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再び北方領土問題を考える(中) 千島列島の範囲をめぐる議論について

2013-03-06 20:48:58 | 領土問題
(前回の記事はこちら

 オコジョさんの記事「「北方領土」問題の正解(2)――千島列島の範囲」は、まず、千島列島の範囲についての和田春樹氏の主張と、伊藤憲一氏との論争を取り上げています。
 私もこの論争を昔読んだことがあります。オコジョさんの同記事へのコメントでも述べましたが、これは和田氏が正しいのだろうと思いました。

 ただ、オコジョさんの

 前年の国会質疑を見ると、なんだか不思議な気持ちもします。
 伊藤は、公衆の面前で“論破”されるべく登場した感があります。しかし、その辺の事情は後日までの課題としておきましょう。


この箇所は、何度読み直しても意味がわかりません。「前年」とは、和田氏の論文が発表される前年の1986年ということになるのでしょうが、この年に何か北方領土に関する重要な国会質疑があったとは聞きません。
 どなたかおわかりになる方がおられたら、お手数ですがご教示願います。

 しかし、そもそもこの範囲の話は、さして重要ではないと私は考えます。
 何故なら、わが国は、択捉、国後がサンフランシスコ平和条約で放棄した「千島列島」に含まれていない「から」、その返還を要求しているのではありません。
 前回私が述べたように、まず、固有の領土たる択捉、国後までをも奪われることは承伏しがたいという心情があり、それ故に返還を要求しているのです。放棄した「千島列島」に含まれていないという主張は、その要求を理屈づけるための方便にすぎません。
 
 そしてソ連、ロシアも、択捉、国後はわが国が放棄した「千島列島」に含まれる「から」、返還に応じないのではありません。
 ソ連は単に戦争による占領地を自国領に編入したにすぎません。自国が締結もしていないサ条約を持ち出してわが国が放棄したと主張するのは、占領と編入を正当化するための方便にすぎません。

 それに、択捉、国後がサ条約で放棄した「千島列島」に含まれるとしても、それ故にわが国がその返還をソ連に要求できないというものでもありません。現に、和田氏はそのような主張をしています。

 私は最近まで、和田氏は2島返還論者なのだと思っていました。和田氏は、択捉、国後はサ条約で放棄した「千島列島」に含まれると主張しているのですから、論理的にはそうなるはずです。
 現に、氏の論文集『北方領土問題を考える』(岩波書店、1990)に収録された最初の論文「「北方領土」問題についての考察」(初出は『世界』1986年12月号)を確認すると、わが国は択捉、国後をサ条約で放棄したことを認めた上で、北方4島を(1)非軍事化(2)資源保護(3)共同開発(4)自由往来の4原則に基づいてソ連と協力経営し、択捉、国後はソ連領、歯舞、色丹は日本領とすると提案しています。2島+アルファ論です。

 ところが、和田氏の近著『領土問題をどう解決するか』(平凡社新書、2012)について朝日新聞に掲載された書評には、氏は3島返還論を唱えているとありました。どういうことなのかと思い同書を確認してみると、氏はこんなことを言っています。

 長い間日本は北方四島は日本の領土、「固有の領土」なのだから、ロシアは「不法占拠」をやめて日本に返せと要求してきて、拒絶されてきたのです。「固有の領土」論をすて、日ソ共同宣言を基礎にすれば、次のように主張するほかありません。
 北方四島はもとは私たちの国の領土であった。そのことは一八五五年の条約でロシアにも認められたところである。しかし、六五年前に戦争に負けて、ロシアを含めた連合国に降伏したあと、あなた方に奪われてしまった。〔中略〕たしかにわれわれが日露戦争で南樺太まで取ったのは、取りすぎだったろう。しかし、だからといって、こんどはサハリン(樺太)もクリル諸島も全部ロシアが取るというのは、取りすぎではないか。「日本国の要望にこたえ、かつ日本国の利益を考慮して」二島を引き渡してくれる〔引用者註・日ソ共同宣言を指す〕というなら、もちろん受け取ろう。残りの島はサンフランシスコ条約で放棄した島だが、日本としてはロシアが領有することにいまさら異論はない。日本としては、ロシア領と承認しよう。まず、こういわざるをえないのです。(p.178-179)


 では、何が3島返還なのかというと、

しかし、ここでとどまるべきではありません。
 共同宣言の文言は「日本国の要望にこたえ、かつ日本国の利益を考慮して」二島を「引き渡すことに同意する」となっているのですから、日本としては、この考えに立って、ロシア側に、もう一島、国後島の引き渡しに同意することを要請することができると思います。(p.179)


