時計の針の 巻き戻し

ふだんの生活の中で、ふとやり残した感じがすること有りませんか?時計の針は、自分で巻き戻すものです。

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他人の不幸を願う学会活動家

2009-01-29 12:53:25 | 思想と宗教
多くの学会員活動家には、“他人の不幸を強く望む”という性癖が出来上がっている。こういうと、反論したい学会員の方もいるだろうが、創価学会の教えは必然的にそのような気持ちを容易に抱く人間を作る要素があるということである。

それは“罰論”の教えにある。創価学会の教えによれば、学会を批判したり、退転したり、また学会員であっても学会の教えに背いて活動をさぼっていたりする人には、罰が下るということである。

そうであるから上述のような人には遅かれ早かれ罰が下るはずだと言って、“その時期を待っている”活動家は相当に多い。いわば人の不幸を願い、その願いが実現する時をひそかに待っているのである。

こういう習慣はどう考えるべきだろうか。他人に対する不信、懐疑へと発展することはないのであろうか。

私が知る限り、それは相当にある。

具体的には、ある座談会の席上、ある白ゆり長(B担)が、地区婦人部長になるという話が以前あったが、その白ゆり長が、“忙しくてとてもできない”、と言って一生懸命断っていた。相手はその地区を担当する婦人部本部長だった。

ところがそうしているうちに、その白ゆり長の夫から彼女の携帯に電話が入り、“交通事故をしてしまった”、とのことであった。

実際に後で内容を聞くと、本人はぶつけられた方であり、自分にも相手側にも怪我はなく、警察が入ったのち保険会社に連絡して処理は比較的簡単に終わったのだが。

しかし婦人部長は、そら来た!といわんばかりに喜んだ。“見なさい。あなたがせっかく役職をいただくのにごねたりするからいけないのよ。ご本尊様はすべてお見通しよ。てきめんに罰が当たったのよ”と。

それで泣く泣くその白ゆり長は、地区婦人部長を引き受けることになった。

おそらくかなり上の方の幹部は、本音ではこういうことを信じてない様な気がする。中間くらいのバリ幹部の人は、本気で他人の不幸を願って喜ぶ傾向が強い感じがする。

いずれにしても他人の不幸を望むようになることを教える宗教というのは、おそらく創価学会以外にもあるだろうが、私は正直、すごく人の心を卑しくするものだと思う。
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学会活動へと追いやるアンチのいじめ

2009-01-18 07:49:38 | 思想と宗教
学会員の中には,学会活動に強い不信感を抱いて,活動をやめようとしたり,脱会したりしようとする人がいる。これは創価学会の現状を考えれば,当然のことだと思う。

ところが,せっかく「学会活動をやめよう」としているのに,むしろ悩める学会員を,学会の方に逆戻しする人たちがいる。いわゆるアンチと称される人々,あるいはたとえ子供であってもそういう立場に立つ人の中には,学会員を事実上いじめて,せっかく活動をやめようとしているのに結果的に学会側に追いやっていて喜んでいる人たちがいる。

私も中学生時代,一時期活動したがその動機は,学会員だからと言って馬鹿にされたことにある。私の場合は学会内部でも自分の気持ちをなかなか理解してもらえず,両方から嫌な,マイナスの刺激を与えられていた。

双方ともにマイナスなら,その程度が弱い方に動く。「比較的,いじめがひどくない方」に動くのは,人間ならまったく自然な気持ちである。

だから私は学会活動した。学会に対しては疑念を持ち,クラスメートに対しては憎しみを持ちながら。

大人の社会にも,もしかしたらあるのではないか?昔,大学院生時代,非常勤で勤めたある職場で,学会員である(=統監に名前が残っている)ことがなぜか周囲の人たちに知れていたことがあった。壮年部の地区部長が同じ職場にいたから,彼がいろいろな人に言ったのだと思う。

