(前回の記事はこちら)
4.旧宮家の復帰だけではいずれ行き詰まる
新たな理由のもう1つは、現在の社会制度のまま、旧宮家を復帰させるだけでは、男系継承の維持は極めて困難であることに思い至ったことだ。
先に述べたように、大正9年の「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」により、伏見宮系の宮家の臣籍降下はあらかじめ予定されていた。
そして、予定より早く、占領期に一斉に臣籍降下することとなったわけだが、それによって皇位継承を危惧する声が生じたとは聞かない。
何故か。
昭和天皇には、3人の弟宮があった。そして現在の今上陛下と常陸宮の2人の男児があった。1946年には三笠宮に寛仁親王が生まれている。
これだけの男性皇族がいれば、当面皇位継承には問題ない。そう考えられていたからだろう。
しかし、それから60年余りで、皇統は危機に瀕するに至った。
これは、男系継承を維持することがそうそう容易ではないことを示している。
では何故これまでは維持してこられたのか。
それは、側室制度があったからだ。
側室制度によって、多数の子をもうけることが可能だった。子が多ければ、男子である確率もそれだけ高くなる。
大宅壮一によると、幕末から明治にかけて成立した伏見宮系の11宮家の創立者は、「一人の例外もなしに妾腹から出ている」という(『実録・天皇記』)。
また、竹田恒泰によると、仁孝、孝明、明治、大正の4代の天皇は「全て生母が側室」だという。
竹田は『語られなかった皇族の歴史』でこう述べている。
だが、現在では側室制度の復活は国民感情から難しい。また、側室ではなく皇后を複数立てる方法もあるがこれにも違和感を覚える人が多いだろうと竹田は説く。
しかし、伏見宮系の大量の宮家が成立し得たのは側室制度があったからだ。現代の一夫一婦制の下では、やがては現皇室と同様に危機に陥る可能性が高いのではないか。現に、前回紹介した竹田恒泰の『正論』本年4月号の論文によると、旧宮家のうち山階、梨本、閑院、東伏見の4家は絶家となったという。
旧宮家が皇籍に復したからといって、男子が生まれ続けるとは限らない。その場合、どうするのか。側室制度を復活させるのか。人工的な手段で男子誕生を試みるのか。あるいはもっと遠縁の元皇族を捜すのか。
そうまでして維持しなければならない男系継承とは何なのか。
5.結語
そもそも何故天皇は男系継承なのだろうか。
先人は、男系継承と女系継承という選択肢がある中で、何らかの理由で男系継承を選んだのだろうか。
いや、イエは(あるいは世襲する高位は)男子が継ぐということが当然とされていたからだろう。
天皇家に限らない。徳川将軍家も、足利将軍家も、藤原摂関家も皆男系継承である。
支那の皇帝も、朝鮮の国王も皆そうである。ヨーロッパの諸国も基本的にはそうであった。
明治時代の皇室典範制定に際して、女性天皇や女系継承が問題になった。
これは、ヨーロッパに女王や女帝が存在し、女系継承があることが知られていたからだろう。
当初は、皇位継承権者の男性が絶えた場合には女帝を容認し、女帝に皇子がなければ皇女に継承するとの案もあったという。
しかし、井上毅は、過去の女帝は臨時的な例外であり、「王位は政権の最高なる者なり。婦女の選挙権を許さずして、却て最高政権を握ることを許すは理の矛盾なり」などとして女帝を否定し、女系継承も皇統が女帝の夫の姓に移るとして否定したという(鈴木正幸『皇室制度』岩波新書、1993、p.56-57)。
では、女性に選挙権も被選挙権も認められた現代であれば、反対理由の1つが消えることになる。
それに、皇族は姓を持たないのであるから、女帝の皇子への継承によって皇統が女帝の夫の姓に移るという主張もおかしい。
伝統に固執する方は、より万全な策として、側室制度の復活を主張されてはどうか。
さらに、身分制度の復活も主張されてはどうか。
顔をあらわにすることもなく、御所から一歩も出ない、庶民にとってはいるのかいないのかわからない、そんな前近代の天皇の復活を唱えてはどうか。
そのようなことが維持できるのであれば、確かに皇室は安泰だろう。
しかし、現代の国民が望んでいる皇室は、そのようなものではないだろうし、そんな時代錯誤が現代に可能とも思えない。
一時の国民感情などどうでもいい、伝統の墨守こそが重要なのだという見解がある。
女系天皇になればそれはもはや天皇ではないとか、崇拝の念が損なわれるとか、果ては日本が日本でなくなるとか。
わが皇室と国民は、それほど弱々しいものだろうか。
伝統を墨守するだけならこんにちのわが国はなかった。
明治維新の主導者は、「王政復古」の大号令を出したにもかかわらず、幕府のみならず摂政・関白をも廃止し、「諸事神武創業の始」にもとづくとして全く新しい政府を成立させた。
