コカコーラを初めて飲んだのはいつですか?と聞かれました(2009.5.15)

2009-05-15 23:34:58 | Weblog

*いつの間にか、ビン入りのコーラはなくなった。ほんと、いつの間にかです。

 先日、私より(たぶん)ひとまわりほど若い知人の女性に、<コーラを初めて飲んだのはいつですか?>と聞かれました。
 これが、現代の若者への質問だったら、単純に子どもからおとなへの成長過程との関連の質問になるでしょうが、私ら高年者への質問だったら、ちょっと様相が違ってきます。

 私が、コカ・コーラを初めて飲んだのは、学生時代の夏休み、1963年(昭和38年)のことです。初めてコーラを飲んでいる私の状況をかなり鮮明に覚えています。喫茶店で、女友だちと差し向かいに座ってのコーラではありません。

 学資稼ぎにアルバイトが必要だった私は通年、学習塾で中学生を教えていましたが、夏休みは、<デパートのお中元の配達>のバイトをやりました。自転車に荷物を積んでの配達です。配達個数が賃金に直結するシステムです。ビール1ダース箱入りもあります。自転車には2箱しか積めません。

 炎天下を走り回るという<体力上のきつさ>があったわけではありませんが、走りながら、<常にわびしさ>を噛みしめていたように思います。
  昼食は、いつも<冷やしうどん>でした。やたらと、水が飲みたくなるバイトでした。食堂では、何杯もの水を飲みました。だから<冷やしうどん>でした。

 ある時、<コーラ>も頼んだのです。<青春している都会の若者のコカ・コーラ>を頼んでみたのです。
 <青春している都会の若者のコカ・コーラ>のイメージをどこから持ったのか、むろんテレビなく、ラジオも身の回りにはありません。

 <コカ・コーラ>のその時の<味>の印象をここに書くことはできません。値段も覚えていません。サイダーも贅沢、せいぜい<ラムネ>の時代でした。

*立石勝規著、2009年3月、講談社発行。

 コーラの質問をもらった翌日、春日部市立図書館に行くことがあって、新刊棚から持ち帰った本の中に、5,6冊の中に<なぜ三ツ矢サイダーは、生き残れたのか>というタイトルの本がありました。サブタイトル<夏目漱石、宮沢賢治が愛した「命の水」125年>から読んでみようかと思ったのです。

 その中に、<コーラの日本進出>の説明がありました。

*1955(昭和31);政府はコーラ飲料の国内販売先を外国人が多く利用するホテル、ゴルフ場、外国公館での販売に限るとして輸入を認可。
*1961(昭和36):コーラ飲料の完全自由化。
*1962(昭和37):東京コカ・コーラが販売を開始。

 そして、<コカ・コーラの完全自由化は、戦後日本が新しい時代に入ったことを象徴する出来事の一つだ>と書いています。

 その次の年、<私も>コカ・コーラを飲んだのです。私が、喫茶店で、コーラを飲むようになったのは、1964(昭和39)年に社会人になってからの、1966~67頃からでしょう。