時計の針の 巻き戻し

ふだんの生活の中で、ふとやり残した感じがすること有りませんか?時計の針は、自分で巻き戻すものです。

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懐かしきあの頃

2006-08-27 18:34:52 | 趣味
私は大学教師になる前に、別の職業に就いていた。そのころ、職場の同僚と一緒にあちこちに釣りに出かけていた。

山の方では奥日光の湯の湖。ときどき下流の湯滝と湯川。中禅寺湖に流れ込む川だ。
川と言っても、沢という感じ。常連は私含めて3人だったが時には5人ぐらいで釣った。

私はルアーやフライもやるが、みんなの意見に合わせて餌づりにした事が多かった。実際、私も餌づりの方が釣果が良かった。

お互いの家が離れているせいもあって、めいめいが自分の車で現地集合が半分、後は車を順番に出し合って、早朝の奥日光へ。

大体、朝4時から5時に出発。日光市内までは私の自宅からは30分も有ればいけるが、そこからが大変。いろは坂を上り、奥日光まで一直線。かなり時間がかかる。

釣れるのはヤマメ、イワナ、ニジマス、カワマスなどが多かったが、サケ科の魚はたくさんおり、放流もしているから、区別が付かないことが多い。それに、雑種らしき魚もたまにかかる。

湯の湖は別として、湯川はあまりにも狭く、すぐ上には木の枝が追い被さっているから、油断するとひっかっかってしまう。それでも釣果は、多いときは一人平均20匹ぐらいである。

9時過ぎになると、観光客も来るので、あまり長くいたくない。大体、11時頃納竿。釣った魚は持ち帰って、塩焼き。これがたまらない。湯の湖で塩焼きしたこともある。

また海釣りも集団でよく行った。6時過ぎに出発し、100km以上離れた茨城の海に行き、12時過ぎまで釣をして帰り、翌朝7時には家を出て職場に出勤。

大学の教員になってからも、その釣り仲間と何回か行った。その後遠くのほうに転勤すると、その仲間とは一緒に行けなくなった。

大学の先生で釣り好きの人はあまり見かけない。と言うより、何かみんなばらばらみたいな感じ。最近はあまり行かない。

それでも地元の川に、気が向いたときには一人で行く。しかし、一人釣りというのが最近、すごくさびしく感じるようになってきた。それと農薬などのせいか、昔釣れたウナギなど、まったくつれなくなった。

今度はいろんな同好会を探して一緒に行きたい。自分で行くときは、釣り情報を良く調べてから行きたい。

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カウンセリングと性格心理

2006-08-26 10:23:02 | 心理学雑論

私はいろいろな人から今でもよく「カウンセラーの所へ行ったら?」とか「○○療法を受けたら?」とアドバイスされる。

多くは悩みをうち明けたときだが、相手と意見が合わなくなったときもそうである。
後者の場合、「なぜそういうことを、その人は言いたがるか」ということを考えるのはとても大切な事だと思う。「自分は正常だが、相手は不適応(異常、あるいはまだ自分を十分に分かってない、など)」という暗黙の感情があるからである。

何回も書いたと思うが、私は数十年間、カウンセラーや心理療法家のお世話になってきた。日本ではあまり多くない、アメリカで正式の認定を受けた精神分析家のお世話になってきた。(これは河合隼雄先生がユング派分析学の資格を取ったのと同じ意味がある)

12年間、通った相手もあったが、どうしようも無かった。「愛情欠損」に対する一般的な治療法が確立していないからである。
そういう私に「○○療法」を薦めてくれるのはある意味ありがたいが、ご本人があまりにもご存じない、という場合もある。

私は以前書いたように、研究を土台にして心理療法乃至カウンセリングを進める人を尊敬している。もちろん、経験だけで長いことやってる人にはそれなりの能力がある。自信もあるであろう。だがそういう人にはどれだけの「腕」があるだろうか。

私はそういう人にも悩みをうち明けた。だが、そういう人は往々にして「自分が変わらなければいけない。相手を変えようとしてはいけない」「過去には戻れないことを考えなさい」などと言って、それで変わらなければ「自己責任」だと言って、悩みを持っている人のせいにして平然としている。

これは「私は本当は人を変える力がありません」と言ってるのと同じだ。自分でどうしようもないから、多くの人はそういう人の所に行くのに。

ところで私は出来るだけ最新の研究を読んでいる。それが私にとっては当たり前だと思うし、クライエントに対する礼儀でもある。

本も良いが、出版された頃には既に新しい発見がなされていることが多い。だから、外国にも信頼されている学会誌論文の方を主に読む。
その中で、外国人の研究だが、非常に良くあるテーマではあるが「他人への信頼感と自分への自信」の臨界期(*その時期が過ぎたら、身につけるのがほとんど不可能になる時期)がどうやら3歳前後であり、2歳でも極めて困難になる、という報告があった。