五箇条の御誓文には、
とある。
わが国は、こうした精神に基づいて近代化を果たし、欧米列強に伍するまでに至ったのではなかったか。
他方、旧弊を打破できなかった清国や朝鮮は亡び、再興までに長い年月を要した。
男尊女卑が当然であった明治時代ならともかく、現代においては、女性天皇、女系継承を認めることこそが「天地ノ公道」というものではないだろうか。
40親等以上離れた傍系の男子を皇位継承者にするという手法は、必ず国民から疑問の声が上がる。それはむしろ天皇制に対する懐疑心を生み、果ては天皇制廃止論に及ぶおそれもある。
女性天皇、女系継承を認めることこそが、天皇制存続の道だろうと私は思う。
4.旧宮家の復帰だけではいずれ行き詰まる
新たな理由のもう1つは、現在の社会制度のまま、旧宮家を復帰させるだけでは、男系継承の維持は極めて困難であることに思い至ったことだ。
先に述べたように、大正9年の「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」により、伏見宮系の宮家の臣籍降下はあらかじめ予定されていた。
そして、予定より早く、占領期に一斉に臣籍降下することとなったわけだが、それによって皇位継承を危惧する声が生じたとは聞かない。
何故か。
昭和天皇には、3人の弟宮があった。そして現在の今上陛下と常陸宮の2人の男児があった。1946年には三笠宮に寛仁親王が生まれている。
これだけの男性皇族がいれば、当面皇位継承には問題ない。そう考えられていたからだろう。
しかし、それから60年余りで、皇統は危機に瀕するに至った。
これは、男系継承を維持することがそうそう容易ではないことを示している。
では何故これまでは維持してこられたのか。
それは、側室制度があったからだ。
側室制度によって、多数の子をもうけることが可能だった。子が多ければ、男子である確率もそれだけ高くなる。
大宅壮一によると、幕末から明治にかけて成立した伏見宮系の11宮家の創立者は、「一人の例外もなしに妾腹から出ている」という(『実録・天皇記』)。
また、竹田恒泰によると、仁孝、孝明、明治、大正の4代の天皇は「全て生母が側室」だという。
竹田は『語られなかった皇族の歴史』でこう述べている。
このように、万世一系を保つために、世襲親王家と側室制度の二つの安全装置が常に用意されていた。側室制度は皇統の危機を招かぬよう、日頃から皇族を繁栄させ、それでも皇統の危機が訪れた場合は世襲親王家から天皇を擁立することで男系による万世一系を守り抜いてきたのだ。(p.66)
だが、現在では側室制度の復活は国民感情から難しい。また、側室ではなく皇后を複数立てる方法もあるがこれにも違和感を覚える人が多いだろうと竹田は説く。
したがって側室制度と複数の皇后を立てる制度の復活が望めない現在は、別の手段、つまり皇族を充実させて傍系からの即位を可能にする方法を強化し、皇統の維持を図らなければならないのではないだろうか。(p.68)
しかし、伏見宮系の大量の宮家が成立し得たのは側室制度があったからだ。現代の一夫一婦制の下では、やがては現皇室と同様に危機に陥る可能性が高いのではないか。現に、前回紹介した竹田恒泰の『正論』本年4月号の論文によると、旧宮家のうち山階、梨本、閑院、東伏見の4家は絶家となったという。
旧宮家が皇籍に復したからといって、男子が生まれ続けるとは限らない。その場合、どうするのか。側室制度を復活させるのか。人工的な手段で男子誕生を試みるのか。あるいはもっと遠縁の元皇族を捜すのか。
そうまでして維持しなければならない男系継承とは何なのか。
5.結語
そもそも何故天皇は男系継承なのだろうか。
先人は、男系継承と女系継承という選択肢がある中で、何らかの理由で男系継承を選んだのだろうか。
いや、イエは(あるいは世襲する高位は)男子が継ぐということが当然とされていたからだろう。
天皇家に限らない。徳川将軍家も、足利将軍家も、藤原摂関家も皆男系継承である。
支那の皇帝も、朝鮮の国王も皆そうである。ヨーロッパの諸国も基本的にはそうであった。
明治時代の皇室典範制定に際して、女性天皇や女系継承が問題になった。
これは、ヨーロッパに女王や女帝が存在し、女系継承があることが知られていたからだろう。
当初は、皇位継承権者の男性が絶えた場合には女帝を容認し、女帝に皇子がなければ皇女に継承するとの案もあったという。
しかし、井上毅は、過去の女帝は臨時的な例外であり、「王位は政権の最高なる者なり。婦女の選挙権を許さずして、却て最高政権を握ることを許すは理の矛盾なり」などとして女帝を否定し、女系継承も皇統が女帝の夫の姓に移るとして否定したという(鈴木正幸『皇室制度』岩波新書、1993、p.56-57)。
