玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

マイケル・タウシグ『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』(5)

2018年01月10日 | 読書ノート

第2章アメリカの構築(その1)

 この試論は「ヨーロッパがアメリカを侵略してから500周年となる」1992年、コロンビア人類学協会がボゴタ(コロンビアの首都)で開催した記念事業での、マイケル・タウシグによる講演録として掲載されている。
 序文というか講演の前置きのような部分があって、それが私たちの注意を大いに惹く。アメリカというのはもちろんアメリカ合衆国のことではなく、南北アメリカ大陸のことであるが、比重は南アメリカのほうに大きくかかっている。
 それは人類学というものが、ヨーロッパ人による南アメリカのインディオの社会を対象としたフィールドワークに多くを負ってきたからである。そのことはレヴィ=ストロースの著作によっても明らかなことである。
 タウシグはそのこと自体に疑問の眼を向ける。南アメリカにはインディオだけではなく、アフリカから連れられてこられた黒人たちも厳然と存在しているからである。黒人の存在は文化人類学にとってこれまで、インディオ社会の理路整然としたいわゆる〝構造〟を脅かす〝不快な〟対象であった。
 タウシグにとって「アメリカの構築」とは「新世界秩序や主人による物語」にすぎず、黒人社会に眼を向けることは「アメリカの脱構築」を意味することになる。つまりタウシグはコロンビア人類学協会が与えたテーマそのものを疑問視しているわけで、「アメリカの構築」という第2章の表題は「アメリカの脱構築」を含んだ意味でのそれということになる。
 なぜならタウシグのこの試論は、コロンビアのある黒人の語り部の語る叙事詩をモチーフとしているからである。その黒人は高齢で盲目のトマス・サパタという名の人物であることが紹介され、彼の語りを記録した身元不明の白人青年が残した日記、資料、写真、録音テープが、プラハの公文書館で発見されたということも紹介されている。
 我々はそれを真に受けて読み進めていき、トマス・サパタという黒人が語り部というよりは哲学者であって、プラトンやピタゴラスなどのギリシャの哲人の言葉に通暁している上に、その恐るべき記憶力によって、長大な叙事詩を延々と暗誦することができるということを知ることになる。
 タウシグの試論はこのトマス・サパタという男と、身元不明の白人青年=記録者との関係性を巡って展開していくが、それはとりもなおさず、人類学者とその対象となる人物との関係性そのものに敷衍される。
 タウシグは、ベンヤミン(この一書のなかで最も多く引用あるいは参照される思想家である)や、フロイト、ニーチェ、バタイユなどを援用しながら議論を進めていくのだが、最後に驚くべきことが書かれている。
 文書が発見されたというプラハ公文書館というのは架空の存在であったとタウシグは言うのである。タウシグがこの試論のなかに登場させる公文書館の館長も、記録者である白人青年も、あるいはトマス・サパタという黒人の存在も虚構だったのである。
 最後に著者注がついていて、そこには「この作品をわたしと一緒に上演してくれた文化人類学者のクララ・ジャノに多く感謝したい」と書かれている。つまり「アメリカの構築」という一編は、マイケル・タウシグによって講演されたのではなく、ひとつの作品として〝上演〟されたのである。
 この試論全体が、虚構の上に成り立っているということが、最後に明かされているわけだが、読者はそのことによってこの試論を放擲することができるであろうか。「ひとを馬鹿にするな」と言ってこの試論を投げ捨てることができるだろうか。
 少なくとも私にはそんなことはできない。「アメリカの構築」が虚構であっても、そこに展開されている議論は虚構ではないし、そこに書かれていることが真実を含んでいることは否定できないと考えるからである。むしろタウシグは、これまでの人類学のフィールドワークのあり方こそが虚構であったとさえ言いたげである。
 虚構が無価値であるなら、すべての小説は無価値である。しかし、虚構が何ものをも主張し得ないと考えることは愚かなことである。タウシグがここで人類学のルールに違反していることは確かだろうが、虚構によって真実を主張しているのであれば、私にとってはそれでかまわない。私は文化人類学にフィールドワーク的なデータを学ぼうとしているのではないし、私が学びたいのは文化人類学を通した〝ものの考え方〟なのであるから。
 再読しなければならない。虚構と知った上で再読しなければならない。
 

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