真夜中の映画&写真帖 

渡部幻(ライター、編集者)
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ライアン・クーグラーの『クリード/チャンプを継ぐ男』が「継ぐもの」と「映画館」のこと。

2015-12-30 | ロードショー
 

『クリード/チャンプを継ぐ男』がなかなかいい。「お節介」と「優しさ」のドラマが骨子になって、実に『ロッキー』シリーズらしい人情ドラマになっているのである。
 1976年の『ロッキー』に並ぶとは思わない。あれはやはり特別な映画で、脚本のレベルが違うし、生活感情により深い実感があった。しかし『クリード』もいい映画だし、偶然だが『スターウォーズ/フォースの覚醒』との共通点も感じられた。それは70年代から連綿と連なるアメリカ映画史とその人材への強いリスペクトの賜物なのだ。



 『クリード』は『ロッキー2』のファンだったライアン・クーグラー監督のアイデアから生まれた作品である。スタローンは脚本を持ち込んだ彼の熱意に「かつての自分」を見たことだろう。物語も同様で、かつてロッキーの宿敵だったアポロ・クリードの息子が、彼のところに来てトレーナーになってくれと依頼してくる。言うまでもなくこうした作者の「現実」と登場人物の「ドラマ」の相関関係は『ロッキー』シリーズを貫いてきたものである。スタローンはこれで大スターとなり、当初のハングリーな魅力を失っていったが、すると『ロッキー3』のロッキーおそうした状況に陥り、スタローンが右傾化すれば『ロッキー4』でのロッキーもソ連のドラゴと対決する。その意味でこのシリーズは、『ゴッドファーザー』シリーズにおけるマイケル・コルレオーネが作者たるフランシス・フォード・コッポラその人であり、『スターウォーズ』シリーズにおける若きルーク・スカイウォーカーやアナキン・スカイウォーカーがジョージ・ルーカスその人であったことと通じるシリーズだったのである。



 しかし時は流れて、いまやルーカスもスタローンもシリーズの中心から外れており、新たな作者たちがそれを引き継ぎはじめた。本作のクーグラーや『フォースの覚醒』のJ.J.エイブラムスは、彼らへのリスペクトを前面に押し出しながら「自分の作品」に仕上げている。劇中で脇に回るスタローン、それにハリソン・フォードとキャリー・フッシャーもいい芝居を見せている。ことにスタローンが見せる深い表情には、彼の映画人生とイコールで結びついてきたロッキー役の集大成とも言えるものであった。
 『クリード』はまたいまひとつ継承を成し遂げている。本作のクレジットにロバート・チャートフの名が出てくることに目を留めた人が何人いるか知らないが、彼こそアーウィン・ウィンクラーとともにシリーズを製作してきた功績者である。2人は『ひとりぼっちの青春』(シドニー・ポラック)『いちご白書』(スチュアート・ハグマン)の製作者としてアメリカン・ニューシネマを牽引したチームだった。『ロッキー』はそのニューシネマの転回点となった作品だが、その後も『バレンチノ』(ケン・ラッセル)『ニューヨーク・ニューヨーク』『レイジング・ブル』(ともにマーティン・スコセッシ)『ライトスタッフ』(フィリップ・カウフマン)と映画史に燦然と輝く傑作を世に送り出してきた。二人は別れた時期もあったが、そのロバート・チャートフもいまはこの世になく、本作はその家族によって製作されているのである。



 『クリード』を観たのは有楽町マリオンにある丸の内ピカデリー。ここはそこらの劇場よりもスクリーンが大きい。往年の劇場らしい空間設計で、スクリーンを「見上げる行為」の気落ち良さと贅沢さを味わえるのである。スクリーンと客席との距離感がゆったりとして落ち着きがあり、映像(=ドラマ)をよくよく堪能することができる。やはり映画館の肝は「空間」だなと感じ入った。
 劇場空間に快感を感じられるか否かは、人それぞれの感覚にもよるだろうが、個人的にはスクリーンが眼前に「そびえたって」いる感じが欲しい。そびえ立つ画面の全貌を把握できつつ、映像から離れすぎない距離に座るのが好みなのである。こうした好みから出発する映画鑑賞は、必然、主観的なものになるだろうが、「クリード」の場合、画作りの基本が主人公を取り巻く環境と、そこから生じる感情のうねりを掬い取ることにあるから、カメラ位置は遠からず近からずの位置に据えられている。その落ちつき方に――伝統的なアメリカ映画の――この映画の作者の理性を感じ、安心して盛り上がれる。そういう古典的な映画の有り様が、古典的な丸の内ピカデリーの有り様とよく似合っていたのだ。
(渡部幻)

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