ガリレイのめがね

橋本美術研究所・橋本真弓のエッセーです。

平安朝の生活と文学 復刊に思うこと

2012-02-07 | 日記
 ちくま学芸文庫から、池田亀鑑著「平安朝の生活と文学」が復刊された。源氏物語の世界、すなわち日本人が日本人らしい国風文化を育んだ平安時代の文物や生活を、宮廷女性を中心に紹介する名著である。今から60年も前に河出書房から刊行され、その後角川文庫から復刊、版を重ねた後、このたび二度目の復刊を果たした。平安時代の生活と文学を概説する手頃なこの書は、学問研究の細分化に反して広汎な視野を備えている。あまりにも瑣末な事象に陥り過ぎた現在の研究へのフュール・ジッヒ(対自的、自覚的あり方)を示すものとして、息を吹き返す運びとなったのかもしれない。

 発刊当初、「日記文学と宮廷生活」という夏季講義を機会としてまとめられたのだが、「概論の概論」とはしがきに博士自身が書かれたように、専門家でなくとも読みやすく、読み物として今でも生彩を放っている。また男性的な視点が省かれ、女性中心を貫かれた内容は、一夫多妻制の社会の中で、ともすれば虐げられた存在であった女性の、しなやかでたくましい側面を知り、共感を得ることが多くある。

 たとえば「女性と教養」の章には、漢学の知識よりも人間らしい心を大事とされたこと、たしなみとしての芸術教育にも、技術習得よりも修練を通じて豊かで円満な人格形成を目指していたことが書かれており、今に通じ現代でも決してその意義を失われることがない。この書を読むと、これらの文学世界のイメージが、より生き生きと醸成される。思えば、現に、世界に誇れる日本古典の代表格・「源氏物語」や「枕草子」、「紫式部日記」もまた女性の仕事であった。

 このたびの復刊には、草葉の陰の池田博士も、にっこりされているのではないだろうか。ぜひまた多くの人に読まれ、豊かな文学世界が広がることを、心より願っている。