では、女性に選挙権も被選挙権も認められた現代であれば、反対理由の1つが消えることになる。
それに、皇族は姓を持たないのであるから、女帝の皇子への継承によって皇統が女帝の夫の姓に移るという主張もおかしい。
伝統に固執する方は、より万全な策として、側室制度の復活を主張されてはどうか。
さらに、身分制度の復活も主張されてはどうか。
顔をあらわにすることもなく、御所から一歩も出ない、庶民にとってはいるのかいないのかわからない、そんな前近代の天皇の復活を唱えてはどうか。
そのようなことが維持できるのであれば、確かに皇室は安泰だろう。
しかし、現代の国民が望んでいる皇室は、そのようなものではないだろうし、そんな時代錯誤が現代に可能とも思えない。
一時の国民感情などどうでもいい、伝統の墨守こそが重要なのだという見解がある。
女系天皇になればそれはもはや天皇ではないとか、崇拝の念が損なわれるとか、果ては日本が日本でなくなるとか。
わが皇室と国民は、それほど弱々しいものだろうか。
伝統を墨守するだけならこんにちのわが国はなかった。
明治維新の主導者は、「王政復古」の大号令を出したにもかかわらず、幕府のみならず摂政・関白をも廃止し、「諸事神武創業の始」にもとづくとして全く新しい政府を成立させた。
五箇条の御誓文には、
旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
とある。
わが国は、こうした精神に基づいて近代化を果たし、欧米列強に伍するまでに至ったのではなかったか。
他方、旧弊を打破できなかった清国や朝鮮は亡び、再興までに長い年月を要した。
男尊女卑が当然であった明治時代ならともかく、現代においては、女性天皇、女系継承を認めることこそが「天地ノ公道」というものではないだろうか。
40親等以上離れた傍系の男子を皇位継承者にするという手法は、必ず国民から疑問の声が上がる。それはむしろ天皇制に対する懐疑心を生み、果ては天皇制廃止論に及ぶおそれもある。
女性天皇、女系継承を認めることこそが、天皇制存続の道だろうと私は思う。







天皇制を存続することと、男系を存続することとは別の議論です。
天皇継承の問題を「皇室の継続」という問題で語っても、
男系の継続の為にはまったくなりません。
皇室が残っても天皇制が残っても、女系になれば新王朝の誕生となり
神武王朝は滅びます。
男系重視は皇室の終焉につながる!
皇室が大事!皇室を守れ!
皇室を守るために女系を認めよ!
女性宮家は天皇を守る準備である!
しかしどれも2600年以上続いた王朝を守る準備には一切なりません。
守られるのは皇室という箱だけです。
何故男系でなければならないか。男系継承をどう思うか。
この問で意見が分かれます。
日本は神武王朝です。2600年以上男系で続いています。
日本は現存する国のなかで世界で一番古い国です。
イギリスやフランス・エジプト・中国などよりも古く長いのです。
一つの王朝が2600年以上続けてきた国は
いま地球上で現存している国では日本以外ありません。
天皇の御存在は建国以来続いており祭祀なども行われてきました。
これらの文化・伝統は他の共和制では見られない長所として、
また君主制でもその長い年月は稀に見る日本の独特の長所として、
各国からも一目おかれています。
1974年、フォード大統領が来日し昭和天皇の前に進み出た時、
フォード大統領が緊張で膝がぶるぶる震えたというのは有名な話です。
フォード大統領は日本の伝統の重みを知っていたのです。
ある意味日本人より日本の伝統を知っていたのです。
***海外からみた男系天皇の位置づけ、価値観。***
天皇 ≧ ローマ法王> 英国女王 > 大統領 > 首相
(Emperor ≧ Pope > King > President> Premier)
男系継承の世界最古の王朝と敬われている日本の天皇はこの地位にいられます。
女系天皇になると、英国女王と同じ地位になります。
つまり2600年の男系重みは、こういうところにも現れているのです。
一つのことを1000年2000年以上も続けることは非常に困難です。
その努力が蓄積されやがては文化・伝統になるのです。
男系2600年という伝統は流行りの価値観や
その時代時代の評価・価値に左右されず
今日まで続けられたからこそ重みがあるのです。
だからフォード大統領は緊張で震えるのです。
男女平等という価値観が表立ったのはつい1〜200年前のことです。
人権という価値観でさえ3〜400年前くらいでしょう。
ちなみに天皇には人権はありません。
また私人ではなく公人であり祭祀王です。
