さららさんのブログ「花より韓国! ~第2章~」の「強制動員の証拠はない」という記事へのコメントで、nobie さんという方が、
《何れにせよ、慰安所が無ければベトナムと同じことが起こっていたんでしょうね。》
と述べ、さららさんも
《あまり、アタシ的には、同意したくない一文ではありますが・・・、でも、そうなんでしょうね、残念ながら・・・。》
としている。
これに対して、ブログ「ギロニズムの地平へ」のzombiepart6さんが、「不法」という記事で、
《「可能性」としての話をするなら、その「可能性」は確かに否定出来ないんだが、「蓋然性」の話としてならば、「まずそんな事にはならなかっただろう」と私は言い切るけどね。》
と述べ、伝統的に住民全体が戦争に参加し、敵地での略奪や強姦が奨励されてきた中国と、戦闘員と非戦闘員の区別が明確で、武士道や騎士道が発生した日本やヨーロッパとでは、戦争における一般民衆というものに対する考え方が全く違う、だからといって日本では軍による不法行為は絶無だったと主張するわけではないが、不法行為は不法行為として扱われていたのであり、大多数の日本人は自分が不法行為と認識していることはやれないはずだとして、
《まぁ、仮に慰安所が無かったとしても、それによって日本の兵隊が手当たり次第にそこらの女性を強姦する様になっただろうとは、私は思わない。ある程度増えた可能性は否定できないけど、基本的にそういう事をするヤツは、慰安所が有っても無くてもそういう事をするヤツなんじゃないかと思うね。》
と述べている。
そして、これを読んださららさんも、その説に納得したとして、「強制動員の証拠はない、の訂正」という記事を設け、
《nobieさん、ゴメンなさい。
私の回答も、
「まずそんな事にはならなかっただろう」
に訂正します。》
と述べた。
私がこれらの一連の記事を読んで思ったのは、まず、最初にnobie さんが述べた「ベトナムと同じこと」とは、どういう事態を指していたのだろうかということだ。
私は、ベトナム戦争の時の、韓国人兵士とベトナム人女性との混血児問題のことを指しているのだと解釈していた。
慰安婦制度がなければ、日本兵も現地の女性に積極的に手を出しただろうから、結果的に混血児が大量に発生しただろうと述べているのだと。
しかし、zombiepart6さんは、
《仮に慰安所が無かったとしても、それによって日本の兵隊が手当たり次第にそこらの女性を強姦する様になっただろうとは、私は思わない。》
と述べているので、「ベトナムと同じこと」とは、「手当たり次第にそこらの女性を強姦」することだと解釈しているようだ。
そのzombiepart6さんにさららさんも同意しているということは、さららさんもそのように考えているのだろうか。
ベトナム戦争の時に、韓国軍や米軍が、「手当たり次第にそこらの女性を強姦」したのだろうか。私にはベトナム戦争にそのような印象はないのだが。
私は上記のように混血児問題と解釈していたので、「慰安所が無ければベトナムと同じことが起こっていたんでしょうね。」というnobieさんの一文には同意していたのだが、仮にzombiepart6さんの説に従って、慰安所がなかったら「日本の兵隊が手当たり次第にそこらの女性を強姦する様になっただろう」か、という想定をするならば、全ての日本兵が常に、「手当たり次第に」そのようなことを行うとはさすがに思わないが、一部の不心得者というような表現では済まない数の日本兵によりそのような事態が生じる蓋然性は極めて高いと考える。
というか、実際にそうなったわけだ。例えば南京などで。
日本軍には明治時代から慰安婦制度があったわけではない。秦郁彦・編『日本陸海軍総合事典』(東京大学出版会、1991)の「慰安婦」の項目には次のような記述がある。
《誕生のきっかけは、南京虐殺事件に代表される日本兵の中国女性に対する強姦事件が多発したことにあった.国際問題化しかけたので,あわてた軍部は,兵士たちの性処理のため,日本女性を戦場に連れてきて慰安させようと着想した.》
また、同書の後に刊行された秦郁彦『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、1999)によると、最初の慰安所は、さらにさかのぼって1932年の第1次上海事変の際、上海派遣軍の兵が強姦事件を頻発させたことに手を焼いた上層部が発足させたというのが通説だという。