私の方に向って学会員であることを揶揄する言葉が連日のように聞き取れた。しかし地区部長に対してはそんなことはなかった。

いじめは必ずしも嫌な相手すべてにするのではなく,そのうち弱い相手を選んで行うのが人間社会の常である。地区部長は堂々としている。だから地区部長のことはいじめなかったんだろうと思う。その時年齢もずっと上だったが。

さすがに私はこの時,相手に「どうしてお前たちは俺に対してだけ言うんだ!どうしてだ!」と強く迫った。相手は黙ってしまったが,私は許さなかった。彼らを追いかけて行った。すると「しつこいんだよおまえは。だからみんなに嫌われるんだよ」と言ったから「みんなと言ったな!本当にみんなだな!責任持て!」と迫っていった。

幸いなことに私に対するいじめは,その職場では次の日から止んだ。

しかし,もしもっと気弱な人であったなら,たまらずにその職場を辞めるか,ひどくなると引きこもりや鬱になったり,自殺までする可能性もある。

いじめは学会員であろうとなかろうと,決して許されるべきではない。
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失敗した折伏

2009-01-13 10:15:00 | 思想と宗教
学会のある座談会に,未入信の中年(壮年)男性が来た。例によって,集団で囲むようにしてその彼を“折伏”し始めた。ところがなかなかうまくいかないので,学会員はその場にいた総県幹部を連れてきた。

総県幹部は,その壮年男性に向かっていろいろ悩みを打ち明けるようにうまく導いた。

若いころから他人に騙され,事業が何回か失敗していると言う。親も兄弟も全く知らんぷりで,騙した相手は悠々としている,とのこと。本人は自分の無能ぶりを恥じ,何とかして騙されないようになりたいし,また親兄弟にも少しは助けてほしいと感じているとのことであった。

幹部は「大変な目にあったね。本当に苦労したね。でも騙した人や親兄弟を恨んではいけないよ。あなたがそのような親の元に生まれ育ったのも,またあなたを騙す人が出現するのも,みな過去世にあなたが犯した罪業のせいだよ。そのためあなたは今世でつらい目に遭っているんだよ。

さぁ,創価学会に入って一日も早く,宿命転換をすれば,必ず仕事も人間関係もうまくいくようになるよ」。

その壮年はびっくりした。人に騙されるとか親兄弟との関係がうまくいかないのは原因があるはずなのに,すべては過去世の宿業だという。

その壮年はう~ん?といって首をかしげ,「そんなことがあるんだろうか?」とつぶやいた。

マインドコントロールが不十分な人に対して,創価流の論理・解釈を示したので,その壮年はすごく懐疑的になり,とうとう入会しなかった。

私の考えでは,人に騙されるのはもちろん騙した人間が悪いのであるが,あちこちにそういう人間がいるんだから,騙されないように行動のトレーニングをすればいいと思う。そのためには心理療法家でも,ソーシャルスキル・トレーニング(SST)の専門家に頼んで練習することがいいと感じる。自分の行動の一つ一つについてアドバイスしてくれる。

臨床心理士は今,時代の寵児であるが,本当は「全部できる」という人はほとんどいない。

ある人は事実上カウンセラーだし,別の人は障がい児・者専門だし,またほかの人は乳幼児専門である。そういう人に頼む場合,その先生の得意な点を考えて頼むべきである。

ここにあげた例では,行動療法が良いのではなかろうか。近くに先生がいない場合には,自分で一人二役になって,声にだして練習する。

具体的には,相手が金を貸してくれと言ってきたが断りたい場合,何を言われても丁寧にしかしきっぱりと,「お断りします」というようなトレーニングが望まれる。そういう練習をするのである。

次第に自己主張がはっきりできるようになっていく。

学会幹部の“宿業論”を受け入れていたら,本当にその人は変われないだろうと思う。

心理療法は決して“気休め”なんかではない。本来は,相手の人格や行動を変容させる技術である。だから心理療法家は時によったらクライエントの性格や行動について触れ,クライエントを泣かせたり怒らせたり機嫌よくさせたりもする。

そのような作業をしながら,やがてクライエントの行動やパーソナリティが変わっていき,本当に意味での自律が達成させられるのである。


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