忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

仙谷さんの場合

2012年01月31日 | 過去記事

子供は全部が天使じゃないし、障害者は心の綺麗な弱者ばかりでもない。これは年寄りでも同じことで、特別養護老人ホームにいる入所者や利用者がすべて仙人なわけでもない。

帰宅願望が強く、夜中になると「帰らせろ、殺される!」と叫ぶくらいは任せておけばいい。認知症による問題行動もなんでもない。我々はプロだ。暴言暴力、どんとこい。トイレがちょっと・・・?なぁに、我々はもうウンコなんか怖くない。指に付いたら「今日の帰り、パチンコに勝てるかも!w」という先輩らはたくさんいる。

困るのは存外、しっかりした人だ。

最近、入所して退所した「仙谷さん(仮名・他意はない)」という人がいる。67歳。男性だ。この人は認知症の症状も軽い。というか、ほとんどわからない。身体に問題もない。もちろん、年が年だからいろいろと病気はある。しかし、それもまあ、普通だ。

ファイルをみると「要介護3」とある。つまり――要介護2の状態と比較して、日常生活動作及び手段的日常生活動作の両方の観点からも著しく低下し、ほぼ全面的な介護が必要となる状態、と判断されたわけだ。しかし「問題行動関連行為」は認められている。普通に考えれば、これは徘徊や不衛生な行為がある、ということだ。

しかし、ない。メシも普通に喰う。トイレにも行ける。普段は居室にてテレビを見ていたり、寝ていたりする。なんか、こう、ダラダラしているだけにみえる。しかし「風呂は嫌がる」のだという。まあ、それでも、それがどした?という程度なのだが、どうにも解せないまま、私も知らぬ顔をしていた。

とある日、男性職員だ。何か騒いでいるから行ってみると、仙谷さんが男性職員に怒鳴っていた。聞けば「お風呂に行きましょう」と声をかけたらキレた、という。問題はそのキレ方だ。暴れるのではない。薄ら笑いを浮かべながら「おまえら、こんな仕事してて面白いか?」などと明確に言語も発している。「わしやったらやっとれんわ、こんなん男の仕事ちゃうわ」と悪口をやる。その男性職員に対し「嫁おるンか?」ともやる。放っておけばいいのに、律義に「いや、いません」と返す。すると、大笑いして「そやろなぁ~wwこんな安月給で結婚もできへんわなぁww」「将来真っ暗やなw」「ゴミ屑みたいな人生やでw」と続く。

私が間に入る。すると、仙谷さんは私をじっとりと見渡してから、お?なんや?成績でも上げて施設長に褒めてもらおう思てるんか?などと言う。意味不明だったが、仙谷さんは続けて「ええカッコか?なんや?オレに任せとけ、って言いたいんか?」と言った。私は無視して「お風呂、嫌なら結構ですよ」と言った。その男性職員を連れて部屋を出ようとすると、後ろから枕が飛んできた。後ろからは笑い声と共に「拾えや!お前らの仕事やろが」という怒声があった。私が拾って持って行くと「謝れや」と言い始める。すいません、と言ったあと理由を問うと「寝ているのに起こした」とのことだ。お前らなんか、所詮が雇われやろが?素行が悪いと施設に言うたろか?オレはな、ここの事務局長を知ってるんや、お前らなんか・・・と、まあ、こんな感じだ。

男性職員は「むかつきますね・・・」と言っていたが、もちろん、怒ったら負けだ。あれだけしっかりしているなら、こっちも楽じゃないか、放っておけばいい。ああやって生きて来たんだろう、哀れなもんじゃないか、と宥めておいた。

次の日、オバサン職員らが騒いでいた。聞けばやっぱり仙谷さんだ。胸を触られた、尻を撫でられた、キスされた、など痴漢行為の盛り合わせだった。そこで施設側の対応策は「男性職員に対応させるように」だ。阿呆の底が抜けているとはこのことだ。男性職員が対応するとどうしようもないから、施設側は「女性職員が対応すること」としたばかりである。馬鹿みたいにこれを繰り返すつもりか。

「訴えたろか!」という女性もいた。私が「施設を?本人を?」と問うと、どっちやろか?と聞き返してきた。私は訴える労力や費用を考慮すれば、そこから得られるモノは少ないと説明した。結果的には「男性職員が対応するのがベスト」ではないかと提案する。なにを悠長なことを、と納得し難い様子だったので、施設側に現状改善を望むことは問題ない、と言った。女性職員らは頭を抱えた。それで解決するもんなら・・・と言いたそうだった。

私は仙谷さんのファイルを引っ張り出してきた。虐待されていない、ひとり暮らしじゃない、同居している相手も高齢者じゃない・・・40代の娘夫婦がいます、これ、おかしくないですか?・・・・・女性職員らは要領を得ない。

介護保険導入以前、特別養護老人ホームに入所する際には「措置入所」というものがあった。だから地元の市議会議員やらに口利きしてもらえば「優先的に」入所することも出来た。しかし、いまは各施設に運営は一任されている。つまり、コネの先が変わっている。

京都府下の特養施設はどこも100人とか200人の待機高齢者がいる。ベッドが開かないから入れないで困っている。当施設のショートステイ利用者も、もう、何年も長期入所を希望しながら待ち続けている。仙谷さんは私に「施設長に褒めてもらいたいのか?」と「事務局長を知っているぞ」と吐いている。無駄に年をとったのか、私を甘く見たのか知らないが、ともかく隙だらけだ。

痴漢被害に遭った女性職員。代表者を決める。その中ではいちばん古い人だ。提案書の書面は私が書く。内容は「仙谷様の問題行動について」だ。これを改善してくれ、というのではない。10分で書けた簡単なモノだ。どうすればいいのか、という会議を開いてほしいと。一度、検討してみてほしいというだけだ。

ただし―――コレを渡すのは事務局長、そのときにね―――




しばらくすると、仙谷さんはときどき、デイサービスを利用することになった。基本的に夜間は自宅で対応する。ショートステイなら可能なのだが、なぜだか、それもあまり来なくなった。いまはどうしているのか、誰も知らない。


会議は開かれた。トップ会議だ。経営母体の医療法人の理事長の長女でもある事務局長が「職員の負担が大きすぎる。女性職員に対する破廉恥な行為も目に余る。このままでは職員が離職してしまうし、他の入所者様にも迷惑になる。長期利用はお断りすべき」と職員らの代弁をしてくれたそうだ。その際、雇われ施設長などはすぐに賛同したという。いやはや、職員想いの素晴らしい事務局長さんだ。なかなか話もわかるじゃないか。


ショートステイの利用者はドル箱。その家族さんをよく知る古い職員から「次、さわられたら、何年も入所待ちしている家族さんに、あなたが持っている“枠”のことを言います」と言われただけで理解してくれた。いやぁ、蛇の道は蛇。にょろにょろだ。


仕事に行くと、デイサービスで来ていた仙谷さんがいた。デイサービスとは昼間から夕方だけ。みんなで歌を楽しんだり、風船でキャッチボールしたり、ペットボトルでボーリングしたりする。だから、しっかりしている男性利用者などは馴染めなくて困っていたりする。もちろん、私は満面の笑みで近寄り「仙谷さぁん、お歌はどうですかぁ?♪楽しいですかぁ~♪もしもしかめよ、かめさんよぉ~♪あっはっはっはwwwww」とお声をかけさせていただいた。私がまだまだ未熟だからか、仙谷さんは不機嫌だった。


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