忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

TDRツアー暗転、「寝ちゃった」運転手逮捕へ(読売新聞)>2012.4.29

2012年04月29日 | 過去記事
TDRツアー暗転、「寝ちゃった」運転手逮捕へ(読売新聞) - goo ニュース

<29日午前4時40分頃、群馬県藤岡市岡之郷の関越自動車道上り線藤岡ジャンクション(JCT)付近で、ツアーバスが道路左側の防音壁に衝突した。

 乗客45人のうち7人(女性6人、男性1人)が死亡し、14人が重傷、うち3人が重体。24人が軽傷。バスの河野 化山 ( かざん ) 運転手(43)も重傷を負った。河野運転手は「寝ちゃった」と、居眠りを認める話をしており、県警は自動車運転過失致死傷容疑で河野運転手の逮捕状を請求した。

 県警は29日、捜査本部を設置。河野運転手が勤務するバス運行会社「陸援隊」(千葉県印西市)を30日に捜索する。

 バスの乗客は、旅行会社「ハーヴェストホールディングス」(大阪府豊中市)が企画したツアーに参加。同社が陸援隊に運行を委託した。両社によると、バスは28日午後10時10分に金沢市を出発。富山県高岡市でも客を乗せ、新宿駅や東京駅を経て千葉県浦安市の東京ディズニーリゾート(TDR)に向かうことになっていた>



夜勤明けの朝礼。ひと通りの報告を終えると、あとは施設長などが眠たい話を少しだけする。私は窓の外に揺れる若い木々、青い葉を観ながら、嗚呼、もうすっかり春だなぁ・・・などと、ちょっと寝ながら想いにふける。白い蝶々が飛んでいた。

交通事故の話をしていた。祇園、亀岡と京都で続いた事件から、車で通勤の職員も少なくない、とのことで訓示を出す。それは結構なのだが、この天下りの施設長から何気に発せられた次の言葉で目が覚めた。この近辺、町内ではとくに注意しましょう―――

一瞬、妙な空気が流れた。私も顔を上げて不思議そうな表情を隠さず、目の前にいる天下りしてきた老人の顔を見た。もちろん、施設近隣がとくに交通事故多発というわけでもない。つまり、地域住民から非難される恐れのある交通事故、それも施設職員が加害者となるような速度超過、夜勤帰りの居眠り運転などは困る、せめて遠くでやってくれと言いたいわけだ。事故現場が近くなら自分も呼び出されるかもしれない。そんな邪魔臭いことは御免だと。自分はもう、何度目かの退職金をもらうまで、ここで昼寝して給料を取るだけなのだ、という宣言だった。政治家でいうところの「失言」というところか。

天下り老人もさすがに「場の変化」に気付き、ま、まあ、施設周辺に限らず、交通事故には気をつけましょうということです、と当たり前のことを付け加えた。還暦をとっくに過ぎる御仁だが、浅慮というのは治らない類のアレなのであろうか。年のせいもあろうが、普段から、あーうーから始まる話し方の割に、選んだ言葉が馬鹿丸出しなのである。

まあ、ところで、だ。

こんな夢も希望もない天下り老人に言われなくとも交通事故は怖い。だから私も極力、長距離バスには乗らない。過去に乗った記憶もあるが、それも慰安旅行くらいだ。関空まではバスで行くこともあるが、終日、バスに揺られるような「格安バスツアー」は遠慮してきた。また、安いには必ず理由がある、と何度もここに書いたが、この関越自動車道の事故も格安だった。京都駅から関空に要する費用と比して変わらぬ激安だ。コレは普通、ちょっと怖い。必ず、どこかが負担している。「どこに負荷があるか」は考えねばならない。この場合は、そのまま運転手だった。交代要員がいなかった。

それにトラックの運転手なら窓も開ける。タバコも吸う。大声を出して目を覚ますことも出来る。なにより、自分で限界、危険だと判断して仮眠が取れる。バスの運転手が客を乗せたまま「眠いからマッテ」と寝ればクビになる。だから寝ながら運転する。

以前、私も鼻血が出るほど自分を殴って運転した経験がある。猛烈な眠気に襲われ、なんとも情けなくて泣いたこともある。真冬は水をかければ目が覚めるが、夏は暑くても眠くなる。意識が朦朧とするから余計に眠いのだ。それで大きな事故を2回起こした。2度とも、自分を含めて死人が出てもおかしくないほどの事故だった。

原因は共に居眠りだった。今思えば、その会社は「超」がつくほどのブラックだった。朝は4時か5時には市場にいた。夜は通常の業務でも20時を過ぎる。家に帰れば22時を回っていた。ここに他店舗やら工場の応援が入る。深夜2時か3時まで無償でやらされる。酷いときは朝までやる。つまり、寝る時間どころか風呂に入る時間もない。そのまま寝ずに高速道路を走る。昼間、店で少し仮眠することはあったが、それでも私はアルバイトらと雑談しながら寝てしまう始末だった。私が話しているのに、だ。アレは気絶だった。これがずっと何年も続いた。事故を起こさないわけがない。

もちろん、ブラックな会社だったから、私個人が事故車両の弁済を会社から求められて、それがしっかり給与から、ごっそりと天引きされていた。2度目の事故の後、しばらくして私はその会社を辞めた。残っていた100万円ほどの「借金」は、付き合い始めて少し経ったころの現在の妻が用意してくれた。当然、どこからか借りてきた。

当時、20代後半だった妻は私を案じて「こんなとこ辞めろ辞めろ」とやった。心配せずとも、あんた一人くらい、わたしが喰わせてやるから、こんな会社とはさっさと縁を切りなさいと言った。毅然たる妻は本社から来ていた社長の使いに「どうせこんなとこ潰れるし」と半笑いで言い放ち「叩き返す」という言葉がしっくりくるような渡し方で返した。数年後、その会社は妻の予言通りになった。

ツレからは「洗脳されている」とからかわれていたが、その洗脳が溶けてしまえばもう、未練も何もなかった。私は必死で働いていたつもりだったが、それは親や友人、妻を心配させていた、とやっと気付いたのだった。今、思い出しても無茶苦茶だった。私は周囲のお陰さまでそこから救われた。それから10年と少し、我ら夫婦は東京ディズニーランドに贅沢な旅行をした。私が弱ると出てくる「強くてしっかりした妻」の出番はなくなり、ありがたいことに「弱くてふにゃふにゃの妻」が定着してずいぶん経つ。



このバス運行会社がブラックかどうかは知らないが、それでも規制緩和による競争過多、コストダウンに経費削減で14人が重傷。3人が重体。24人が軽傷。そして7人が死んだ。7人はもう、ディズニーランドには行けない。会社のために、と安全を切り売りした結果は軽くない。怪我をした運転手も「寝ちゃった」とのことだが、目覚めぬ悪夢が始まるのはこれからだ。



コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。