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ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(13)

2018年06月10日 | ラテン・アメリカ文学

 ドン・へロニモのこのような〝美学〟は、そのままホセ・ドノソの〝美学〟として読まれる必要がある。それを〝美学〟と名付けてよいならの話だが。しかし、醜悪を怪異と次元の違った概念のもとに置き、怪異を美と対立しながら拮抗する概念とみなすというような議論はどこかで聞いたことのあるものだ。
 ゴシック小説に影響を与えたとされるエドマンド・バークの『崇高と美の観念の起原』での議論がそれである。バークは彼の時代まで混同されていた崇高と美の観念を峻別し、崇高の観念を畏怖や恐怖と結びつけて捉えた。バークによれば〝醜の美学〟のようなものさえ成立可能である。バークは次のように言う。

「私はまた醜が崇高の観念と充分に両立しうると想像する。しかし醜それ自体は、それが強い恐怖を呼び起こす性質と結びつかぬ限り崇高な観念であると私は思わない。」

 この議論をドノソ風に言うならば、醜悪はそれ自体崇高とはまったく別のものであるが、それが恐怖と結びつくときに、それは怪異という形で崇高なものとなると。そして崇高と美とは、バークの議論の中では対立しつつ拮抗する観念なのである。バークの〝崇高〟という言葉はドノソでは〝怪異〟と言い換えられているが、言わんとするところは同一である。
 ところでドン・ヘロニモがこのような異端の美学を唱えているということには、どうしても違和感が残る。ホセ・ドノソはドン・ヘロニモに代表されるアスコイティア一族のブルジョア的精神に対して批判を繰り返しているのに(それはウンベルト・ペニャローサのドン・ヘロニモに対する敵愾心として表現されている)、なぜ『夜のみだらな鳥』の中でももっとも怪異かつ崇高な美学を体現している、リンコナーダの屋敷の設計をドン・ヘロニモに負わせなければならないのか。
 ましてや《ボーイ》の教育方針についての徹底した転倒ぶりも、ドン・ヘロニモの考えに則っているのである。それは次のようなものである。

「ところで、《ボーイ》の世話や教育にあたるあのエリート、一級の不具たちを相手に、ヘロニモがしなければならない微妙な仕事があった。それは、異常な畸形であることが他人の侮蔑や同情の対象となるべき劣等な状態ではないことを、彼らに納得させることだった。」

 そしてドン・ヘロニモは、次のようなほとんど高邁とも言うべき畸形の美学を打ち立てるのだが、それはドノソの批判にはまったく晒されてはいない。ヘロニモはそこで、ブルジョア的俗物として振る舞うのではなく、ドノソ自身の思想の中で思考している。

「正常な人間が反応できるのは、ただ、美から醜にまでわたる通常の階梯で、これは言ってみれば、同じひとつのものの微妙なニュアンスの差でしかない。ところが畸形はちがう、とドン・ヘロニモは、その信念で彼らを鼓舞するつもりか、熱をこめて主張した。畸形は、素朴なカテゴリーとしての美や醜の観念を排除する独自の権利と規範を持った、特権的な別の種である。怪異とは本質的に、上のふたつの性質が合一させられ、最大限にまで高められたものだからだ。」

 リンコナーダの屋敷の物語を、ドノソのブルジョア社会に対する風刺に満ちた批判だとする評者もいるが、私はそうは思わない。ここにはドノソの既存の美学に対する徹底した戦略的転倒があり、そのような転倒によってこそドノソはブルジョア社会に対峙する。
 でドン・ヘロニモの位置が気になるのである。これだけの転倒の美学を打ち立てながら、ヘロニモはどうしてリンコナーダの屋敷を、ウンベルト・ペニャローサ(そこでは彼は《ムディート》と呼ばれない)に任せて近づこうとせず、年に一回の報告を受けるだけにすませてしまうのだろうか。

 

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