 では何故国後にとどまり択捉は含まないのかというと、

もとより択捉島の引き渡しまでも要請できないという文言ではありません。しかし、ロシア側は二島引き渡しが最大限だと一九五五-五六年交渉で言い続けたのですから、あたらしく要請するとすれば、五六宣言から出発して、三島を引き渡してくれないかと交渉するのが理性的な方針でしょう。
 択捉島はサンフランシスコ条約で放棄してしまった領土なのですから、ロシア化がもっとも進んでいるこの島について、敗者復活戦を戦うことは無理なのです。択捉島については断念せざるを得ません。
 国後島の引き渡しを要請するなら、それが日本国民の強い要望であること、そして、日本の利益にどれほどかなうかということをしっかり議論を組み立てて説明し、交渉を行わなければなりません。〔中略〕場合によっては、国後島をロシアと日本で分けるという案の検討を求めることも可能です。(p.179-180)


 こう説明されても、何故国後と択捉をこのように分けて取り扱わなければならないのか、私にはよくわかりません。
 そして、これは論理の組み立て方がやや異なるだけで、実質的には「固有の領土」論と何が違うのでしょうか。

 さらに和田氏は、2009年に行われたインタビューでは、1990年代後半から2000年代初めは4島返還論だったとも述べています。

 そこで96年10月16日の日ソ共同宣言40周年に際して、朝日新聞に談話をもとめられたとき、私は「国民が4島返還を望むのならば、4島を返してもらうようにどういう道があるか、考えたい」と述べました。それまで私は2島返還、4島共同経営を提案してきたのですが、4島返還にベースを変えたのです。これによって外務省とは、ますます関係が良くなったということですね(笑)。


 2+アルファ→4→3 と変わってきたわけです。

 この間、わが国はサンフランシスコ平和条約で千島列島を放棄したという和田氏の主張は一貫しています。
 にもかかわらず、具体的な返還論となると、何故このようにコロコロ変わるのか。
 それは、この千島列島の範囲をめぐる議論が、前回も述べたように、結局のところ、問題の核心とは無関係だからでしょう。

 それでも、これまでとは違った和田氏流のアプローチにより、ロシアからもこれまでとは違った柔軟な対応が引き出せるのであれば、試みる価値はあると思います。
 しかし、本当にそのような可能性があるのでしょうか。
 オコジョさんがおっしゃったように、「単なる心情論」「過去へのノスタルジーが、外交交渉の根拠になるはずもない」として一蹴されてしまうのではないでしょうか。
 現に和田氏も次のようにも述べています。

 国後島の引き渡しを要請して交渉して、ロシア側がとても渡せないと最終回答してきたら、それ以上、交渉し続けることはできないと思われます。そこで次の提案としては、国後島はロシア領ということでいいから、日本に渡してくれる色丹島と一緒にして、日露共同経営、共同開発の地域にしないかという交渉を行うのがよいと思います。「三島引き渡し案」から「二島引き渡し、二島共同経営案」に移るということです。
 すでに述べたように、私は一九八六年に「二島返還、四島共同経営」を提案したことがあります。現在日露間では、四島共同開発を進めるという案が漂っているようです。しかし、二島引き渡しということを棚上げにして、四島の共同開発を進めると、二島引き渡しが消えてしまうという事態が生じる恐れがあると見ています。(『領土問題をどう解決するか』(p.180-181)


 和田氏はこの「二島引き渡し、二島共同経営案」の具体的な構想を詳しく語り、最後にこう締めくくります。

 最終的には、クナシリ島と色丹島は、ロシアと日本がそれぞれ領有する島ですが、ロシア人と日本人がまざりあって暮らす日露共生の島、北の夢の島になるのが望まれます。これが現状維持からはじめて、異なる人々の利害の調和にたどりつく道です。北方四島問題の解決とはそういうことではないかと私は考えます。(p.184)


 まるでユートピアですが、こんなことが本当に可能なのでしょうか。
 和田氏の過去の言動と、その後に起こったことをいくつか思い起こすと、疑問に思わざるを得ません。

 和田氏は、ソ連のゴルバチョフ共産党党書記長の時代に、ペレストロイカを礼賛し、新しい社会主義の可能性を説きました。しかしゴルバチョフはクーデターで軟禁され、クーデター失敗後も求心力を取り戻せず、やがてソ連は崩壊しました。
 金日成批判本を日本で出版した亡命北朝鮮人について、実在しないのではないかと主張しました。しかしソ連崩壊後、その実在が明らかになりました。
 謝罪と補償による韓国との和解を説き、村山内閣が設けたアジア女性基金の専務理事、事務局長を務めました。しかし、こんにちでも相も変わらず日本は謝罪を要求され続け、慰安婦問題は未だ日韓の火種となっています。
 北朝鮮による日本人拉致について懐疑的な主張を続けていました。しかし金正日自身が拉致を認めるに至り、氏の面目は潰れました。

 この人はしばしば将来を見誤っていると思います。北方領土問題においても、同様の事態が生じないとは限りません。

続く

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