このような古代から続けている価値観を
現代や近代価値観をもってして批判することは
伝統という価値観そのものを認めないということです。
改革派や左翼的思想の方に多いですね。
そのような革新派はその時その時代の価値観が正しくて
今の価値観しか見えずついつい伝統を壊してしまう。
我々日本人には神武王朝という伝統があります。
先人が「続けること」に一つの価値観を見出し
あえて困難なことを続けてきました。
苦労しながら懸命に男系を維持してきたわけです。
当時はDNAのような知識はありません。
つまり理屈や知識で続けてきた男系王朝ではないのです。
この姿勢こそ日本人の国民性・気質・文化だったのでしょう。
こんなにも長きに渡って先人が守り続けてきた男系継承という日本の伝統を、
私たちの世代で安易に変えてしまってよいものでしょうか?
男系でなくてもいい、と簡単に考えてしまうことはおこがましくさえ思えます。
何様だと思う人もいて当然でしょう。
男系でなくてもいい、という根拠を聞くと現代的な価値観しかないのです。
そこには歴史の重み、伝統の重みという感性が薄いのです。
戦後の教育はこのような日本の良き伝統をあまりにも教えてこなかった。
現代の価値観だけが正しいと教えてきた。
民主主義は絶対。人権や平等も絶対。
それに準じてすべてを精査してしまうと知識や理屈では決して語れない伝統文化さえ
破壊の的になってしまいます。
そして残ったものは合理性・効率的な社会であり、
もしそんな社会になってしまえばフォード大統領が緊張で震えるような
オーラを持つた国家にはならないでしょう。
仮に男系が途絶え皇室だけが残ったとしても
2600年以上続いた伝統の重みがわからない方たちが
どこの国にもあるような皇室になってしまったものを
そんな意識でどうしてこれから何百年と守っていけるのでしょう。
やがては皇室もなくなり共和制にでもなるのでしょうか。
昨今の天皇継承問題は天皇制の継続ではなく男系の継続の問題です。
天皇継承問題を「皇室の継続」という問題で論じることは、
男系の継続から問題をすり替えることになります。
あなたはそれでもいいと?
>女性天皇、女系継承を認めることこそが、
天皇制存続の道だろうと私は思う。
とおっしゃってます。
一見、あたかも天皇制を重んじてるようですが、
実は天皇制の解体を狙ってるように思えます。
女系を認めたらkyさんがご指摘のように韓国人の天皇が生まれる可能性もありますね。
>日本は現存する国のなかで世界で一番古い国です。
あなたに倣って言うなら、正確には「一番古い王朝」と言うべきでしょう。
エジプトや支那がわが国より古い歴史を持つことは言うまでもないと思いますが。
王朝の断絶は国の断絶を意味しません。
>君主制でもその長い年月は稀に見る日本の独特の長所として、各国からも一目おかれています。
どなたかそんなことを言っている外国人がおられますか?
訪日時のリップサービスなどではなく、一般論として。
>フォード大統領が緊張で膝がぶるぶる震えたというのは有名な話です。
私も聞いたことがありますが、確かな出典はあるのでしょうか?
また、フォード以降の米大統領は皆わが国を訪問していますが、ほかにそのようなエピソードを聞かないのも不思議です。
フォードは単に膝が悪かったのかもしれません。
>天皇 ≧ ローマ法王> 英国女王 > 大統領 > 首相
>(Emperor ≧ Pope > King > President> Premier)
このような主張も時に目にしますが、何を根拠としているのか不可解です。
首相が大統領より格下というのは事実でしょうが、大統領とは共和制の国家元首、天皇や国王は君主制の国家元首ですから、両者は対等であるはずです。
何故ここでローマ法王が出てくるのかわかりませんが、ローマ法王は宗教的権威であると同時にバチカン市国の国家元首ですから、やはり天皇、国王と同格と言えるのではないでしょうか。
史上初の「皇帝」である秦の始皇帝や、Emperorの語源であるローマ皇帝は、たしかに諸王の上に立つ存在でした。
そして、西ローマ皇帝を継承したのが神聖ローマ皇帝で、東ローマ皇帝を継承したのがロシア皇帝です。
しかし、19世紀に入るとナポレオンがフランス皇帝を称し、神聖ローマ皇帝はオーストリア皇帝を称し、統一されたドイツの君主も皇帝を称しました。李氏朝鮮も末期には大韓帝国を称しました。
もはや、国王であるか皇帝であるかは、単にどちらを名乗ったかという違いにすぎないのです。
1970年代に中央アフリカ共和国の独裁者ボカサが「皇帝」に即位し、クーデターで追われるまでの数年間「帝国」に君臨しましたが、当時の彼が英国女王より格上だったとピッコロさんはお考えですか?
