ガエル記

本・映画備忘録と「思うこと」の記録

「杉の柩」アガサ・クリスティー

2018-09-06 07:08:51 | 小説



あまたあるアガサ・クリスティーの著書の中で本作はそれほど有名な作品ではないでしょうし、謎解きとしてももずば抜けて秀逸なわけではないのかもしれませんが、女主人公・エリノアの恋心に密着したミステリーという特性にとても惹きつけられ、心に残るものでした。


以下、作品に触れますので、ご注意を。





後日、クリスティ自身の話を耳にするようになって思ったのは、エリノアの恋心はクリスティが感じたものではなかったのかな、ということです。アガサはアーチボルト・クリスティという男性と結婚して、アガサ・クリスティとなりその後有名作家になっていきます。彼女が執筆に没頭している頃、夫は若い女性と浮気しアガサに離婚を要求するのですが、彼女はそんな夫をまだ愛していると気づくのです。その後、あの有名なクリスティ失踪事件が起き、結局ふたりは離婚します。
勝手な憶測にすぎませんが、「杉の柩」に書かれているエリノアのロディーへの狂おしいほどの熱愛。頭がよく気位の高いエリノアはその熱情を表に出そうとしません。それはロディーがべたべたしてくる甘ったれた女が嫌いだからという理由で。そして冷静で気高いエリノアを絶賛しながら、若くて美しいだけの頼りない小娘メアリイに突然溺れこむように気移りしてしまいます。しかしエリノアはそんなロディーを見ても騒がず、冷静な判断をするのです。
このあたりの描き方がなんとも言えず切ないです。
実際のアガサはもっと取り乱した行動をとってしまったのですから。
アガサが離婚したのは1928年。この作品は1940年発行となっています。12年を置いてエリノアとして若い女性に心を移した最愛の男性を描いたのでしょうか。

奇妙なのは優秀で非の打ち所のないエリノアがぞっこんのロディーという青年がまったく平凡で、いや、むしろみみっちく愚かに描写されていることです。読んでいても何故こんな男に夢中になるのか、よくわかりません。実際の夫だったアーチボルドは、「ロマンスと冒険」を感じさせる魅力的な男性だったようですが、12年経過してアガサの恋心も醒め、「つまらない男だった」となったのでしょうか。
そしてエリノアに寄り添うピーター・ロード医師は再婚相手マローワンを髣髴とさせるイメージなのかな、と思います。

それにしても切ないのはそんな嫌な思いをさせられたクリスティという男の名前で歴史に残ってしまうことですね。当時、元の名前に戻れなかったのでしょうか。しかもその後、再婚していても改名できなかったのは有名になりすぎて無理だったのでしょうか。
まあ、思い込みですが、本名・ミラーやマローワンよりクリスティのほうがミステリー作家らしい気もします(こ、これは勝手な思い込みすぎですね)

本当はつまらない男ロディーに夢中になってしまった気高いエリノア。そんな彼女に思いを寄せるロード医師は自分がエリノアからあんなに熱愛されることはないのだとポワロに愚痴ります。
それを聞いたポワロはロード医師に優しく告げるのでした。

「あの人はロデリック・ウェルマンを恋している。だが、それがなんです?あの人を幸福にできるのはあなただけなんですよ」

アガサの、再婚したマックス・マローワンへの告白だった気がします。こんな言葉を受け止めきれる人はきっと強くて優しい人にちがいありません。

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