地面へ向けた。雨に濡れて褐色に光っている。積もった落ち葉は密に固まって、氷のように硬く滑りやすそうだ。長いあいだ、かきまわされることなくじっとそこに折り重なっていたのだろう。

もうフォスティーナの名前は呼ばなかった。道の前後へ数フィート歩いてみたが、やはりなにもなかった。泥の上には足跡も血痕も残っていない。手袋やひん曲がった靴も落ちていない。

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。


ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」 パイプオルガン

2014-11-15 16:57:55 | その他

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探偵の口笛」は、海外ミステリに登場するクラシック音楽のセンテンスを毎日読んでいます。

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2013年10月12日(2720回)から、2014年1月2日(2802回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「死の舞踏(Dance of Death)」(1938)を読みました。

2014年1月3日(2803回)から、2014年7月19日(3000回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「家蠅とカナリア(Cue for Murder)」(1942)を読みました。

2014年7月20日(3001回)から、2014年8月10日(3022回)まで、ヘレン・マクロイの、ベイジル・ウィリングものの長篇「小鬼の市(The Goblin Market)」(1943)を読みました。

2014年8月11日(3023回)から、2014年8月27日(3039回)まで、ヘレン・マクロイの長篇「ひとりで歩く女(She Walks Alone)」(1948)を読みました。

2014年8月28日(3040回)から、2014年9月6日(3049回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「歌うダイアモンド(The Singing Diamonds)」(1949)を読みました。

2014年9月7日(3050回)から、2014年9月14日(3057回)まで、lヘレン・マクロイのエッセイ「削除─外科医それとも肉屋?(Cutting:Surgery or Butchery?)─」(「ミステリーの書き方(The Mystery Writer's Hand Book)─ローレンス・ストリート編 アメリカ探偵作家クラブ著─第23章)(1976)を読みました。

2014年9月15日(3058回)から、2014年9月23日(3066回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「殺人即興曲(Murder Ad Lib)─」(1964)を読みました。

2014年9月24日(3067回)から、2014年10月1日(3074回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「死者と機転(The Quick and the Dead)─」(1964)を読みました。「殺人即興曲(Murder Ad Lib)」の別訳です。

2014年10月2日(3075回)から、2014年10月4日(3077回)は、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの短篇「鏡もて見るごとく(Through a Glass,Darkly)」(1948)を読みました。

2014年10月5日(3077回)から、2014年11月4日(3094回)まで、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」(1950)を、早川文庫版で、読みました。短篇「鏡もて見るごとく」の長篇版です。

2014年11月5日(3095回)から、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長篇「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読んでいます。

2014年11月15日(3105回)も、ヘレン・マクロイのベイジル・ウィリングものの長編「暗い鏡の中に(Through a Glass,Darkly)」を、創元推理文庫版で、読みたいと思います。2014年11月14日(3104回)の続きです。

ヘッドライトが雨に濡れたフロントガラスと“タクシー”の表示を一瞬照らしだす。そのあと車は村の方向へ走り去り、テールランプと街路灯がどんどん後ろへ遠ざかっていった。ギゼラは自分の車のヘッドライトだけを頼りに、でこぼこの曲りくねった細道を走り続けた。両側には小さな林が壁のように続いている。下草に降り積もった松葉が地面をびっしりと覆いつくし、そのあいだからすっくと伸びているパイプオルガンに似たひょろ長い木が、吹き抜ける風を受けて歌っている。早くも低い波のつぶやきが聞こえてきた。ライオンが満足げに喉を鳴らしているような音だ。ニューヨークから千マイルくらい離れた気がする。

カーブにさしかかったところで、突然前方に窪地が現れ、道は底へ向かって下り坂になった。そのとき、ヘッドライトが女の姿を浮かびあがらせた。道の左側をまばゆい光に向かってふらふらと歩いてくる。黒っぽい帽子をかぶり、明るい色のコートを着た、長身のほっそりした女だ。距離が狭まるにつれ、長く黒い影がぞっとするほど急激に縮まっていく。

ギゼラはブレーキをいっぱいに踏みこんだ。タイヤが滑って空回りした。めまぐるしい悪夢さながらに、車体が揺れて制御を失った。急いでブレーキをゆるめ、生き物のように暴れるハンドルを死に物狂いで押さえつけた。車は完全な半円を描いて横滑りした。ヘッドライトの光線が松林の壁を横ざまにひっかいたあと、死人のごとく青白い女の顔をかすめた。驚愕の表情を浮かべ、防御のために上げた片腕に半ば隠れている。それは稲光に照らされた物体と同じく、ほんの一瞬だが決してぬぐい去ることのできない残像となってギゼラの脳裏に刻まれた。あっと叫ぶ口、こちらをまっすぐ見つめる大きく見開かれた目。そのあと車は激しい振動とともに停まり、ヘッドライトが消えた。

ギゼラは震えながら呆然としたが、すぐに我に返って叫んだ。「フォスティーナ!怪我は?」

引用部分は、ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」(1950)駒月雅子訳 創元推理文庫 2011年6月24日の発刊です。