>男系継承の世界最古の王朝と敬われている日本の天皇はこの地位にいられます。
>女系天皇になると、英国女王と同じ地位になります。
いや、世界最古だからEmperorなのではないですよ。
単に国王ではなく天皇を名乗っているからEmperorと呼ばれているにすぎません。
女系天皇になってもEmperorに変わりありません。
>男系2600年という伝統は流行りの価値観や
>その時代時代の評価・価値に左右されず
>今日まで続けられたからこそ重みがあるのです。
あなたが記紀の記述を全てそのまま信じるというファンダメンタリストなら別ですが、考古学や歴史学の業績を多少でも認めるのなら、2600年などという数字を持ち出すのはおやめになってはいかがですか。
そして、男系継承という伝統は「流行りの価値観やその時代時代の評価・価値に左右され」て続いてきたのだと思いますよ。
女系継承を認めてもいいのではないかなどという発想はわが国にはそもそもなかったのです。
明治時代にようやくそうした議論が生まれましたが、男尊女卑の国風に合わないとして排除されたのです。
しかし、こんにち男尊女卑を表立って唱える人がいますか?
だから、
>こんなにも長きに渡って先人が守り続けてきた男系継承という日本の伝統を、
>私たちの世代で安易に変えてしまってよいものでしょうか?
変えても差し支えない伝統は変えていいと思いますよ。
>民主主義は絶対。人権や平等も絶対。
>それに準じてすべてを精査してしまうと知識や理屈では決して語れない伝統文化さえ
>破壊の的になってしまいます。
私は民主主義や人権や平等の観点から女系継承を認めるべきと言っているのではありません。
(民主主義や人権や平等の観点から言えば、天皇制は廃止すべきです)
直系の女性皇族がいるにもかかわらず彼女らに皇位継承権を認めず、40数親等離れた男子を皇位継承者とするのは、感覚的に(合理的に、ではありません)おかしいし、そんな無理な継承を強行することこそが天皇制を揺るがすことにつながると言っているのです。
私は、土俵に女性が上がれないとか、ある種の山が女人禁制であるといったことは、伝統文化として認めて差し支えないと思います。
しかし、天皇制は単なる伝統文化ではありません。わが国の最も基本となる国制です。
>あなたはそれでもいいと?
>女系を認めたらkyさんがご指摘のように韓国人の天皇が生まれる可能性もありますね。
何でそんなおよそ有り得なさそうな例えを出してくるのかわかりませんが、これは別に内親王に限った話ではありませんよね。
kyさんにお尋ねしたいものです。
「親王が韓国人の妃を持ち、そのまた親王がイスラエルの妃を持ち、生まれた親王が天皇に。
あなたはそれでもいいと?」
いいと答えるにしろ、よくないにしろ、女系継承を忌避すべき理由にはならないと思いますが。
それとも、内親王と韓国人の子は韓国人だけど、親王と韓国人の子は日本人だとkyさんやピッコロさんはお考えなのですか?
あと、何でイスラエル?と不審に思いましたが、反ユダヤ主義の方ですか?
男系継承論者がとのような人々かを判断する、いいサンプルですね。
まあ国という形だけ捉えたら日本より古い国はありますね。
私は日本人なので王朝の断絶がない国民として
ついつい王朝の歴史の長さ=国の長さとして考えてしまいます。
支那がわが国より古い?
私は辛亥革命の頃に出来た新しい国と思っていますが。
現存する国としては新しくありませんか?
>1970年代に中央アフリカ共和国の独裁者ボカサが
「皇帝」に即位し、クーデターで追われるまでの数年間「帝国」に
君臨しましたが、当時の彼が英国女王より格上だったと
ピッコロさんはお考えですか?