このように、強姦対策として慰安所は誕生したのであり(性病予防の目的もあったという)、それを、仮に慰安所がなかったとしても、日本軍はおおむね品行方正であったとする考え方は、私としては疑問に思う。
《基本的にそういう事をするヤツは、慰安所が有っても無くてもそういう事をするヤツなんじゃないかと思うね。》
という点についても、それ自体はたしかに正しいだろうが(現に慰安所があっても強姦事件は生じているわけだから)、慰安所があればそれで解消できるという層も存在し、そういった層に対しては一定の役割を果たしていたと言えるのではないだろうか。
なお、中国と日本の非戦闘員観の違いについて、たしかに歴史的にはそういったことも言えるとは思うが、それを20世紀の戦争にそのまま適用していいものかどうかも疑問だ。
そもそも、日本軍に武士道精神はあったのだろうか。近代戦とは武士道や騎士道を否定することから始まったのではないだろうか。
私が昔入院したときに同室になった、かつて中国に出征したという老人から、略奪や強姦などを完全に禁止することはできなかった、そんなことをしたらかえって兵の士気が下がってしまう、戦闘する意欲の中にはそうしたことへの期待もあったという趣旨の話を聞いたことがある。
おそらく、支那派遣軍ではかなりそういう雰囲気が蔓延していたのではないだろうか。
一方、敗戦後の満洲や北朝鮮におけるソ連兵による略奪や強姦は有名だが、中国本土でのそのような話はほとんど聞かない。
こういうことを考えると、歴史的に中国人はこう、日本人はこうという話が、現代の事象を考える上で果たしてどれほど有効なのか、疑問に思う。
《何れにせよ、慰安所が無ければベトナムと同じことが起こっていたんでしょうね。》
と述べ、さららさんも
《あまり、アタシ的には、同意したくない一文ではありますが・・・、でも、そうなんでしょうね、残念ながら・・・。》
としている。
これに対して、ブログ「ギロニズムの地平へ」のzombiepart6さんが、「不法」という記事で、
《「可能性」としての話をするなら、その「可能性」は確かに否定出来ないんだが、「蓋然性」の話としてならば、「まずそんな事にはならなかっただろう」と私は言い切るけどね。》
と述べ、伝統的に住民全体が戦争に参加し、敵地での略奪や強姦が奨励されてきた中国と、戦闘員と非戦闘員の区別が明確で、武士道や騎士道が発生した日本やヨーロッパとでは、戦争における一般民衆というものに対する考え方が全く違う、だからといって日本では軍による不法行為は絶無だったと主張するわけではないが、不法行為は不法行為として扱われていたのであり、大多数の日本人は自分が不法行為と認識していることはやれないはずだとして、
《まぁ、仮に慰安所が無かったとしても、それによって日本の兵隊が手当たり次第にそこらの女性を強姦する様になっただろうとは、私は思わない。ある程度増えた可能性は否定できないけど、基本的にそういう事をするヤツは、慰安所が有っても無くてもそういう事をするヤツなんじゃないかと思うね。》
と述べている。
そして、これを読んださららさんも、その説に納得したとして、「強制動員の証拠はない、の訂正」という記事を設け、
《nobieさん、ゴメンなさい。
私の回答も、
「まずそんな事にはならなかっただろう」
に訂正します。》
と述べた。
私がこれらの一連の記事を読んで思ったのは、まず、最初にnobie さんが述べた「ベトナムと同じこと」とは、どういう事態を指していたのだろうかということだ。
私は、ベトナム戦争の時の、韓国人兵士とベトナム人女性との混血児問題のことを指しているのだと解釈していた。
慰安婦制度がなければ、日本兵も現地の女性に積極的に手を出しただろうから、結果的に混血児が大量に発生しただろうと述べているのだと。
しかし、zombiepart6さんは、
《仮に慰安所が無かったとしても、それによって日本の兵隊が手当たり次第にそこらの女性を強姦する様になっただろうとは、私は思わない。》
と述べているので、「ベトナムと同じこと」とは、「手当たり次第にそこらの女性を強姦」することだと解釈しているようだ。
そのzombiepart6さんにさららさんも同意しているということは、さららさんもそのように考えているのだろうか。
ベトナム戦争の時に、韓国軍や米軍が、「手当たり次第にそこらの女性を強姦」したのだろうか。私にはベトナム戦争にそのような印象はないのだが。
