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ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(7)

2018年06月01日 | ラテン・アメリカ文学

 その物語とは以下のようなものである。
 大地主アスコイティア家の先祖には九人の息子と末の娘がいた。猛暑、旱魃、不作などの災厄が続いた年に、娘の乳母に似た黄色い牝犬に先導された娘の顔にそっくりな「恐ろしい首が長い髪をなびかせながら空を飛ぶ」という噂が流れた。
 百姓たちは災厄の原因は娘とその乳母による魔法にあると考え、二人を魔女だとみなしていた。父とその息子たちはそんな噂を信じようとはしなかったが、ある作男の「例の黄色い犬と化け物が、その辺をうろついていますぜ!」という言葉に反応して、黄色い犬を追った。犬を見失った彼らが農園に帰ると、黄色い犬が屋敷に戻ろうとしているのを発見する。
 彼らは娘の部屋で魂の抜けた魔女と化した乳母を見つけ、窓の外で吠え立てている犬を捕まえ、半死半生の魔女の体を丸太に縛り付けてマウレ河に流し海へと放擲することに成功する。
 乳母が発見されるところで、先に紹介した父親が娘をポンチョで隠す場面がある。また例の「インブンチェ」への恐怖も魔女の体を川に流す場面に出てくる。
 後日譚として娘が修道院に幽閉されたこと、またその後アスコイティア家には女子しか生まれず、男の血統は次第に弱まり、ドン・ヘロニモとその弟ドン・クレメンテだけとなっていることが語られる。死期が迫ったクレメンテはエンカルナシオン修道院(娘イネスが幽閉され、後にアスコイティア家の所有となる修道院)に入れられ狂死するから、残るはドン・ヘロニモ唯一人である。
 この物語は簡単に言えば、魔女に呪いをかけられたアスコイティア家の血統をめぐる物語であり、娘イネスの記憶を充満させたエンカルナシオン修道院の物語に引き継がれていく物語である。
 だから、イリス・マテルーナが産むであろう子も、イネス夫人が産む《ボーイ》も、呪われた血への相続恐怖のもとにある。二人の子どもは畸形として産まれることを宿命づけられているのである。
 最初の物語に出てくる「インブンチェ」の恐怖も、黄色い牝犬も、魔女としてのイネスの乳母も、修道院の物語の中で何度も何度も変奏されるテーマであり、修道院に暮らす老婆たちも皆魔女の相貌を帯びている。そこに《ムディート》も加わって、彼もまた七人目の魔女となる。魔女としての《ムディート》は次のように執拗に、イリス・マテルーナを追い回すだろう。

「おそらく、お前はほかの孤児の女の子に気づかれないようにベッドを抜け出して、たしかめたのにちがいない、おれが毎晩のように遅くまで、ときには一晩じゅう――わたしは眠らないのだ――修道院のなかを歩きまわっていることを。最初は姿を見せずに、おれの前に立っていただけだった。おれの領分である夜の闇の一部を占めている自分をこちらに感じ取らせ、犬が臭いをつけるように、見えないお前のあとを追えと、おれに要求するだけだった。」

 エンカルナシオン修道院は魔女たちの妄想に支配された閉鎖空間であり、イリス・マテルーナは魔女たちの妄想によって懐妊するのだと言ってもよい。だからその子は畸形として生まれなければならない。そしてこれから生まれるであろうイリスの子もまた、《ボーイ》と取り替え可能な存在なのである。まずは《ボーイ》が生まれる場面を見てみよう。第九章のクライマックスである。

「やっと許しが出てゆりかごのカーテンを細目に開け、待ち望んでいた子どもを見たとき、彼はいっそ、その場で殺してしまおうとさえ思った。瘤の上でブドウ蔓のようにねじれた、醜悪きわまりない胴体。深い溝が走っている顔。白い骨と赤い線の入り乱れた組織とがみだらにむき出しになった唇や、口蓋や鼻……それは混乱もしくは無秩序そのものであり、死がとった別の形、それも最悪の形だった。」

 これがアスコイティア一族の最初の物語の一つの帰結なのである。

 

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