たった数年間の「皇帝」「帝国」なんですよね。
天皇とは重みが全く違いますね。
要は天皇が世界から敬意を受ることが気に食わないのですね。
天皇が世界から賛美を受けることにアレルギーを感じてらっしゃるみたいで。
私は素直に喜ばしいと受け止めてますが。
>男系継承という伝統は「流行りの価値観やその時代時代の評価・価値に左右され」て
続いてきたのだと思いますよ。
たしか平安時代は嫁取婚といって母方の家系に婿が入ってましたが。
当時の流れと天皇の男系とは違いますね。
>変えても差し支えない伝統は変えていいと思いますよ。
その差し支えない理由が私には見当たらないのです。
2600年続いたものをあえて変えなければならない大きな理由が見当たらないのです。
>40数親等離れた男子を皇位継承者とするのは、感覚的に(合理的に、ではありません)おかしいし、
そんな無理な継承を強行することこそが天皇制を揺るがすことにつながると言っているのです。
では何代までなら皇位継承者にふさわしいのですか?
誰がその制限を決められるのですか?
決められるとしたらその根拠はなんでしょうね。
感覚的におかしいというなら
感覚的におかしくないという人とは議論になりませんよね。
要はあなたの主観です。
>しかし、天皇制は単なる伝統文化ではありません。わが国の最も基本となる国制です。
これもあなたの主観ですよね。
私は天皇制は伝統文化であり、わが国の最も基本となる国制と思います。
どちらが正しいかは考え方一つであります。
>王朝が交代すると何か問題があるのでしょうか。
王朝の交代など世界各国で行われてきたことですが、
それによってある国が別の国に変質したとは聞きませんが。
と前回のコメントにありましたが、
伝統とは概念ですから形にはみえません。
男系継承も概念ですので形には出ません。
だから唯物史観の人には変化が見えないのでしょう。
そもそも伝統や文化、男系継承を基本に考ることは観念が基本です。
唯物史観を基本で捉えるなら前回のコメントにありましたが、
伝統を概念の「産物」と吐き捨てることもわかりますがね。
日本人は双系継承をせず、2600年以上男系という概念を貫いてきました。
要はこの概念を重く見るか、「産物」として軽く見るかの主観の違いでしょう。
>2600年などという数字を持ち出すのはおやめになってはいかがですか。
では何年なら満足なのですか?識者の意見もさまざまですよ?
だれかタイムマシーンでも発見したのですか?
「長く続いている」ということは否定できませんよね。
私はこの長きに渡る神武王朝を誇りに思っています。
世界にも類のない伝統を持った国として
堂々と胸を張っていける文化の一つと思っています。
経済力や芸術・技術を日本の誇りとするのもいいでしょう。
私も誇りに思っています。
しかし我が国は建国以来、神話の時代から一つの王朝で続けてきました。
この伝統を日本人なら重く考えてもいいのではないでしょうか?
街歩く人々や交差点を渡る大勢の人たちを見て
「今は神武王朝である」と知っている人がこの中で何人いるのだろうか、
と思う時があります。
日頃の事柄に皆忙しく、日本人として大切なものを
忘れてしまったのではないかと思うのです。
まあ神武王朝を大切でないという方もいるとおもいますが。
天皇がお嫌いで天皇の伝統的価値を下げたいなら、
まどろっこしく女系賛成などで皇室を擁護し男系の解体を狙うのではなく、
正々堂々と天皇制廃止を主張すればいい。
あたかも皇室を大切にしたフリをする人がいますが、
如何なものかと私は思います。
>直系の女性皇族がいるにもかかわらず、彼女らに皇位継承権を認めず、
・・・男子を皇位継承者とするのは、・・・・おかしいし、
と神武天皇の直系の価値を持ち出して、女系を推奨する論法もやめましょうよ。
男系男子の系統なら、神武から今上まで脈々とその遺伝子が受け継がれてきているわけです。
当然ですが、昔々にそのような概念はなかったでしょうが。ですから、韓国人の妃でもロシア人の妃でも生まれた男子にはy染色体が神武以来受け継がれるのですが、内親王が韓国人の夫をもち、男子が生まれたらその親王は韓国人何某のy染色体を持って生まれるわけです。
もし、その親王が天皇に・・。ここで、神武以来受け継がれてきた系統は断絶します。
断絶して何がいけないのか?