私は上記のように混血児問題と解釈していたので、「慰安所が無ければベトナムと同じことが起こっていたんでしょうね。」というnobieさんの一文には同意していたのだが、仮にzombiepart6さんの説に従って、慰安所がなかったら「日本の兵隊が手当たり次第にそこらの女性を強姦する様になっただろう」か、という想定をするならば、全ての日本兵が常に、「手当たり次第に」そのようなことを行うとはさすがに思わないが、一部の不心得者というような表現では済まない数の日本兵によりそのような事態が生じる蓋然性は極めて高いと考える。
というか、実際にそうなったわけだ。例えば南京などで。
日本軍には明治時代から慰安婦制度があったわけではない。秦郁彦・編『日本陸海軍総合事典』(東京大学出版会、1991)の「慰安婦」の項目には次のような記述がある。
《誕生のきっかけは、南京虐殺事件に代表される日本兵の中国女性に対する強姦事件が多発したことにあった.国際問題化しかけたので,あわてた軍部は,兵士たちの性処理のため,日本女性を戦場に連れてきて慰安させようと着想した.》
また、同書の後に刊行された秦郁彦『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、1999)によると、最初の慰安所は、さらにさかのぼって1932年の第1次上海事変の際、上海派遣軍の兵が強姦事件を頻発させたことに手を焼いた上層部が発足させたというのが通説だという。
このように、強姦対策として慰安所は誕生したのであり(性病予防の目的もあったという)、それを、仮に慰安所がなかったとしても、日本軍はおおむね品行方正であったとする考え方は、私としては疑問に思う。
《基本的にそういう事をするヤツは、慰安所が有っても無くてもそういう事をするヤツなんじゃないかと思うね。》
という点についても、それ自体はたしかに正しいだろうが(現に慰安所があっても強姦事件は生じているわけだから)、慰安所があればそれで解消できるという層も存在し、そういった層に対しては一定の役割を果たしていたと言えるのではないだろうか。
なお、中国と日本の非戦闘員観の違いについて、たしかに歴史的にはそういったことも言えるとは思うが、それを20世紀の戦争にそのまま適用していいものかどうかも疑問だ。
そもそも、日本軍に武士道精神はあったのだろうか。近代戦とは武士道や騎士道を否定することから始まったのではないだろうか。
私が昔入院したときに同室になった、かつて中国に出征したという老人から、略奪や強姦などを完全に禁止することはできなかった、そんなことをしたらかえって兵の士気が下がってしまう、戦闘する意欲の中にはそうしたことへの期待もあったという趣旨の話を聞いたことがある。
おそらく、支那派遣軍ではかなりそういう雰囲気が蔓延していたのではないだろうか。
一方、敗戦後の満洲や北朝鮮におけるソ連兵による略奪や強姦は有名だが、中国本土でのそのような話はほとんど聞かない。
こういうことを考えると、歴史的に中国人はこう、日本人はこうという話が、現代の事象を考える上で果たしてどれほど有効なのか、疑問に思う。







でも慰安婦問題なんか それを問題にしている人は どうでもいいんですよね。安倍政権倒閣ネタ?北朝鮮のスパイ網の拉致問題そらし工作?どっちですか?
さあ、どっちなんでしょうねえ。
私は、「それを問題にしている人」ではないので、わかりません。
くれどさんの今回のコメントは、私を「それを問題にしている人」と考えてのものでしょうか? だとしたら、それは誤解です。
私は、慰安所がなかったとしても特に問題はなかっただろうという想定に対して、慰安所設立に至る経緯として、まず日本兵による強姦事件が問題化していたという事情がある以上、慰安所がなくても問題はなかったと想定することには無理があるのではないか?・・・と疑問を呈しているだけです。
女性 場合によっては男性への暴行もありかと。
慰安所の評価についてはこちらのお立場については了解しましたが その資料については 私は疑問符をつけます。
オネエサンたちのいるところは 自然発生します
そうとしか思えません
>オネエサンたちのいるところは 自然発生します
私もそう思います。
そのことと、私が慰安所について述べていることは、矛盾しないと思います。
http://ameblo.jp/lancer1/entry-10029205550.html
(読売のサイトにはこの記事は掲載されていないようです)
私が慰安婦問題について支持しているのはこの読売記事のような立場ですので、参考までにリンクしておきます。