これは以前書いたように、愛着と対人適応、他人と友人関係を結べるようになることの基盤が、生まれた直後から生後6ヶ月~1年の間に出来上がる、という研究結果と矛盾しない。学者によって、時期がやや異なるのは、一つは方法が微妙に違うからであり、また、被調査者が異なるからである。

問題はこれからである。これはあくまで今まで発見された事実に過ぎない。それに対する意図的な働きかけに依って、愛情獲得・自信獲得などに関して、また長じては対人行動などに関して、臨界期を過ぎた人間に、何とかしようとする意志や行動が全く見られないカウンセラーや心理療法家がいる。

これでは問題の解決にはならない。こういう場合、「自己責任」というのはいわば逃げと感じる。

私はブログを立ち上げるに当たって、宗教問題は、確かに深刻ではあるがそれでも、多くの問題の一部に過ぎない、と思っている。

なぜなら、創価学会員でも、脱会して批判的な立場になった人でも、共通して、「変わらないのは自己責任」といった思想を、ブログなどの論調や個人的なメールで感じる場合があるからである。

私は時として、『学会員か、批判者か』という区別よりも、『相手の悩みを可能な限り相手の立場に立って受け止めようとしているか、常識的に「自己責任」と言って済ませているか』という基準で判別している。

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困ったこと。

2006-08-16 09:21:46 | 思想と宗教

困ったことだ・・・。私の所に相談メールが来ているが、どうやら創価学会員の男の中に、出会い系に潜り込んで、女性をもてあそび、飽きるとぽいするか、逆に関係を持ってから女性を上手く創価学会に誘導しようとしている者がいるらしい。 新手の拡大策(?)かも知れないが。


宗教信仰は自由である、それゆえ宣伝したり巧みに入会させたりするのも自由である、どんな方法でも・・・となると際限がつかなくなると思う。「信仰の自由」は大切であるが。

彼女の言ってることを実際にしているのは、学会員のほんの一部かも知れない。しかし、創価学会の指導には、「目的が正しい(*学会の立場から見て)なら、少々のことは許される」という風潮はないだろうか。

大いにある。そういう何気ない指導が、この種の男をこれからも作りだしていく可能性がある。

正直、これは許されざることだと思う。たとえ、人数は少なくとも、である。

そういう風にされた相手の身になって考えることが大切だと感じる。

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宗教などへの慣れ。

2006-08-05 23:16:24 | 思想と宗教

誰でも多かれ少なかれ、初対面の人に対しては緊張したりするものだと思います。


それが何回も繰り返されていくうちに、相手のことが分かっていくと同時に、人間関係に対して慣れてきます。そうなると人によりますが、あまり緊張しなくなって行くものです。


他のことでも同じでして、私は女性などに対しては今でも緊張しやすいんですが、、特に新興宗教等に関しては、緊張したり逆にすぐ信じ込んだりすることはあまりありません。

これは私が高校生・大学生の頃、いろいろな宗教などに飛び込んで、体験してみたことが大きいと思います。

キリスト教(カトリック)の教会にはよく行ってました。天理教の教会にも行きました。


大学生になってからはモルモン教の教会(アメリカ人)の所によく出入りし、また原理運動(統一教会)の誘いにわざと乗って、ビデオをたっぷり見せていただきました。


宗教以外では、民青(民主青年同盟・日本共産党の下部組織)の活動にも(*本当は所属していませんでしたが)何回もこっそり参加しました。


秘密集会などもやったりしてまして、創価学会で言う牙城会のような組織もあって、どこに誰が立って見張りをするか、等と言う打ち合わせ風景を見たり、映写まで見てきました。そのうち、その中に知り合いがいて、「あれ?軒は我らの仲間だったっけ?」と言った時にはびっくりしましたが、何とかしのぎました。


その後、崇教真光にも行き、「手かざしで1ヶ月も腐らない米」というのも見させていただき、何回も行って一緒に「カンナガラ~~」の祈りもしたりしたものです。


ヤマギシズムのサークルや実際の生活場所も見て来ました。

ある程度お金がかかったのは自己啓発セミナーです。やっているうちに感情が高ぶったり、誰かが泣き出したりします。感動のあまり、もっと上級に行きたい、等と言って、数十万円から数百万円のお金を払い込んだり、他の人を誘ったりする人も出てきました。もちろん私は、さっさと逃げましたが。