そもそも、天皇の存在理由はなんなのでしょう?。さまざまありますが、ひとつには太古の昔、現代のように科学が発達しておらず、皆既日食や彗星飛来、干ばつや台風などの天災を神の怒りだとか恐れおののいてた時代において民の心の拠り所です。
私を含め私の父、その母、そのまた父・・・・・と、古より繋がっているのです。
科学が進歩し、コンビニやスーパーに物があふれた平和な現代では天皇に拠り所を求めないのも当然でしょう。
だから尚更、昨日今日できた新王朝などに心の拠り所を求めないし、受け止められないでしょう。誇りも感じない。
>私は日本人なので王朝の断絶がない国民として
>ついつい王朝の歴史の長さ=国の長さとして考えてしまいます。
世界史に疎いんですね。わかりました。
>支那がわが国より古い?
>私は辛亥革命の頃に出来た新しい国と思っていますが。
辛亥革命で出来たのは中華民国です。
それを台湾に追いやって大陸を支配したのが中華人民共和国です。
この2国と、その前の清、明、元、宋、唐、隋……といった歴代諸王朝をすべてひっくるめて、あの国を呼ぶ場合は「支那」と呼びます。
英語のChinaと同義です。
>たった数年間の「皇帝」「帝国」なんですよね。
>天皇とは重みが全く違いますね。
いや、あなたが
>(Emperor ≧ Pope > King > President> Premier)
と言うから、Emperorボカサは英国王より格上なのかとお尋ねしているのですが。
重みがあろうがなかろうが、EmperorはEmperorですよ。
格上なんですか? 違うんですか? お答えください。
違うというならその根拠を示してください。
>要は天皇が世界から敬意を受ることが気に食わないのですね。
>天皇が世界から賛美を受けることにアレルギーを感じてらっしゃるみたいで。
>私は素直に喜ばしいと受け止めてますが。
いや、あなたがおっしゃるフォード米大統領のエピソードや上記の比較はごく一部でしか聞かないので、確かな出典があるんですかとお尋ねしているのですが。
出典はご存じない、ということでよろしいですか?
>たしか平安時代は嫁取婚といって母方の家系に婿が入ってましたが。
>当時の流れと天皇の男系とは違いますね。
嫁取婚? 婿取婚の誤りでしょうか?
それは結婚の形態の話でしょう?
家系は男系継承ではないですか?
藤原氏や橘氏や源氏や平氏が女系継承をしてますか?
>>変えても差し支えない伝統は変えていいと思いますよ。
>その差し支えない理由が私には見当たらないのです。
理由は一連の記事(上中下)で示しました。
反論があるなら具体的にどうぞ。
>>40数親等離れた男子を皇位継承者とするのは、感覚的に(合理的に、ではありません)おかしいし、
>>そんな無理な継承を強行することこそが天皇制を揺るがすことにつながると言っているのです。
>感覚的におかしいというなら
>感覚的におかしくないという人とは議論になりませんよね。
>要はあなたの主観です。
そうですよ。そして、伝統であるが故に変えてはならないというのはあなたの主観です。
それが何か?
議論をふっかけてきたのはあなたですよ。
>>2600年などという数字を持ち出すのはおやめになってはいかがですか。
>では何年なら満足なのですか?識者の意見もさまざまですよ?
あなたが支持する識者の年代を採るなり、幅をとって表現するなりすればいいでしょう。
2600年などという数字を持ち出すことに意味はないと言っているのです。
それともあなたは記紀の記述を全てそのまま信じるというファンダメンタリストなのですか?
