画燈樹

アンティークのある暮らし。営業日は火木金土・・12時半から5時まで
Tel: 090 3708 8212

もうすぐクリスマス、そして新しい年がやって来ます。

2009-12-20 01:02:41 | Weblog
今年もいろいろな事があったけど、新型インフルエンザは 大変でした。

撲滅されたと思っても、次から次えと新しい病気が出て来ます。

自然のせつりと言うか、神様が地球上の人口を 調節されているのかな?


確かあの時は、家族で 父母の生家のある鳥取の田舎へ 疎開をしていた時だと思います。

私が一才半の時でした。
その頃も まだまだ日本中で結核が流行していて、大勢の人がなくなっていました。

私の父方の叔父の家族も 京都で結核にかかりました。
叔母が亡くなり、その後で いとこのお兄ちゃんもかかってしまいました。
20才の若さでした。
療養のために、鳥取の父の実家に連れて帰っていましたが 叔母が亡くなっていましたので看病する者が おりません。
私達は母の実家に居たのですが、母は私をおんぶして毎日 いとこのお兄ちゃんの看病に通いました。
毎日おんぶされて病室に入っていたのですから、当然 私も結核にかかってしまいました。

とうとう“もう この子は助からないだろう”と お医者様に言われて、皆で お葬式の段取りをしていたそうです。


母の実家は父の実家からバスで2駅か3駅ぐらいの所にありました。

その日・・ お兄ちゃんの看病の帰り 母は一番上の姉の手を引いて、私をおんぶして 多分 絶望的な気分でバスを待っていたのだと思います。

父の弟が米子に住んでいました。
米子は父母の田舎とは違い、大きな町です。

ちょうど その時、米子行きのバスがやって来ました。
母はとっさに そのバスに飛び乗ってしまったんです。
お金もバス代ぐらいしか持っていなかったのに、母は父の弟を頼ったのです。

“町に出たら 良いお医者様に診て貰えるかもしれない”

と 一縷の望みを持ちました。

そしてペニシリンがったのです。
私は助かりました。


子供の頃、母にその時の事を聞かされました。

田舎のガタガタ道に丸っこいコロンとしたバスがやって来ました。 一瞬 躊躇した母は、思い切って ぐったりした私をおんぶして 姉の手を引いてバスに飛び乗りました。その三人の姿を小学生の私はまるで見ていた様に思っていました。
ガタガタ道をやって来たバスも、思いつめた母の姿も、手を引かれた小さい姉も、ぐったりした私までもが はっきりと思い出せます。
小学生の私は、もう一つの母の手につかまって その光景を見ていたと思っていました。
20才のお兄ちゃんは亡くなってしまいました。

私はたくさんの人に助けられ 命を返して貰いました。

もう少しちゃんと生きなければ 申し訳ないな~と思います。
いつもは すっかりこの様な事を忘れています。


ところが先日 ユニセフ協会から募金の通知が送られてきました。少しばかりのお金を送りました。

その時は何も思わなかったのですが、
このブログを書いている途中で、私のペニシリンが何処かの国のどなたかの支援だった事に 気が付きました。

かって昔 日本の国もたくさんの人々に助けられたんです。
私が忘れてどうするんですか!

今頃気が付いた自分が本当に恥ずかしかったです。

メリークリスマス&ハッピーニューイヤー