こういう風にいろんな所に行って、少しずつでも体験してきたせいか、この種の集団に対しては「ある程度」は免疫があるつもりです。しかし油断は禁物と自戒しています。

皆さんにはこういうことはお薦めしません。実際、かなり危険なこともあります。


私が創価学会に籍を残しておくのは全く別の理由からです。しがらみ、っていうのが大きいですが。

ただしかし、色々見ると慣れるし、比べて見ることが出来ますから、学会員としてもどうしてもいろんなことを自分で考えてしまいます。

なかなか信じることが出来ない、つまり、救われがたい(笑)人間です。 功徳も罰も、来世も過去世も全く信じず、折伏や選挙が功徳となぜ結びつくのか、いつまで経っても分かりません。(*信じていません、という方が近いですが)


でもこの分からなさは、落ち着いた分からなさです。悩みを伴うものではありません。人間関係や女性との問題のように、「悩みを伴う分からなさ」ではありません。


ただ、どんなことでも、「危険を避けつつ少しずつ慣れる」というのが、その対象に対して不安とか恐れとか感じず、また団体ならその団体の考えに取り込まれない、という意味での自主性を保つ上での秘訣かな、と感じます。


ついでに言いますと、この「少しずつ慣れる」ということこそ、前に書きました行動療法の「系統的脱感作」の原理です。

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失われた記憶

2006-08-05 13:38:28 | 自己紹介
自分のことで失礼だが、私はどうしても自分で分からないことがある。

医者の不養生と同じで、心理学徒は往々にして自分のことを分からないのかも知れない。

いや、別に学者でなくても同じことは起こりえるが。

叔母が数年前から、「もうおまえの母も年寄りなんだから、許してやりなよ」と言っているが、叔母やその子たち(従妹たち)には私の母の悪口を言ったことは全く覚えていない。

伯母(母の姉)の方の話では、「おまえは小さい頃、ずっとお母さんに叩かれていたっけな」と言う。
ところが、これも全く覚えていない。全く放りっぱなしにされていた記憶はあるが。

数年前亡くなった姉は、本当は知っていたはずだ。だが、何かの理由で私に話さなかったのかも知れない。

なぜ母が私だけを育児放棄したかは未だに謎だが(乳児の時、どうやら祖母に育てられたらしい)、幼児期頃は完全に一人であったのは覚えている。

この年になっても、先日、ある人からの伝言で、母が私のことを「あれは男らしくない」と言っていたと聞いた。

小学校3年生の時に母によって特殊学級に入れられそうになったのは以前書いたが、成人してからは、母はその特殊学級出身の娘との縁談を持ってきて、結婚させようとした。理由は「学会の偉い幹部の娘だから」とのことであった。直ちに断ったが。

若い頃は「この子ども」、今は「あれ」と、未だに三人称で実の子をよぶ。この調子では、人生が終わるまで本名では呼ばれないだろうと思う。だから私は、親に本名や愛称で呼ばれたことがある人は、なんて幸せなんだろう、と思う。

それにしても、伯母や叔母が言うように、母によってしばしば叩かれていた、という記憶が全く欠落しているのはなぜか?なぜ母のような女性に会うと、お互いうまくいかなかったり、非常に強い憎しみを感じるのか、未だに分からない。

恐らくは乳幼児期の記憶を無意識のうちに抑圧したのであろう。自分を防衛しようとする働きが作動したのだろうと思われる。

私は20代のころ、精神分析をある期間、受けていた。セラピストはアメリカで学び、正式に認められた分析家の方であった。しかし、どうしても過去の記憶は蘇らなかった。

現在の発達心理学は、幼児期よりも乳児期の問題を一層、重視しているが、現在も文部科学省の補助金を受けて、乳幼児期における育児放棄の問題を研究している大学教師たちのグループがある。

その中の、ある小グループは、極めて実際的な研究をしていて、「何歳頃まで虐待(特に育児放棄やそれに近い経験)を受けていた人は、どの程度まで回復し得るか」という研究を行っている。

研究はともかく、自分としては自分の忘れられた記憶を何とか蘇らせたい。それにしても、人生そのものの、「時計の針を巻き戻す」ことは、どれくらい可能か。

いや、何としても相当程度に巻き戻して、過去に出来なかった経験を達成したいという気持ちは未だにある。

私自身が創価学会に失望したのは、私のような問題解決にとって、学会活動は全く無力だったことによるのが大きい。

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