お答えください。
>伝統とは概念ですから形にはみえません。
>男系継承も概念ですので形には出ません。
>だから唯物史観の人には変化が見えないのでしょう。
唯物史観とはマルクス主義の歴史観です。私は反共主義者ですから唯物史観には与しません。
私がいつどこで唯物史観に基づいた発言をしましたか? 具体的に示してください。
示さないのなら、くだらないレッテル貼りはおやめなさい。
>天皇がお嫌いで天皇の伝統的価値を下げたいなら、
>まどろっこしく女系賛成などで皇室を擁護し男系の解体を狙うのではなく、
>正々堂々と天皇制廃止を主張すればいい。
私は、変えても差し支えない伝統は変えてもいいとは言いましたが、天皇が嫌いだとも天皇の価値を下げたいとも言っていません。
邪推で他人の心中を語らないでください。
>>直系の女性皇族がいるにもかかわらず、彼女らに皇位継承権を認めず、
>>・・・男子を皇位継承者とするのは、・・・・おかしいし、
>と神武天皇の直系の価値を持ち出して、女系を推奨する論法もやめましょうよ。
いや、この点がこの論議の本質ですよ。
直系の女性皇族と遠く離れた男性元皇族のどちらを皇位継承者とするのが妥当か、という話ですよ。
ですからやめません。
あなたのコメントに対する私のコメントに対するあなたの主張はよくわかりました。
少しは、私の記事本文に対する論評はいただけないものでしょうか。
ここは私のブログです。あなたの主張を一方的に開陳する場ではありません。
あと、ピッコロさんは、日本語がやや御不自由のように思います。
>>しかし、天皇制は単なる伝統文化ではありません。わが国の最も基本となる国制です。
>これもあなたの主観ですよね。
>私は天皇制は伝統文化であり、わが国の最も基本となる国制と思います。
>どちらが正しいかは考え方一つであります。
「天皇制は単なる伝統文化ではありません」とは「天皇制は伝統文化ではありません」という意味ではありません。
天皇制は伝統文化ではあるが、それだけではなく、○○でもある、という意味です。
伝統文化であり、なおかつ、わが国の最も基本となる国制だと私は言っているのです。
あなたは、
「私は天皇制は伝統文化であり、わが国の最も基本となる国制と思います」
と、私と全く同じ意味のことを言って、
「どちらが正しいかは考え方一つであります」
と、私に反駁しているおつもりのようです。
>そもそも伝統や文化、男系継承を基本に考ることは観念が基本です。
>唯物史観を基本で捉えるなら前回のコメントにありましたが、
>伝統を概念の「産物」と吐き捨てることもわかりますがね。
>日本人は双系継承をせず、2600年以上男系という概念を貫いてきました。
>要はこの概念を重く見るか、「産物」として軽く見るかの主観の違いでしょう。
これは、私の10月22日付の記事
http://blog.goo.ne.jp/GB3616125/e/cc38092de445c3e181817dcb879788ff
へのあなたのコメントに対する私のコメントで、
>皇室には氏がありませんから、そもそも王朝という観念はなじまないと思います。
>現在、男性皇族が非皇族の女性と婚姻する場合、女性は元の戸籍から除かれ、皇統譜に記載されます。
>女性皇族が皇族のまま非皇族の男性と婚姻する場合、それと同じようにすればいいだけです。
>それを王朝交代と見るのは男系継承を基本に考えているからです。観念の産物です。双系継承だと考えれば問題はありません。
と述べたことを指すのでしょうが、別に「産物」は「吐き捨てる」ような言葉ではありませんし、「軽く見る」などという意味合いもありません。
産物は産物、文字どおり、産み出した物という意味です。
伝統を重視されるなら、もう少し日本語も学ばれてはいかがでしょうか。
あなたの御意見はわかりましたが、私が示した疑問にお答えいただいておりません。
もう一度お尋ねします。
1.親王が韓国人の妃を持ち、そのまた親王がイスラエルの妃を持ち、生まれた親王が天皇に。
あなたはそれでもいいと?
2.何でイスラエル?と不審に思いましたが、反ユダヤ主義の方ですか?
皇室典範改正反対は「現状維持=ブレーキ」です。旧宮家男子の皇族復帰は「現状変更=アクセル」です(今の皇室典範を変えなければ実現できないはず)。となれば今行われている事は「一人の人間がブレーキとアクセルを同時に踏む」といった事ではないかと思うわけです(ブレーキとアクセルを踏んで車が加速する事はない?)。
それから伝統とは「過去があって現在があり、現在があって未来がある、すなわち因果(時間軸)を認める」事だと思います。「昔から行われてきたというだけでそれを正しいとみなす」のは「伝統」ではなくて「伝統主義」です。「今の価値観だけを絶対とみなす」のも「伝統主義」も「時間軸の無視」という点では「同じ穴の狢」ではないでしょうか。旧宮家に関しましても「彼らがどのようにして宮家になり(江戸以前には存在しなかった)、宮家となった彼らに何かありどう振る舞い、そして降下する事になったか」を考える必要があると思います(GHQだけをクローズアップする事無く)。
最後に最終的には「男系を取るか、継続を取るか」の選択ではないかと思います。男系を取るのであれば、男系が「たった一世代男子が生まれなかっただけでも絶える」仕組みである以上、断絶も「天意」とでも考えて受け入れる覚悟が必要だと思います(それか中国の宗族ぐらいの頭数をキープする?)。日蓮宗の不受不施派の中には江戸時代の弾圧の結果として僧侶がいなくなった派もあります(得度を受けねば僧侶になれないが、得度を受ければあくまでその派の僧侶)。今は僧侶に代わって導師(?)と呼ばれる人達が指導を行っていると聞いています。ですからそういった仕組みにする事も検討すべきではないでしょうか(全ての天皇が「神」になる?)。